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第77話「魔王の咆吼」

「あいつ、こんなものまで作っていたのね…技術班の裁量ってどうなっているのかしら?」

「その辺はわかんないけど、リイナは平日も休日も関係なく技術室にこもっていたから…あの子の努力のたまものだと思うよ、うん」

 裏大社から飛び出した私たちを待っていたのは、いつも私たちを支えてくれた技術者のリイナ…だけど、そんな彼女が持ってきたものには唖然とした。


『今からあの山に行くんだよね? 普通に魔法を使って飛んで行くと余計な消耗につながるから、この秘密兵器…【ブルームランチャー】に乗っていって!』


「ランチャーメイスをコアユニットに見立て、外装パーツを装着して移動と攻撃の両方を行えるようになった決戦兵器…か。見た目もそうだけど、こうやって乗っていると魔法少女というよりも魔女みたいだよね」

「どうせなら乗り物は別に用意してもらったほうがよかったけれど、贅沢は言えないわね。スピードは速いし、火力も向上しているし…外装パーツ自体にエーテルインジェクターを詰んでいるから、魔力切れの心配もないしね」

 私のランチャーメイスは拡張パーツを使うことで様々な強化ができたけれど、今のように砲身部分にまたがって空を飛ぶ形態…【ブルームランチャーモード】については、もはや強化というよりも別物にすら見えた。

 私のケープと同じ色の外装パーツはメイス全体を覆っており、砲身部分は四角形になっていて、またがって乗ったとしても痛くない──どこが痛むのかは察してほしい──くらいにはほどよく太くなっていた。

 そして本体部分の先端には四つものブースターが備え付けられ、魔力による推進力を強調するかのようにアザレアピンクの炎が吐き出され続けていた。その速度は汎用魔法を使った飛行とは比較にならず、これならば決戦の地である火山の火口付近にもすぐに到着するだろう。

 私たちが乗っているそのシルエットも含め、まさに名前通りの『魔女のほうき』だった。

「…空が真っ暗だ。元々夜だったけれど、月も星も一切見えない。視界も不明瞭だし、行き先から強力な敵の反応を感じる」

「影奴が出てくる場所は元々そういう雰囲気があったけれど、これくらいの規模になると広範囲に影響を及ぼすのかもしれないわね。現地では多分戦いも始まっているはずよ」

 ブルームランチャーにまたがって空を駆け抜けつつ、私はふと上空を見上げる。その先は真っ暗というよりも真っ黒と表現したほうが的確な状態で、あらゆる色や光を飲み込むダークマターのような状態に見えた。

 ちなみにカナデは後ろから私のお腹あたりに腕を回して乗っていて、私は砲身に備え付けられたハンドルを握っている。その様子はバイクの二人乗りに似ていて、これがツーリングなら二人でどこまでもいろんなものを見に行きたいけれど、空の色がそのまま霧として周囲を覆っているような状態だと台無しだろう。

 …全部終わったら、この武器をツーリング用に貸し出してくれないかな。さすがに怒られるだろうか。

「…! あれか…!」

「…予想通り、いや、予想以上…ってところ?」

 黒い霧を抜けて到着した火口、そこでは…これまでにないほどの数の魔法少女たちが草原に展開し、地上と空中にはびこる影奴の大群を撃退していた。

 その多くは魔法少女学園所属だけれど、腕章を付けているのは現体制派、通常の制服とケープの組み合わせが改革派と無派閥、そして色の異なる制服とポンチョが武闘派だろう。しかし今回は所属が違えど全員が同じ敵に立ち向かっていて、もちろん仲間割れをする様子なんてない。

「…『魔法少女連盟』、ちゃんと結成できているね…よかった」

「ま、学園の上層部の鶴の一声があったのだから、当然っちゃあ当然だけど…悪い光景じゃない、わね」

 今回の大規模決戦においては武闘派も参加することになり、急遽結成されたのが『魔法少女連盟』という合同部隊だった。

 別に名前なんて必要ない…という私の若干冷めた考え方とは裏腹に、カオルさんやマナミさんは前のめりで、『いずれは誰が連盟における代表となるか』なんて話もしていたらしく、それを聞いたときは若干不安だったけれど…今のところは部隊としてきちんと機能しているらしい。

(…これだけでも、『あれ』を呼び出した甲斐があったかな)

 魔法少女たちがそれぞれの武器を振るうごとに、影奴の大群は光の当たった影のように消えていく。やはり並大抵の影奴では魔法少女に対して苦戦を強いることはできず、とくに今回のような各陣営の主力が集まっているような状況であれば、雑魚が集まったところで物量による飽和もできないだろう。

 ただし、それはすぐさま魔法少女たちが勝利を掴むという意味ではない。現に広大な草原で行われている正面衝突では連盟が完全に押し切ることはできず、撃破スピードと新しい影奴が向かってくるスピードが拮抗していた。

 ではこれほどまでのスピードで影奴を生み出す元凶はなんなのかというと、空を飛んでいる私たちのさらに頭上にいる…【ドラゴン】だろう。


『バオオオオオオオ!!』


 文字するとそんなふうに聞こえる咆吼が、太古より眠り続ける火山を噴火させんばかりに、地鳴りとともに響き渡る。

 その魔王として生まれた敵…日本中の影奴をひとまとめにして合体させた影奴は、決戦にこの上なく相応しい竜の形状をしていた。全身を覆う刺々しい漆黒のうろこは黒い光沢を放ち、目は血よりも濃い赤色、両手両足にはマナミさんのレイピアよりも鋭そうな爪が備わっていた。全長はおよそ20メートルくらいだろうか。

 身体と同じ色の翼は羽ばたくと同時に鱗粉の如く小型と中型の影奴をまき散らしていて、その出現スピードはこれまでのどんな大型の敵をも凌駕している。挙げ句の果てに咆哮を上げると空から漆黒の炎の塊が降り注ぎ、地上で戦う魔法少女を自ら生みだした影奴ごと焼き尽くそうとしていた。


「結界部隊、大規模展開! 上空からの攻撃を防いで!」


 しかしその炎が直撃する寸前に凜とした号令が響き、部隊の後方に位置していた魔法少女たちが味方全体を覆う結界の傘ともいえる防御壁を展開、強大な攻撃も難なく防いでいた。

 号令の主は、もちろんカオルさん。彼女がいる限りは鉄壁ともいえる守りが期待できそうで、となると私たち空飛ぶ魔女…もとい、魔法少女のすべきことは決まっていた。

「カナデ、地上はみんなに任せよう。私たちは…魔王を叩きのめす!」

「了解! 作ったのは私たちなのだから、責任を持って仕留めるわよ!」

 ハンドルを握り、加速させながら高度を上げる。バイクや車と違って魔力を流し込みながら操縦するタイプだから、とても直感的に目的地へ…魔王を目指せた。

 敵の大本を目指す私たちに気づいたのか、地上の魔法少女の一部…とくに見知った顔はこちらに向けて歓声を上げて、それも私たちの後押しをする。そして敵も私たちに狙われているのを理解したのか、またしても咆哮を上げながら上空を旋回するように移動を始めた。

「ブルームバスター…発射!」

 敵が射線に重なった瞬間、ハンドルに取り付けられたトリガーを握る。すると砲身からランチャーメイスの通常モードの三倍はありそうなサイズのビームが放たれ、それはまっすぐにドラゴンを捉えていた。

 けれどビームは直撃する直前で影色の障壁に阻まれ、拡散した光芒がちりぢりに消えていく。誰がどう見ても有効打にはなっていなかった。

「…ダメ! フェアリーブラストも同じように弾かれる!」

「あの障壁を消さないとダメか…おっと!」

 後ろに乗っているカナデもただ単に私に抱きついているだけじゃなく──別にそれだけでも十分心強いけれど──て、片手で私にしがみつきながら、もう片手はブルームランチャー本体のウェポンラックから取り出したフェアリーブラストを構え、それをドラゴンに打ち込む。ビームとは異なる破壊の質量もやはり障壁によって無効化され、カナデは無駄撃ちしないよう再びラックに収納した。

 一方、敵もやられっぱなしになるほど間抜けではない。長い首を私たちのほうに向けたかと思ったら口から炎──こちらはオレンジ色のいかにもなファイアブレスだ──を吐き出し、私たちを焼き尽くそうとする。

 幸いなことにブルームランチャーの機動力なら回避は容易で、一度加速すればあっさりと振り切れた。ドラゴンがこちらに向いていれば地上への攻撃は逸らせそうだけど、そうなると魔力に限界のある魔法少女側がじり貧かもしれない。

「…あいつ、障壁を展開するときは角が光ったような気がする…もしかして、あれが発生装置みたいなものなのかな?」

「可能性としては十分あり得るわね。でも、私たちの武器じゃ角だけを狙うのは難しくないかしら? それに、こっちの攻撃に反応して障壁も出すし…」

 それからも私たちは回避をしつつビームを撃ち込んでみたけれど、やっぱり決定打にはならない。もちろん意味もなく攻撃をしていたわけじゃなくて、相手の動作を二人がかりで観察していたら…頭から生える三日月型の二本の角が、障壁展開と同時に光っているのがわかった。

 魔王なんてゲームみたいな敵をイメージして作ったせいか、ご丁寧なことに詰み防止のために弱点も教えてくれるらしい。けれども旋回し続ける上に攻撃に反応して障壁も生み出すとなれば、私たちの武器では狙いにくい。


『こちらハルカ、面白いものに乗っておりますわね? 魔王を引きつけてくださるのはありがたいですが、撃破の目処はどうですの?』


「ハルカさん! こちらヒナ、相手は攻撃に反応して攻撃を無効化する障壁を展開しています。多分ですが、角を壊せば弱体化させられると思うのですが…私たちでは狙いにくくて」

 今できること、それはドラゴンの気を逸らすことだ。だからせめてみんなを狙わないように引きつけよう…と攻撃と回避を繰り返していたら、ハルカさんの決戦とは思えない涼やかな声音が無線から聞こえてくる。

 責められているようにも嫌みを言われているようにも感じないけれど、私は作った人間として若干の申し訳なさを感じつつ報告したら、一寸だけ無線が途絶えて。


『…では、あなた方はわたくしが角を壊すまで攻撃は控えていなさい。こちらを向かないよう、目だけ引きつけてくだされば結構です』


 なんて報告が届くと、私は彼女の武器と固有魔法を思い出して「了解」とだけ返す。多分だけど、あの人に任せていれば大丈夫だろう。

 だから私は魔王の目を引くべくわざと接近して相手の周りを旋回してみたら、程なくして。


『…まずは一本』


 地上から白色の光が天へ伸びていったと思ったら、ドラゴンの角の片方が砕かれた。

 おそらく、地上にいるハルカさんが高威力のアタッチメントを付けたマジェットで狙撃してくれて、ドラゴンも予想外の方角からの攻撃に障壁展開が間に合わず、角が砕けた直後は苦痛を表現するように咆哮を上げた。

「させるか! カナデ!」

「任せなさい! こっちよ、デカブツ!」

 強烈な一撃を放った敵へ報復すべく地上を向いたドラゴンに対し、カナデは再びフェアリーブラストを手に取って敵に撃ち込む。

 するとドラゴンは無視できずこちらを向いて障壁を展開し、地上から目が逸れる。そして、ハルカさんはそれを見逃すほど甘くはなかった。


『…チェックメイト。後はお任せしますわ』


 障壁が途絶えたと同時に二度目の狙撃が行われ、自慢の角は二本とも破壊される。今度は苦痛よりも怒りを感じさせる咆哮を上げて、次こそは私たちを無視して地上を攻撃しようとしたけれど。

 そんなこと、させるはずがない。私の仲間に…手を出すな!!

「これで叩き落とす! カナデ、力を貸して!」

「もちろんよ…ブースト!」

「食らえ、ブルームバスター・エンドポイント!」

 急旋回を行い、砲身をドラゴンに向ける。

 そしてカナデから力を受け取った私は自分の魔力もブルームランチャーに込めて、ひときわ大きな…ランチャーメイスのフルバーストモードよりも一回り巨大なビームを放った。

 火山を覆うダークマターすら切り裂くように照射されたそれは敵の翼を二枚同時に撃ち抜き、口からは炎ではなく鳴き声を上げて地上へと落下していった。

 草原のほぼど真ん中に墜落し、もうもうと影と土でできた煙が立ち上がる。さてはて、これにて勇者は魔王を討ち果たしてめでたしめでたし。

 とはいかなかった。


『…バオオオオアアアアア!!』


 ドラゴンは角と翼を失いながらも未だ生命力旺盛といった感じで、空に向かって何度目かわからない咆哮を上げる。そして腕を振り上げて地面に叩きつけるといくつもの影が生まれて不規則に移動し、魔法少女たちの軍団へ向かってきた。

「…! 影が爆発した!」

「大丈夫よ、警戒していた結界役がなんとか弾いてくれた! 私たちも下りて戦うわよ!」

「うん!」

 影は地面を這い、ある程度移動したら黒い爆発を引き起こした。直撃すれば戦闘不能は免れず、最悪の場合は…と考えたところで、私たちもこうしてはいられないと判断する。

「ブルームランチャー…【セレスティアルビットモード】!」

 私たちは同時にブルームランチャーを飛び降り、そのまま地上へと落下する。その途上で私はモードを変更し、自分の手には慣れ親しんだランチャーメイスが握られ…先ほどまで武器を覆っていた外装はバラバラになり、それぞれが天体のように私たちの周りを浮遊し始めた。

「ビット、一斉射撃! 地上の影奴を蹴散らせ!」

 地上が間近に迫ったタイミングで私は外装たち…援護用のビットに変化した武器に命じる。するとそれぞれのビットから細いビームが放たれ、地面でうごめいていた影奴たちをなぎ払った。

 リイナは「これは決戦兵器だからね、今つぎ込める技術の全部を使ったよ!」と話していたけれど…まさかランチャーメイスが乗り物になって、さらに分離すると外装が攻撃や防御の補助をする子機になるとは思わないよ…。

 無論こういう大群や強敵と戦うには最適と言ってもよく、私たちの着地地点からはきれいさっぱり影奴が取り除かれ、浮遊魔法を使って優雅に着地できた。


「待ってたよー、ヒナっちにカナっち! 登場の仕方が本当に主人公なんだから!」

「うへへ…やっぱり、ヒナカナは見栄えも強さも最高…公式が認めた最強カップリングだねっ…!」


 着地してまもなく、まだまだたくさんいる影奴が私たちを取り囲もうとしたけれど…後ろから追いついてきた二人の魔法少女、アケビとトミコがすかさず割って入り、私たちは包囲されずに済んだ。

 ビットも私たちの頭上から全方位へ射撃を繰り返し、仲間との合流を手助けしてくれる。そうだ、私とカナデには…こんなにもたくさんの、仲間がいてくれるんだ。

「アケビ、トミコ! 二人とも怪我はない?」

「もっちろん! おっきなトカゲは二人が引きつけてくれたおかげで、こっちに大きな被害はないよー!」

「一応魔王なんだけど…ま、羽をなくしたらトカゲみたいなものね。ここからは総力戦だから、頼りにさせてもらうわよ!」

「うんっ。推しカプの間近で一緒に戦える、これもクライマックスならではの胸熱シチュエーションだよね…! このまま二人を守り切って、ヒナカナのイチャイチャを見届けるまでは…死ねないっ」

 アケビは大剣を振り回して、トミコは魔法を放って私たちの手助けをしてくれる。程なくして魔法少女連盟の本隊も到着し、影奴の軍団、そしてその先にいる魔王とにらみ合うような格好となった。


「見事なお手並みですわ。ここからはわたくしたちも魔王を集中的に狙いましょう」

「お任せください!…おい、ヒナ! 姉様の狙撃があってこそ敵を叩き落とせたのだ、後でしっかりと感謝するんだぞ!」

「うふふ、マナミさんったらずっとヒナちゃんの心配をしてたくせに~…でも、私たちもまた無事に会えて嬉しいわ、二人とも」

「うん、本当に…やっぱり、私の目に狂いはなかったね。さあ、君たちが作る新しい世界はすぐそこにある。一緒に戦おう」

「…こういう暑苦しいノリ、嫌いなのに…でも…お前らは、魔王なんかに倒させない…私が後でボコボコにするため…絶対、死なせない…」

「あははっ、アヤカだって今日はテンション高いじゃねーか! 楽しいなぁ、いろんな魔法少女と一緒に戦えるのは! ヒナ、これが終わったら一緒に飯だからな!」


 そして私たち二人の隣には、次々と仲間たちが集まってくる。

 ハルカさん、マナミさん、ムツさん、カオルさん、アヤカ、ルミ…みんなみんな、違う目的を持っている。だから衝突することもあったけれど、今は…間違いなく、全員が仲間だった。

「…行こう、みんな! 魔法少女たちの未来のために!」

 仲間たちに再度背中を押され、私はランチャーメイスを構えて声を張り上げる。こういうのは似合わないけれど、でもみんなはそれ以上に大きな声で返事をしてくれて。

 戦いが始まった。魔法少女たちの未来を決める、私たち全員のための戦いが。

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