シャワーを浴び終え、洗面所の小棚から新しめの下着をつける。髪をがしがしと拭きながら部屋のクローゼットを開ける。 1番手前にあったブランドロゴの入った黒いTシャツとジーパンを履く。どうせ夜だし、裸になるんだし、別に服なんかどーでもいい。
洗面台で髪を乾かしながら『髪伸びてきたな。来週あたりに切りに行くか』とドライヤーのスイッチを切った。
クローゼット内の小物入れからコンドームの入った箱を取り出し薄いパッケージを3個手に取る。いや、初体験っていうから3個もいらないか、1個だけにしとこ。足りなかったらラブホの使えばいいし。
半分ほど中身の減っているローションも一緒にビニール製のポーチに突っ込む。 あぁ、セックスすんの久々だ。お願いだから当たりきてくんねぇーかなぁ。名前はHINAって可愛いんだけどなぁ…。
って、だから期待しないって決めただろ。期待していて超キモい奴だったら無理だろ。一気に気分ガタ落ちだわ。
今人気の若手俳優の顔を勝手に思い浮かべてしまい、そんな理想がくるわけがないと乾いたばかりの頭を振った。
まだ約束の時間までは2時間ほどある。ゲームでもしとこ。
スマホのアラームを19:30に設定し、ゲームのアプリを開きながら座椅子にもたれる。ゲームの世界を楽しみながらも、なぜだか歴代の出会い系の奴らとのごたごたを思い出した。といっても、顔なんかとっくに忘れて、なんとなくなシルエットでしか思い出せない…。
短い期間ではあったものの、夜を共にし合った人間の顔をこんなにもあっさり忘れていくものなのか。まぁ、身体だけの関係なんて、所詮こんなもんだよな。どいつもこいつも別れ方はろくな感じじゃなかったし。ふんっ、と鼻から息がもれる。
まぁ、人間て嫌な事はどんどん記憶から抹消していくもんなんだな。セフレ達と別れる云々していた当時、精神が削れるくらいの嫌な思い出しかないのに、また今夜、顔も素性も知らない奴と、関係を持とうとしている。今日の奴とも面倒な事になる前に今晩限り、一度きりの関係!って念押ししとこ。
ステージクリアをした時にピリリリリリ!と何度目かのアラーム音がして、さすがにギリギリになるな……と画面を暗くする。
よし、いくか!
帽子かけから黒いキャップを取り、目深に被ってから玄関に向かう。夜に黒いキャップなど不審な感じがぷんぷんするけれど、ラブホからの出入りで知り合いに会うのは避けたいしな。
ゴムとローションの入ったポーチをショルダーバッグに適当に突っ込み、玄関で外して置いていた腕時計を確認する。
19:50よし、早すぎず遅すぎずいい時間だろ。鍵をかけると、どこか足取り軽く駅へと向かって歩いて行った。
駅の指定した場所に着くと、何人かが待ち合わせなのかスマホをみながら立っていた。
その中で一際目を引くすらっとした綺麗な男が目に入った。背は俺よりは低いが二重の瞳に横顔のラインを綺麗に際立たせる鼻筋。少し尖らせた唇。サラサラの茶髪にゆるっと着たTシャツ。細身のジーンズが足の長さを際立たせ、肩から斜めにかけている黒のバッグが身体の綺麗なラインを引き立てていた。
まるでどっかの有名カフェの店員にいそうな、さわやかイケメンって感じだ。スマホで誰かとやり取りをしているのか真剣な表情だ。
うわ、あいつだったら最高だけどな。めちゃくちゃに抱きまくって、哭かしてみたい。
……いや、アホか俺。あんなんぜってー彼女待ちなやつだろ。変装とかもしてないし。あーいうのは大抵ノンケだ。ゲイならそれとなく雰囲気がでる。なんとなくだから、俺も説明しにくいんだけど。あれはまぁ、ほぼ確定ノンケだ。うん。
ふぅ、夢見タイムは終了。本物のHINAちゃんはどこかね?スマホを尻ポケットから取り出し、アプリを開く。
『ついたよ。HINAもついてる?俺は黒いキャップ、黒T、ジーンズ、東口出てすぐんとこ立ってる。声かけて』
返事がくるまでの間、あの綺麗な男を眺めておこう。目の保養だ。
お、なんかびっくりしたように画面をみてる。え、まさか、まさか?このタイミング……まさか、な。
その男はあたりをキョロキョロし始める。……いや、まさか、まさかだよな?
心臓がそこにあるのを誇張するかのように大きく跳ね上がる。スマホを持つ手が湿って、間違えて落とさないように、両手で握った。
目、合った。嘘だろ? まさかの、大当たりなのか?額から、熱くも無いのにつっと一筋の汗が流れ、首筋にまで辿り着いた。
ととととっと小走りでそいつは俺の前に現れた。
目の前で見ると結構小さく見える。170センチあるかどうかってとこか。
「あっ、あの!!初めまして!!あのっ、AKITOさんですかっ!?お、俺HINAですっ!」
HINAは緊張しているのか、早口で捲し立てるように告げてきた。自分の変な動揺がバレないように、ふぅ、と一つ息を吐いて、冷静なふりをして話始める。
「HINA、初めまして。AKITOです。あんまり綺麗だからびっくりした。本当に彼氏いないの?HINAなら歩いてるだけで誰かしら捕まえられるんじゃない?」
「いやっ、全然ですっ、その、ごめんなさい、俺、本当、は、初めてで、緊張しちゃって」
下を向きながらぎゅっと握りしめている手をそっと握る。
「うん、いいよ。じゃ、ホテルいこっか?」
余計な挨拶や余計なお互いの情報なんかいらない。
今夜限りの相手だ。俺たちの目的はセックスのみだ。
「はははははいっ!」
まるで大きな犬に囲まれた猫のようにびくびくしながら手を引く俺の後をついてくるHINA。この反応、処女ってのは嘘じゃなさそうだな。
駅の細い路地を入りラブホ通りへ向かいながら心の中でガッツポーズだ。よっしゃ、イケメンくんのお初頂けるなんて。半年我慢してただけのことはある。
セフレと何度か利用したことのあるラブホへと向かう。ここは清潔感もあっていかにもラブホといった雰囲気じゃない所も良いし、スマホで全部決済が済むのも便利だ。
「あ、ラブホってこんな感じ、なんですね。」
「ここはね、無人でチェックインアウトできるから、俺らみたいな男同士でも入りやすいね。部屋、勝手に決めちゃってたけど、なんかこだわりあった?」
HINAは頭をぶんぶんと振る。ずっと緊張しているようで、顔も引き攣り、歩き方もぎこちない。そりゃそっか、これから見ず知らずの男と初めてのセックスすんだもんな。まぁせめて不安が無くなるように優しく抱いてやろう。
「俺、本当初めてで、めっちゃ緊張します、」
「女の子とも、来た事ないの?」
HINAの腰にそっと手を添えるとびくっと身体が震える。
エレベーターに乗り込み3階のパネルを押す。
「高校の時から、男の人が好きって気がついて、そっから何も。彼女なんて、もちろん、彼氏もできたこと、ないです。だから、経験してみたくて。今日、連絡しました。」
「そっか。俺なんかで平気?初めて捧げちゃうの」
HINAがバッと顔を上げる。
「ま、まさか!!こんなかっこいい人と、初エッチできるなんて、思ってもいなくてっ!AKITOさんこそ、彼氏いそうですよね。だ、大丈夫なんですか?こんな、セ、セフレみたいなこと、しちゃってて」
ポーンと、音が鳴りエレベーターのドアが開く。
エレベーターからすぐ近くの部屋だ。ルームキーをかざすとカチャッと解除音が廊下に響く。
「大丈夫じゃなかったら、出会い系に登録なんか、してないっしょ?」
そっと腕を引き、HINAを部屋に誘い入れ、そのまま抱きしめた。
あーー、早くしたい。