「ウミーシャさん、仕事中にすみません。どうしても聞きたいことがあって」
「ううん、大丈夫! 今は休憩時間中だし、ウミーシャへ会いに来てくれて嬉しい!」
今よりもほんの少しだけいい世界にするため戦う、そう決意した私は次の休日にウミーシャさんへ会いに来ていた。この異世界から来た魔法少女はすっかり現代日本に馴染んでいるのか、元の世界を思い出して悲しそうにすることはなく、むしろ仕事中は片言ではあるものの充実しているように見える。
そして私たちが来ると『言葉が通じる状態で会話できる』と期待してくれているのか、相変わらずこの国では物珍しいエキゾチックで神秘的ですらある顔を子供のように緩めて、手をぶんぶんと振ってくれた。
サクラ先生も私たちをいつも歓迎してくれて、ウミーシャさんと話がしたいと伝えたら「ウミちゃん、休憩に入っていいわよ~」と朗らかに許可を出してくれる。それにお礼を伝え、飲み物とお菓子を購入してからバックヤードに向かい、いつも通りウミーシャさんは机の向かい側、私とカナデは二人並んで座った。
「ここのコーヒー、おいしいですよね。お菓子の品揃えもいいですし、カフェとしても使えるのが人気の秘密なんでしょうか?」
「そうだねー。ウミーシャの世界にもコーヒーに似た飲み物はあったけれど、こんなにおいしくて手頃に飲むことはできなかったかな? なんだろう…向こうのコーヒーみたいな飲み物って、泥臭いような匂いが強かったかも…」
「…そうなると、ウミーシャのいた世界って中世ヨーロッパ風のよくあるファンタジーとも違うのかしら…そういう世界だとしたらコーヒーがまだ普及していないはずだし…」
いきなり用件を切り出してもいいのだけど、私たちとの会話を楽しみにしてくれている無邪気な様子を見ていると、どうしても『必要なことだけを伝え合って切り上げる』というのもやりにくい。
なのでまずは茶飲み話を始め、私もできるだけ話しやすい話題を持ち出す。するとウミーシャさんも肩の力を抜いてあっちの世界について教えてくれて、カナデは真面目に時代考察をしていた…カナデ、もしかしてそういうジャンルの話題に詳しいのだろうか?
ともかく話題はどうあれウミーシャさんは私たちと話せるだけでも楽しいようで、ニコニコと終始ご機嫌だった。そしてお菓子──今日はホワイトチョコレートワッフルだ──を食べたくらいで、私は本題を切り出す。
「ウミーシャさん、向こうの世界にはすごく強い影奴はいませんでしたか? こっちにも大きくて強いのは出てくるのですが、ベテランの魔法少女だとどうとでもなる相手しかいなくて…たとえば、向こうの魔法少女たちが束になって戦ってもギリギリ…みたいな」
「うーん、それなんだけどね…正直に言うと、向こうの魔法少女とこっちの魔法少女って、かなり実力差があるんだよね。店長に聞かせてもらった話から察すると、こっちの魔法少女は向こうとは比較にならないくらい強いかも…」
「同じ魔法少女なのに、そんなに違いがあるものなの?」
「うん…たとえば装備についてだけど、これはもう勝負になってないと思うよ。向こうだと魔法少女専用の装備なんて滅多に作られなくて、一般的な魔術師や戦士が使っているものを調達して利用するし、専用の高性能な衣装なんてないし…ゲートが作られてからはさらに立場が弱くなったから、普通の装備を集めるのだって苦労しているはずだし」
向こうでの話はウミーシャさんにとってつらいものが多いから、今回の質問も少し不愉快にするかな…という心配とは裏腹に、彼女はほんわかした声音のままあっさりと教えてくれる。魔法によって流ちょうにしゃべれるようになっていることもあり、その内容はするすると私の中に入ってきた。
「つまり…向こうの魔法少女は普通の影奴を倒すのにも苦労してて、こっちの魔法少女が苦戦するような敵はもういない…って感じですか?」
「そうなるかなぁ…モンスターもたまに新しいのが出てくることがあるみたいだけど、ヒナやカナデなら簡単に倒せるようなのしかいないと思う。でも、どうして強いモンスターのことが気になるの?」
「実は…私たち魔法少女が全員力を合わせないほどの敵を見つけて、それを操ってみんなで倒して、なんていうんだろう…そのまま全員が協力し続けられるような世界にしたいな、って思ってて」
改めてこういう自作自演の計画を口にするのは、ウミーシャさん相手でもためらわれた。
そう、私の目的は『勢力に関係なく魔法少女たちが協力しないと倒せない敵を操り、全員を集めてこれを撃退、可能なら定期的にこういう敵を利用してずっとみんなが協力し合える世界にする』というものだった。
私の力を使えば影奴もほとんど意のままに操れる反面、すべての魔法少女の力が必要と思わせられるほどの敵は今まで存在しなかった。そこらの影奴を操っても一時的な共闘が関の山で、『魔法少女同士でいがみ合っている場合ではない』というプレッシャーたり得ない。
もしも影奴が以前からそういう存在になれていたのなら、今だっていくつもの勢力に分かれはしないだろうから。
ただ、ウミーシャさんの話だと影奴は現在の強さが限界とも想定できて、やっぱり別の方法を探すしかないか…と思っていたときだった。
「…ええと、その作戦が本当に上手くいくかどうか、そのために役立つかは自信ないけど…もしかしたら参考になる話、あるかも」
「そうなの? どんな話でもいいから教えてもらえるかしら? 大丈夫よ、アンタに迷惑はかけないから」
「うん、カナデの言うとおり。ウミーシャさん、こんな作戦で申し訳ないんですが…もしもわかることがあるんなら、何でも聞かせてください」
「ううん、私は全然大丈夫…二人の力になりたいし。えっとね…」
ウミーシャさんは私の話を聞いた直後は首をかしげたけれど、それでも馬鹿にする様子も蔑む様子もなく、直後には机に肘をついてなにかを考え始め、そしてやや慎重に口を開いた。
その顔は思慮深いだけでなく、とても一生懸命に見えた。この人も昔はこうやって影奴と戦っていた、そんな片鱗が感じられるくらい…魔法少女の雰囲気を纏っている。
「モンスターはね、魔力や生命を取り込んで強大になっていくの。普通の人なら生命を、魔力を持つ人相手なら生命と魔力を奪うために襲いかかって、そのまま放置するとどんどん強くなるんだ…だから昔は、私たち魔法少女が討伐しないといけなかった」
「それはこっちの世界も同じね。影奴は一般人を襲うし、襲われた人は意識不明になったり命を落としたりするから、私たち魔法少女がなるべく事前に出現位置へ向かって倒している…」
「だね。魔法少女学園の発展に伴って事前予測の精度も上がって、影奴に襲われる人たちは激減した…ただ、学園がカバーしていない範囲に住む人もいて、そういう人たちは武闘派が守っているらしいけど」
「…やっぱりすごいね、こっちの世界は。私たちの世界だとモンスターに襲われて死んじゃった人たちがたくさんいて、だからこそゲートなんてものが作られたのに。ヒナとカナデは魔法少女学園が嫌いみたいだけど、ウミーシャは魔法少女たちが戦って平和を守っているこの世界、とてもすごいって思うよ」
多分この世界に影奴が出るようになった直後はそれなりに混乱があったのだろけど、学園に教わった話によると【始まりの魔法少女】とその仲間が誕生することでこの天災のような敵を打倒できるようになり、彼女たちの存在が魔法少女学園が生まれるきっかけにもなったらしい。
影奴がいたからこそ魔法少女がこの世界にも誕生して、そして魔法を中心としたテクノロジーがこの国を発展させ、それ故に腐敗が生まれたという負の側面もあるのだけれど。それも知っているはずのウミーシャさんは、混ざり気のない賞賛をまた送ってくれた。
「それで、ごくまれにたくさんの力を取り込んだモンスターが生まれて、そういうのはすごく強い魔法少女たちが集まってやっと倒せていたんだ…だから、もしかするとこっちの世界でもそんな強い敵が生まれるかもしれない。でも」
「…こっちだと影奴は被害を出す前に撃退されているから、そこまで強くなる前に討伐される。そもそも影奴を育てるのならいろんな人を見殺しにしないといけないから、それもできない…ってところかしら」
「だろうね…さすがに私も『影奴に力を渡せ』なんて命令はできないよ」
過激派とかのテロリストなら別に捧げてもいいけど、そんな本音はギリギリで飲み込めた。さすがのカナデとウミーシャさんも、私がこんなことを思っていると知ったら見下げるどころじゃ済まないだろう。
ともかく、影奴が魔力や生命力を取り込むことで強くなると考えた場合、生け贄とも言える存在が必要になる。けれど魔法少女学園はそうならないために存在しているし、何より優しいカナデは誰かを見殺しにする方法なんて許容しないだろう。
そして敵であればどんな『使い方』をしてもいいと考えてしまいそうな私は、そんなカナデのために戦っているのだ。カナデが認めない方法は使えないし、使いたくもない。
私がかろうじて人間としての倫理を保っていられるのは、今やカナデがいてくれるからだった。
「…だから、『影奴を影奴に吸収させる』っていうのはどうかなぁ?」
「え?」
「影奴はね、それ自体が魔力の塊みたいな存在なの。これまで例はないけれど、もしも影奴の共食いとかがあり得るのであれば、ヒナの力を使って影奴たちを『合体』させていけば、人間や魔法少女を犠牲にせずに強い影奴が作れるのかな…なんて思ったけど、どう?」
影奴を、合体させる。
それは突拍子もないアイディアに見えて、だけど私の頭の中ではストンと納得へ生まれ変わった。
だって私は、知っているから。『合体して襲いかかってきた敵』を。
「…実は私、複数の影奴が合体して大型の敵になる奴と戦ったことがあるんです。ほかの影奴も同じように合体できるかどうかはまだ試していないんですけど、もしもウミーシャさんの言うとおり合体をさせ続ければ…日本中の影奴を混ぜれば、すごいのが作れるかもしれない」
「そんな敵がいたの? でもそれが本当なら、日本中の影奴を寄せ集めて…ファンタジーの世界よろしく、【魔王】だって作れるんじゃない? ウミーシャ、アンタの世界にもそういうのはいたの?」
「マオー? こっちの世界の漫画やアニメではよく見かけるけれど、私たちの世界にはいなかったかなぁ…もしもあんなのがいたら、それこそ人間同士の争いどころじゃなくなってたかも」
「…魔王、か。よし」
コーヒーを飲み干し、私は次の戦いでの実験について決めた…戦いを実験扱いするなんて、すでにマッドサイエンティストを気取っているようで恥ずかしいけれど。
でも…なければ、作ればいい。これは日本に昔から伝わる名言でもあって、そうやって人類はいろんなものを作ることで発展を続けてきた。
そして魔法少女学園も発展の一つの結果だとしたら、私たちで『共通の敵』とやらを作って、そして今の歪みを正していけばいい。
私の力がいつまで通用するかわからないし、この【魔王】だってずっと魔法少女たちを一つにし続けられるかわからないんだけど。
だけど今できることをしておけば、きっと未来はつながっていく。少なくとも…カナデがいてくれるあいだだけでもいい。
そこから先はきっと、また新しい魔法少女たちが紡いでくれるだろうから。
(…始まりの魔法少女も、そう信じて戦ったのかな?)
自分たちのルーツとも言える、魔法少女の始祖について考える。その姿は見たこともないのに、カフェインによって活性化した脳は明確なビジョンを作ろうとしていた。
彼女の望む未来が今の魔法少女学園であったのだとしたら、尊敬はできないけれど。それでも誰かのために戦ったという姿勢は決して軽視されるものではなく、今のような困難にも立ち向かってくれたのであれば…私は彼女に誓う。
「…行こう、カナデ。これが最後の戦いになるわけじゃないけれど、きっと大きな、そして未来への決戦になる。上手くいくかどうかもわからないけど、それでも力を貸してくれる?」
「ふふ、今さらそれを聞くの? 私の居場所はあなたの隣、そこにいる以上はなんだって手伝うわ。あなたが願う未来こそが私にとっての希望、そう信じてる」
「おお…こういうのを『ユリ』って言うんだよね! ウミーシャはそういうの大好きだよ!」
あなたが作ってくれた未来を、私たちはもっとよくしていきます。だから…大切な人のためだけに戦う私に、あなたも力を貸してください。
すべての始まりにそう誓いを立てて、立ち上がった私はカナデへと手を伸ばした。彼女は迷うことなく笑い、そして両手でそれを握って誓いで返してくれる。
それを見ていたウミーシャさんはなぜか目を輝かせ、そしてトミコのようなことを言って私たちを褒め…褒めてるのか、これ?
とにかく適度に脱力させてもらい、私は曖昧に笑いながら、カナデは顔を真っ赤にして「変な茶々入れないで!」と抗議しながら、それでもどこか満たされたような気分でコンビニを後にした。