「コンビニ寄っていい?」
「あ、は、はい」
子どもみたいな時間稼ぎをしようとしている自分に自分で引いている。
なぜか、あと少し一緒にいたい。そんな考えが浮かんでしまうのを何度も何度も消している。
はぁ……。イライラを抑えるために、大きく息を吐いてから
コンビニの入り口の3段だけの階段を上る。
てっきり一緒に入ると思い背後に立つ陽向を待っていたが、気配が近づいてこない。
え?振り向くと、陽向は階段の手すりにつかまってよろよろと座り込んでしまっていた。
や、やば、そうだった……。
すうっ、とイライラで興奮気味だった頭から、血が引いていくのがわかった。
初体験の後のきつい身体を気遣いもせず、先へ先へと歩いていってしまう男。どんだけ最低な奴なんだ、俺は。
「っ、なぁ、何がいい?飲みもん。何か食べたいのとかある?」
なんだ?罪滅ぼしのつもりか?こんなこと言って。
「え、だ、大丈夫です、ありがとうございます、家に、あるので……」
くそ。早く家に帰りたいってか。ま、そりゃそうか……。
「待ってられる?すぐ買ってくるから」
「あ、はい、俺の事は気にせず、ゆっくり買ってきて下さい」
下手な作り笑顔を見せられた。
陽向が好きなものなど全くわからない。
コーヒーショップで働くくらいだから、カフェオレは好きなはずだ。腹減ってるだろうから、おにぎり……具は何が好きなんだ?ツナマヨ?昆布?明太子?んー、無難に鮭にしとくか。お菓子……お菓子は何でも大抵食べんだろ。自分用と陽向用で同じ種類の菓子を二つずつ買う。新発売の味のポテチ、チョコ、クッキー。
まてよ、カフェオレにおにぎりって変か?
パンでも買っとくか。あんぱん?クリームパン?わからない、何がいい?あの顔だからミルクパンとか好きそうだな。
気がついたらいっぱいになっていたカゴをレジに持っていく。
「ごめん、お待たせ」
コンビニに入る前と同じ場所で、星なんか見えない空を眺めている陽向に声をかけた。
「いやっ、全然ですっ。欲しかったもの、買えましたか?」
「これ、やる」
自分用と陽向用とで分けてもらったぱんぱんに膨れたコンビニ袋を陽向の目の前に突き出す。
「えっ?こ、これ?こんなに、沢山っ?」
「いらなかったら、捨てていーから、好きなもんわかんねーし。適当に買っただけだから」
陽向は一方的に渡した袋をぎゅっと抱きしめている。……気にいんのあればいいけど、ま、別に嫌いでもなんでもいいか。
「っあ、ありがとうございますっ!こ、こんな、本当にいいんですか?ううぅー、AKITOさん、優しすぎて、なんか、うーーー、涙出ちゃ、うぅっ、」
突然、コンビニ袋に顔を突っ込んだと思ったら、ぐすぐす音がして、驚いた。
コンビニ飯買ってやっただけで泣く?意味がわかんねぇ。
「は?何で泣くんだよ?やめろ、泣くな、俺が泣かしたみたいじゃねーか、マジやめろ。」
「す、すみませんっ、ぐすっ、でも、あのこれで、AKITOさんと、お別れなんだなぁって、思ったら、なんかっ、涙っ、出てきちゃって……、本当に、ごめんなさい」
ごしごしと目元が赤くなるくらいTシャツの裾で拭いている。あんたの真っ白な肌、傷つくぞ、やめろ。
赤く潤んだ瞳が無性に見たくなって、陽向の座っている段に、腰掛けた。
コンビニの眩し過ぎる明かりが逆光になり、陽向の瞳は見えなかった。
おい、俺、今何言おうとしてる?
やめろ、そんな卑怯なやり方。男らしくもない。
一回冷静になれ、これ以上、俺が俺を止められなくなる前に。
必死に脳内から溢れ出ようとする言葉を止めようとするが、俺の口はいう事を全く聞かなかった。
「……まぁ、そんな、泣くほど陽向が会いたいなら、また、来週も、会ってもいいし。なんなら、彼氏できるまでとか、毎週月曜日は、この関係続けてやってもいーけど、俺は。陽向次第で、予定組むし。」
おい、何言ってんだ、俺。
一度で止めるって念押ししただろう。
初体験が終わったら、俺らの関係も終わりだろ?
「え……?ま、毎週?……会えるんですか?」
うつむいていた陽向がこっちを見た。
やっぱり逆光で表情はよく見えない。
断れ。一度だけの関係って言ってましたよね?って、一度だけでいいです。って。
これ以上、みっともない事、俺が言ってしまう前に……。
「陽向が会いたいなら。俺も火曜日、店の定休日だから月曜はちょうどいいし。月曜はランチのシフトにしてもらえば夜、こんな風に会えるから」
「ランチ?AKITOさん、飲食で働いてるんですか?」
「あぁ、創作イタリアンの店。一駅先の田◯駅んとこにある。っても俺はホールだから、作ってるわけじゃ無いし、まだ超新人だけどな。陽向の方がカフェ、長そうじゃん?」
あれ?なんで俺、世間話なんてしてんだ?早く帰らなきゃ。こいつのそばにいると、何故か調子が狂う。
「あ、あの、また、会えるの、嬉しいです。でも、ひ、ひとつ、確認したい事……あって……えっと」
陽向がきゅうにそわそわと落ち着かなくなる。まさか……、相手がこういう雰囲気の時、大抵告白してくるパターンなんだよな。
告白とか、辞めろよ?俺は陽向と付き合う気なんか、さらさらないからな。振る方の身にもなれ。
「お、俺たちの関係って……えっと、そ、の、セセセ、セフレ?で、いいんです、かね?」
「は?……てか、セフレってほどセックスしてねーじゃん。今日初めてしたわけだし。別に、俺セフレなんていらないし。てか、関係に名前なんか必要なくない?」
想定外の質問が飛んできて、フリーズした。動揺して、自分が何言ってるのかもわからなかった。
『好きになっちゃったんです!付き合ってください!』あたりが来ると思っていた。
突然、陽向が上を向いてゆっくり立ち上がった。
「ははっ、そうですよね。うん、……せめて、うん、セフレになれるように、頑張ります!あ、ご迷惑は決してかけないようにしますのでっ」
「は?何言ってんだ?」
陽向の言っている意味がわからなくて、階段をそっと
降りていく陽向を追いかける。
「あの、これ、ありがとうございます!明日お休みなので、ゆっくり頂きますね。あ、来週もこの時間でいいですか?も、もし、変更あったら、最初にやりとりした出会い系のアプリからで、良いですよ、ね?」
なんだか異様な明るい声で言われた。
「おい、連絡先……。」
「え?」
尻ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリの画面の自分のQRコード開く。
「早く。」
「えっ、あ、は、はいっ」
ピコン!
『柳瀬 陽向』新しい友だちとして、トーク画面に映し出された。アイコンもコーヒーカップで、陽向らしい。
「やなせ、ひなたっていうんだ。」
「あ、は、はい。AKITOさんて、秋斗、こういう漢字なんですね。ありがとうございます。」
ずっとトーク画面を見ている陽向にまた勝手に口が動いた。
「ま、いつでも、連絡してくれて、いーから。返せる時にテキトーに返すし。」
「……っ!は、はいっ!」
スマホの光に照らされて、陽向の瞳がキラキラと光って見えた。笑ってる?喜んで、る?
スマホの小さな光でははっきりとはわからない。
でも、もっと、もっとはっきりと、見たい。
陽向の心からの笑顔が、見てみたい。
俺だけに向けられた笑顔……。そんなのをみたら、きっと……
……?きっと、なんだ?なんなんだ?
これは、イライラとは違う。心がもやもやとする。
氷が溶けていくような、あの、じゅわっとした感じだ。
なんだ、これ……。
あまりにぼーっとしすぎていて、
陽向に何を言って別れたのかもわからない。
いつ、コンビニ袋に六千円を入れられていたのかも、
家に帰って、冷蔵庫におにぎりなどを突っ込むまで全く気が付かなかった。
頭がぼーっとする。俺、体調悪いのかもしれない。ここんとこ本当におかしい。
どさっとベッドに横になる。
陽向、無事に家についただろうか。
連絡くるの、待つか?
いや、
連絡、俺からしてみよう。先週みたいなモヤモヤイライラはもうごめんだ。あんなの無駄な時間だ。
こっちからとっとと連絡してやる。『効率よく、タイミングよく』店のオーナーがよく言っている言葉。これも仕事と一緒だ。
『無事に帰れたか? 身体きついだろうから、早く眠れよ。俺も寝る。また明日、連絡する』
送信を押すまでに、こんな短い文章を何度も読み返した。
変じゃないよな?キモいこと打ってないよな? うん、大丈夫大丈夫。
バクバクやたらと部屋に響く心臓を抑え、自分に言い聞かせるように急いで送信を押し、画面を暗くする。
寝る、寝る、もう、寝る!なんだ、これ、俺本気でおかしい。
何かの病気なのかも。
陽向のせいで、
陽向に関わっていると、
俺おかしくなる。