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第10話 休日①〜side秋斗〜

「ははっ!HINAおもしれ。部活や仕事じゃないんだから!そんなかしこまるなって。」

さっきまで俺にあんなところやこんなところを触られていたのに。突然他人行儀だな。

あー、あれだ。HINAあんま俺の事タイプじゃない感じ?いままでの相手ならすぐに次の予定やら、連絡先やら聞いてくるし、べたべたひっついて来てたんだけど。 まぁ、惚れられなくて面倒な事にならないから、こんな感じが楽でいいけどな。

「あ、え、いや、でも……せっかく来てもらったのに、きちんと出来なくて申し訳なくて…」

「いや、俺も楽しかったから。また、来週、楽しみにしてる。おやすみ、HINA」

また言ってる。そんなにしたかったんだ?初体験。

んー、俺がこのままお初をもらっちゃっていいのか……。HINAならこの先ちゃんとした彼氏できそうだけどな。そん時に初めてとっとけばよかったーってならねーか?ま、男同士だし、経験ある方が色々とスムーズって考えてんのかもな。

本人が望んでるんだからいっか。貴重なお初を遠慮なく頂こう。

「お、おやすみなさい!では、またっ来週っ!」

ぽんっと頭に乗せた手を思いっきり振り解かれた。

ははっ、身体重ねた奴にそこまで触られるの拒否られたの初めてだわ。 行き場を無くした手を握りしめる。

振り返りもせずにHINAは走って行ってしまった。あ……来週の時間決めてないけど……。まぁ、アプリから連絡くれるかな?

んー、今回で嫌われて、もしかしたらこれ以上連絡してこないかもな。 初体験の相手を決めるのはHINAだ。俺からは連絡しないようにしとこう。

まぁ、来週……またHINAに会えるといいけどな。

小さくなっていくHINAを最後まで見送りながら、向きを変え、家へとゆっくり歩き出した。




「お疲れ様でしたー」

22時45分、閉店作業を全部終えて明日の仕込みをしているシェフ達に声をかけ、店を出た。さすが土曜日。ディナータイムの18時から22時までずっと満席だった。店としては嬉しいが、疲労は半端ない。

肩から下げていたトートバッグから仕事中ずっとしまいっぱなしだったスマホを取り出し、画面を点ける。

……。ちっ。期待していた通知は無くすぐに画面を暗くしてトートバッグへと戻す。

あれから5日。HINAからは一言も連絡がない。

このままスルーのつもりか?なら、一言くらい、月曜やっぱり無理になりました的な、別れの挨拶あってもいーんじゃね?

駅の階段を怒りにまかせてどすどす音を立てて登る。目の前の若い女が振り向いたがそんなの関係ない。お前なんかに用はない。

ここの所、スマホを見るたびにイライラする。なんだこれ。月曜まであと2日だぞ? あぁ、それとも違う相手でも見つかったのか?

何でこんなにイライラするのかもわからない。一度きりだと確認までしたのは俺じゃないか。それをもう一度と誘ってしまったのは俺だ。そのせいで言ってることが違うと引かれた?

プシューーー。目の前で電車のドアが閉まった。


くそっ。もう、わかんね、わかんねぇ。なんなんだよ、これ。どこにもぶつけようのないモヤモヤが全身に拡がって不快感でしかない。

次の電車は15分後だ。ホームの自販機で炭酸のパネルをバンっと押す。

蓋を捻ったボトルから炭酸が吹き出して、ますますしんどくなってホームにしゃがみ込んでしまった。……俺まじで最近おかしい、体調でも悪いのか?






ついに約束の月曜日だ。今日の仕事は休み。珍しく連休をもらえた。仕事をしていたら気も紛れたかもしれないが、休みのせいで、夜中はゲームをしながら一向に来ない連絡を待って見事に寝不足だ。……結局HINAから今の今まで連絡は無い。

ベッドから起き上がりベッドサイドのデジタル時計を見る。10:30だ。

んー。冷蔵庫なんもねぇし、朝、昼兼用でなんか駅中に食いに行くか。人混みにいた方が、このモヤモヤした気分も晴れるかも知れないしな。あー、髪も切りたいんだった。

適当に床を拭き取りシートで掃除しながら駅中のカフェを検索する。

『HARE coffee』……、よし、月曜日やってるな。10時オープンだ。ここのコーヒーは買った事あるんだけどベーグル、美味そうで気になってたんだよなー。

あーあ、昼までにあいつから連絡なかったら、条件下げて適当な相手でも見つけっか。そっか、欲求不満だからこんなにイライラしてんのかもな。 先週も据え膳くらったようなもんだったし。

続けて行きつけの美容院も検索する。平日とあって13時から空いていた。よし、ベーグル食べながら時間潰しして美容院いくか。あんなやつの連絡に振り回される休日なんてごめんだ。 今日中に他の相手見つけてやる。



梅雨の晴れ間で湿度は高いが良い天気だ。今年は梅雨らしくしっかりと雨の日が多い。貴重な晴れだ。休みの日に晴れるなんて、やっぱり俺はついてるな。そうだ、プラス思考、プラス思考。

自分に言い聞かせるようにしながら、だらだらと歩く。 5分程歩き駅中の人気カフェHARE coffeeに入った。日頃は大学生で溢れ返っているが、平日の昼間なこともあり、ほぼ空席だった。よっしゃ、ラッキー。学生いたら騒がしくてのんびりできねーし。

「いらっしゃいませー」

若い男の声がした。今じゃ男もCaffe店員増えたよな。

一昔前は女子のバイトってイメージだったけど。レジ近くのボードに描かれているオススメベーグル一覧を眺める。やっぱ野菜のやつがいいかな。

「いらっしゃいませっ、ご注文おきま……っ!?」

店員が言葉を詰まらせた。ん?どうした?

カウンターに目を向けると、おい、まさか……。俺を苛立たせている原因……HINAがそこにいた。

「あ、ここで、働いてんだ?」

言いたい事、聞きたい事があったはずなのに、どーでも良い言葉しか出てこない。

「あ、あ、は、はい。」

HINAは怯えたように辺りを見渡して挙動不審だ。その態度が逆に怪しまれると思うけどな。

ブラウンのエプロンに付けられた名札が目に入る『陽向ひなた』HINAって本名なんだ。俺もモロ本名だけどな。

にしても、ひなたってやたら可愛い名前だな、女でしか聞いたことないけど……でもまぁ、このさわやかな顔には似合ってる。

「ひなたって言うんだ、名前。 なに?あんま知り合いってバレない方がいい感じ? 世間て狭いもんだなー」

つい意地の悪い言い方をしてしまう。いや、こんなこと言いたいんじゃなくて……。

「あ、は、はい。えっと、」

陽向は顔を赤くして冷房の効いた涼しい店内で額から汗を滲ませている。

「んな顔すんなって。あんなことした関係でーすなんて人様の前で言うわけねーだろ?普通に飯食いに来ただけだから。アイスコーヒーと、アボカドと夏野菜のベーグルちょーだい」

「はいっ、か、かしこまりました。あ、あの、ベーグル、少しお時間、いただきます。席でお召し上がりになりますか?お持ち帰りなさい、ますか?」

ちらっと俺を見ながら、目が合いそうになると必死にレジの画面に目線を逸らす。そんな気まずいもんかね?やっぱなんかイライラするかも。

「ん、席に持ってきてくれる?陽向くんが。」

「っ、……は、はい、かしこまり、ました」

陽向のおかしな様子に気がついたのか、若い女性店員が裏のおそらく調理するスペースから顔を出す。

「柳瀬くーん、レジ大丈夫ー?」

「あっ、店長っ、大丈夫っ、大丈夫……です。あ、アボ野菜ベーグル一つ、お願いします」

「はーい、りょうかーい」

ふぅ、と額の汗をまた拭ってレジを打つ陽向。

「アイスコーヒーと、アボカドと夏野菜ベーグルで1,030円頂きます。」

タッチ決済で会計を済ます。

このままフェードアウトするつもりだったワンナイトの男が目の前に現れちゃって、焦ってんのかね。またそれもウブな反応で面白いけどさ。ふん、人をバケモン見るような怯えた目でみやがって。

掃除の行き届いた清潔感のある店内をぐるっと回り大きな窓側のカウンター席に座る。


あの様子じゃ今日の約束の事なんて頭から消し去って、俺に会うつもりなんてなかったんだろーな。

ま、いーけどさ。あんな処女。めんどくせぇ。とりあえず適当に出会い系の条件下げるか。むしゃくしゃする。あーー、なんかもう、とりあえず誰とでもいいからセックスしたいわ。



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