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第64話「帰るべき場所は」

 テロリストによるMGCを使った発電所襲撃が無事に阻止された直後、私とカナデは魔法少女学園へと戻ることができた。

 あの学園のことだから敵に捕らえられていた私たちすら怪しみ、場合によっては非人道的な尋問すらあり得ると考えていた…けれど、こちらは驚くほどスムーズに、そして平穏に処理された。


『魔法少女学園一期生のヒナとカナデはテロリストに捕らえられたものの、その後は自力で脱出、さらには敵の魔法少女無力化装置を打破するための兵器も奪取し、発電所防衛に多大な貢献をした』


 …これが一連の事件における私たちへの総括であり、当然ながら不要な取り調べは発生せず、むしろ普段はなかなか見ることがない『学園のお偉いさん』とも謁見し、「あなたたちのような魔法少女が生まれたことを誇りに思う」という、実にありがたいお言葉をちょうだいした。あまりにありがたすぎて、話の途中で「面倒だから洗脳して切り上げてもらおうかな…」なんて少し悩んだ。もちろんカナデは無感情に聞き流していた。

 こうした私たちに配慮された結末に至ったのは、言うまでもなく現体制派であるハルカさんとマナミさんが尽力してくれたことが関係している。


『武闘派との協力など、適切な現場判断だとしても報告できません。なので、あなた方にはちょっとした英雄になっていただきましょう』

『いいか、私はあいつらを認めないぞ。お前たちを助けたことには感謝…評価はしているが、それだけだからな。今回は見逃すことで貸し借りもチャラだ!』


 …とまあ、実にあの人たちらしい判断が下され、私たちは功績を押しつけられてしまって問題なく復学できたわけだ。

 ちなみにハルカさんからは「これからのあなたは評価される以上に危険視されます。わたくしたち以外の現体制派には十分気をつけることですわ」とも注意されて、遠回しに『自分たちなら現体制派ではあっても配慮はできる』なんてアピールもされてしまった。

 あの日私が口にした『お互いが利用されながら利用すればいい』というのを真に受けてくれているのかもしれない。

 そして、改革派の人たちも十分に力を貸してくれた。


『今回の一件でインフラとセンチネルにお互いを知る機会が生まれてね、センチネル側に「インフラの待遇は改善すべきだ」という意識を持つ子が大きく増えたよ。君たちのおかげで私たちの理想は大きく前進できた、本当にありがとう』

『以前も伝えたけれど、改革派はすべての魔法少女を守るために活動を続けるわ。あらゆる立場の魔法少女を守ってくれた二人には、これからも全力で協力する…大きな声では言えないけど、たとえ学園と対立するようなことがあっても、私とカオルはあなたたちの味方であることを誓うわ』


 今回救出されたインフラの少女たちは安全な場所…急遽魔法少女学園で保護することになり、短期間ではあるものの普段は絶対に交流することがないセンチネルとインフラが触れ合う機会が生まれた。

 無論インフラ側は学園に背くような発言はできないものの、彼女たちの面倒を見ることになったセンチネルの少女たちは何気ない交流から下級クラスと呼ばれていた生徒たちの現状を察し、改革派を中心に待遇改善の気運が高まっていた。

 そして驚きのことに、現体制派にも同様の理解を示す人たちが少数ながら存在していて、そのうちの一人がマナミさんであることにはさすがの私も言葉を失いかけた。なんでも『インフラの待遇改善は勤労意欲を高め、学園のさらなる発展と威光の強化につながる』と主張しているらしい。

 そしてその変化はインフラへの仕打ちに心を痛めていたカナデも歓迎していて、彼女も時間があればインフラたちに会いに行って面倒を見ていたけれど、最近は素直に笑ってくれることが増えた。

 ちなみにカナデはその面倒見の良さから『お母さん』や『ママ』なんて呼ばれてインフラたちに慕われているらしく、素直じゃない彼女は「そんな歳じゃないわよ!」と憤慨しつつも嬉しそうだった。


 そんな忙しくも穏やかな日々は徐々に落ち着き、私とカナデは──。


 *


「今日から二期生か…なんか実感が湧かないね」

「そんなものよ、進級なんて。やることもほとんど変わらないし、授業が少し難しくなるだけでしょうね」

 学生寮の一室には朝日が差し込んでおり、相変わらずの白い壁がわずかに輝いて見えた。

 ここはかつて私の一人部屋で、やがてカナデと暮らすようになって、けれど彼女と別れてからはトミコと過ごすようになって。

 そして今、再び私とカナデの帰る場所になっていた。

「なんかさ、魔法少女学園の進級ってちょっとわけがわからないというか…このシステムを作った人、なにを考えているんだろうね?」

「入学するとまず一期生になって、一定の期間が過ぎて十分な成果を出していたら二期生に、その次は三期生になって…そこからは引退するまでずっと三期生、たしかによくわかんないわよね。私は『一般生』『上級生』『特級生』みたいに分けたほうがいいと思うけど」

 同じ部屋で暮らしているように、私とカナデはまた一緒に組むことになった。これは私が学園の人事を洗脳したから…ではなくて、今回の活躍によって『この二人はセットで活動させたほうが力を発揮する』という当たり前の結論によって下された判断だ。

 無論、もしもまた私とカナデを引き離そうとする場合、誰が相手であっても『書き換える』ことも辞さない。そんな私への対策もこれから進むとは思うけど、少なくとも現在は手が付けられないのか、現体制派ですら再度の勧誘は控えてくれていた。

 今のカナデなら私がどこの派閥に所属したとしても自分の意思を殺してついてきてくれるだろうけど、私はそんな彼女の気持ちを優先したいから、そうなると当面は無派閥のままだろう。

 ただ…今回私を助けてくれた人たちの願いであれば、派閥に関係なく最大限の協力はするつもりだ。カナデも義理堅いから、それくらいなら苦しむことなく私の決断を受け入れてくれるだろう。

(魔法少女も学園も変わっていく。変わっていったからこそ私たちを取り囲む腐敗も生まれてしまったのだろうけど、それもまた変わっていくのかもしれない)

 登校前の些細な会話も一段落し、私とカナデは鞄を持って部屋の入り口へと向かう。ふと振り向いて部屋を見回すと、そこかしこに私たちの痕跡が見て取れた。


 ローテーブルに置かれたビーズアクセサリー。

 私のベッドに鎮座するウサギのぬいぐるみ。

 カナデの学習机に佇む日記。


「ねえ、カナデ。あの日記、どんなことが書かれているの?」

「見たとおり、日々の日誌を書いているわよ…まあ、その、さすがにあなたでも見せることはできないけど」

「…気になるなぁ。もしかして、私のことも書かれてる?」

「…まあ、少しだけ。あなたのことは信じているけど、覗き見はしないでよ? 見られたら…多分私は、生きるのを諦めてしまうから」

 カナデが部屋にやってきて間もない頃、ふと気になった日記は現在も付けているらしい。まめな彼女のことだからきっと毎日欠かさず書いていて、それこそ…私と別れてからの日々も記されているんだろう。

 それを思うと私には珍しい野次馬根性もむくりと目覚めるけれど、目から光を消して覗き見禁止を言い渡されてしまっては、さすがに諦めるしかなかった。

 …アケビとどんな日々を過ごしたのかな。もしかして、私以上に仲良くなっていないかな。

 そんなことを考えてしまうとカナデと同じように目から光が失われ、ここを飛び出してアケビの部屋に乗り込んでしまいそうになる。うん、このことは深く考えないようにしよう…。

「カナデ、これからは…ずっと一緒にいてね。もしもまた私から離れようとしたら、自分の力を使ってでもここにいてもらうから」

「冗談に聞こえないからやめなさい…心配しなくても、私だってもう離れてあげないわよ。正直に言うとまだ学園のことは嫌いだし、あいつらのために働きたいなんてまったく思えないけど」

 私にとって大切なのは、カナデとのこれからだ。

 あれからとくに『進展』があったわけじゃなくて、以前二人で過ごしていたときと劇的に変わったとは言えない。

 だけど私たちが歩いてきた道はしっかりと残っていて、それが今を作り出す。こうしたことを何度も繰り返していけば、きっとカナデとの未来も続いていくだろうから。

 だから…この子だけは、絶対に離さない。今一度一緒にいるように念押しをして、また万が一があればカナデ相手にすら『学園すら持て余しそうな力』を使ってしまうだろう。

 そんな私の宣言をカナデは冗談と捉えてくれたのか、呆れ気味に苦笑して私みたいに部屋を遠い目で見渡していた。

 …冗談じゃないんだけどな。

「あなたが隣にいてくれるなら、もう私は迷わないわ。あなたと一緒に戦って、あがいて、もう戦わなくていい日まで駆け抜ける。それで…その先にもあなたがいてくれるのなら、もうなにもいらないわ」

「…うんっ」

 部屋から私に視線を移し、カナデは笑った。それは満面の笑みだった。

 初めて見せくれた、子供のように無邪気で無防備、そして無限に広がる世界を楽しみにしてくれているような笑顔。

 それを見られた私も同じように笑って、そして。

 私たちは抱き合った。たとえ世界が広がっても自分たちは離ればなれにならなくていいように、ぎゅうっとお互いのぬくもりを交換した。

 体を離してはにかみ、私たちは部屋を出る。そしてまた、魔法少女としての一日が始まった。

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