「わたくしの家系は、代々魔法少女を輩出してきました。魔法少女は先天的な素質が重要ですが、我が一族は『人為的に優れた魔法少女を輩出し続ける技術』も併用し、女として生まれたら魔法少女になることを義務づけられていた…ああ、同情は結構です。わたくしは自分に施されたことに対し、恨みは一切ありませんから」
「…同情はしないが。ただ、私は『身体をいじられた魔法少女のなれの果て』として、やはり学園のシステムについて反発の意思を表明する」
「…そうですか。事情は聞きませんが、あなたも『来るべき魔法少女による管理社会』の被験者となったのですね。おつらいことを思い出させたのであれば、あとで謝罪を。しかし、話はもう少しだけ続きます」
宣言通りハルカさんは自分のことについて語り出し、私たちは突如として始まった『自分たちの戦う理由』の発表会を受け入れざるを得なかった。そういう空気が、たしかに広がっていたのだ。
そして私はこの人の事情を軽く聞いたけれど、一番に反応したヨシノ先生みたいに『魔法少女学園の都合で身体をいじられた』という可能性が浮上したことで、早々にかける言葉を失ってしまった。
(…魔法少女学園は、どれだけの人に手をかけた…? 自分たちに対立する存在にも、自分たちのために戦う存在にも…)
魔法少女にはいろんな人間がいて、その中にはぶちのめさないといけない敵だっていた。けれども私が出会った多くの人たちはその与えられた運命に立ち向かい、つらい中でも大切なものを見つけて、そして理不尽の渦中にありながらも戦っていたんだ。
そんな人たちを…あいつらは。そして、もしかしたら…カナデにも?
「…ヒナ、落ち着いて。優しいあなたがこれ以上苦しむことなんてないの、今は話を聞きましょう」
「…うん。ありがとう、カナデ」
カナデにまで手をかける可能性に行き着いたことで、私はこの場を飛び出してそのまま学園を破壊しそうになる衝動に駆られた。
いつも持っていたランチャーメイスが真っ赤に染まるまで、いや、身につけているケープや学園の敷地すべてを真紅一色に染めて、私の大切な人を奪おうとしたことを命を持って後悔させないといけない。
魔法少女を一つにだとか、少しだけマシな世界にするだとか、そんなのはどうでもいい。カナデを手にかけるすべてを滅ぼすほうが、私にとっては重要なんだ…そう考えていたけれど。
カナデは話の邪魔をしないような声量で私に囁き、指先で私の小指を優しく掴んですりすりっとさすってくれた。それだけで赤色に溺れていた私の心はまた抜けるような青空が見えて、やるべきことも間近に戻ってくる。
そうだ、カナデはここにいる。だから私は、そのために戦えばいい。小指に神経を集中させて彼女の優しさをついばみながら、ギリギリで意識を会話に引き戻した。
「わたくしたちの一族は魔法少女によるこの国全体の管理を掲げ、優秀な魔法少女を増やし、学園への影響力を強め、いつかはこの国をも支配することを夢見ています…いいえ、夢ではなく目標です。これを達成しなくては、日本はかつてのように滅亡への歩みを再開することになるでしょう…理由は簡単です、人間はあまりにも愚かなのですから」
愚か。人間が。
私たちも魔法少女である前に人間なのだから、それはこの場にいる全員への蔑みにも聞こえる。けれども私たちを見渡すハルカさんの目には侮蔑は含まれていなくて、それこそ武闘派を見るときですら春の花畑みたいに穏やかだった。
彼女は、多分。魔法少女を、その運命を…愛しているのかもしれない。
「政治家は国民を見ずに面子とお仲間を優先し、官僚は利権の拡大にご執心、警察や軍隊は安全の中で腐敗を続け、有事の際はまず自らの命と立場を尊重する…そして、国民も同様です。耳障りのいい言葉を信じ、その場限りの打算で動き、目先の感情さえ満たされていれば搾取ですら受け入れる…だからこそ、終わりのない愚昧の中で生まれた唯一の希望…魔法少女たちが管理せねばならないのです」
それは徹底的なまでに魔法少女以外を見下した、選民思想でしかない発言だった。かつての私ならそれを冷めた目で聞き流すか、あるいは家族をも馬鹿にされたとして反発していたのかもしれない。
でも、現体制派として戦う中で…私は見てしまった。ハルカさんが唾棄する腐敗は驚くほど身近にあって、けれども今の段階では逆らえない部分も存在し、圧倒的な力を持つはずの魔法少女が一番蔑ろにされている…そんな現状を。
やっぱりハルカさんは、魔法少女を尊んでいた。そしてこの場にいる誰もが彼女の心を否定できないのか、アヤカですら睨みながらも黙って話を聞いていた。
「お母様はいつもこうおっしゃっていました。『力があるものは常に正しくあらねばならん。そうでなければ愚かな民衆とともに滅ぶだろう。ハルカ、お前は強く、そして正しくあれ。すべてを支配し、そして守るのだ』…と。我々魔法少女は力を持って生まれた以上、力を持たぬ人間に対し責任があります。そのためにわたくしたちは誰よりも厳しく、強く、そして正しくあらねばならないのです…これがわたくしと、そして現体制派の目指す世界です」
「さすがです、姉様…姉様は今日に至るまで、誰よりも強く、美しく、そして…お優しい…」
すべてを語り終えたと思わしきハルカさんはしゃべりすぎた自分自身に呆れるように息を吐き、そして軽く周囲に頭を下げながら「以上です」と話して席に着いた。
もちろんマナミさんは姉に対して輝く目を向け、瞳の端から涙をこぼしながら両手を組んで祈るように絶賛した。たしかに──受け入れられない部分を除いて──立派な演説に思えなくもないけど、泣くところあったかな…。
「…ルミ、アヤカ、お前らも聞かせてやれ。私のことを話してやってもいいが、老人の言葉よりも今を生きる魔法少女の本音のほうが伝わることも多い。いやなら無理強いはしないが」
「ううん、あたしも話したくなった! えっとな、武闘派っていうのは…あれ? あたし個人のことだっけ?」
「…今はルミのことでいいよ。私は、話すとは限らないけど…」
これで自分語りも終わり、いよいよ協力について…と思ったら。
まさかヨシノ先生までもが自分の教え子たち…ルミとアヤカに目的を話させようとするとは思えなくて、会議を再開しようとした私の言葉はまたしても奪われる。
…どうしよう。大事な話だとは思うんだけど、結構長くなりそうだな…興味はあるんだけど。
でも私以外はきちんと聞く姿勢を見せているあたり、かつての『敵対勢力なら問答無用で戦う』みたいな空気ではないことには意味があるんだろう…多分。
「そうか、じゃあ…前にちょろっと話したけれど、あたしは元々インフラだったんだよな。それくらいには弱っちかったし、育ててくれたじいちゃんとばあちゃんも死んじゃったし、最初はまあちゃんと働いていたんだけど…なんかさ、あたしも含めてただ逆らわずに働くだけの環境がいやになっちまってよ。しかもある日は気持ちの悪いおっさんが視察に来て、弱ってる奴を助けるふりをして身体を触ろうとしてきたから、代わりにぶん殴っちまったんだよなー」
ケラケラ、ルミはいつも笑っている。それも作り笑いじゃなくて、本当に楽しいからこそ浮かべる笑顔で。
その話もまた私の中の『気持ち悪いエピソード』を刺激したんだけど、なんだろう…彼女の灼熱のような笑顔の前では、そんな粘り着く記憶も蒸発させられるような気がした。
「んで、問答無用で矯正施設に運ばれることになったんだけど、それを武闘派の人たちに救出されたんだ。で、拠点に連れて行ってもらったらさ…最高なんだよ! みんなすごく自由でさ、強い奴だけじゃなくて戦えない奴も好きに過ごしてて、でも戦えない奴だって自分にできることで周りを助けてて…それに、訓練もちゃんとしてた。弱いままでいるんじゃなくて、自由でいるために強くなろうとしていたんだよ。強くなるための選択肢が与えられなかったあたしは、その日のうちにここで生きることを決めたんだ!」
ルミは自分の中の感動を少しでも伝えたいのか、急に勢いよく立ち上がって身振り手振りを交えながら、無邪気に武闘派の生き方について説いていた。
同時に、思い出した。先日の発電所防衛ではミオも出撃していて、まだまだ不安そうでありながらも自ら武器を取って敵に立ち向かい、訓練で得たことを示すように戦い抜いたことを。
それは間違いなく武闘派にいたからこその選択肢で、徹底的に管理されるだけではなし得なかった努力の成果だった。
「それで師匠にたくさん稽古をつけてもらって、あたしも強くなれて…魔法少女が自由に生きられるように戦い始めたんだ。だからさ、なんていうか…現体制派の奴らも思っていたよりかは魔法少女のことを考えているっぽいけど、責任とか難しく考えるんじゃなくて、あたしたちはあたしたちらしく生きていれば、もっといろんなことができるんじゃないかなぁ…ま、あたしは武闘派一筋なんだけど!」
「…まったく、師匠と呼ぶなと言っているのに。お前は変わらんな、本当に…自慢の弟子だよ」
ルミはとにかく戦いが好きで、失礼を承知で言うのなら…それ以上のことはあんまり考えていないのだと思いかけていた。
でも、違った。彼女はどんなことにも貪欲に向き合って、そして敵対勢力である現体制派の話もきちんと吸収して、その上で──意識したかどうかは怪しいけれど──お互いの妥協点をも口にしている。ヨシノ先生は滅多に見せない苦笑を浮かべ、げんこつではなくその頭をわしわしと優しく撫でていた…その気持ち、今ならすごくわかる。
同時に…ルミに語らせてくれたこの人の采配は、驚くほど正しいものだったと畏敬を抱いた。
「…ふふ、やっぱり魔法少女は…強くて優しい、誰もが可能性を持っている存在ね。それじゃあヒナちゃん、カナデちゃん、次はあなたたちの番よ?」
「…え?」
「わ、私たちもですか?」
幸いなことに現体制派も武闘派の考え方に対し強い反発は見せていないから、それを協力体制の受け入れと踏んで今度こそ会議を再開しようとしたら…サクラ先生に水を向けられて、私とカナデは自分たちが今日ここに人を集めたことを今になって思い出した。
「改革派は『魔法少女の利用と権力の暴走を止める』、現体制派は『魔法少女が管理する世界を作る』、武闘派は『魔法少女が自由に生きられるようにする』…なら、あなたたちは? なんのために戦って、なんのためにみんなの力を必要としたの?」
「…あの、私は」
「私は…ヒナを支えるためよ」
困った。私はこういう話は得意じゃない…というよりも人前で話すこと自体が好きじゃないのに、そんな状況において自分語りをしろというのは…下手な戦闘よりもきつい。
だから思いっきり言いよどんでしまったら。私以上にそうした話が苦手に思えたカナデは、前をはっきりと向いたままスパッと口にした。
「はっきり言うわ…私は学園も魔法少女のシステムも嫌い。派閥だって嫌いだし、あんたらのことは…まあ、現体制派以外は嫌いじゃないけど、好きとも言えないわ」
「おい、それが協力者への態度か!? 私でも『今はそういう話をすべきじゃない』とわかるぞ!」
「マナミ、落ち着きなさい…おそらくですが、腹を割って話すのが彼女なりの周囲への礼儀なのでしょう。内容によっては関係を見直しますが、まずは聞いて差し上げなさい」
カナデは、今この瞬間もぶれていなかった。
私と出会ったときからの気持ちは間違いなく彼女の中に存在し続けていて、仮に魔法少女としての力を失った場合、今すぐ学園から去るだろう。
そしてそれを素直すぎる態度で口にしたらマナミさんが突っ込んできて、ハルカさんもそれをいさめながらも「空気を読め」とばかりにチクリと刺すような目線と言葉をぶつけた。もちろんカナデは、それに一瞥すらしなかった。
「だけど、アンタたちはヒナを助けてくれたわ。そして、ヒナは…私を助けてくれた。その事実はね、私のみみっちい好きか嫌いかなんてもう超越したわ。ヒナが魔法少女のために戦うのなら、私は一緒に戦う。何もかも投げ捨てて逃げるのなら、私も一緒に逃げるわ。だから、もう一度はっきり言わせてもらう…」
カナデは大きく深呼吸をして、ぎろりと周囲を睨んだら…叫ぶように、吐き出すように、ぶつけるように、言葉すらブーストしたかのような質量をみんなに投げつけた。
「あんたらはもう好き勝手語れたでしょ! だったらそれ以上は余計なことを言わず、黙ってヒナに力を貸しなさい! ヒナはね、誰よりも優しい人なのよ! いつも周りのことを考えて、優先して、自分のことはこれっぽっちも大切にしてくれない! そんな人がこのクソッタレな世界に『反逆』しようとしてくれているのだから、アンタたちはその優しさを信じて従えばいいのよ! 絶対悪いことにはならない! 私が…そうだもの!!」
…先ほどの自分語りでは、誰もが自分の事情をぶつけていたのだけれど。
カナデの言葉に関しては…多分、誰よりも自分勝手だと思う。
ゆえに、誰よりも…彼女が一番優しいと言ってくれた私なんかよりも、よっぽど優しいと思えた。
「…カナデ、ありがとう。皆さん、私の話も聞いてください…私はそれぞれの勢力のみんなと話したり、協力したり、戦ったりしました。その結果、どの派閥であっても入ることはできないと思いました。その理由は…私の大切な人が、それを望まないからです」
だから、応えよう。優しくて大切なあなたの気持ちに。
魔法少女のためじゃなくて、カナデのために。
そのための、言葉で。
「一度は彼女と袂を分かちました。彼女のためになると思っていたのに、それは間違いだった…私たちは、もっと話さないとダメだったんです。だからこそまた彼女と話す機会をくれた皆さんが、私は…大切なんです。だから、言わせてください」
すうはあ、カナデと同じように呼吸を整える。
チラリと横目で彼女を見たら、なにかを決意したように頷いてくれた。
「…皆さんも、もっと相手と話してください。私みたいにこうすればいいと思い込まず、会話して…今日ここで感じた共感を信じて、今は一緒に戦ってください。その先はもう、以前話したとおり…お互いを利用して、利用されて、プラマイゼロになるような関係でやっていけたら…と思います」
ここから先は、言葉にしないけれど。
もしもこの戦いを終えても、私たちの会話…物語が続くのであれば。そのときは利害の一致よりも、ちょっとだけ素敵な関係を築けるかもしれない。
願わくば、私はそうなってほしかった。
「…魔王の存在は魔法少女の結集を促し、異なる考えに歩み寄るきっかけになると信じています。よって改革派は改めて、ヒナさんの作戦に協力することを誓います」
「ええ、カオル…ヒナちゃん、カナデちゃん、本当にありがとう。私たちの言葉を代弁してくれて…だから、次は私たちの番ね」
私の願いによって生まれた静寂を打ち砕いたのは、改革派の二人の上品な拍手の音だった。
いつもの調子に戻った二人は私たちへ余裕たっぷりに笑いかけ、そして惜しみない協力を誓ってくれていた。
「…会話、か。武闘派を名乗っている我々が言うのもなんだが…自由への一歩が対話であるのなら、これほど素晴らしいこともあるまい。その未来のため、私たちも尽力しよう」
「もちろんだ師匠! 実はあたし、今日の話の半分くらいは理解できていないんだけど…強い敵を倒す、そのあとはみんなで飯を食う、それはちゃんとわかったよ!」
「…わかってるの、それ…? はぁ、いいよもう、聞き疲れた…まずは魔王をボコボコにして、それからは…気に食わない奴だけ、ボコボコにする…ルミの真似をして、ね…」
続いて武闘派の三人も頷き、そして三者三様の笑顔を私たちに向けてくれた。
ヨシノ先生はこれからの面倒を考えて苦笑し、ルミは本当にわかっていないかのように楽しそうに笑い、アヤカはやっぱりまだ見ぬ魔王よりも邪悪な笑みを浮かべている。
「…いいでしょう、これが最初で最後かもしれませんが…魔法少女による未来のため、現体制派も協力させていただきます」
「姉様…はい! いいか、私は姉様のご意向に従ったのだ! お前らに絆されたわけじゃないからな、決して!」
そして最もハードルとなるであろう現体制派も、実にそれらしい含みを添えつつも協力を約束してくれた。
ただ、それだけで終わらないのがこの人たちの厄介さなのだろう。ハルカさんは事もなげに、さらりと私に爆発物を投げつける。
「ただし、ヒナ…あなたには『神託』を受けてもらうことになるでしょう。何を隠そう、私たちのもくろみは…学園に把握されているのですから」
「…え?」
私は信じていた。いや、見誤っていた、というべきか。
この場にいる誰もが学園ではなく、それぞれの目的のために手を取り合っていると。
だけど、現体制派は『学園の意思を代弁するもの』でもあって。
こうして私には…魔王撃退よりも困難な、最後の試練が課されたのだ──。