「ヒナさん、協力してくれてありがとう。君がいると心強いね」
「いえ、カオルさんたちには何度も助けてもらいましたから…」
「…まあ、そうね。私はヒナに付き添っているだけど、アンタたちのことは…そこそこ信用してるわよ」
「うふふ、カナデちゃんもずいぶんとデレてくれたわねぇ」
発電所の防衛以降、表立っての協力こそしていないものの…改革派と武闘派はより高い頻度でコンタクトを取るようになり、情報交換や新技術の開発などで密かに連携を続けていたらしい。
そして私とカナデは無派閥なので、どの勢力に対しても中立…ではあったけど、カオルさんやムツさんに協力を要請された場合、できるだけ力を貸すようにしていた。
今日も武闘派との密談を行うために私たち四人はそちらの拠点に出向いており、現在は会議室に案内されていた。ちなみに私が同伴している理由は『万が一の場合は洗脳により密談の隠蔽がしやすいため』で、その力が必要とされない限りはとくにやることはない。
なのでぶっちゃけると「久々に武闘派のみんなに会いたいし、カナデと外出がてら付き添うかな」という考えがあって、我ながら力のある人間の余裕みたいになってしまった。
派閥嫌いのカナデも私が丁寧に事情を説明したら受け入れてくれて、彼女も改革派に助けられたという自覚はあったのか、カオルさんとムツさんが相手ならそこそこ心を開いたらしい。ただ、心からデレたわけではないのか、ムツさんのからかうような言葉に「変なこと言わないで」とぷいっと顔を逸らした。
カナデの人当たりは大きく改善したと思っていたけれど、どうやら私相手以外だと激変したと言うほどでもないらしい。
「すまん、待たせたな…元気そうで何よりだ」
「よお! ヒナ、久々だな! 早速勝負するぞ!」
「…今日はそういう用事じゃないでしょ…ボコボコにしたいのは同意だけど…」
「ヨシノ先生、お久しぶりです…あと、ルミとアヤカもこんにちは。二人も元気そうだね」
そして程なくして会議室に来たのはヨシノ先生…だけじゃなくて、ルミとアヤカも同伴していた。先生はいつも通り愛想はないけど私たちに向ける目は優しく穏やか、ルミは挨拶もそこそこに勝負を仕掛けてきて、アヤカは呆れつつも私に容赦なく敵意をぶつけてきた…殺意は全然ないのだけど。
だから私もにこやかに返事をして、はしゃぐほどでないにしても再会を喜ぶ。非公開の場ではあるにせよ、勢力に関係なく集まれるこの場所は私のような人間にとっても居心地がよくて、改めて私は戦いが好きではないのを自覚した。
「し、失礼します! お茶をお持ちしました!」
「…アンタ、インフラの」
そして全員が席に着いた直後にノックの音が鳴り、そこから若干緊張気味の少女が入ってきた。視線が集中するとびくりと震えたけれど、お盆に載せられたお茶はこぼれてはいない。
私は、この子を知っている。そしてカナデも忘れていなかったのか、その勇気ある少女に対して驚きの目を向けていた。
「すまんな、ミオ…ああ、こいつはここで上手くやっているから安心しろ。訓練も勉強も真面目だし、ルミやアヤカよりも素直で助かっている」
「え、ひどいよ師匠! あたしだって訓練は真面目にやってるぞ!」
「…勉強はしてないでしょ。私だって、最近はちゃんと言うことを聞くようにしてるし…」
「そ、そんな、私なんてまだまだです…ルミさんには戦い方を、アヤカさんには勉強を教えてもらっていて、それでやっとなんとかなっていて…」
「…そっか。うん、あなた…ミオが元気でよかった。あのときは本当にありがとう」
私たちの疑問に先んじて答えるように、先生もミオを見つめながらこれまた優しい声音で現在について教えてくれた。
かつてはインフラとして働いていたミオは自分の意思で武闘派へ行くことを決め、今はここで生活しているのは知っていたけれど…武闘派の制服を着用している彼女は態度こそ以前と同じだけど、全身から漂っている雰囲気にどこかたくましさが感じられて、ルミとアヤカが先輩ならそれも当然かと私も口元から力が抜けた。
だから自然とあのときのお礼が言えたけれど、彼女は「あ、あの、私、何かお力になれたんですか?」と不思議そうに聞いてきた。
…もしも私がこれからも自分の力を振るうことがあれば、この子のようになりたい。誰かのために一生懸命になれて、それなのに驕り高ぶることなく、ただまっすぐ生きようとする、この『勇気ある魔法少女』みたいに。
だから私は少しでも賞賛の気持ちを伝えるように、ふっと笑って「背中を押してもらったから」と伝えておいた。するとミオは目を見開いて驚いたかと思ったら、だけど「はいっ!」と破顔し返事をしてくれて、またここに来ることがあれば彼女とも親交を深めようと決意する。
ミオはお茶を置いたかと思ったら「では、訓練に戻ります!」とお辞儀をしてから部屋を出て行って、適度に柔らかくなった空気の中で先生は用件を切り出した。
「さて、今日来てもらったのは私たちの研究結果の進捗報告とテストだな」
「ええ、存じております。『魔法少女進化計画』、これはなんとしても前に進めないといけませんから」
「…魔法少女進化計画?」
「ええ、そうよ。ヒナちゃんにとっても役立つはずだから、それを知ってもらうためにも今回は同席してもらったのよぉ」
先生は書類を片手に立ち上がり、会議室にあったホワイトボードを移動して私たちに見える位置まで移動させる。そしてその言葉通り『魔法少女進化計画』とマジックで書き、なにも知らない私とカナデは首をかしげていた。
するとムツさんはいつもの調子で私たちに今回の目的を教えてくれて、面倒ごとに巻き込まれる雰囲気ではなかったけれど、カナデは若干身体を硬くする。私はとても小さく「大丈夫だから」と伝えたら、ふっと息を吐いてもっと小さく頷いた。
「魔法少女進化計画は…まあ文字通りだな。魔法少女たちをより強く、そしてより生きやすくするために進化させるという計画だ。ちなみに私に施された『魔法少女再生計画』が元になっているが、身体をいじくり回すようなことは絶対にしないからその点は安心してくれ」
「…そうなんですか? その、先生が進めているなら心配はしていませんけど…すみません、私には進化させるメリットがあんまりわからなくて」
「ヒナに同じく。たしかに強ければ死ににくくはなるだろうけど、生きやすくの意味はわかりかねるわ」
「…ふん。お前らは、考えが浅い…」
魔法少女に関連した計画というのはどうにも悪用の匂いが強くて、実際にヨシノ先生に施されたそれは私としても胸が痛むような内容であって…けれどもそんな私への配慮をするかのように、先生は自ら懸念点を先に潰して見せた。自分の体のことを口にするこの人には、何のためらいもない。
だけどそれで有用性がわかるかと聞かれたらまた難しいところで、魔法少女が強くなればたしかに安全には戦えるだろうけど、カナデの言うとおり『生きやすく』というのはピンとこなかった。
ちなみにアヤカは私たちの反応を鼻で笑ったけれど、その直後には「アヤカ、お前だって別に計画には協力的じゃないだろうが」と先生に突っ込まれ、梅干しを口に詰め込んだような顔をして黙り込んだ。
「知っての通り、今の魔法少女システムは『強ければ強いほど優遇される』というのが根幹にある。たしかに強い人間には相応の役割や責任も背負わされるが、それ故に権益も集中しやすい。そして力が弱いと判断された魔法少女が割を食うという現状は、決して私たちの望むところではない」
「だからこそ『すべての魔法少女が強くなれる世界』にすることで、そうした歪みを正していく…その理念、私たち改革派にも通ずるものがあります。ゆえに私たちは武闘派と協力し、この計画が前に進むことを望んでいるのです」
「…なるほど。そうですね、たしかに…どんな魔法少女でも強くなれるのであれば、公平な負担で働けるようになるのかもしれません」
「おっ、わかってるな! 実はあたしもその計画に昔から協力してて、そのおかげで強くなれたんだ。だから先生はあたしの『師匠』で、師匠の夢はあたしの夢でもあるんだ!」
強ければ優遇される。それは魔法少女学園を端的に表す表現だった。
魔法少女としての素質が強ければセンチネルとして戦わされ、多少充実した待遇が最初から約束される。けれども素質が弱いとされればインフラに回され、劣悪な待遇で搾取され続ける。
この歪みは結局のところ『力』によって生まれていて、全員が力を持つことで等しく分担されるのであれば、それは私にとっても望ましいと言えた。
いや、正確には…カナデも喜んでくれるだろうから賛同できる、という感じか。
ルミの弾む声にかつて聞かせてもらった彼女の夢を思い出しつつ、私は肯定的な気持ちを持ったまま続きを聞いた。
「師匠と呼ぶなと言っているのに…こほん。ともかく、この計画が上手くいってインフラでも強くなれることが証明できれば、すべての魔法少女が戦闘と発電の双方を担当できるようになる。となれば担当業務についても交代制にして、誰もが同じくらいの負担で働けるはずだ」
「…そうね、そういう計画なら私もいいと思うけど。でも、既存のシステムに執着する人間もいるんじゃないの? 今の状態だからこそ甘い汁を吸える人間もいて、そんな奴らは反対しそうなものだけど」
「ええ、カナデちゃんの懸念はもっともだわ。だからこそ、そういう権力側に近い…現体制派の理解と協力も必要で、私たち改革派は武闘派への協力だけじゃなくて、現状の変化を受け入れてもらえるように交渉と準備を進めないといけないの」
「…複雑な状況なんですね」
先生の詳細な解説により、ついにはカナデも賛意を口にしたけれど…やっぱり学園に強く失望している彼女はそう簡単には信じられないようで、ムツさんもそれは織り込み済だとすぐに補足してくれた。
私はこの計画も含めて派閥や権力などが入り乱れる現状に少し頭痛を覚えていて、思ったことを口にするので精一杯だ…。
「ああ、その通りだ。しかもこの計画だってまだ完成には遠いから実験とデータは必要だし、そもそも現段階の魔法少女進化計画は『本人の努力と周囲の補助によってなし得る』という代物だからな…完成にも浸透にも時間がかかるだろう」
「具体的にはどんな方法なんですか?」
「まずは魔力を増幅する装備に補助をさせ、ある程度強くなった状態で訓練してもらう。これまでのデータによると『魔法少女は魔力を補助された状態が続くと体がそれに最適化する』という傾向があるから、ようは身体に『強い状態を本来の状態だと思い込ませる』とでも言うべきか」
「…想像してたよりも正攻法ね。一昔前のアニメの『矯正ギプスを取り付けて特訓する』みたいなのかしら…」
「言いたいことはわかるが、さすがにそんな虐待まがいのことはしないぞ。何よりこの計画はまだ研究の余地が多いからな、これからもっと効率のいい方法に発展させる予定だ」
複数の思惑が交差する中で、その計画内容は予想以上にシンプルというか…カナデの言葉を借りるのなら『スポ根』みたいな方法で、わかりやすい一方で先生も自覚しているように効率はよくなさそうだ。
でもルミの言葉から察するに彼女はこの方法であそこまで強くなれたのも事実で、効果自体はあるのだろう。何よりその内容がルミの性格ともマッチしていそうで、誰もが強くなれるわけではなさそうな反面、地道に頑張れる人ならチャンスはありそうだ。
たとえば…ここで訓練をしていると言っていた、ミオも伸びそうな気がする。
「…そのことなんですが、少し気になる点があります。ヒナさん、カナデさん、君たちの力を借りたいんだけど」
「はい?」
先生の解説が一段落したところで手を上げたのはカオルさんで、その視線は私たちに向いていた。ムツさんは相方の意図を察しているのか、同じように私たちを見ながら「もちろん無理強いはしないから安心してね」といつもの調子で笑っている。
「聞いたところによると、ヒナさんはカナデさんにブーストされることでより強い魔法を操れるようになります。同時に、カナデさんの力を借りるようになってから飛躍的に実力を伸ばしたようにも見えるのだけれど…どうかな?」
「…言われてみると。カナデに初めてブーストしてもらったときから練習を重ねていましたが、その頃から戦闘能力が向上しやすくなったような気が」
「元々ヒナは強かった気がするけれど…でも、ブーストしてからの時間停止を練習するようになった頃から明らかに強くなっているとは思うわね」
「だよね? 先生の理論も含めて私の予想を言わせてもらうと、ヒナさんはカナデさんに何度もブーストしてもらうことで、それがより早い成長のきっかけになったんじゃないかな。そして…ここから先は推測なんだけど」
推測、とは言いつつもカオルさんの顔はどこか自信に満ちていて、先生ですらその話に期待するかのように黙って成り行きを見守っていた。
…だけど、私は「できるだけ力になりたいけど、カナデに余計な負担をかけないかな…」なんてことばかり考えていて、いくらカオルさんのお願いであっても内容によっては断らないといけなさそうだった。
幸いなのは、カナデに警戒する様子がないことだろうか。
「もしも思い込みが魔法少女の力に影響を与えるのなら、ヒナさんがカナデさんに『もっと強くブーストできる』と魔法をかけて、カナデさんがその状態でヒナさんをブーストすれば…途方もない力を」
カナデはいつも私の魔法を一歩先へと進ませてくれていた。そして、カオルさんの言うように…私の魔法もカナデを一歩先に進めることができたのだとしたら?
その重なる魔法は、もしかしたら。
なんて思っていたらカオルさんのポケットからけたたましい音が聞こえてきて、彼女は珍しく表情から余裕を消して「すみません、緊急の連絡みたいです」と携帯端末を取り出した。
「…! 申し訳ありません、今回の話は中断でよろしいでしょうか? 今、暗号通信で『現体制派の急進勢力が武闘派を駆逐しようと目論んでいる』という連絡が入りました」
「…ああ。すまんが、この場にいる全員に力を貸してほしい。これより対策会議を始める」
武闘派はかつて過激派とひとくくりにされていたように、魔法少女学園に対立する存在も一枚岩ではない。
だから現体制派にも複数の考え方があって、その考え方に応じて勢力が細かく分かれることはあるのだろう。
私はカオルさんの言葉と先生のお願いに頷きつつ、まだやるべきことはわからないものの、一つだけ願っておいた。
(…どうかマナミさんやハルカさんとは戦いませんように)
今後、もしも私たちに敵対する派閥があったとした場合、それはおそらく現体制派になるだろう。言い換えれば『私と一番考え方が異なる』とも表現できて、それは『カナデが一番嫌っている』とも言えて。
だけど戦いたくない相手もいる、そんなふうに考える私はマナミさんの言うように甘ちゃんなのかもしれなかった。