「発電所の防衛にて武闘派が協力したこと、これは現体制派でもごく一部しか把握しておりません。同時に、武闘派の活躍でなんとかなったことを知っている人は皆さんに敵意を持ってはいませんし、この暗号通信を送ってきた人も現体制派…つまりは武闘派のために情報をリークしてくれました」
急遽始まった緊急対策会議にて、まずは暗号メッセージを受け取ったカオルさんが私たちを見渡しながら慎重に言葉を選びつつ、情報の出所について教えてくれた。
(…武闘派に敵意を持っていない現体制派…それって…)
発電所の防衛において、武闘派の協力があったことを知る人間は少ない。それこそ現体制派についてはハルカさんにマナミさんくらいのものだろうし、彼女たちもそれをそのまま報告することはできないと話していたから、おそらくは二人もよほど信頼できる相手以外には教えていないはず。
となれば。カオルさんに情報をリークしてきた人というのは、多分そういうことだろう。私は都合がいい考え方だとは思いつつも、そうであると信じることであの二人とは対立せずに済むと少しだけ安堵した。
「一方、現体制派には自分たち以外の勢力を一切認めようとしない、さっき話した『急進勢力』も存在します。彼らは学外の勢力はもちろんのこと、私たち改革派や無派閥の魔法少女たちまで敵視していると考えていいでしょう。『学園とその体制を守る魔法少女以外は不要』という、選民的な思想を持っています」
「…ふむ。となると、過激派は潰せたもののまだ学外に抵抗勢力があることを把握して、この機会に不穏の芽を潰すために我々へ目を付けた…というところか。監視の目も緩んだと思っていたが、少し脇が甘かったかもしれん」
カオルさんの解説に頷いたヨシノ先生は今回の件について把握したのか、何のこともないように要約した。その表情にはまったく焦りがないものの、手元に置いてある端末を忙しく操作していて、おそらくは拠点のみんなへの伝達事項について作成しているのだろう。
私の隣に座るカナデは露骨なまでに嫌悪感を浮かべていて、若干緩和された派閥嫌いが復活したかのように「…やっぱり、あいつらは気に食わないわ」とつぶやいていた。
「まだここは見つかっていませんから、すぐに襲撃されることはないでしょう。ただ、現体制派は学園でも一番充実した戦力を有していますから、本気を出せば早晩見つかる可能性もあります。無論、我々改革派は今回の件には一切賛同せず、まずは交渉でもってこの暴挙を止めるように全力を尽くさせていただきます」
「…ふん、そんなのあてにならない…改革派は、昔から綺麗事ばかり…先生、迎撃の準備をしたほうがいい…」
「だな! あいつらとはそのうちやり合うことになっていたし、戦えない奴らを逃がしたあとはあたしたちで相手してやるとするか!」
「…そうねぇ、信じてもらえないのも理解しています。でも、今は学園内にも『すべての魔法少女に公平な扱いを求める人』が増えつつあるんです。だからなるべく戦わない方向で進めますから、もうちょっとだけ待っていただけませんか?」
アヤカは私たちへ吐き捨てるような視線を向け、ルミも笑ってはいるもののすでに戦いは回避できないとばかりに立ち上がっていた。先生は「備えは進めるが、無駄な戦いはしないぞ」といさめてくれたものの、このままだとまた争いが起こるのは誰にでも予想できるだろう。
だからカオルさんは表情こそぶれないものの声音には必死さが確実に混ざり始め、諍いを嫌うムツさんも自分を奮い立たせるように武闘派へお願いしていた。
(…やっぱり、私たちはわかり合えないのか? 発電所だっていろんな勢力の人がいてくれたから守り切れたのに、それが終わったらまた戦うだなんて…)
一触即発と言うほどでないものの、危うい均衡の上に成り立っている空間の中で私は考える。
私は現体制派の人たちに送り出され、改革派の人たちに支えられ、武闘派の人たちに助け出された。そのすべての要素が奇跡的に重なることで今ここにいられて、インフラの少女たちにも少しだけマシな未来が訪れようとしていたのに、力を持つ勢力がつまらない欲望を出して他人を蹂躙しようとする。
…今思うと先日の防衛戦はまさに奇跡とも言えて、インフラの子たちにはつらい思いをさせてしまったけれど。過激派というわかりやすい共通の敵がいたおかげで、私たちは一致団結できてしまったのだろう。
(…わかりやすい敵…)
過激派は先日の一件で戦力を大幅に喪失したため、また都合よく湧いてくるとは思えない。というよりもあいつらが出てくるということはまた誰かが苦しむ可能性があって、存在を望むことは許されなかった。
一方、共通の敵が完全に消えたわけじゃない。ただ、その敵はこれまで私たちの常識の外にあって、そのくせ大して強くもないから脅威認定はされていなかった。
でも…今なら。今の私なら、多少の『融通』はできる。
「…カオルさん、現体制派の人とは連絡が取れますか? 少し、持ちかけてもらいたい話があるんですが」
かつて、カオルさんはこう言った。
『私もね、魔法少女同士の争いをなくすには【共通の目的】が必要だと思うんだ』
その共通の目的は私たちの言葉が通じないから、これまでは使い道にもならなかったけど。
今なら、使えるかもしれない。使ったところで本当に良い結果につながるかどうか、それはまだわからないけれど。
だけど、やってみる価値はあるかもしれない。そう思って私は自分の浅知恵を提案してみた。
*
「こちらヒナ、影奴の洗脳完了。修復中の発電所へ急行させるので、武闘派の皆さんは迎撃をお願いします」
了解、という返事を受け取ると同時に私は洗脳した影奴たち──小型から大型までかなりの数だ──に命令を下し、先日襲撃されてまだ修復中の発電所へ向かわせた。
わらわらと影の軍団が押し寄せていく光景は悪夢に近いものの、それでも魔法少女たちからすれば十分撃退が可能な範囲であり、けれども発電所の修復作業をする人たちかすれば脅威である…そんなところか。
「…すごいわね、あなたの力。あの数を本当に操れるなんて」
「カナデが力を貸してくれたからね。私たちが力を合わせないと、また無駄な戦いが起こるところだったから…」
森の中で影奴の軍団を見送りながら、隣に立つカナデがその光景を不思議そうに口にする。自分たちの力でなし得たことであるにもかかわらず現実味がない、そんな声音だった。
「武闘派の奴ら、大丈夫かしら…」
「そうだね、少し心配かもしれないけど…ここでみんなが頑張ってくれれば、急進勢力への説得材料になるから。それに万が一の場合は私が洗脳し直して無抵抗にさせるから、絶対にみんなを傷つけさせはしない」
「…そうね。優しいあなたが提案した作戦だもの、きっと大丈夫よね」
不安そうなカナデの手を握ると彼女はすぐに私のほうを向いて顔を緩め、もう心配はないとばかりに前を向く。私もそれに安心して歩みを進めつつ、自分の提案した『自作自演』のむなしさを噛み締めながらもこの作戦の内容を振り返っていた。
◇
私が提案した作戦、それは『修復中の発電所に影奴を奇襲させ、武闘派に撃退してもらうことで彼らは敵でないことをアピールする』というものだった。
先日襲撃された発電所は今も修復中であり、多くの作業員が割り当てられている。さらには魔法少女発電に使う施設は製造コストが高いことから、もしもここを破壊されたら学園だけでなく国全体に小さくない被害が発生するだろう。
ゆえに学園からも護衛が派遣されているけれど、大規模な影奴の襲撃を捌けるほどの戦力ではない。だから武闘派といえど防衛をしてくれるのなら邪険に扱う理由はどこにもなくて、そうした緊急時の協力…共通の敵の撃退は関係改善に効果があると踏んだのだ。
私が操れば危険性は最小限にできるとはいえ、防衛に当たる武闘派には戦ってもらわないといけないし、修復作業をしている人たちには怖い思いをさせるだろう。だから反対されるかな…と思いきや、カオルさんは絶賛してくれて、ムツさんは作業員の退避を優先することで合意、武闘派のみんなも「影奴くらいならどうということはない」と受け入れてくれたのだ。
ちなみに『急進勢力に反対する現体制派の魔法少女』に連絡を取ってもらって作戦について伝えると、こういう返事が届いた。
『作成開始日時が決まったら教えなさい。わたくしが立会人になります』
こうして急進勢力を黙らせるための自作自演は開始され、私はこれまでにない大規模洗脳…それも影奴相手への魔法を展開したのだ──。
◇
「カナデは大丈夫? 私の魔法、悪い影響はない?」
「心配性なんだから…むしろ調子がいいくらいよ? 別に意識が奪われているとかもないし、私は私…ヒナのパートナーのカナデのままよ」
「そっか、よかった…」
少数の影奴であれば私一人でもどうにかなるけど、軍団と呼べる規模の敵をまるごと洗脳するのはさすがに骨が折れる。そこで私とカナデは魔法少女進化計画の理論に則り、『お互いへの魔法の重ねがけ』にて大規模洗脳を実現した。
まずは私がカナデに『もっと強くブーストできる』と魔法を使って信じ込ませ、その後はカナデに『さらに強力なブーストを用いて洗脳効果を強化』というサポートをしてもらい、一瞬にして影奴の大群を支配下に置いたのだ。
それは『カナデを洗脳した』とも表現できるけれど、私の魔法がかかったカナデは意識が奪われた様子はなく、ブーストがさらに強力になった以外には違いが見当たらない。実際にかけるまでは抵抗感が強かったけれど、カナデの言葉はやっぱり私の背中を押してくれる。
『大丈夫、あなたを信じてる。魔法少女同士の戦いをやめさせようとする優しいあなたに、私の力を預けるわ』
その言葉に私は迷いを振り切り、かつてないほど強力に魔力をブーストしてもらった結果、共通の敵を意のままに操れたのだ。
自作自演であるのは事実だし、こんなことをしないと止められないような愚かな人間たちがいるのも頭が痛いけれど…カナデを無駄な争いから離せたのであれば、それは十分に意義があることだと感じた。
「ヒナ、ここからなら戦いが見えそうよ」
「うん…ルミたちなら大丈夫だと思うけど、どうかな」
影奴の軍団を追うように歩みを進めると、程なくして武闘派たちが交戦している場所へと到着する。
そこは魔法少女という光が影奴という闇とぶつかり合う、夜空の瞬きのような光景が広がっていた。
◇
「よぉし、お前ら! 今日の相手はたくさんいるけど、所詮影奴だ! あたしらの敵じゃないってこと、学園の連中にも見せつけてやろうぜ!」
ルミの言葉に「おお!」と武闘派の魔法少女たちは呼応し、その士気の高さを感じさせる勢いでそれぞれが影奴の軍団へと攻撃を開始する。
武闘派はその名前の通り、武力を用いて自分たちの主張を貫く集まりであった。その中には非戦闘要員もいるものの、多くは戦闘訓練を重ねた魔法少女たちであり、『戦って自由を勝ち取る』という信念の元、誰もが迷いを捨てて敵へと襲いかかっていた。
「…本当に、暑苦しい…数だけは多いから、後ろには行かれないように注意して…」
そんな熱気を感じる自軍の中、アヤカだけはいつもの調子で指を鳴らしながら小規模な爆発を連発する。狙いを付けるのが苦手であったものの、この日は前方にまんべんなく敵がいたため、味方が突出していない限りは適当に爆発を起こすだけでも当たっていた。
同時に、周囲に対して冷静に今回の目的を伝える。ヒナが操ったとはいえ、今回の影奴の襲撃は学園の事前予測の外にある文字通りの奇襲であり、学園側の迎撃態勢は整っていない。アヤカとしては後ろがどうなっても知ったことではないものの、万が一ここを突破されて発電所に被害が出た場合、作戦は台無しとなる。
そうすれば、武闘派…自分の居場所に危害が及ぶ。アヤカはそれすらどうでもいいと自身に言い聞かせながら、しかし自分たちをすり抜けようとした影奴に対しては急速接近を行って格闘戦を仕掛け、執拗なまでにガントレットで包まれた拳を打ち付けていた。
「アヤカぁ、今日はいつも以上にやる気だな! 気分も乗ってきたし、ちょっくら『あれ』を使って敵を減らそうぜ!」
「…ふん。足は引っ張らないで…」
今日は好戦的な様子を隠さない相棒に気を良くしたのか、ルミはアヤカの隣まで移動したら『あれ』を求めるようににやっと笑いかけ、そしてその内容を察したアヤカは差し出された斧の柄部分を一緒に握り、自分の魔力を込める。
本来であれば意図した場所に起こしにくい、されど強大な爆発魔法。それが流し込まれたルミの斧は破壊の瞬間を心待ちにするかのようにオレンジ色の光を放ち、その光は中心に付けられた宝玉に集まり、やがて刃先に巨大な火球を生みだす。
二人は自分たちの魔力がこもった斧を持ち上げ、そして勢いよく振り下ろした。
「これがあたしたちの合体技…『爆炎華』! 火傷じゃ済ませない!」
「…ぶっ飛べ!」
投石機のように振り下ろされた斧から炎の塊が射出され、それは影奴の軍団の中心に着弾した。すると炎の中に宿っていた破壊エネルギーが爆発を起こし、どむどむどむっと大小いくつもの爆弾が爆ぜるように赤い花が咲く。
小型の敵はもちろんのこと、近くにいた大型の敵ですらも熱と爆発に耐えられずに消失していき、一気にその数を減らす。この派手な破壊の様子は味方の士気向上にも寄与したようで、武闘派たちは声をあげながら影奴を押し返していく。
影奴は魔法少女の命を奪うこともあるが、この場におけるその力量差は歴然であった。歴戦の魔法少女も多い武闘派に対し、影奴は大型こそいるものの多くが小型で構成されており、発電所に向かうどころかおろか前線を押し返すことすらできない。
そう、すでに大勢は決していた。そもそも発電所内にいた作業員は改革派によって退避が完了し、人命が奪われる心配もほとんどない。少し離れた場所で戦いを見守るヒナもいざという場合は好きなように戦況を操作できるため、ルミは物足りなさすらあったのだ。
「やっぱよぉ…ヒナと戦いたいよなぁ。あの魔法がある限りあたしたちが不利なんだけど、そういうのなしでぶつかり合ってさ…んで、やっぱり最後は」
「…一緒にラーメン、でしょ…あいつ、固有魔法なしでも強くなってるから、油断すると危ない…」
「おっ、わかってるな…じゃあこれが終わったらまた手合わせをして、一緒に飯を食おうな!」
「…いいよ。今度こそ、私があいつをボコボコにする…それで…仲間にしてやっても、いい…」
影奴じゃ満たされない。やっぱ強い魔法少女と戦いたい。
何匹目かわからない敵を倒しつつ、隣で破壊の限りを尽くすアヤカにルミはこぼす。そして普段であれば、まずは呆れられて突っぱねられるだろう。
しかしこの日のアヤカは口元だけで笑みを作り、ルミに対して素直に頷いた。相棒の変わりようにはルミも一度だけ驚いて、それでも最後は「あいつを倒すのはあたしだぞ!」とにっかり笑い返していた。
◇
(す、すごすぎる…私、足手まといじゃ…)
ミオは自分用に調整された砲身が二つあるアサルトライフルで援護射撃をしながら、前で戦う仲間たちの姿に驚愕していた。
武闘派に来てからは彼女も戦闘訓練を開始し、生来の真面目さも手伝ってか、低級の影奴相手であれば一人でも討伐できるまでに成長した。そして今回は仲間が多く何よりも『自作自演』で安全性が高いため、経験を積む意味でも彼女へ出撃が要請された。
ミオの位置は最前線から少し離れた場所、ちょうど援護射撃が届く距離だ。また、たまに前線が打ち漏らした雑魚を仕留めることもあり、決して足手まといではなかった。
それでもミオは先輩たちの活躍に圧倒され、それは自身の無力さを痛感させる。そして、その余計な思考はわずかな油断を生みだした。
「…っ! こっちにきた!」
また一匹、足の速い四足歩行の影奴が前線を抜けて発電所を目指す。反応が遅れたミオは射撃を外してしまい、その攻撃に反撃するように敵は近づいてきて、彼女は咄嗟に防御姿勢を取ったら。
「馬鹿者! 戦いの最中は集中しろ!」
背後から飛び出してきた影は怒鳴りつつもミオの前に立ち、手に持ったレイピアを横薙ぎに一閃したら影奴は一撃で霧散した。
「…あ、あなたは…」
「…ふん。お前まで戦わされているなんて、武闘派はよほど戦力が足りていないと見える。これより現体制派は影奴の駆逐を開始する、邪魔はするなよ!」
マナミはミオを一瞥すると同時に前線へ急行し、現体制派の威光を示すべく影奴への猛攻を開始した。無論、武闘派へ攻撃する意思は見えない。
「…とんだ自作自演ですこと。ですが」
それに遅れること数秒、『立会人』になるべく馳せ参じたハルカはあらゆる感情を消した声で、それでも顔にはどこか高ぶりを宿しつつ、座り込むミオへと手を差し伸べた。
「…武闘派の有用性、しかと見させていただきました。学園に反抗する愚かさは受け入れがたいですが、我々の穴埋めとしての存在価値は認めて差し上げますわ」
共通の敵を利用する、それを聞いた直後は正気を疑ったものだが。
何よりも『最善』を重んじるハルカはヒナの手のひらの上で踊ることを選んだ自分に、さほどの後悔も感じていなかった。