『力なきものよ…去ね。魔王の玉座を目指せるのは、一握りの選ばれし強者のみ』
これまではマントに包まれていた身体があらわになり、私たちは一瞬だけ息を飲んだ。
全身を先ほどのドラゴンのような光沢を放つまがまがしい黒い鎧で覆っており、翻ったマントの裏側は鮮血のように赤い。そして腕は四本備わっており、そのうち一本にはドラゴンの爪のように鋭い曲刀が、もう一本にはその曲刀を穂先にした槍が握られている。頭には闘牛を思わせる角もあって、それが怪しく光ると。
魔王に対して突出していた私たち8人と自身を閉じ込めるように、赤黒いドーム状の障壁を出現させた。影奴が張れるとは思えないような魔力の壁は仲間たちからの援護を完全に遮断して、さらにドームの外側には空からいくつもの黒い炎が降り注いでいた。
「みんな!」
「大丈夫よ、外にも結界部隊がいるもの!」
「ですが、あの炎…地面に当たると影奴に生まれ変わっていますわ。なるほど、わたくしたちが魔王を仕留めない限り戦いは終わらないようですわね」
「望むところだ! ちゃちゃっと倒して、みんなでうまい飯でも食いに行こうぜぇ!」
その終末のような光景に思わず声をあげるカオルさんだけれど、ムツさんの言うように外にいた結界部隊は再び炎から仲間たちを守っていて、あの炎によって直接的な被害は出なかった。
けれど、こんなときでも冷静に分析するハルカさんの言葉通り、その炎は地面に降り注ぐと小さな人型を思わせる影奴に生まれ変わり、四方八方から魔法少女たちに襲いかかっていた。ドームの外もこことは違った激戦が繰り広げられていて、時間をかけると私たちが不利なのは今も同じようだった。
だから八重歯を光らせて魔王へ飛びかかるルミに全員が同意し、それぞれの攻撃方法を用いて最後の敵を討ち滅ぼそうとする。
『フハハハハ、やはり貴様らは我へ謁見するに相応しい! だが…所詮は小娘だな!』
「おお!? こいつ、攻撃が早くて…重い!」
「ふん、所詮は影奴! 私の剣技を捌けるはずが…なっ、くそっ! 二人がかりでもしのげるか!」
まずは接近戦が得意なルミとマナミさんが斧とレイピアで攻撃を加えるものの、魔王も二本の武器でそれを次々といなし、同時に斬撃や刺突で切り返してくる。ルミもマナミさんも近距離では無類の強さを誇るというのに、有効打を与えられずジリジリと後退せざるを得なかった。
「二人とも、無理せず下がって! こういう強敵にはね、遠距離からの攻撃がベターよ!」
「ええ、おっしゃるとおり…先ほどの予告通り、そのキザったらしい顔を吹き飛ばして差し上げましょう」
そして二人がバックステップで十分距離を取ったところで、ムツさんとハルカさんが遠距離攻撃を仕掛ける。ムツさんが放つ魔法の矢は空間移動を駆使して相手の死角から襲いかかり、ハルカさんの撃つ銃弾も千里眼によって無慈悲なまでの正確さで相手の眉間へ飛び込んでいた。
『愚か者めが! 我は魔王、そのような非力な攻撃が通じると思うたか!』
しかし、魔王は何も持っていなかった残りの腕の一本をかざすと全身が漆黒の霧で覆われ、二人の攻撃は身体に到達する前に闇の中へと飲み込まれた。単なる結界と違って霧は服のように全身を覆いつつも動きを阻害しないようで、ジリジリと攻撃を無効化しながら前進してくる。
『教えてやろう、魔法というのは…このようにして使うのだ!』
私もビームを撃ち込みながら様子を見ていたら、最後の腕を掲げて魔力を集め…それは先ほどの自分の姿のような、影のドラゴンを作り出す。サイズ自体は魔王と同じくらい──およそ3メートルというところか──であるものの、ドラゴンは私たちに向かって自分の身体と同じ色のブレスを吐き出してきた。
「おっと、完全な防御ができるのはあなただけではありませんよ…私がいる限り、誰一人として魔法少女を傷つけさせはしない」
「…そして、仕込みも万全。下からの攻撃に耐えられるかな…? 爆ぜろ」
私たち全員を覆うようなブレスは、同じように全員を守ってくれるカオルさんの結界によって完全に防がれた。みんなを同時に守るカオルさんの横顔は避暑地のお嬢様の如く涼しげで、いざというときは私もシールドモードを展開しようと思っていたけれど、不要だったようだ。
さらに、アヤカはいつの間にか──おそらくはムツさんの空間移動を応用したのだろう──自分の攻撃魔法…魔王の足下に『地雷』とも呼べる爆発を仕込んでおいたようで、それを知らずに悠然と踏み出した魔王は見事引っかかり、圧縮された爆発エネルギーが派手な音と一緒に縦長の火柱を作った。
『…なるほど、貴様らも多少はやるようだ。されど所詮は人間、ゆえに脆い部分がある…それはなんだかわかるか?』
黒い霧は下方向まではカバーしていなかったのか、爆煙が消えた直後の魔王は角と鎧の一部が欠けていて、改めてアヤカの爆発魔法の威力に私は息を飲む。これで狙いまでもが正確であれば、私とマナミさんはここにいなかっただろう。
しかしダメージを負った魔王はそれでも口元に邪悪な笑みを浮かべたままで、地面に剣と槍を突き立て、四つの手のひらを上に向け、異界の言葉で詠唱を始める。
それに対してこの場にいる誰もがいやな予感を感じて攻撃を加えたけれど、魔王を守る霧は完全には消せなくて。
『心だ。そして我はそれを制するからこそすべての王となった! 思い知るがいい…己の弱さに食い潰され死んでいく、惨めな人間どもよ!』
詠唱を終えた魔王は手のひらをくるりと下向けると、その手から離れた黒い球体は地面に落ち、魔王の影のようにこちらへと伸びてくる。
「残念ですが、私の結界は下までカバーしていて…!?」
「カオル、危ないっ!!」
カオルさんはそれからもみんなを守るように一歩前に出て結界を張り直したら、その影はわずかにも存在しない隙間を見つけたようにするっと絶対領域の中にすり抜けてきて、それを察知したムツさんはカオルさんに抱きついて空間移動で逃れようとしたけれど。
それよりも早く二人の影を侵食し、一瞬でカオルさんとムツさんの瞳から光が消えた。
【そんな…父さんは、母さんの…自由を、尊厳を…奪った…?】
【…私は無力。自分では何も変えられない、ただ変わるときを泣きながら待つだけ…】
「な、なんだ!? おい、しっかりしろ!」
「マナミ、いけません! 今は回避に専念を…!?」
瞳から光を失ったカオルさんたちを心配したマナミさんは駆け寄ったけれど、残った影はそんな彼女を狙っていて。
ハルカさんはようやく焦った様子で彼女を助けようとしたら、再び二人揃って敵の魔法にかかってしまった。
【…私は、いらない子なんだ…だから、捨てられた…】
【お母様、ハルカは頑張っております…なのに、どうして…認めて、くださらないのですか…?】
「…なんだこれ…」
「くそっ、急にどうしたんだ!? あいつの攻撃に当たった奴ら、みんな死んだ目になって震えているぞ!」
これまでの攻撃に比べると、先ほどの魔王の魔法は直接的な破壊力は一切伴っていない。けれども、それに触れた仲間はみんな膝をついてブツブツと何事かをつぶやきながら、完全に戦う力…いや、意思を喪失していた。
どんなときでも戦意を失わないアヤカとルミですら目の前の光景に困惑していて、それでも立ち止まっていたら危ないと本能が理解したのか、二人とも移動と攻撃を繰り返しながら魔王へと迫っていく。
そして、私は。この攻撃の本質を知っている、私は。
「ルミ、アヤカ! こいつのこの魔法、これは『精神攻撃』だ! いくら二人でもこれを食らったら…!」
なんて叫んだけれど、それをあざ笑うように魔王は二人にも易々と魔法を直撃させた。
【あたしは弱くない! なのになんで! なんで、戦わせてくれないんだ!】
【…いやだ、行きたくない…! 助けて、お父さん、お母さん…! 私、いい子になるから…!】
みんなが見せられたもの、それはわからない。
だけど攻撃に当たったときのみんなから流れ込んでくる魔力反応は、私の中にそれぞれの叫びを反響させていた。
多分、私も精神に作用する魔法を使うからだろう…まさか自分と同じような魔法を使う敵がいただなんて。
いや…これも私が作ったからだろうか?
『ククク…ハハハハハ! 脆い、脆すぎるぞ人間! 少し苦痛を感じる光景で埋め尽くされただけで、こうも心を壊すとは! やはり魔法少女なぞ地上を治める器ではない!』
魔王はあまりにも上手くいったせいか追撃を忘れたかのように哄笑をあげて、私とカナデが残っているというのに気の早い勝利宣言をしようとしていた。
「ヒナ…」
「うん、わかってる」
今も隣にいてくれるカナデは私の袖を引っ張り、小さな声で名前を呼ぶ。それは魔王からすれば不安による降伏の推奨にも見えただろうけれど、まったく違った。
私にはわかる。カナデは…「そろそろ茶番は終わりにしましょう?」と呆れているのだ。
『見たところ、貴様らがこの場では一番腕が立ちそうだな! どうだ、これでも我に従わんのか? 最後にもう一度、チャンスをやろう…我の軍門に降り、そして』
「断る。とどめを刺す前に教えてやる…お前にできることは、私にも全部できる。なのにわざわざ真っ向から戦っている理由、それは『魔法少女の結束のため』だ。だから、そろそろ終わりにしよう」
『…なんだと?』
「…魔力解放。みんな、大丈夫だよ…それはただの悪夢。そして夢は目覚めれば忘れる…さあ、立ち上がって」
「…あれ? ムツ、どうして抱きついているの…? あっ、今は戦いの最中だった! みんな、無事!?」
「…あ、あらぁ? 私、どうして…? ああっ、こ、これはね、違うわよぉ!? 戦っている最中にいちゃついていたわけじゃないから!」
「う、う~ん…姉様、マナミはもう食べられません…はっ! 私のジャンボパフェがない!? くそっ、いいところで起こすなんてどんな不届き者で…ち、違います、寝ておりません!」
「マナミ、それは寝坊した人間の典型的な言い訳です…ええ、もちろんです。わたくしは寝ておりませんわよ?」
「…あーっ、よく寝た! おいアヤカ、起きろ! よくわからないけどあたしたち、戦闘中に寝ちゃってたみたいだ!」
「…うるさいよ、ルミ…あと10分…あれ…なんで、こんなときに寝てた…?」
私の魔法、それは洗脳だ。人間はおろか影奴ですら意のままに操ることができて、もちろん先ほどの魔王のように…いやな記憶を掘り起こし、精神的な苦痛を与えることもできるだろう。
けれど、そんな使い方は不要だ。私は魔王のように世界を支配したいとは思っていないし、好きな人に使って意のままに操るような趣味もない。
私の魔法、それは…バラバラだったみんなの『世界』を重ねて、少しでも優しい『時間』が流れるようにするためのものだろうから。
『…おのれぇぇぇ!! 人間風情が、小賢しい!! もはやこのような世界いらぬ、我が最大の魔法にてすべてを灰燼に変えてやろうぞ!!』
調子に乗っているように見えて冷静に戦況判断ができるのか、私たちの心を破壊できないと理解した魔王は猛り、すべての腕から紫炎を放ちながらようやくラスボスらしい破壊魔法を放とうとしていた。
となれば、こちらも…勇者ならぬ魔法少女らしい攻撃で、魔王を吹き飛ばしてやろう。
「ランチャーメイス、『アストラルバスターモード』…! みんな、力を貸して!」
私はこれまで周囲を守ってくれていたビットをもう一度ランチャーメイスと合体させ、今度はブルームランチャーとは異なる形状…大型の砲身、それを支えるような銃座、複数の持ち手を形成した本体…最大出力でビームを放てるモードに切り替える。
私は本体真ん中にあるトリガーハンドルを握り、カナデは言われる前に後ろから私に抱きつく。そしてみんなもこの武器の見た目ですべきことをすぐに理解したのか、それぞれが空いている持ち手を握ってくれた。
「…あの技術担当の魔法少女、こんなものまで…まったく、今後は兵器開発にももっと監査が必要ですわね」
「私もそう思います! でも…姉様と同じ武器が使えて、とても光栄です!」
「ふふ、なんだろうねこの気持ち…今から敵もすごい攻撃をしてきそうなのに、全然緊張しないよ」
「うふふ~、カオルのそんなに楽しそうな顔、久しぶりに見たわねぇ。おひい様、もちろん私もお供するわよぉ?」
「おいおい、なんだこの武器! めっちゃ格好いい! なあなあ、武闘派でもこういうの作ろうぜ!」
「…そんな予算と資材、どこにあるの…ほんと、今日はこういうノリばっかり…でもまあ、今だけ…付き合ってやる…」
「ヒナ、安心して…あなたの後ろには常に私がいる。だからあなたも…私を連れて行って!」
先ほど苦しめられたことは本当に忘れてくれたのか、全員が余裕たっぷりにランチャーメイスに魔力を送り込んでくれる。私は一人一人異なる魔力の性質を感じながら、魔法少女はみんな違うからこそ力を合わせられて、そして大きな事を成し遂げられるのだと、らしくない充実感を覚えていた。
まだ強敵はいて、いよいよ最後の攻撃をぶつけ合うのだけれど…勝つのは私たちだ。
『消えろ、魔法少女ぉぉぉぉぉ!!』
「消えるのはお前だ…『アストラル・エレクシアキャノン』!! みんなの心をもてあそぼうとした罪、死んで償えぇぇぇぇぇ!!」
私と魔王は同時に叫び、お互いのすべてを込めたビームをぶつけ合う。
私たちの魔力は淡い桜のような薄ピンク、魔王の魔力は黒紫、それぞれの力の色を帯びたビームが正面からぶつかり合う。
するとその衝撃波はドーム内だけでは収まりきらず、やがて周囲を覆う赤黒い壁はひび割れてはじけ飛び、周囲にいた影奴は枯れ葉のように吹き飛ばされ、仲間の魔法少女たちは必死に結界を張って踏ん張っていた。
「…くうっ、不安はないけれど…敵もなかなかやるね…!」
「けど、諦めるつもり、ないんでしょう? 安心して、みんな…いざというときは、私の空間移動で、まとめて逃げ切るからっ…!」
今もビームの手押し相撲は一進一退という感じで、魔王が叫ぶと一時的にこちらが押されて、私たちが声を掛け合うと今度はこちらが押せる。
ちなみに今の声はカオルさんにムツさん、彼女たちとしては珍しく余裕がなくて、だけど不安が一切声音に含まれていなかった。
「…くっ、なかなかの消耗で…マナミ、限界だと感じたらすぐに離れなさい…無理をしない、それは恥ずべきことではありませんよ…!」
「ね、姉様、こそっ…いざというときは、私に任せて退避してください…姉様は、この国を、治める方、なのですからっ…!」
魔王以外の影奴がすべて吹き飛んで消えても、まだこの押し問答は続いていた。最強の影奴を作るつもりではあったけれど、なかなかどうして、私の予想よりかは強いらしい。
そしてハルカさんも徐々に余裕がなくなってきたのか、真っ先に妹分を気遣い、その妹は貴重ともいえる軽妙な切り返しを息切れしつつ口にしていた。
「やべぇ、腹減ってきた…! アヤカ、なんか持ってないか…? 持ってたら、あたしの口に、放り込んでっ…」
「…そんな余裕、あるかっ…! このクソ兵器、魔力使い過ぎ…やっぱり、ヒナと、カナデは…絶対、ボコる…!」
ルミは相変わらず…だけど、本当に力が抜けてしまったような声を出していて、冗談とは思えないお願いをアヤカにしていた。もちろんアヤカはそれを一蹴して、私に対して容赦のない怒りをぶつけてくる。
そうしてランチャーメイスに流れ込んでくる魔力も若干心許なくなってきた頃、わずかに私たちが押される。無論負けるつもりはない…けれど、そろそろ勝負を決めないときついのは私も同じだった。
…やっぱり、私なのか。こういうときに決めないといけない、そういう役割は好きじゃないんだけどな…。
「…ヒナっ…まだ、やれること、あるでしょっ…私が支えるから、やりなさい…全部…あなたにしか、できない、ことっ…!」
私を抱きしめるカナデの腕が、魔力が、より一層の力を帯びる。
それは私のものぐさな──この期に及んでも──心を動かすのには十分というか、動かせる唯一無二だった。
手はトリガーを引きつつ、私は意識を一瞬だけ魔王からみんなに向けて。
「…みんな! 負けないで!」
少し悪いと思いつつ、私は全員を洗脳…もとい、後押しした。
カナデにもそうしたように、全員が限界を超えて魔力を引き出せるように言い聞かせたら。
『…ば、馬鹿なぁぁぁぁぁ!!』
みんなの魔力を枯渇するまで引き出した結果、ビームは火口の地形を変えるほどの太さまで膨れ上がって。
それは敵のビームごと魔王を包み込み、その身体を溶かし尽くそうとした。
『…覚えて…いろ…魔法少女、ども…我は影奴の、集合体…影奴がここに来る限り…何度でも、蘇る…つかの間の平和、楽しむが、いい…』
…いくら何でも、コテコテすぎたかな?
そんな断末魔を上げて、魔王は完全に姿を消した。
その魔力が消失したことを理解した私はようやく引き金から手を離して、それと同時に8人仲良く仰向けに倒れた。
そして、始まったのだ。
魔法少女たちによる、未来が。