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第8話 緊張② 〜side陽向〜

「HINAは何曜日が平気?」

俺もシャワーを浴び終え、タオルを腰に巻いて出てくるとすでに私服に着替えたAKITOさんがキャップを被りカバンも肩にかけた姿でベッドの淵に座ってスマホを眺めていた。

あ、帰る支度してる、早く着替えなきゃ。

テーブルに置かれたTシャツを着ると、入り口ドアの取っ手に引っかかっていたままの下着とジーンズに急いで足を捩じ込んでいく。

「あ、えと、えーっと、俺の働いてる店、火曜日が定休日なんで、今日みたいに月曜日の夜が、空いて、ます。」

置いて行かれないように急いでスニーカーの解けた紐を結び直し、バッグを背負う。

「あ、でも、全然っ、AKITOさんの都合に合わせますっ!泊まりじゃないですし、こんな感じですぐ解散なら、いつでも平気かなって」

「いや、セックスした後はネコ側は相当負担あるからな。慣れないうちはさ。次の日休みがいいと思う。ってわけで来週の月曜日でいい?」

うわぁ、そ、そうなんだ、やっぱり。でも身体の心配までしてくれて、こっちが初めてして欲しいって頼んでる側なのに…マジで優しい。

「は、はい。わかりました。あのっ、連絡はっ」

「あー、あの出会い系のアプリのメッセージんとこで、何かあったら連絡ちょーだい。」

あ、そっか、あのアプリ、今日で消そうと思ってたけど……あれ入れておかないとAKITOさんと連絡取れないのか。

「わかりました。ご迷惑になるので、急用じゃない限り月曜当日ギリギリまでは連絡しないようにしますねっ!」

「いや、別に、迷惑なんて思わないけど……って、いや。着替えた?準備できたなら、いくか」


慣れた手つきでラブホの精算を済ませて廊下をスタスタ進んでいくAKITOさんの後を追いかけていく。

「あ、あの料金半分、支払いますっ!」

財布から千円札三枚取り出すと

「ん、次回HINAが払ってくれたらいーんじゃん?」

と受け取ってもらえなかった。

そんなやり取りをしていると、ホテル入り口付近で男女のカップルとすれ違った。腕を組んで笑い合いとても楽しそうだ。そのカップルと目が合ってしまった。俺は恥ずかしくなって、慌てて目線を下へと向け、急足で通り過ぎる。ラブホでスタスタと先を行く男の後を追いかけている男の光景なんて、異様だったろう。

やっぱり男同士なんて異様なんだよな。だからこそ、こうやって出会い系でもしないと、初体験の相手さえみつけられない。

普通の男女なら、高校生くらいで恋人ができて、そこから自然とそういう関係になるんだろうな。羨ましい。俺なんて20歳になったっていうのに、初体験はおろか、恋人すら出来たことないんだからな……。

この先、良い人に出会えたらいいのに。俺も、幸せになりたい。こんな考え、同性好きには贅沢な考えなのかな。


ラブホを出て駅前までAKITOさんの後をついて歩く。

えっと、いつ、解散なのかな、これ。もしかして、ラブホ出口で解散だった?あ、俺ついて歩いてちゃダメなやつだよね?こんな所、彼氏に見られたりしたら、ヤバいもんな。あー、出会い系のルールってどーなんだろー!?わかんねー。

「あっ!あのっ!!!」

「ん、ちょっと待ってて。」

え?先程待ち合わせた場所の少し手前。思い切って声を掛けたら待っててと言われてしまった。AKITOさんは駅前のコンビニへ1人で入っていってしまった。

東口は働いているコーヒーショップもあるし……今21時半前か。仕事終わりの店長に会わないといいけど。いや、別に友だちですって言えばいいだけで、男同士でいたって普通だろ。でもどうしても後ろめたくて下を向いてウロウロとしていると

「はい」

「ひゃあっ!!」

首元に突然冷たい物を当てられて変な声が出てしまった。

「やるよ、それ」

「え、あ、ありがとうございます」

受け取った炭酸飲料の蓋を迷わず開ける。喉、渇いてた。

緊張しすぎていて、喉がカラカラなのにも気がついていなかった。

「なぁ、来週までに1人でする時、後ろもほぐしながらやっておいて」

「……!?ん?」

「するんだろ?来週。セックス。」

人通りも多い所で、まさかそんな話をされているとは思わず、ぶわっと汗が吹き出してきた。

「今日、指2本が限界だったから、んー、まぁ自分でやって2本平気になってたら、来週スムーズかも。できたら3本がいーけど。まぁ、初心者だから無理しないでいいから」

「は、は、はいっ、が、がんばり、ます……」

一気飲みして空になってしまったペットボトルを恥ずかしさを紛らわすためにベコベコと潰す。

「もってる?ローション」

「あ、いや、で、でも、かっ、買っておきます!」

「いいよ、これやる。初めてじゃどんなんがいいかわかんないだろ?ローションにも色々あるから。これ、使いかけだけど、まだ半分あるから足りるだろ1週間」

あまりに堂々と炭酸飲料を渡された時のようにカバンから取り出したローションを渡された。ひぃぃぃっと慌ててカバンの中へと押し込む。

「あ、あ、ありがとうございます!ら、来週にはきちんとできるように精進しますので、また、来週、よ、よろしくお願いしますっ!今日はっ、お、お疲れ様でしたっ!」

もう何が何だかわからないし、恥ずかしいしで早くこの場から逃げ去りたかった。

「ははっ!HINAおもしれ。部活や仕事じゃないんだから!そんなかしこまるなって。」

「あ、え、いや、でも……せっかく来てもらったのに、きちんと出来なくて申し訳なくて…」

あ、笑った顔、今日初めて見たかも。すごい、優しくて、ちょっと年よりも幼く見える。

って本当に23歳なのかもわからないんだけどさ。出会い系サイトの情報しか、彼に関することは何も知らない。

後退りする俺の頭をまたぽんぽんと優しく撫でてくれる。大きな手があったかいな。

「いや、俺も楽しかったから。また、来週、楽しみにしてる。おやすみ、HINA」

ぶわっと頭から火が出たかと思うほど、顔が熱くなる。な、なんで熱くなってんの俺。 慌てて頭を振ってAKITOさんの手を振り落とす。

「お、おやすみなさい!では、またっ来週っ!」

振り返りもせずにアパートに向かってダッシュした。

俺、俺、俺、よくよく考えたらすごいことしちゃってないか?

初めて会った人に、初めてもらって欲しいって言って、身体中触られて、な、舐められて、後ろに指が……

や、ヤバい。今頃めっちゃ恥ずかしくなってきた。思い出してきた断片的な記憶が繋がり始めて、うわぁぁぁーーーーっと叫びたくなったが必死に我慢した。

徒歩なら15分ほどかかるはずの道のりだったが多分5分くらいでついたかも知れない。それくらい脇目も降らずにダッシュした。

ガチャッ ドサッ、バダバタバタ、バフン!!!

落ち着く自分のベッドの香りがする。

「う、うわぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!な、なにやってんだー!おれーーーー!!!!」

ベッドの上で思い切り手足をばたつかせた。恥ずかしい恥ずかしい、恥ずかしくて仕方ない。

でも……

でも、すごく、気持ち良かった……。来週、月曜日。またAKITOさんに会えるのが楽しみ。

尻ポケットからスマホを取り出し、スケジュールアプリの次の月曜日に『AKITOさん』と打ち込んだ。

あ、時間、何時だろ。決めてもらってなかった。近くになって、本当にまた会ってくれるなら、連絡くれるかな。

緊張が一気にほぐれて、急激な睡魔が襲ってくる。

すごい、1日だった。また、会えるといいな、AKITOさん……。



その日の夢で俺は、AKITOさんに最後まで優しく抱かれた。 以前観たBL映画のワンシーンのように美しく、綺麗で、2人だけの光に包まれた世界だった。来週の正夢でありますように。夢の中なのになぜかそう願っていた。


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