俺、男が好きかも。
高校二年の時にやっと気がついた。
初恋だと気がついた男は高校でできた友だち。そいつはバスケ部で毎日毎日朝から夕方までバスケに没頭していた。
そのせいで授業中はずっと寝ていて、他の友達の前じゃ赤点上等!なんて言ってたけど、試合の無い休みの日は、俺の家で勉強を半泣き状態で必死で頑張っていた。「陽向以外にこんなダッセー姿見せらんねー」って俺にだけこんな弱気な姿を見せてくれているのかと思ったら、胸がぎゅっと熱くなった。
好きだ。こいつが好きだ。どうしよう。
気がついて3ヶ月後、あっさりとそいつには彼女が出来た。勉強も彼女と一緒にするようになって、休みの日は全て彼女のものとなった。恋心に気がついた瞬間の失恋だった。
俺の役割なんて終わりだ。こっそり覗くバスケの試合、ベンチでは彼女が嬉しそうに手を振って応援していた。
いいな。女ってだけで、あいつに選んでもらえる権利があるんだから。俺なんか、最初から枠の外だ。
誰か、俺と付き合ってくれないかな。俺一生このまま1人なのかな。男同士って、この先一生誰とも付き合えないまま終わるなんて事もあるのかな。
男が好きだと気がついてから沢山ネットを漁った。俺は言わゆるネコ、抱かれる側を望んでいる人間だとわかった。
誰か、俺を抱いてくれないかな。初めてはそう、優しく、大切にされたい。
好きな奴に、優しく抱かれたい。 それくらいの願望、勝手に待っていたってバチなんてあたんないだろ?
「柳瀬くーん!お疲れ様っ、最近連勤でずっと頑張ってもらっちゃってるから、今日は15時で上がっていいよ!たまにはゆっくり自分時間してねっ」
高校の頃からバイトしていた駅中のコーヒーショップ。高校を卒業してから、何もやりたいことなんか見つからなかった俺に、店長の二宮さんが『ならウチでこのまま働けばいーじゃん!私だって高卒でふらっと面接きて、そのまま店長になってんだよーウケるでしょ?ま、やりたいこと見つかるまで、とりあえず金稼ぎって理由でもいいし、高卒からは時給もアップできるからさー!私としては柳瀬くんみたいなイケメンには辞められたら困るっ!ねっ!お願い』 となんだか嬉しいやらよくわからない理由で引き留めてくれた。
そのまま2年、その後も俺は男との出会いなんて一切ないまま20歳になってしまった。
コーヒーショップの仕事は正直とっても楽しい。最近では豆の炒り方、挽き方、季節のオススメコーヒー選びまでも任せてもらえるようになった。コーヒーに合うサイドメニューやスイーツなどの新メニュー開発にまで、俺の意見を聞いてくれている。 『将来、自分のカフェとか持てたら最高っすよね?』なーんて一年前にうっかり口にしてしまって以降、店長は俺に沢山のことを教えてくれるようになった。 店長とは歳が近いせいか、色々と刺激にもなるし、自分の店を持つために最低限の仕事を教えてくれているのがわかり、本当に二宮店長には頭があがらない。
「ありがとうございます!じゃあ、切りのいいとこまで、やっちゃいますね」
「いらっしゃいませ!」
レジ前のクッキーやマカロンの入ったカゴを整理していると2人の男が入ってきた。
よく来てくれる常連なんだけど俺よりちょい年下かな、多分ここの駅近くの大学の学生だ。
この2人、ちょっと、いや、かなり怪しい。まず、距離感が怪しい。友だちにしては近すぎる。
背の高い方のイケメンはいつも猫っ毛な背の低い方の友だちの腰に手を回してるし、会計は大抵背の高い方だが、会計の時に揉めてる事もよくある。どっちが出すかでよく猫っ毛はぷんぷん怒ってる。
テーブル席に向かい合って座ることもあるが、空いていたらカウンター席でくっついて座ってるし、よくサイドメニューを分け合って同じフォークで食べている。怪しむなという方がおかしい2人だ。
注文されたベーグルをトーストで温め、レタスとスクランブルエッグを乗せ、上にハムとオーロラソースを垂らし、トマトをかぶせる。 半分に切り、美しい断面が見えるよう、店の名前入りペーパーが敷かれた白い皿の上に乗せる。ナイフとフォーク…どうせ一本ずつしか使わないだろうが、2セット用意する。ん、これは逆に失礼になるのか?1セットしか使わないなら、あっちが断らなくても良いように1セットにしておくか…。トレーの上にベーグルの皿と1セットのみのナイフとフォークを並べる。 店長に渡すが、店長も何もフォーク数に触れることなく、淹れたてのコーヒーカップ2つと共にベーグルサンドを渡していた。 ふぅ、良かった。今後も1セットでいこう。
「むふふふ!やったぁー今日も会えたぁ!私の推し!!」
あの2人が来ると店長は大抵1人で興奮している。まぁ、イケメンだもんな、ふつーに。背の高い方なんか、ドラマに出ていたなんとかって俳優に似てる気がするし。
「ねぇ、柳瀬くんから見て、あの2人どう思う?」
小声で聞かれた。
「ど、どうって?別に、イマドキの仲良し大学生って感じっすかね?」
「えーーー!男の子からしたら男の子同士の絡みはキュンとかギュンとかしないのー?もう、萌えだよね、うん、もうね、2人をずっと見守ってるからさぁ、私。あぁ、幸せになって欲しい!」
トングを持ちながらニヤニヤしている店長に思い切って聞いてみる。
「え、あの2人って、えっと、そーいう関係なんすか?」
「どっからどー見てもそうでしょうよぉー!って、柳瀬くん、偏見とか無さそうだったからつい、興奮しちゃった、ごめんごめん、あんま、ダメだった?こういう話題。」
「いや、全然、偏見っていうか、いや、男が好きな者同士どうやって出会ったんだろーって単に不思議になって。」
店長はルンルン鼻歌を歌いながら下げられたカップを洗い始める。
「ね、どうやって出会うんだろうね?だからこそ、運命なんじゃないかな?男女のカップルでも相性のいい人と出会えるのって運命だと思うけどさ、同性同士って私には想像できないほど、悩む事も多いと思うし、出会いも少ないと思うんだよなぁ。だからこそ、尊いというかさぁ…」
「で、ですよね…羨ましいっす、運命の相手とか。ドラマや漫画の世界でしか無いと思ってるんで、俺」
ケース内のマフィンとベーグルを綺麗に並べ終え、エプロンの紐を引く。
「同性カップルの動画配信とか見てるんだけどさ、出会い系で出会ったカップルも多いみたいだよね?でも、出会い方なんて、正直関係なくない?どこに運命の人いるかなんて、わかんないんだし。あーーー、私の王子様はいつ現れるのかねぇー!ねぇー柳瀬くーん、いい人いないのー!?」
「ははっ、そんな人いたら、俺も知りたいっす。それじゃ、お先に失礼しますね。」
「はぁーい!お疲れぇ、また明後日、よろしくねー!」
エプロンを畳みながらバックヤードへと戻る。
運命の、相手、ねぇ。