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第67話「利用するものとされるもの」

 ウミーシャさんのおかげで影奴の正体を知った私たち…だけど、それで現状を変えられるわけでもなく、この日も言われるがまま出撃、恐怖は一切なく敵の駆逐にあたった。

 油断大敵という言葉は知っているけれど、はっきり言うのなら…もう私たちにとって、影奴は強敵ではなくなっている。もしかしたらこいつらが元いた世界、いかにもなファンタジー空間には『魔王』や『ドラゴン』みたいな強そうな敵がいるのかもしれないし、それらがこっちに来たら苦戦するかもしれない。

 それでも、少なくとも私たちが戦ってきた範囲だとラスボスと呼べそうな強敵は来なくて、今となっては大型の敵ですらそんなに怖いとも思えない。

 そして今日の出撃でも『大型の敵が一匹、雑魚が多数』といったいつも通りの編成で、大型も強敵ではなかったことから、舐めプ…もとい、実験をしてみる余裕すらあったのだ。


 *


「ヒナ、ブーストはどうする?」

「大型だけ操るならそんなに消耗しないし、大丈夫。足りなさそうならすぐに力を貸して」

「了解、無理しないで」

 この日の出撃先は未使用の地下鉄路線、建設はされたものの使われることなく放置された結果、人が寄りつかなくなって影奴が湧くようになってしまった場所だった。閉鎖的で逃げ場が少ないことから恐怖を煽るロケーションだろうけど、私たちに焦りなんてない。

 階段を下りた直後には狭い場所にひしめき合う低級の影奴が、その奥には人のような上半身と馬のような下半身を持った大型の敵──たしかケンタウロスとかいうモンスターだろうか──がいた。

 大型は私たちを見るやいなや手に持っていた槍をビシッと向けてきて、それを号令のように雑魚がわらわらと前進してきたけれど、私はふうっと息を吐いて大型だけを見つめる。


「雑魚を倒せ。私たちには一切攻撃するな」


 そして魔力を解放、大型の影奴に洗脳を試みる。言葉の通じない化け物とはいえ意識がある以上は時間停止の対象となるように、どうやら私の日本語での命令にも従ってしまうようで。

「…本当に雑魚を攻撃し始めた。すごい勢いで敵が減っていくわね」

「うん、これなら効果時間内で雑魚は処理できるかな」

 大型の影奴は突如として変貌、槍を振り回して自らが産みだしたはずの雑魚を突き刺し、なぎ払い、どんどん数を減らしていく。自身の親玉の変わりように低級の影奴も困惑したのか、私たちへの侵攻をすべきか後ろから攻撃してくる仲間を止めるべきか悩むように、右往左往しながら無残にも散らされていく。

 それを眺めるというのは趣味が悪い行為に思えるけれど、罪悪感はまったくない。私たちは攻撃こそされないものの巻き込まれないように後ろへ下がり、階段を少し登ってから高みの見物へとしゃれ込んだ。

「…今のあなたならどんな影奴でも負けないでしょうね」

「そうだね…もしかしたらこういう精神に作用する魔法に抵抗力がある敵もいるかもしれないけど、今までそういう例はなかったみたいだし、逆にこちらの精神へ干渉してくる奴もいないようだし、例外にさえ警戒していれば大丈夫かな」

 カナデの言葉に頷く私は傲慢に見えるかもしれないけれど、事実である以上は認めるしかなかった。

 影奴の中には固い奴や強力な攻撃ができる奴もいるけれど、私たちが戦ってきた範囲ではこういう魔法に抵抗力を持つ個体はいなくて、それはつまり私の洗脳の前には無防備でしかなかった。

 強い敵であれば今みたいに利用すればいいし、弱い敵なら固有魔法すら必要ない。もちろん例外的な存在が今後出てくる可能性はあるけれど、強敵が出てくる際は魔法少女学園も感知できるため、多少の備えもできるだろう。

「有効時間、大丈夫?」

「ん、まだ大丈夫だよ。この距離なら切れそうになったらなんとなくわかるし、重ねがけの余力も十分あるし」

 私の魔法は永続というわけではなくて、洗脳開始から一定時間が経過すると解除されるらしい。

 たとえば先日ウミーシャさんに『日本語を流暢に話せるように』と認識を書き換えたけれど、私たちが帰って間もなく効果が切れてしまったようで、あとでサクラ先生に事情を説明することになった。

 さすがにこういう使い方は怒られるかな…と思いきや、ウミーシャさんは時間制限があるとはいえ誰かと普通に話せるのが嬉しかったようで、むしろ「これからもちょくちょく遊びに来て、またウミちゃんとお話ししてあげてね」なんて喜んでくれて、やっぱり洗脳という名称は印象が悪すぎるかなぁ…と悩む。

 どんな魔法もそれ自体に善悪はなくて、ウミーシャさんのときのように誰かとわかり合うために使うのはとてもいいことだと思うし、逆に自分の欲望を満たすためだけに使えば悪行以外のなんでもないだろう。

(…もしもこの魔法をカナデに使って、『もっと私のことを好きになって』なんて命じたら…)

 また一緒に組めることになったカナデは私を守ることを最優先にしており、今も安全ではあるのにほんのわずかに私の前に出ていて、万が一の事態が起こった場合には身を挺して私を守ろうとしている。

 私は、そんなカナデが好きだった。それは同時に『カナデにも私のことを好きになってもらいたい』という欲望も生じさせている。

 だから実行したら自己嫌悪で自ら命を絶ちたくなるようなことを一瞬だけ考えて、私は今になって自分の力の強大さにめまいを覚えそうになった。

 この世界を構成する最大の要素、それは人間だ。そして人間は誰しもに心があるように、心があるからこそすれ違い、争い、一つになることを拒む。

 一方で、心があるからこそ大切な人を信じ、手を取り合い、そして一つになろうと前に進める。そんな心にすら干渉できるようになったことで、以前の私への評価だった『世界すら支配しかねない力』というのは信憑性を帯びつつあった。

「…え? ヒナ、どうしたの…? 今は戦闘中だから、その」

 ほんの少しだけ前にいたカナデの後ろ姿に吸い寄せられるように、私は綿入れのような力加減で彼女に抱きついた。その言葉通り今は戦闘中であって、合体技を使うのでもない限りは引っ付く必要性はない。というか、不謹慎や自殺行為とすら表現できる行動だろう。

 だけど、私たちにはそれすらも許される。現に今もケンタウロスは軽快に走り回って低級の敵を踏み潰しており、まもなくこいつ以外は全滅するだろう。もちろん私たちを狙うようなそぶりは見せず、ほかの敵がいなくなったらピタリと止まるはず。

 だから、いいんだ。私はカナデを抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、ケープの中に手を入れて彼女のお腹のあたりをゆっくりと撫でた。

 真面目な彼女は困惑していて、その手はお腹を撫でる私の手に重なる。でも握って引き離すようなことはしなくて、声音にもまったく拒絶する様子がなくって…私はまた朝日が昇る瞬間を迎えたように、輝かしい安堵を得られた。

(…カナデにこの力を使う必要なんて、ない。カナデはいつでも私を受け止めてくれる。本当の私を見つめてくれる。私の隣にいてくれる)

 それは多分、きっと。カナデも私のことを、好きでいてくれている証拠。

 私の魔法が及ばずとも彼女の中にある真心が、ヒナという存在を受け入れてくれている。それは私が本当の力に目覚める前から積み重なってきたものがあるからで、もしかしたらそれすらも捏造可能になってしまったのかもしれないけれど、だからこそ私は…必要でないのなら、こんな力は使いたくない。

 とくに、大切な人たちとは。こんな魔法がなくたって、きっとわかり合えると信じている。私たちは魔法少女である前に、一人の人間なのだから。

「…ごめんね、こんなことして。もうちょっとしたら効果が切れるし、敵もあいつだけになるだろうから、一気に決めよう」

「…う、うん…あの、いやじゃないんだけど…できればそういうのは二人きりのときで…ね?」

「…あははっ。そうだね、本当に…カナデが隣にいてくれるの、こんなに幸せなことなんだなって思ったら、ちょっと気が抜けちゃったのかもしれない。さあ、それじゃあ終わらせようか」

「…了解。でも、今そんなことを伝えられたら、少し困る…戦いに集中、できなくなるから」

 0.1テスラほどの名残惜しさを感じつつカナデを抱きしめていた腕を放し、今度は私が前に出つつ彼女へ笑いかける。視線の先には雑魚を完全に駆逐した大型だけがいて、まだ洗脳の効果が残っているのか、目的を見失って静かに佇んでいた。

 カナデも私の動きに意図を察してくれたのか、今度は彼女が私のお腹あたりに腕を回し、先ほどまでの抱擁で得たぬくもりが完全に消える前に再度体へ灯った。

 そしてカナデは子供を諭すような声音で私に要求してきて、それに対してまたしても心がほぐれた私は笑いながら返事をする。もしも一度別れる前に同じことをしたのであれば、怒鳴り散らされて頬を張られていたかもしれない。

 そうした変化からも『魔法を使うまでもない私たちの積み重なってきた絆』が感じられて、この子といれば私は世界を支配する必要なんてないのだと再確認した。

 これからどんな世界を歩んでいくとしても、カナデはここにいるのだから。

「ブースト! ヒナ、頼んだわよ!」

「了解。フルバーストモード、起動…発射!」

 カナデの体から魔力が流れ込んでくるのを感じ取った私はそれをランチャーメイスに込め、全力での砲撃を行う。大型の敵ですら覆い隠すような太さのビームはその無防備な姿に触れたと同時にすべてを消失させた。

 かくして今回の戦闘における直接攻撃はこの一射のみであり、『影奴を操ってほかの相手にけしかける』というのはこの上ない成功を収めたと言えるだろう。


 *


「…今の私たちってさ、別の世界の尻拭いをさせられている…って感じだよね?」

「まあそれが正しい表現よね…そもそも向こうは尻拭いを押しつけているって認識を持っているかどうか怪しいけど」

 影奴を討伐したらそれを無線に報告し、私たちは学園へと戻り始めた…手をつないで。

 ポータルを使うので歩く距離自体はそんなでもないけど、この短い距離のあいだに手をつなぐようになってからは、妙に満たされた気持ちになっていた。

 そして気持ちがいっぱいになると自然と雑談も弾んでいて、この日はウミーシャさんに聞いた話を思い出しつつそんなことを切り出す。先ほどの戦闘では洗脳をフル活用したから…だろうか?

「こういう一方的に利用されているのって…なんか、魔法少女学園のシステムに似ているっていうか。どこの世界でも上の人間が考えることって変わらないのかなぁって思ってる」

「…言われてみるとムカつくわね。たしかに影奴は私たちからすればそんなに脅威でもないし、魔法少女が生まれたからこそこの国が成長したとも言えるんだけど。向こうが詫びの一つも入れてこないっていうのは、筋が通っていないわよね」

「ね。ウミーシャさんは謝ってくれたけど、あの人も被害者みたいなものだし…さて、どうしたものかな」

 魔法少女になったばかりの頃、私は自分が利用されているとは思わなかった。私のように両親のいない子供からすれば生活の保障がされるのは助かるし、いくら命がけの仕事と言っても死ににくくなるようなシステムも整備されてはいる。

 けれど、学園の上層部が利権のために私たちをお偉いさん向けの見世物にしたり、あるいは卒業後に捧げたりするのはさすがに受け入れられない。万が一カナデにそういう話が持ち上がったら、私はその日のうちに学園を破壊し尽くそうとするだろう。

 そんな上層部について考えると、ここからでは手の届かない世界の連中も似たようなものだと感じて…私たちは視線を交わし、どちらの瞳にも反抗心が渦巻いているのを確認した。

「もしもあっちの世界に干渉できるようなことがあれば、影奴と戦うのがどれだけ大変なのかもう一度教えてやりたいな」

「そうね…まあ、あなたは強すぎるから大変とは感じていないでしょうけど。こっちの世界みたいに魔法少女を利用するだけ利用して捨てるのであれば、私だって黙ってられないわ」

 渦巻く反抗心はどこにも行き場がなくて、これで隣にカナデがいてくれなければ八つ当たりの一つでもしそうになるけれど…つながれた手から伝わってくる感触は私の怒りを容易に静めて、口元は彼女の優しさに何度でも緩む。

 私は、そんなカナデが好きだった。魔法少女を利用するすべてに対して反抗し続ける、そんな強くて優しいこの人が…好き。

 だからカナデのためにもいつかは向こうの連中に報復をしたい…なんて叶わないことを願いつつ、私はその手の感触を忘れないよう、雑談を続けつつもカナデのぬくもりに意識を集中させた。

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