「敵軍団に風穴を開けてやる…おい、小さいの! さっき放った技、もう一回やるぞ!」
「…うるさいよ、シスコン。さっさと爆発エネルギーを氷で包んで…」
魔王率いる影奴の軍団との地上戦が始まった刹那、真っ先に声をあげたのはまさかのマナミさんとアヤカだった。かつては本気で殺し合おうとした二人が何をするのかと射撃をしつつ横目で見ていたら、なんと合体魔法を放とうとしていたのだ。
「…爆発魔法を氷で包んで…」
「それを投げつける必殺魔法、その名も! 『クリスタル・ブラスト』! 砕け散り、爆ぜろ!」
アヤカがガントレットに包まれた腕を掲げて爆発エネルギーを集め始めた直後、真後ろに立ったマナミさんがそのエネルギーに向けてレイピアを掲げ、暴発しないように分厚い氷のキューブで包み込む。
そしてそれが完成した直後に敵に向かって投げ込むと、軍団の中心で大きな爆発が起こった。アヤカの魔法は狙いが付けにくいらしいけれど、氷で閉じ込めた爆弾にすることでその弱点を改善、敵に投げつけて任意の場所で炸裂させる大型爆弾となっていた。
さらに爆ぜた直後には包み込んでいた氷が砕け散ってその破片が周囲に飛び散り、小型の影奴はそれが突き刺さるだけで消失する。さながら爆発と氷のグレネード弾とも言うべき魔法で、大群への攻撃方法としては大変有効だった。
…ここで終わればよかったのだけど、その直後には「おい、誰がシスコンだ!」とか「…そこまで小さくないし…」といった言い合いが始まるあたり、この二人の溝が完全に埋まるにはもうちょっとかかりそうだった。あのときと比べると、微笑ましいものだけど。
「うはー、やっぱあの技すげえなぁ…おっ、敵の親玉がまたさっきの影爆弾みたいなのを放とうとしてる! ムツ、足止めにあれをやるから確実に当ててくれよ!」
「オッケーよ! ルミちゃんの強烈な炎、魔王にしっかりと届けてあげる!」
さっきの魔法で敵の集団に穴が開いたけれど、それでもまだ魔王への道は完全には開けていない。そしてそれを理解しているかのように、影奴の肉壁の向こうでまた爆発する影を放とうとしている魔王に対し、次はルミとムツさんが何やら放とうと準備を始める。
…どうやら私たちが到着するまでのあいだに、派閥関係なく様々な合体魔法を編み出していたらしい。魔法少女は戦闘の最中に急成長することも多いけれど、全員が手を組むとここまで強くなるなんて思わなかったな。
「『煉獄炎舞』、そう簡単には消えないとっておきの炎魔法を!」
「私の空間移動で確実に命中させる! しばらくおとなしくしてなさい!」
ルミが両手で掲げた斧には渦巻く火炎流が集まり、ムツさんはそれが完成すると同時に自分の魔力がこもった魔法の矢で射抜き、その直後に炎は姿を消す。
けれど、消えた炎は次の瞬間には矢と一緒に魔王へ突き刺さり包み込んでいて、攻撃を中断させられたドラゴンは燃えさかる炎の中で何度も咆哮を上げた。しかし、煉獄はまとわりつくように燃え続けていて、さながら炎の縄で拘束されたように悶えることしかできていない。
ルミの言うとおり、これならダメージを与えつつ一番の強敵の足止めができるから、ひとまずは雑魚の大群に集中できるだろう。それを理解した私はビットを自分の周囲に展開、ランチャーメイスと同時に一斉射撃を行って敵をなぎ払った。
「あらあら、大切なパートナーが武闘派に取られてますわよ? もっと悔しそうにしたらどうですの?」
「お互い様ですよ…でも。ムツには早く私の隣に戻ってきてほしいので、私たちもちょっと手を組みましょうか」
これまでは結界展開と狙撃で応戦していたハルカさんとカオルさんは、決戦には似つかわしくないような涼しげな顔で軽口を叩き合う。けれどもこの二人もこれまでの例に漏れず、どうやら必殺技を用意していたらしい。
…私とカナデも見せつけたほうがいいのだろうか。今も隣でフェアリーブラストを構えて援護してくれる相棒を見ながら、若干のんきなことを考えていた。
「反射結界、展開! ハルカさん、敵包囲完了です!」
「ええ、お任せあれ…『オーロラ・シンフォニー』。魔王軍の皆様、それではご退場くださいませ」
カオルさんが両手を広げて敵軍団を見据えると同時に、いくつもの縦長の長方形型の結界が展開する。それは敵を取り囲むように設置された壁のようで、これから何をするのかと思ったら。
ハルカさんはそれを確認すると空中に飛び上がり、そのまま浮遊し結界に向けて射撃を行った。レーザーアタッチメントが付けられたスナイパーライフルからは青みを帯びた白い光線が放たれ、それは影奴ではなく結界めがけてまっすぐ伸び、名前の通り反射する。
そして反射したレーザーは敵を貫通しながら次の結界を目指して一直線に伸び、また結界にぶつかったら反射して、さながら六芒星を描くように反射と貫通を繰り返しながら敵を蹂躙していく。
ハルカさんは何度か射撃を繰り返すと地面に降り、その間も結界に囲まれた敵軍は一方的に蹂躙されて、レーザーが消える頃には影奴の大部分が喪失していた。
…ハルカさん、アウトレンジからの狙撃がメインだと思ったんだけど…カオルさんの力を借りたとはいえ、広範囲殲滅もできるのか。今さらだけど、この人に狙撃されなくて本当によかったと思う。
「ヒナ、道が開けたわ…とどめはあなたが刺すのよね?」
「勇者なんて柄じゃないけど、魔法少女に倒される魔王がいたっていいからね…カナデ、一緒に行こう!」
ついに敵の親玉までの道が切り開かれ、私たちは誰に言われるまでもなくそこを突き進む。残った影奴たちが私たちを挟み込むように襲いかかろうとしてくるけれど、もちろん後続の仲間たちがそれを阻んでくれる。
だから、前しか見ない。魔王にとどめを刺す勇者のように、だけど魔法少女らしく全身に魔力をみなぎらせ、ようやく煉獄が鎮火したドラゴンの間近へとたどり着いたところで。
「ブースト! ヒナ、頑張って!」
「時間よ止まれ。ありがとうカナデ、あなたの力をこの一撃に込める…ビット展開! ランチャーメイス、『プリズム・バーストモード』! これで…とどめだ!」
魔王の時間の時間を停止し、無防備になったその巨体に向けて、今できる最大限の火力を叩き込んだ。
まずは敵を包囲するようにビットを展開、そしてカナデの強化魔法を受け取ったらそれをランチャーメイスに、さらにはビットにも分散させて、それぞれの砲門から最大火力のビームを放つ。
いずれのビームも見るからに固そうなうろこに突き刺さり、相手の全身を貫く。そして時間停止が解除されると、何が起こったかわからないであろうドラゴンは最後の咆哮を上げて、全身から黒い霧を漏らし始め…それはやがて蒸気のような勢いで吹き出した。
「よし、これで…!? 強大な魔力反応確認! 全員防御態勢! ビット、シールドモードに移行! カナデ、私の後ろに!」
「ヒナっ!」
これまでの影奴のように影の粒子となって霧散していく…と思っていたら、ぞくりと背筋が反応するほどの魔力が間近に伝わってきて、今まで影奴には感じたことがないほどの圧力に私はすぐさま仲間たちに防御するように無線を飛ばす。
もちろん私たちも身を守るべく、ビットをシールドモードに切り替えた。するとビットたちは私たちの周りに集まってそれぞれから薄紫のヴェールが展開、並大抵の敵では突破できない堅牢な防壁を作り上げる。
けれど。
「…うわぁっ!?」
「きゃっ…ヒナ!」
あまりの激しい戦いに火山が目覚めてしまったのかと思うくらいの、どす黒い噴火が魔王の身体から立ち上がる。後ろにいる仲間たちからもその衝撃にうめく声が聞こえてきて、間近にいる私たちに至ってはシールドごと後方に吹き飛ばされるほどの圧がぶつけられて、踏ん張ることすらできなかった。
幸いなのは私の後ろにカナデがいてくれたことで、彼女は私を抱きしめつつ自身の能力をブースト、無防備に転がらないように足を接地したまま堪えてくれた。
『…驚いたぞ、異界の魔法少女どもよ。我がいた世界の小娘たちは低級の眷属にすら手こずっていたが、貴様らは【魔王】相手にここまで戦うとは』
黒い粉塵が晴れると、そこにいたのは。
人の形をした、黒いマントに包まれた影がいた。
『その力を認め、我の傘下に入ることを許そう。さすればこの世界を手に入れたのち、今貴様らが立っている列島をくれてやろう。どうだ、悪い話ではあるまい?』
「…ちょっとヒナ、どういうことよ…あなた、あんなふうになるように魔法を使ったの…?」
「いや、私は別にそこまで考えてなかったよ…一応は『最終形態が人型だと得体の知れない恐怖があるかな』なんて思っていたけど…」
荘厳な話し方と声で私たちに交渉してくる魔王を尻目に、私とカナデは小声で困惑を伝え合う。
たしかに『あれ』を作ったのは私だけど…影奴が集まって合体するように命じただけで、そこまで細かい注文はしていない。カナデに言ったとおり、ゲームみたいに最終形態のほうが小さいと妙なプレッシャーがありそうだとは想像したけれど…もしかしなくても、私は『やってしまった』のだろうか?
「お断りします。ここは元々私たちが生まれ育った場所、異世界からのこのこ侵略しに来た相手に許諾を得る義理はありません」
「ええ、カオルの言う通りね…魔王さん? 菓子折もなしに土足でここに来たこと、たーっぷり後悔なさい?」
本格的にどうしようか悩んでいたら、私たちの後ろから…まさしく勇者然としたカオルさんがきっぱりとその要求を突っぱねつつ一歩踏み出し、ムツさんも不敵な笑みを浮かべながらクロスボウを向ける。
「あなたのいた世界の魔法少女はどうだったのか、存じ上げませんが…我々は侵略者に屈するほど弱くはありません。我が国を狙ったその見る目は褒めて差し上げますが、二度と世迷い言が言えなくなるよう、その仮面ごと顔を吹き飛ばして差し上げますわ」
「姉様のおっしゃるとおりです! おい魔王! 私たちを敵に回したこと、あの世で後悔するといいぞ! 貴様を討ち滅ぼし、私たちは…魔法少女による理想的な統治を実現するのだ!」
そしてハルカさんはカオルさんよりもわずかに前に踏み出し、スナイパーライフルで相手の頭を狙いつつ、黄金色のマスク──目元だけ覆うタイプだ──を今すぐ打ち砕こうとしていた。もちろんマナミさんも姉の勇姿に黙っていられるわけがなくて、レイピアをビシッと向けながら鼻息荒く前口上を述べる。
「よくわかんないけどよぉ…お前、影奴の割には強そうだな! 今までの影奴だと全然物足りなかったんだ、王を名乗るくらいなら…楽しませてくれよなぁ!」
「…はぁ…興ざめ。てっきり、『いろんな生物が無造作に混ざったようなでっかいラスボス』だと思ったのに…コッテコテのテンプレな小説は、もう読み飽きた。だから…さっさと消えて」
言うまでもなく強敵相手に前のめりになっているルミも斧を構え、これまでで一番物騒に口元を歪めて決戦の火蓋が切られる瞬間を待っている。逆にアヤカは落ち着いている…けれど、どうやら魔王の姿が自分の期待とは違ったようで、興味を失ったように、それでもギラギラと敵意のこもった目線を投げつけていた。
『ククク…貴様らは腕っ節は強いが、頭だけは向こうの魔法少女たちと同じく弱いようだな…いいだろう、まずは貴様らを根絶やしにしてから、この世界を我の影で染め抜いてやろう!』
「…と、とりあえず、みんなが乗り気で団結もしているから、いいのかしら…?」
「…う、うん、そういうことにしておこうか…」
みんなからの口上を受け取った魔王は不敵に笑い、その身体に内包されているであろう魔力が高まっているのがわかる。
一方で私たちも各派閥のエースが前に立ったことで戦意が高揚し、全員が魔王という共通の強大な敵に立ち向かうための結束を得ていた。
…なのに、その魔王を作った私たちは微妙に緊張感がない。いや、これほどまでの魔力を持っているなら一筋縄ではいかないだろうけれど、それでも…なんだろう、アニメや漫画の世界がそのまま顕現してしまったような気分というのは、いまいち戦闘モードにはなれない。
(いや、今さらか…魔法少女なんていう、フィクションだと思っていた存在になってしまったときから、私たちはこういう戦いを経験する運命だったのかもしれない)
けれど、戦いというのはいつも向こうからやってくる。私は戦いを望まないけれど、それでも逃げないと決めた以上は…やってやろうじゃないか。
「…やろう、カナデ。多分だけど、あれを倒せば…ハッピーエンドが待っていると思うから!」
「…でしょうね、魔王だもの! さっさとあんなわかりやすい悪役を倒して、私たちの家に帰るわよ!」
勇者が魔王を倒せば世界は平和になって、そしてハッピーエンドを迎える。それはフィクションでも現実でも同じだと思うから。
私とカナデはようやく体に緊張感と高揚感が戻ってきたことを自覚しつつ、最後の敵へと立ち向かった。