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第72話「魔王召喚プロジェクト」

「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます…ええと、今回はとても大切な話がありますので、ケンカとかはしないでもらえると…」

「案ずるな、うちのきかん坊たちは私がみている…ルミ、アヤカ、ここはサクラ先生のお店だ。暴れたりしたら本当に腹を切らせるからおとなしくしていろよ」

「わかってるって。師しょ…先生、その注意今日で7回目くらいだよ…あたしたち、そんなに信用ない?」

「そうだな、戦いが始まると目を輝かせて倒れるまで暴れる阿呆と、カッとなってすぐに自爆する馬鹿たれという意味では信じているぞ」

「…先生は、根に持つタイプ…さすがの私たちも、ここでは暴れないのに…」

 先日、ウミーシャさんとの会話で私とカナデは過去最大規模の影奴…通称【魔王】を作って魔法少女たちの一致団結を促す作戦を思いつき、その直後にはサクラ先生にも相談させてもらった。

 すると、先生はこう言ってくれたのだ。


『内容が内容だけに、仲間は多いほうがよさそうね…ヒナちゃんはどの勢力にもお友達がいるし、先にそういう人たちに声をかけて各派閥に融通を利かせてもらうのはどうかしら?』


 サクラ先生もこの自作自演については蔑むことはなく、むしろ「魔法少女たちが一つになれるのなら、いくらでも協力するわ」と前のめりでアドバイスをくれて、さらには…各派閥が集まれる場所として、コンビニのバックヤードを使わせてくれたのだ。

 そして普段はなかなか連絡が取りづらい武闘派…しかもヨシノ先生までここに呼んでくれたのは、ひとえにサクラ先生の尽力があってこそだった。ヨシノ先生は迷惑そうな様子は一切見せず、むしろ「先日の一件のおかげでようやく状況も落ち着いた。改めて礼を言わせてもらう」とまで言ってくれて、ルミとアヤカはやや不服そうにしつつも言われたとおりおとなしくしていた。

「ふふふ、こうしてみんなで集まれるのはいつぶりでしょうか。やっぱりヒナさんのところには自然と人が集まるみたいだね…本当に、君がいれば私たちの目的も達成できそうだけど」

「もうっ、今日は勧誘は控えるって言ってたでしょう? せっかくサクラお姉ちゃ…サクラ先生が場所を貸してくれたんだから、今日は派閥での奪い合いはダメよ?」

 こういう全員で力を合わせることに関しては一番乗り気な改革派ももちろん来てくれていて、むしろ交渉開始前から上機嫌に見える。カオルさんはいつも余裕たっぷりだけど、今日は私を過剰に信頼してくれているのか、さりげない勧誘も織り交ぜながら褒めてくれた。

 争いを人一倍嫌うムツさんもそれは同じで、衝突の心配なしで話せるこの場すっかり馴染んでいる…それとサクラ先生のことを『お姉ちゃん』と呼びそうになったように、実はこの人はサクラ先生とは遠縁に当たるみたいで、話し方や雰囲気が似ているとは思ったけれど…小さな頃に遊んでもらったときに影響を受けたらしい。つくづく、魔法少女の世界は広いようで狭かった。

「…はぁ、これから大事な話があると聞いてやってきましたのに、なんですのこの空気は…戦うつもりは毛頭ありませんが、もう少し緊張感をもたれてはどうですか?」

「姉様の言うとおりです! 我々偉大なる現体制派がいるというのに、どいつもこいつも敬意に欠けて…お、おいしい! 姉様、この『キャラメルマキアート』って飲み物、甘くておいしいです! コーヒーなのに全然苦くありません!…はっ」

 …そして割とダメ元で相談してみた現体制派の二人だけど、ハルカさんは約束を守ることに関しては非常に大事にしているのか、私がお願いしてみたら本当に来てくれた。しかもわざわざ「この日はケープを着ていきません。戦う意思がないこと、これで伝わるでしょう?」と自己申告してくれて、私の不安を消そうとしてくれたのだ。

 そしてハルカさんが来るならマナミさんも来るのが当然で、今日は久々に表情を硬くしていたけれど…サクラ先生が出してくれた甘いコーヒーを飲んだらぱっと無邪気に笑って、でも全員からの視線が集まるとすぐに「な、なんでもないぞ!」と鼻を鳴らしてコーヒーをすすり続けた…あ、また笑った…。

「ウミーシャもここにいていいの? なんだか、魔法少女をしていた頃を思い出してわくわくするかも!」

「うふふ、ウミちゃんったらはしゃいじゃって。今日は大事なお話だから、ちゃんと向こうの事情について解説してあげるのよ?」

 現在のバックヤードには二つの長机が引っ付けられるように設置されていて、私から見て左側に現体制派が、右側に武闘派が、正面奥に改革派が座っている。ちなみに私とカナデはホワイトボードの前に立っていて、それを補助するようにウミーシャさんとサクラ先生もそばに立ってくれていた。

 ウミーシャさんは解説役、サクラ先生はその補足役として協力してくれていて、なんだかこの構図は普通の学校に通っていたときの発表会を思い出させた。

 …あの頃から考えると、ずいぶんと遠いところに来たな。

「えっと、それでは…まずウミーシャさんから影奴のことについて解説をお願いします」

「任せて! モンスター…影奴はね、元々は私たちの世界の──」

 影奴を合体させて共通の、それでいて巨大な敵を作る。

 この概要については集まってもらう前に伝えているけれど、その前に共有しておきたい情報はたくさんある。そしてそれは『別世界から来た魔法少女』が話すことで説得力が増すと信じ、早速ウミーシャさんに解説してもらった。

 異国風の美人──異国というか異世界だけど──が元魔法少女であったこと、そして影奴はそんな存在だったのか、それを丁寧に、同時に適度な朗らかさでしっかりと語る。これに対して茶々やヤジを入れる人はこの場にはいなくて、学級崩壊と言った心配はなさそうだった。

「…マジか…異世界転生…転移? そんな話、小説でしかあり得ないと思ってたのに…」

「そういえば、アヤカが持っていた本にもそういうのあったなー。なんか転移してきた奴って不思議な力を持ってるらしいけど、お前にもあるの?」

「ウミーシャにもちょっと魔力が残ってるよ! でもね、この世界は向こうと違って自然から得られる魔力が少ないから、装備なしだと戦えるほどの力はないかなぁ…」

「私はウミちゃんに魔力があることに気づいて、こっちの言葉も話せないみたいだから、海外の魔法少女が逃げてきたのかなって思って…それで住む場所やお仕事のお世話をさせてもらったの。今では重要な戦力店員になってくれたわ~」

 最初に疑問を投げかけたのは、武闘派の二人だった。アヤカはよくファンタジー小説を読むのか、疑うどころか若干興奮気味に、彼女としては興味深そうにウミーシャさんを見ていた。ちなみにルミはウミーシャさんとも戦ってみたいのか、そういう『お約束』について尋ねていて、でも戦えそうにないと教えてもらったら「そっか、残念だな…」なんて少しテンションを下げた…仮にそういう力があった場合、私よりも強力な魔法を持っていそうだけど。

 同時に、そんなウミーシャさんのお世話をしていたのがサクラ先生だともわかって、私たちの発表であるにもかかわらず多くのことが判明していく。もちろん、それらを無駄には感じなかった。

 私たちはきっとこうやってお互いのことを知っていって、そして争うのではなく力を出し合える関係になるべきだと思うから。

「それで、影奴は魔力を吸収して強くなるって特性があるから、私の力でできるだけたくさんの…可能なら日本中の影奴を結集させて、『すべての勢力の魔法少女が力を合わせないと倒せないほどの敵』、【魔王】を作ろうと思っています。その方法についてはまだ検討の余地があるのですが、今回はこうやってすべての派閥の皆さんに来ていただいて、それで魔法少女たちが一つになるための準備というか、根回しを手伝ってもらいたくって」

「なるほどね…何にせよ、魔法少女たちの団結を促すというのであれば、私たち改革派は協力するよ。戦いが起こる以上はほかのみんなの意思も確認しないといけないけれど、ヒナさんとカナデさんの作戦に賛成の意思を表明します」

「ええ、そうね…魔法少女たちが一つになれば、余計な争いも起こらないもの。影奴たちには悪いけれど、これまで苦労させられたから…ちょっとくらい利用させてもらわないと、ねぇ?」

 私たちの提案に対し、真っ先に賛同してくれたのはカオルさんとムツさんだった。

 改革派なら協力してくれるはず…という甘い見通しがあったのは否めないけれど、この二人なら多分私のそういう浅ましい希望的観測も承知していて、その上で協力してくれるんだろう。

 …頭脳戦という意味では、絶対この二人に勝てないな。でも、勝つ必要もない。これからは、手を取り合っていくのだから。

「ふむ、大量の影奴をどのように集めるかは課題だろうが…我々もそういうことなら協力はできるだろう。というよりも、うちの魔法少女はどいつもこいつも血気盛んでな…【魔王】なんて聞かされたら、頼まずとも首を突っ込もうとするだろうからな。今後も我々と交渉の場を設けてくれるのなら、武闘派も参加しよう」

「おお、もちろんだ! 魔王ってあれだろ、なんか角が生えてて黒いマントを着けてる、やけに強い敵なんだろ? そいつをぶっ倒せば…あたしが誰よりも強いって証明になるしな!」

「…それは今風のテンプレ…もしかしたら一昔前の『いろんな生き物がごちゃごちゃに合成されたでかい奴』かもしれない…それくらい大きい奴なら、私の爆発魔法も気にせず使える…ふふ…別に、楽しみにしてないし…」

 次いで賛同…というよりも、諦め気味に受け入れてくれたのが武闘派だった。いや、諦めているのはヨシノ先生だけど。

 ヨシノ先生としては『これからも武闘派が活動するための交渉権』を手に入れたいのだろうけど、肝心のルミとアヤカはなぜかまだ見ぬ魔王に対してテンションが上がっていて、そこそこ冷静なはずのアヤカですらにやりと想像上の敵に笑みを浮かべている。

 協力してくれないのよりは全然いいんだけど…これで二人の期待に添えない魔王を作った場合、あとで散々文句を言われそうだな…。

「お待ちなさい。重要な話が抜けておりますわ」

 …なんて若干緊張感が薄れていた空気に冷や水をぶっかけるような声が、ハルカさんから聞こえてきた。

 その顔はいつも通り周囲に思考を読ませまいとする鉄壁の無表情で、それを誰よりも見てきたマナミさんですらキャラメルマキアートを机に置いて背筋を伸ばした。

「武闘派は、まあいいでしょう。おそらくは『協力するから今後は我々の言い分を平穏に受け入れろ』という目的があると思います…問題はあなた方、改革派ですわ」

「我々ですか? 私たちはすべての魔法少女が一つになること、それだけで十分で」

「カオル、いい加減になさい。わたくしも人のことは言えませんが、あなたはもう少し『本当に求めていること』を表に出しなさいな。あなたは行動にて公平さを体現しており、それは改革派の理念と合致しているかもしれません…ですが」

 ハルカさんの固有魔法は『千里眼』、射程距離内なら自由に視点を移動できるというものだった。もちろん今はそれを使っていないのに、どうしてだか。

 今のこの人の目はカオルさんの鉄壁としか言えない結界の内側すら見通すような、ただ一点を突破するほどの力強さに満ちているような気がした。

「いつもあなたは『理想を追求するために理想の人間であろうとしている』ようにしか見えません。口を開けば『すべての魔法少女のため』ですとか『誰も傷つかなくていいように』ですとか、きれいな言葉しか言いません…だから、教えなさい。なぜそうまでして魔法少女のために身を尽くすのですか? 本当の目的を曖昧にしたままの相手に立ち位置を超えて協力し続けるのは、リスクが高すぎますもの」

「…やれやれ、ハルカさんには敵いませんね」

「カオル…いいの?」

 カオルさんは多分、心の底から魔法少女のことを考えている。私はそれを疑ったことはないし、嘘をついているようにも思えない。でないと、学園にすら背くような形で私に協力なんてしなかっただろう。

 でも、ハルカさんの言葉も事実だと思った。カオルさんは…それこそ物語の中の王子様やお姫様のように、完璧すぎた。

 学園でも有数の実力があって、誰に対しても公平で、魔法少女全体のことを常に考えている。それを言動で示していて、だから改革派は彼女のおかげで劇的に成長したのだろうけど。

 それでも私は、知りたいと思った。彼女がどうしてそこまでできるのか、ただ単に『いい人だから』では終わらない理由が。

 ムツさんはそれを知っているのか、諦めたようにこぼす相棒に愛憐に満ちた視線を向けて、カオルさんはそれに背中を押されたように笑顔を浮かべた…とても悲しげな。

「つまらない自分語りですが、お付き合いください…私の父は外交官で、母は元センチネルの魔法少女でした。出会いは魔法少女をしていた母を父が見初めたからで、卒業と同時に妻として娶ったんです」

 その話を聞いたとき、申し訳ないけれど…以前私たちに反旗を翻した次官を思い出した。

 魔法少女という特別な存在に下卑た感情を向け、意のままに手に入れようとする…そんな結末を察したのか、カナデは不快感を押し殺したように表情を引き締める。私はチラリと視線を向けて小さく頷いたら、彼女もまた肩から力を抜いた。

「ここまでなら『ゲスな権力者が魔法少女を囲った』と思うでしょう…しかし、父は本当に母を愛していました。また、母も父のそんな愛情を信じていたからこそ婚姻を受け入れ、そして私が生まれました…やがて私も次なる魔法少女として期待を向けられるようになり、そして。父と母の関係を疑うようになりました」

 ギリッ、カオルさんの歯ぎしりが静かになった部屋に響く。これまで一切見せなかった彼女の怒りは、武闘派の二人ですら小さく震えるほど鋭く冷たかった。

「本当にそれは『公平』な関係なのか? 母は逆らえなかっただけではないのか? 父は自分の立場を利用していたのではないか? あの二人にしかわからないことを考え始めたら、私は…『納得』できなかった。魔法少女を見世物にしなければ、もっと母は自由に生きられたかもしれない。魔法少女を利用するようなシステムさえなければ、私たちは納得のできる結末を迎えられるかもしれない…だから私は、変えたかった。魔法少女の利用と権力の暴走を止めること、それが私の目的です…以上、ご清聴ありがとうございました。同時に、こんな話をしてしまい申し訳ありません」

 すべてを語り終えたカオルさんの表情には、未だに納得がなかった。けれどそれすらもねじ伏せて、彼女はハルカさんのように表情を消して立ち上がり、私たちに深々と頭を下げて見せた。

 …やっぱりこの人は、強い。そして公平であり、だけど…人間らしく、『納得』を優先して生きていた。

 私の中にあったカオルさん…いや、改革派への信頼はさらに強固となる。自分のことを語るだけでそうさせるのだから、やっぱりこの人は完璧なのだろう。

「…ふん、そういうことですか。あなた、思っていたよりかは私情で動いていたようですわね…ですけど」

「違います! カオルは誰よりも公平を望み、魔法少女全体が納得できるために戦っていました! いくらハルカさんの言葉でもそれは受け入れられません、訂正を」

「姉様が話している途中だぞ、控えろ! それに…姉様だって、背負っているものがある! お前らと同じように、納得を求めているのだ…そうですよね、姉様?」

「…ありがとう、マナミ。あなたのおかげで冷静になれましたわ」

 カオルさんが語り終えた直後、ハルカさんは積年の恨みを晴らしたかの如くじとりとカオルさんを睨んで吐き捨て、その直後にはムツさんが机を叩きながら激怒して立ち上がった。

 …失礼だけど、驚いた。この人が怒る様子なんてまったく想像していなかったから、不意打ちともいえる爆発に私は息をのむ。

 もちろんハルカさんはその怒りを受け止めても身じろぎ一つすらせず、何かしら嫌みの一つでも言おうとしたのだろうけど…隣に座っていたマナミさんがかばうように立って、両手を使ってどこか大仰に、それでも感情的にはなりすぎず、伏せるような視線を姉へと向けながら語りかけた。

「あなたのことを聞かせてくれたお礼です、わたくしも自分のことを教えましょう…もうしばし時間をいただきますが、かまいませんわね?」

 ハルカさんはマナミさんを、カオルさんはムツさんを制しながら座らせて、私に対して了承を求めてくる…ハルカさんのはむしろ確認でしかないのだけど。

 カナデは私以外の話にはあんまり興味がないのか、とても小さな声で「いいの?」と聞いてきたけれど…私は同じくとても小さな頷きで返し、そして「どうぞ」と伝えることしか許されなかった。

「では、話しましょうか…わたくしの目的、一族の悲願を」

 それは私も軽く聞いたことはあるけれど、もっと重要な内容が含まれるのだろう。

 同時に少し長くなりそうな気がして、今さらながら「椅子に座ったほうがいいかな…」なんて若干手遅れなことを考えていた。

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