「急進勢力の件ですが、あなた方のおかげで黙らせることができましたわ。これで当面は武闘派への具体的な攻撃も控えてくれるでしょう…偶然鉢合わせた場合の小競り合いはどうにもできませんから、学園への妨害行動はやめていただきたいですが」
「いいか、急進勢力の説得に当たったのは姉様なのだぞ。武闘派どもはたしかに役立ったかもしれんが、姉様こそが今回の件の最大の功労者なのだ…それは忘れるなよ!」
「あ、あはは…どうも」
「ええ、もちろんです。現体制派…とくにハルカさんとマナミさんにはいくら感謝しても足りません。我々も武闘派の方々に『武力を用いた魔法少女救出活動』の是正案について協議しておりますから、今後も平和的解決のために尽力することを誓います」
復旧中の発電所防衛から程なくして、私は改革派の会議室に呼び出された。カナデとともに向かうとすでにハルカさんやマナミさんも到着していて、現体制派が嫌いな私の相棒はこれまた露骨に顔を歪めたけれど、小さく「大丈夫だよ」と伝えたらおとなしく席に着いてくれた。
長机の向こう側には表情を消したハルカさんにむすっとしたマナミさんが、こちら側には私とカナデ、そしてにこやかなカオルさんとムツさんが座っている。私の到着と同時にハルカさんが報告をして、マナミさんはいつもの調子で大好きな姉の貢献について熱く語った。
それを見ていると自分が向こうにいた頃を思い出してしまい、恋しさを伴わない懐かしさが浮かんでどうしても苦笑してしまう。そして私が二の句に悩んでいることを察したのか、カオルさんがあっさりと引き継いで会話を進行させてくれた。
「ええ、本当に…武闘派は今でもインフラや矯正中の魔法少女の奪取、影奴相手に手こずっているセンチネルの勧誘といったことを続けているらしいですわね? 大規模な損害を出しているわけではないので学園側も本気での対策はしておりませんが、そろそろやめていただかないとまた急進勢力が増長しますわよ?」
「その点に関しましては、今後は武闘派と現体制派が協議できる機会を設けたいと考えています。影奴以外への武力を用いての活動は我々としても控えてもらいたいですし、一方で不当な扱いを受けている魔法少女たちを救いたいという気持ちも蔑ろにされるべきではありません。だからこそ話し合い、ときには穏便な形での『武闘派への魔法少女の転属』なども含め、建設的な議論を進めていただきたく思います」
「そうねぇ、今は現体制派でも『インフラを含めた魔法少女たち全体の待遇向上』を望む声が増えていますもの。話し合いの場さえ増やせれば、きっと上手くいくって信じています」
「当然だ、我々ほど魔法少女の立場に立っている派閥は存在しない! 武闘派なんぞに頼らなくとも、学園をより良くできている…ですよね、姉様?」
武闘派は過激派と違って自分たちの主張を無差別攻撃の名目にすることはなく、あくまでも不当な扱いを受ける魔法少女の救済を目的としていた。ただ、その中ではどうしても多少の戦闘が起こることがあり、それが現体制派との軋轢を生み出しているのは私も理解している。
ハルカさんはその点を指摘するときはじろりと私たちを睨んできて、武闘派の理念に少なからず共感がある私はにらみ返すことも反論することもできなくて、ただ一時は一緒に戦っていた点だけを信じて見つめ返すことしかできない。
しかし、マナミさんがインフラたちの待遇向上を主張していたのも知っているのか、ムツさんはそうした視線もやんわりと受け止めつつ、微笑みを崩さないまま話し合いを提案した。少し前だと綺麗事にしか思えなかったその言葉は、私の胸にもじんわりと浸透する。
もちろんマナミさんが素直に賛同するわけがなくて、あくまでも現体制派は正しいのだと言わんばかりに鼻息荒く主張していたけど。
「ええ、マナミの言うとおりです。武闘派の有用性…我々の対応が追いつかなかった影奴の撃退については素直に認められますが、それでも学園の管轄から離れた存在を安易に受け入れることはできません。わたくしたちはあくまでも現在の学園の体制を維持し、そして進化させていくことが目的です。それに反発する以上、話し合いのテーブルを用意しても無駄になるでしょう」
「先日のように『共通の敵』を適切に用いれるようになったとしても、ですか?」
「物事に絶対はありませんわ。今は自作自演に関する情報もごく一部しか知りませんが、それがいつ漏れてしまうかわかりません。ヒナの力はそれすらもカバーできるかもしれませんが、学園側もいつかは対策を進めるでしょう…ましてや、影奴程度を自由に動かし続けても大きな脅威たり得ません。先日の一件は今の状態だからこそ成功した、幸運とも呼ぶべき作戦だったことをお忘れなきよう」
ハルカさんの言葉は主にカオルさんに向けられていたけれど、同時に私への忠告であるようにも感じられた。
かつての私の時間停止も絶対的な力ではなかったし、今の洗脳だって強力だからこそ対策は進められるだろう。そして対策が進んでいった場合、今回のような自作自演がいつまでも効力を持つかはわからない。
(…残された時間はそんなに長くない、ってところか)
私のこの力が趨勢を左右できるのは、魔法少女の歴史でいえば短期間と表現できるものなんだろう。そして世界の支配なんて興味がない私からすれば、それに対して思うところはさほどない。
「…幸運なんかじゃないわ。ヒナがいてくれたから、頑張ってくれたから、余計な争いをせずに済んだ。それは認めなさいよ」
報告を終えたハルカさんは立ち上がって出口に向かおうとしたけれど、それを制するように口にしたのはカナデだった。思わずその横顔を見ると地平線の彼方まで見えているかのようにまっすぐで、そこには怒りも、焦りも、憎しみもなかった。
ただ当たり前を伝える、そのためだけに口を開いた。それに胸が高鳴ったとき、私にはまだやるべきことがあるのだと再確認する。
「…魔法少女は、決して強くありません。それは私だけでなく、皆さんも同じだと思います。強くない私が大切な人を助けられたのは、あんなにもたくさんの敵を倒せたのは、みんなが力を合わせたからなんです」
椅子から立ち上がり、注目を集める。こういうのは本来カオルさんの役目なのだろうけど、今くらいは私がやってしまってもいいだろう。
私を認めさせるためだけに言葉を紡いでくれた、大切な相棒に応えるためだ。そのためにできることは、私に力があるうちに全部やってみよう。
もうカナデが悲しまなくていいように、少しでも笑っていられる世界を目指して。
「もしもまた力を合わせないといけないときが来たら、力を貸してくれませんか? その日が訪れたとき、また…もっといい世界を目指すため、一緒に戦ってくれますか?」
「…言葉の意味がわかりかねます。現体制派はあくまでも学園の意向に従う集まりです、わたくしの一存ではできることも限られています…ですが」
出入り口の扉に手をかけながら、ハルカさんは首だけで振り返す。その顔はやっぱり無表情で、誰にも見透かせないように仮面を被っていた。
けれど。最後に彼女は、口元だけ仮面を外してくれた。
「…あなたには借りがあります。一つ目はマナミの命を救ってくれたこと、二つ目は…マナミが自分の意思で現状を変えようと動けるようにしてくれたこと。どちらもそう簡単には返しきれないほどの恩です、個人的な協力は惜しみませんわ。では、ごきげんよう」
「ね、姉様…! くっ、わ、私は別にお前には感謝していない! 武闘派の奴らにもだ! だ、だが…姉様と私が求める世界に近づくためなら、力を貸してやる…! 以上だ、失礼する!」
仮面の外れた部分だけは、たしかに笑っている気がした。
そしてハルカさんが部屋を出ると同時にマナミさんも振り返り、私にビシッと指先を向けて、真っ白な肌を真っ赤にしながらまくし立てる。そして戦ったわけでもないのに「覚えてろ!」なんて捨て台詞を残して、ぴしゃりとドアを閉じて帰って行った。
「…うーん。今度から現体制派と交渉するときはヒナさんにも毎回同席してもらったほうがいいかな…君はカリスマ性が高過ぎるみたいだね」
「ちょ、ダメよ! これ以上ヒナを面倒ごとに巻き込まないで!」
「あらら~、残念ねぇ? でも…ヒナちゃんとカナデちゃんがしようとしてること、私たちは応援しているわよ。もちろん、いつでも真っ先に相談してね?」
「はい、ありがとうございます…ふふ、こういうのは柄じゃないんですけど。たまには『世界』のため、ちょっと頑張ってみようと思います」
現体制派がいなくなった直後、カオルさんはううむと唸りながら私を過剰評価してくれて、危うく改革派のオブザーバーにでもされそうになった。もちろんカナデが私の手を握りながら即時拒否してくれたけど。
そしてムツさんは意味深に笑い、先ほどの私の発言から次なる『作戦』についても察知してくれたのか、まるでお母さんのようにあたたかに応援してくれた。
私は『世界』に興味はない。それを支配できるほど強くはなくて、支配したところでやりたいこともない。
だけど…ほんの少しだけ世界を変えられる力があるのなら、その力があるうちに変えてみたい。
そして変わった世界の果てにカナデがいてくれて、彼女の表情が笑顔だったのなら…戦う理由はそれだけで十分だ。
今も握り続けるカナデの手の感触に戦う理由を再確認して、私は次の行き先を決めた。