「…なにそれ? あんたの話が正しい場合、影奴って…そっちの世界の厄介払いを私たちが押しつけられているってことになるんだけど?」
別の世界から来た魔法少女…ウミーシャさんの話を聞いたカナデはわずかに憤りを滲ませた声で、それでも睨みはせずになるべく冷静に聞き返していた。私としては「カナデ、温厚になったなぁ」とも感じたのだけど、知らない人からするとまだまだ刺々しく感じられるのだろう。
ウミーシャさんはびくりと軽く身を震わせてから、それでも目は逸らさずにしゅんと頭を下げた。あ、両サイドの跳ねているくせっ毛がぺたんと伏せた…もしかして感情と連動しているのだろうか。
「…ごめんなさい、そうなるかも。私たちの世界ってモンスター以外にも疫病や食糧不足、内乱や自然災害とかいろんな問題がありすぎて…だからせめてモンスターくらいは排除したくて、魔法少女たちを中心にいろんな方法で対策を考えていたの」
「…話を聞く限りだと、こっちの世界のファンタジーな漫画やアニメで見るような世界に聞こえるけれど…そんな感じで合ってるのかな?」
「うん、割と似ているよ! ウミーシャもこっちに来て少し落ち着いたらそういうのを見てみたけど、まるで実際に見たことがある人が書いているみたいでびっくりしちゃった!」
「そんな世界にも魔法少女がいるのに驚きなんだけど…時代背景はどうなっているのかしら?」
日本ではいわゆる異世界ファンタジーというジャンルの創作物がたくさんあって、多分私たちくらいの年代であれば一度はそういう作品に触れたことがあると思う。だからなのか、ウミーシャさんの言葉から元の世界について割とスムーズに想像できて、しかもそれが概ね合っているというのは妙なところで好都合だった。
同時に、カナデの言うように『ファンタジーな世界なら魔法少女というよりも魔法使いでは?』みたいな疑問が浮かんだけれど、ウミーシャさんも責められているわけじゃないと理解したのか、少しだけ明るい調子に戻ってくれて続きを話してくれた。
「えっとね、向こうの文献によると『魔法少女は特定のモンスターが生まれることで世界がそれに対抗するために生み出す抗体のような存在』らしいよ。だからこっちの世界に魔法少女が生まれたのって、影奴が来たことが関係しているんじゃないかなぁ」
「それだとかなり昔にゲートが作られたことになるね。ウミーシャさんは見た感じだと私たちとそんなに年齢が変わらないけど、ゲートができてからもそっちに魔法少女はいるの?」
「いるよー。でもね、ゲートができるまでは職業として認められていた魔法少女だけど…モンスターを追放できるようになってからは『魔術師の下位互換』とか『年齢を重ねて魔法が使えなくなるとただの女』とか、急に見下げられるようになっちゃったんだ…だから魔法少女として産まれてもいいことなんてなかったし、むしろ『魔法少女の立場を回復させるためにゲートを破壊すべきだ』なんて意見まで出てきて…逆に内乱の火種になった…」
…私は元々人間が崇高な生き物だとは思っていなかったけれど、ウミーシャさんの話を聞くと「人間ってどの世界にいても愚かなんだな…」と思わざるを得なくなった。
この世界だとむしろ魔法少女の地位は高まりつつあったけれど、ほんの少し前までは魔法少女同士の大規模抗争があったし、今だって派閥ごとの対立や上層部の腐敗は残っているし、結局のところ人間は争い合うのが本能なのだろう。
ましてやウミーシャさんの世界が『いかにもなファンタジーらしい中世的なところ』だと考えた場合、倫理観がなんとも世紀末なイメージがあった。実際に暮らしていた彼女の言葉を聞く限りでは、魔法少女の扱いは日本に輪をかけて悪いのかもしれない。
どこか無邪気さも感じさせるウミーシャさんが目を伏せて向こうの世界の事情を語り始めると、カナデは急速に罪悪感が刺激されてしまったのか、気まずそうにしつつも「…さっきはちょっと言い方が悪かったわ」と謝っていた。
「ううん、気にしないで。私たちの世界がこっちに面倒ごとを押しつけているのは事実だし、そんな現状を悪いことだって認識している人たちもいた。そんな人たちは魔法少女の復権を願う勢力と呼応してゲートの廃止をもくろんでいたし、魔法少女の大半はそっちに味方してて、私も『誰かに戦いを押しつけるくらいなら自分が戦うほうがいい』って思ってて、廃止に賛成してたけど…」
私の身の回りにいる魔法少女はいい子が多いと感じていたけれど、どうやらこの人…異界の魔法少女も同じらしい。
別の世界なんていうのは簡単に行き来できる場合でもない限りは文字通り『知らない場所』でしかなくて、そこにモンスターを押しつけるというのは人間の営みのために大気や海洋を汚染するのと大差なかった。自分勝手だとはわかっていても、遠い場所を犠牲にすることでしか生きられないという事実には逆らえない。
けれどもウミーシャさんはそんな私たちのことすら考えていてくれたのか、自分たちの行動を内省するかの如くしっかりとした口調で話し続けた。その様子にはついにカナデも非難する気を完全に失ったのか、じいっとその真意を確かめるかのようにウミーシャさんを見つめている。
…余計な心配なのはわかってるけど。ウミーシャさんみたいな美人をじっと見ている様子って、微妙に心配になるな…絶対口には出せないけども。
「ゲート廃止の方針にもいろいろあって、ウミーシャが所属していた勢力は『即時の廃止ではなく段階的な廃止を行って追放しきれない分は魔法少女が駆逐する』っていうのを提案してたんだよ。そういうやり方を続けていくうちに別の方法でモンスターを0にすればいいとも思っていて、中途半端だけどこれなら受け入れてくれる人たちもいるかなって信じていた…ダメだったけど」
こちらの世界に普及している民主主義の場合、ウミーシャさんのような『折衷案』というのは採用されるケースも多い。中途半端ではあるもののどちらの言い分も考慮した結果、まずは双方が納得できる案を採用して様子見をしつつ、よりよい方法にアップデートする…それこそ、魔法少女学園のような強権的な施設ですら似たようなことはしばしばあった。
でも、ウミーシャさんには悪いけど彼女の世界がそうした全方位に配慮した方法を採用する余裕があるとは思えなくて、ダメだったと口にする前から私は「多分通らないだろうな」とも考えてしまっている。
…奇しくもいろんな派閥を渡り歩いたことで、そういう部分については無駄に達観してしまったのかもしれない。
「『ゲートはすぐにすべて破壊すべきだ』っていう勢力からは見放されて、『ゲートの廃止はどんな形でも認められない』っていう勢力からは攻撃されて、ゲートの新しい使い道…『人間の追放』の実験台にされた。今後魔法少女が新しく生まれた場合、私たちみたいにゲートの廃止をもくろまないよう、モンスターと一緒に追放するために私たちを別の世界に捨てたんだ」
「…何よそれ! そんなクソッタレなやり方、こっちの世界と変わらないじゃない! この際影奴を押しつけているのはいいわよ、だけど! これまで散々利用しておいて、不要になったら捨てるなんて…私は認めない!」
「…そうだね、カナデ。ウミーシャさん、知っているかもしれませんが…こっちの世界だと、魔法少女はそれなりには保護されています。素質によって待遇は変わるんですけど、影奴がこの世界に送られてきたことで私たちが誕生した場合、ある意味では『上手く利用している』とも言えます。だから…ウミーシャさんは気に病まないでください。元の世界には戻れないかもしれませんけど、それでも…この世界で生きていくのも悪くないって思うのなら、過去よりも未来を見てほしいです」
ウミーシャさんの話が一段落したところで、カナデは立ち上がって語気を強めながら見えない世界へと憤りをぶつけた。その叫びはバックヤードの中にしか届かないのだけど、それでも私の心にはしっかりと響いていて、誰かが犠牲になることを嫌うカナデの気高さに泣いてしまいそうだった。
だから私は自分なりの考えをまとめて、この別の世界から来た人に『ここ』で少しでも前向きに生きてもらえるよう、カナデを落ち着けるためにもできるだけ静かに語りかける。
日本では今や魔法少女学園は政府ですら手出しが難しいほどの勢力になり、ハルカさんの悲願が成就した場合、むしろこの国を支配する存在となるだろう。それは魔法少女が生まれたからであり、そのきっかけが『別世界からの影奴の押しつけ』であったのなら、私たちはむしろその状況を利用しているとも言える。
私はこのまま魔法少女システムが続いてほしいと思っているかどうかは微妙だけど、カナデがこれからも不自由なく生きられる世界のために魔法少女が必要であり続けるのなら、影奴を利用し続けるのも悪い選択肢ではない気がした。
「…ありがとう、二人とも。あなたたちの言ったとおり、こっちから向こうに戻る方法は今のところないんだけど…ウミーシャはね、この世界が嫌いじゃないよ。日本は食べ物がおいしいし、清潔だし、怖い病気もほとんどないし…店長にも教えてもらったけれど、こっちの魔法少女たちは向こうよりも少しだけ恵まれていて、同じくらい素敵な人ばかりだって思ってるから。だからウミーシャは元の世界に帰れないのなら、こっちで楽しく生きていきたいな」
そしてウミーシャさんは自己紹介のときみたいな無邪気さを取り戻し、未来へ希望を託すようににぱっと笑っていた。彼女の言うように、店長…サクラさんがいろんなことを教えてくれるのであれば、ますます心配ない。
カナデだけは「なんでそんな簡単に割り切れるのよ…どいつもこいつもお人好しなんだから…」と不服そうだけど、最終的には大きく息を吐いて落ち着いてくれた。カナデも相当なお人好しなんだけど…。
「あの、元の世界には戻れないみたいですけど…そうなると影奴を送り返す方法もないし、今後もこっちの世界へ送られ続けるってことでいいですか?」
「うーん、そうだろうね。もしかしたら向こうの世界でモンスターを完全に出なくすることができたら来なくなるかもだけど、私がいた頃は目処もついてなかったかな…一応、モンスターの研究をしている人はいて、その中には『モンスターを操って敵対勢力にけしかける』みたいな危険な技術を生み出そうとしている一派もいたみたい」
「…影奴をけしかける…ねえ、ヒナ」
「うん、多分できると思う。今度試してみるか…」
私の新しい力、それはどちらかといえば人間相手に力を発揮しやすい。というよりも影奴が相手だと『対象を絞って低燃費で時間を止める』という芸当のほうが効果的だから、あいつらを洗脳して操るといったことはしていなかった。
ただ、私の相棒として誰よりもこの力に理解を示してくれるカナデはウミーシャさんの話にてそういったこともできるのではないかと気づいたようで、ちらっと見ながら尋ねてくる。無論、私が悪用しないと信じてのことだろう。
使い道があるかどうかはさておき、自分の力について知っておくことは重要だ。少なくとも私たちはまだまだ魔法少女としての任期が残っているだろうから、できることを知れば知るほど対応できる局面は増えるはず。
…それと、少しだけ『仕返し』がしてやりたいとも思っている。
(もしも向こうの世界の影奴が操れるのなら、そっちで暴れさせて少しお仕置きしてやりたいんだけどな)
私たちの世界が魔法少女というシステムを活用しているとはいえ、影奴がいるせいで望まぬ戦いに身を投じているのも事実だ。これはウミーシャさんを責めるかどうかとは一切関係なくて、むしろ彼女のような優しい人を追放した連中には痛い目を見てもらわないと気が済まない。
もちろん世界の果てよりも遠い場所にまで私の魔法が届くはずがないから、現時点では活用方法もほとんどなさそうだけど。
「にしても、嬉しいなぁ。ちゃんと誰かと話せたの、どれくらいぶりだかわかんないや…あ、店長! そろそろ交代しようか?」
「あら、まだ大丈夫よ…って、ウミちゃん!? なんで流暢に話せるようになってるの!?」
私とカナデがアイコンタクトで考え事を共有していたらウミーシャさんは人懐こそうに笑い、そしてバックヤードに戻ってきたサクラ先生に手を振りながら声をかける。
するとサクラ先生はこれまであまり話せなかったであろう店員の変貌ぶりに初めて見せる驚愕の表情を浮かべ、私とカナデは苦笑してしまった。