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第74話「魔法少女の反逆」

『魔法少女、ヒナ。あなたの活躍については我々も把握しております』

『そして、あなたがしようとしていることについても概ね知っているつもり』


「…はい」

 魔王という強大な影奴を作ること、そして魔法少女たちの団結を促して余計な争いが起こらないようにすること。

 その計画は各派閥の責任者や実力者に受け入れてもらい、あとは私が魔王を作るだけ…と思っていた。


[だから言ったのだ。さらなる監視網の強化、魔法少女たちの管理、最新技術による抑圧を進めるべきなのだと]

[魔法少女といえど、所詮は子供に過ぎません。子供の手綱は大人が握り、そして権力者である我々に従わせないとこのような暴走を招くのです。此度の件、【神託派】はどのようにして責任を取るおつもりで?]


 そんな私にとって、ハルカさんの言う『神託』については寝耳に水だった。

 いや、魔法少女学園が何らかの技術を使って私たちを監視、そして暴走しないように管理しているのはなんとなく知っていたけれど…ここまでとくに邪魔されなかったこともあり、完全に意識の外へ追いやっていたのだ。

 そして今、私は神託とやらを受けるためにインペリウム・ホールの奥に位置する区画…『エクスカテドラ』に呼び出されていた。一時期はこの建物内の多くの区画に移動できていた私だけど、ここに関しては呼び出された魔法少女以外は近づくこともできず、あのハルカさんですら招かれたことはないらしい。

 もっとも、それが嬉しいことだとは微塵も思えなかった。


『【機智派】の言いたいことはわかります。ですが、現在の学園の運営は我々神託派が中心となって行う取り決めを忘れたとは言わせません。そして我々は魔法少女たちが起こす奇跡を信じ、彼女らに学園の管理運営の多くを任せています。だからこそ、このヒナのような理外の存在が生まれたのです』

[ふん、要は魔法少女たちに丸投げしているだけではないか。それに、理外の存在が生まれたということは相応のリスクまでも伴う。いい加減神託などに頼らず、我々機智派のテクノロジーに運営を任せたらどうだ?]

『言葉を慎め。神託は我々の始祖、『始まりの魔法少女』によってもたらされる御言葉であるぞ。その神託が久方ぶりに行われるということは、我々に新たなる変革がもたらされる時が近づいているのだ』


 玉座の間を思わせる赤いカーペットの真ん中に立たされた私の両サイドには、懺悔室の箱を思わせる縦長の立方体が左右に三つずつ、つまり合計六つが並んでいる。サイズはちょうど人間が一人余裕を持って入れる程度で、顔のあたりには古代壁画のような目が一つでかでかと描かれていた。

 左側の三つは白、右側の三つは黒、それが私を挟んで言い争っている様子は…ぶっちゃけると不気味だ。本当に中に人がいるのかどうかもわからない、何より私が見えているのかどうかもわからないようなこの状況、なんとも不安になる。

(…あの箱の中、完全に魔力が遮断されている。ここからじゃ洗脳もできないし、さっさと切り上げることはできないか)

 箱の中に意識を向けようとしても魔力はおろか生命力すら探知できなくて、それは私の魔法の射程距離外であることを物語っていた。私の魔法におびえている人は多いみたいだけど、こんなふうに決して万能ではないのだ。

 …何より、今は隣にカナデがいない。もちろん彼女はついて行くと言ってくれたけれど、ここには呼び出された魔法少女以外は一切立ち入りが許されないようで、今はカナデ…ほかにもアケビやトミコまでもがホールの外で待機しているらしく、私が足を踏み入れる直前に『もしも一日以上経過して音沙汰がなかったら殴り込みをかける』と言われていた。


『あなた方が装備しているチョーカー、これは必要に応じて魔法少女たちの行動を追跡できるようになっています。普段はあなた方の尊厳のために監視は最小限にしておりましたが、あなたが真の力に目覚めてからは周辺の会話などもある程度記録させていただきました』

[そうだ、これも我々機智派の技術のたまものだ。本当なら24時間365日監視することも可能だが、神託派の掲げる余計な理念のせいでそれができない…挙げ句の果てに、一部の魔法少女や施設はそれの妨害をしてくる。やはりお前たちは徹底的に管理されねばならんのだ]

『…ふん。お前ら機智派も元は魔法少女のくせに。自分が監視される側になっていたら、きっと同じように抜け穴を探していた』

[我々は昔から魔法という不確かで曖昧な要素をテクノロジーで制してきました。抜け穴を探すにしても、それは悪用を防ぐための手段でしかありません]


 声の聞こえてくる位置から察すると、左側は神託派、右側は機智派という派閥に所属しているお偉いさんが入っているんだろう。この人たちは現在の学園の実質的な支配者みたいなもので、神託を受ける前の私にそんな話を聞かせてきた。

 …まさか学園の運営までもが派閥で分かれていて、こんなふうに言い争っているとは思わなかった。てっきり上層部はすべて現体制派が取り仕切っていると思ったのに、ハルカさんたちもまたこういう考え方の違いに翻弄されてきたのだろうか。

 同時に、こうしたお偉いさんも元は魔法少女たちであったのなら…ハルカさんやカオルさんもいつかはそういう立場になるのだろうか?

 正直なところ、興味のない情報ばかり押しつけられて反応に困っているのだけれど…それでも今は校長先生の長話みたいなものだと割り切り、適当な返事だけをして神託の時を待っていた。


『よいですか、ヒナ。先ほども申し上げたように、我々は魔法少女たちによる学園の自治を重んじています。ですが、それは魔法少女がどんなことをしてもかまわないという意味ではありません。だからこそ適切な管理システムを作り、現体制派のように学園の治安維持を行う勢力を支援し、なるべく魔法少女たちによる自己解決を見守ってきました』

『だけど、君の覚醒とその力でやろうとしていることは…我々の作り上げた体制を揺るがすものだと言える。しかし、それが良い方向に向かうか、あるいは悪い方向に向かうかは判別が難しい。よって、事態の重大さを認めて神託を受けてもらうことにした…というわけ』

『左様。神託はこの国に初めて誕生した魔法少女と言われる、【始まりの魔法少女】の勅語。それによりそなたのやろうとしていることが正当であると認められたら、我々は再び魔法少女たちに未来を委ねよう』


 これまで何度も自分の力を過信されてきた私だけど、どうやらこの人たち…学園の支配者にもそういう目を向けられていたみたいだ。

 この冗談みたいな空間と儀式に私はずっと昼寝から目覚めた直後のようなぼんやり感を覚えていて、先ほどの言葉にようやく少しだけ目が覚めた気がした。

「…神託を受けること、それ自体はかまいません。ですが…あなたたちは、現在に至るまでの体制を正しいものだとお考えだったんですか?」

 そして目覚めた私は自分でもなぜ口走っているかわからない言葉で、自分の魔法が通じないであろう相手たちに食ってかかるような質問をぶつけていた。

 …いや、理由なんてはっきりしているか。

「あなたたちならご存じのはずです。魔法少女たちは自らの身をもって世界を守ろうとしてきました。ですが、インフラたちは過酷な労働を押しつけられ、センチネルですらゲスな欲望を満たすための見世物にされることがあります。そして反発してくる勢力たちは私の大切な人…いいえ、この国に生きる人たちすべてに危害を加えようとしてきました。これはあなたたちの作った体制の歪みではありませんか? それを正そうと動いたことはありますか?」

 結局私は今この瞬間も、カナデのために戦っているだけだった。

 カナデはどれだけ学園が嫌いでも魔法少女としての戦いを続け、インフラの扱いに心を痛め、薄汚い権力者どもにも抗いながら、この歪みの中で正しくあろうとしたんだ。

 だからこそ、私は現状を変えたいと思った。魔法少女たちが一つになること、あるいは一つになれるための手助けをすることで…ほんの少しだけ、歪みをまっすぐにしたい。

 そしてこの人たちにはそれができたかもしれないのに、今も自分たちの作った体制にこだわって。

 そんなの。


[一介の魔法少女がえらそうに。我々がいなければこの国は衰退の一途をたどり、より薄汚い利権と欲望によって食い潰されていたのだ。だから優れた存在である我々が取り仕切るため、清濁併せ呑んだ運営をしていた…これはより強固な管理体制を作るまでの準備段階に過ぎん]

[その通りです。魔法少女たちの管理システムはもちろんのこと、発電施設や一般にも広まりつつあるテクノロジー、そのすべては魔法少女の解析によって生まれた技術の成果。これらをさらに発展させるにはまだ時間がかかります、ゆえに表側にもある程度おもねるしかないでしょう]

[…本当なら、お前は捕らえてその力を解明し、魔法少女による時代の礎にしてもよかった。それなのに神託という方法にこだわった結果、より面倒な事態になっている…機智派を中心とした運営をしていれば、こんなことには]


「…それでも!」

 この人たちの言っていることすべてを否定できるほど、私は子供ではなくなっていた。

 より良い時代を迎えるため、今の世代は犠牲にならないといけない。これはどんな時代であっても同じことで、仮に彼らへ今後のすべてを任せていたとしても、少しずつ現状はよくなっていったのかもしれない。

「私たちは今を魔法少女として生きています。魔法少女学園が魔法少女のための施設であるのなら、まずはみんなのことから考えてあげてください。私の周りに見捨てられていい人なんて、犠牲にしていい人なんて一人もいないんです。カオルさん、ムツさん、ハルカさん、マナミさん、ルミ、アヤカ、リイナ、アケビ、トミコ、ミオ、ウミーシャさん…そして、カナデ」

 だけど、私は単なる犠牲に甘んじられるほどの大人でもなかった。

 魔法少女はみんな、中途半端な時期を生きている。大人に黙って従うことはできず、でも子供らしく振る舞うこともできなくなっていって、その狭間で苦しみ続けながら戦っていた。

 みんなみんな、同じだった。誰もが理不尽さの中で納得を追い求めて、影奴だけでなくテロリストとも戦って、時には仲間であるはずの魔法少女とも衝突していた。

 魔法少女は誰もが自分を犠牲にしている。そんな優しく純粋な人たちが、私は…好きだ!

「いつか、なんて待てません。私は今すぐ、そして大切な人たちのために戦います。それはあなたたちにとっては反逆行為なのかもしれません。でも…私だって魔法少女です。あなたたちもかつては魔法少女だったのなら、その頃からこの世界を良くしたいと考えていたのなら…私の大切な人たちに手を出さないで」

 かつての私は、ただ生きられればそれでよかった。生活の不安がなくなって、そしていつかは家族と再会して一緒に暮らせるのであれば、そこに至るまでの過程はどんなものだってかまわなかった。

 だけど…私には。あまりにも大切なものが、増えすぎてしまった。それも昔の私であれば、重く面倒に思っていたのだろうけど。

 今の私は…後悔していない。いや、納得してすらいる…いいや、違う。

 私は…みんなと出会えて、嬉しい!


[…やはりこいつは危険だ。神託派よ、今すぐ我々に権限を委譲せよ。お前らとて権力を失いたくはあるまい]

『いい加減になさい、機智派。どんな結果になったとて、魔法少女たち当人に大規模な組織の管理運営など不可能です。我々は魔法少女たちに未来を委ねていますが、それも『始まりの魔法少女』のご意向に従っているまで…あのお方とともにある限り、我々はここに君臨し続けるでしょう。ヒナ、この言葉の意味はわかりますね?』


 機智派の箱から聞こえるトーンは一段ほど下がり、なるほどやっぱり中には人がいるのだと理解した。でなければ、ここまで露骨な敵意を私に向けないだろうから。

 けれども神託派の箱はそれを覆い尽くすような上品な怒りを吐き出しつつ、これ以上は言うべきことがない私に対して淡々と言葉を連ねる。


『魔法少女学園は学校施設という体を取っていますが、来るべき時が訪れれば【この国の中枢部】となるでしょう。それがどれほどの規模なのか、子供であるあなたたちに適切な管理運営ができるのか、それくらいはわかるはずです。魔法少女たちだけでは魔法少女たり得ない、それを忘れないように』


「…はい。生意気なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

 先ほどから一番よく話す神託派の箱はとても丁寧に、そして抑揚がなく、だけど誰よりも現実的で厳しいことを伝えてきた。

 もちろん、わかっている。私たち魔法少女が学業と任務に集中できているのは、魔法少女ではない人たち…管理者とも呼べる人たちがいて、そういう存在なくしてはもっとバラバラで無法地帯のような有様となっていたんだろう。

 ここはただの学校じゃないのだけど、結局は…私たちは学生なのだ。どれだけ理想を掲げても常に誰かの庇護下にあって、その庇護がなくなれば自分たちの立場を失う。

 そして私は…この人たちがいなかったら、カナデとも出会えてなかったかもしれない。そう思ったら、現金な私は素直に謝れた。


『前置きが長くなりましたが、これより予定通り神託を受けてもらいます。前方に大きな設備があるのがわかりますね? これは【エピックリライター】、始まりの魔法少女と交信できる今となっては唯一の場所です。ここに入り、彼女から御言葉を受け取りなさい。どんな言葉を交わしたのかは我々にも把握できますので、失礼のないように』

[ふん、この設備も我々機智派がいなければ実現できなかったのだ…少しは感謝することだな]


 視線を前方に向けると、ちょうど玉座がありそうな位置に…天井までつながっているほど長く高い箱があった。横幅はさっきからべらべらとしゃべっている箱六つ分くらい、白に極めて近いグレー一色で、入り口のみ金色で縁取りされたドアがあった。

(…始まりの魔法少女。どんな人なんだろう)

 魔法少女学園は人知を超えた技術が満載だけど、正直に言うと『始まりの魔法少女』については眉唾というか、学園に都合がいいプロパガンダを作るための捏造ではないかと少し疑っている。

 けれどもここで無意味に反発しても敵を増やすだけだから、私は言われたままにまっすぐ歩いて扉を開く。開いた先は真っ暗で、本当にこんなものに入るだけで…と思って足を踏み入れると。

 扉は勝手に閉まり、私の視界は完全なる闇で染まる。

 けれど一瞬だけ暗闇で目が眩んだと思ったら、私の視線の先には──。

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