魔法少女学園の二期生となった私たちは、久しぶりにサクラ先生に会うべくコンビニへと向かっていた。
「ずいぶん長いこと会えなかったけれど、サクラ先生元気かな…」
「そうね…私もあなたと離れていた頃は顔を合わせられなくて、全然行けなかったから。今までのことも話して、お礼も伝えないと」
休日、買い物の名目でコンビニへ向かう道すがら、私とカナデはお互いリラックスした声音で会話を交わす。
二期生となってからの生活は予想通り大きくは変わっていなくて、より高度になった授業を受けて、影奴を討伐して、ときにはほかの魔法少女のバックアップも行う。
一方で過激派が壊滅的な打撃を受けたことで魔法少女同士の衝突は激減して、少なくとも私たちは魔法少女との戦闘には遭遇していなかった。つまりは戦い自体が消えたわけじゃなくとも、平和にはなっていると言える。
「にしても、サクラ先生が改革派と武闘派のパイプ役だったなんて…今考えると納得だけど、そんな活動をしていたなんて予想できなかったよね」
「サクラ先生、学園の教師を辞めても魔力で駆動する端末を使っていたから、どうやってメンテナンスをしていたのかわからなかったけど…武闘派の設備や行動を見る限り、そっちと協力していたようね」
無事に学園に戻れたらサクラ先生とも会うつもりだったけど、カオルさんにようやく『パイプ役』について教えてもらうことで、ますますその必要性は増した。
『これまでは武闘派との協力も表に出せなかったから、詳しくは言えなかったのだけど…私たちとのパイプ役の一人はね、元魔法少女学園の教師であるサクラさんなんだ。サクラさんも悪意があって黙っていたわけじゃないから、怒らないであげてね』
今も学園と武闘派は表立っての協力こそできていないものの、過激派という共通の敵を打倒したことで少なくとも正面衝突の危険性はほぼなくなり、現体制派も本格的な弾圧に踏み切ることはしていない。
よってそういった勢力へのマークが薄れたおかげで改革派も連携が取りやすくなったようで、その一環として私たちにもいくつかの情報を開示してくれたのだけど…サクラ先生は私たちが捕まっていたことを知ったとき、これまで以上に武闘派との協力について尽力してくれたらしい。
サクラ先生は『自分には話を聞くことしかできない』なんて言っていたけれど、実際は今も魔法少女のことを考えていて、そのために行動してくれていた。学園やシステムではなく、本当に魔法少女という存在のために。
「…私たちの『先生』ってさ、いい人ばかりだよね」
「ええ、本当に…周りの大人なんてろくでもないと思っていたけれど、ああいう人たちがいてくれるからこそ、私たち魔法少女は戦っていけるんでしょうね」
私が口にした『先生』というのは、もちろんサクラ先生のこともそうだけど…私たちを助けてくれたもう一人の先生、その人のことも指し示していた。
サクラ先生に比べるとぶっきらぼうで、怒ると口だけ出なく手も出すのだろうけど、それでも魔法少女の命と尊厳を何よりも大事にしてくれる…先生と呼ぶに相応しい人だった。
その人とは多分、そう簡単には会えないのだろうけど。もしも会えたとしたら、今日のようにちゃんとお礼を伝えないとな。
そんな気持ちを少ない言葉でカナデと共有しつつ、その手を握ってちょっとはにかみ、コンビニまでの道を楽しく歩いた。
*
「ヒナちゃん、カナデちゃん! よかった、元気そうで…」
「ふむ、たしかに元気そうだな。その様子だと学園も理不尽な扱いはしていなさそうだし、もう一度私たちのところへ引っ張ってくる必要もないか」
「…え? 先生…?」
そう簡単には会えない、なんて思っていたのに。
そんな考えを見透かすかのようにコンビニ内にはもう一人の先生がいて、サクラ先生は本当に心配してくれていたことがわかる様子で駆け寄ってくれた。
けれどもう一人の先生は私たちの驚きなんて興味もないように、こちらを頭の先からつま先まで見たかと思ったら、一人で納得するように頷く。
ちなみに私の『先生』という言葉に「何かしら?」と「なんだ?」と同時に返事をされて、この場において先生という呼称は機能不全に陥りそうだった。
「あの、どうしてここに? 武闘派の拠点から出てきても大丈夫なんですか?」
「ああ、心配ないぞ。お前らが過激派を叩き潰してくれたおかげで私たちへのマークも薄れているからな、派手な行動を取らない限りは大丈夫だろう…それに、サクラ先生にも会いたかったしな」
「ええ、私もです『ヨシノ先生』。先生には前々から力を貸してもらっていたのだけど、今まではお互いが自由に身動きが取れなくて…ヒナちゃんとカナデちゃんを助けるつもりだったのに、逆に助けられちゃったわね」
「…世間って狭いわね…」
カナデの言葉に深く頷きつつ、私は状況について…そして武闘派の先生の名前についても把握する。
言われてみるとどちらの先生も『魔法少女のことを第一に考える』という点では共通していて、サクラ先生については魔法少女学園に虐げられる少女たちについて把握していたから、そういう子たちに手を差し伸べる武闘派に好意的であってもおかしくはない。
ただ、私たちにとって身近な存在だった先生たちが顔見知りというのは、偶然としてはできすぎている気もした。それでもこの人たちが手を取り合っていたからこそ助かったのも事実で、そこを追求する意味なんてないけど。
「えっと、まだ驚いていますけど…それでも、ちゃんとお礼を言わせてください。お二人のおかげで私たちは助かって、無事に学園へ戻ることもできました…もちろん、今もカナデと組むことができています。本当に、本当にありがとうございました」
「…ありがとうございます。二人がいなかったら私は、ずっと孤独な戦いを続けていました…いいや、多分死んでいたんだと思います。私を、大切な人…ヒナとまた会わせてくれて、いくら感謝しても足りません…」
「…ふふっ、二人とも…強くなったのね。私のほうこそ、また顔を見られて本当に嬉しい! これまで言えなかったこともたくさんあったし、ほとんど力になれなかったけれど…みんなのおかげで世界は少しだけいい方向に変わったって信じているわ」
「…まったく、私には気を使わなくていいと言ったんだがな。まあ、その…お前たちが無事なら、私に言うべきことはとくにないが。でも、万が一また学園に見捨てられそうになった場合、すぐにこっちへ来るように。多少強引な方法となるが、私たちはいつでもお前たちを助ける」
とくにお世話になった先生のことを『恩師』と呼ぶのが一般的だけど、残念ながら魔法少女学園にはそう呼称できるほどの大人がいないような気がして、これまでは残念に思うこともなかったんだけど。
学園の外にはこんなにも素晴らしい先生たちがいると思ったら、皮肉である以上に幸運に思えた。お礼を伝える私たちへ向けるまなざしはどちらも優しくて、自分がカナデ以外にもここまで心を満たしてもらえるだなんて信じられず。
隣にいるカナデと視線を交わし、顔をゆるりとほころばせてしまった。
「さて、せっかくだしたくさんお話を聞かせてもらいたいんだけど…ヨシノ先生ともう少しだけ話があるから、二人は奥で待っててもらえる? いつもの机の上にお菓子があるから、好きに食べててね」
「あ、お構いなく…」
「子供はお菓子とお茶を遠慮するものじゃないぞ。サクラ先生、こいつらに飲み物を出してやってくれ。代金は私が持つから」
「…そうね。ヒナ、ここはお言葉に甘えましょうか」
空気も和やかになったところでサクラ先生と話を…と思っていたら、二人は重要な話があるらしく、サクラ先生はいつものバックヤードで待つように促してきた。
私としては元気であったことを伝えられたらそれで十分で、このまま邪魔にならないように帰ってもよかったのだけど…ヨシノ先生が飲み物まで奢ってくれたことで、なんとなく断りにくい。
極めつけはカナデが素直にその好意に甘えたことで、私も頷くしかなかった。カナデ、これまではそういうのをあんまり受け取りたがらなかったのだけど…変わったんだな。
もちろん、それはいいことだと思う。甘え方を知らなかった彼女が周囲のちゃんとした大人の好意を受け取れるようになれれば、私も安心できるから。
(…私、カナデのお姉ちゃんみたいだな。いや、妹みたいに甘えたこともあるし…)
カナデと私のやや複雑な関係についてぼんやりと考えつつ、私たちは飲み物を受け取ってバックヤードへと向かった。
*
「…あれ? あの子、たしか…」
紙カップに入った飲み物を片手にテーブルを目指すと、そこには休憩中と思わしきここで働く店員…たしか『ウミちゃん』と呼ばれていた少女が座っていた。
ホワイトブロンドの髪をボブカットにしていて、サップグリーンの瞳は手元の手帳に向けられていた。褐色の肌も相まって南国風の美人といった容姿をしていて、外国人の少ない日本ではいろんな意味で目立ちそうだ。
私たちが休憩室に入ったことに気づくと手帳を閉じ、ジャングルのような輝きを持つ双眸でじっと見つめてきた。
「…こんにちは?」
「ウイ」
「…もしかして、日本語が通じないのかしら」
「ダイタイワカル。デモ、話スノ、苦手」
私が挨拶をすると片手をあげて返事をしてくれて、その様子を見たカナデはストレートに疑問を口にしたけれど、きちんと言葉は通じているらしい。
ただ、話すのが苦手というのは本当らしく、私たちが椅子に座ると何やら身振り手振りを交えて話しかけてくれたけれど、聞き取れる日本語が1割、それ以外のよくわからない言語が9割といった感じで…ぶっちゃけ会話が成立しそうになかった。
「どうする? 私、この子の話す内容わからないんだけど…」
「私も…そうだ、ちょっと試してみるか」
日本語を聞き取れるけど、話すのは苦手。
そんな相手の特徴から私は『言語に関する認識を書き換えると話せるようになるのでは?』なんて考えて、少しだけ自分の力を試してみたくなったのだ。
…洗脳なんて表現すると人聞きが悪いけど、これくらいならいいよね?
「んんっ…流ちょうな日本語で話してほしい」
固有魔法を発動させ、この子の日本語に関する認識を書き換えてみる。カナデは「え、そんなこともできるの…?」とぽかんとしていて、私の行動を咎める様子はなかった。
相手は一瞬きょとんとして、それでもちょっと困ったように
「うーん、ごめんね…私、日本語はほとんど話せないの。元にいた世界の言語以外はほんとダメで…私はウミーシャっていうの。これは伝わる?」
「あ、大丈夫…今、ちゃんと全部聞き取れた。え? 元にいた世界? ウミーシャさん?はどこから来たの?」
「…あなたの魔法、できること多すぎない? 助かりはするけど…」
突如として流ちょうに、そして親しみやすい日本語を口にし始める。よかった、私の魔法はこういう平和的──少なくとも相手の心を意のままに操るよりかは──な使い方もできるようで、やっぱり洗脳という呼び方は改めたほうがいいような気がした。カナデの言うとおり、私の魔法はこれまで以上に使い道が多そうだ。
ただ…ウミーシャさんの言葉の中にはにわかに信じがたいものが含まれていて、そっちのほうに驚いてしまう。
「あれ? どうしてウミーシャの言葉わかるの!? ああでも、あなたたちも魔法少女なんだっけ…うん、魔法少女って不可能を可能にする力があるから、そんなに不思議じゃない…のかなあ?」
「…あなたたち『も』? ウミーシャさんも魔法少女なの? ええと、ここまでの話をまとめると『ウミーシャさんは別の世界から来た魔法少女』ってことになるけど…合ってる?」
「うん、その通り! ウミーシャはねえ、元の世界では魔法少女をしてて…この世界では影奴って呼ばれてる、モンスターと戦える力があったんだよ?」
「…別の世界があるっていうのも、にわかには信じられないんだけど…そっちにも魔法少女と影奴がいたっていうのもなんか不思議ね」
私たちの会話が成立するようになったのを伝えるとウミーシャさんは目を見開いて驚き、けれど久々に言葉が通じる相手が出てきたことが嬉しいのか、年下に見えそうなほど無邪気な笑顔を浮かべて自己紹介をしてくれた。
しかしその笑顔に見とれるにはあまりにも予想外の言葉ばかりが飛び出して、私とカナデは目を見合わせて首をかしげる。いや、魔法少女が実在しているこの世界もなかなかだけど…これまたアニメや漫画などで見かける『異世界』が実際にあると思ったら、もう私たちの常識はあってないようなものだと感じた。
「私も昔は別の世界があるだなんて信じられなかったけど…でも、私たちの世界では『別の世界にモンスターを追放するゲート』が作られて、私もこっちに追放されちゃったから、信じるしかなくなったんだよね…」
「……え?」
ありとあらゆる常識が壊されそうになる中、ウミーシャさんは突如として寂しげな表情になり、目を伏せてさらりととんでもないことを口にした。
そして私たちは知る。
これまで自分たちが倒してきた敵の正体を。
それがなにを意味するのか、そこまでわかるのはもう少しだけ先の話──。