「まずは現状の報告を。テロリストたちはヒナさんのおかげで全員が投降、負傷者も捕縛しています。対して魔法少女には大きな被害は出ておらず、発電所も後日復旧可能な状態ですから、今回は我々の勝利と表現してもいいでしょう。戦いは終わりました」
それぞれの勢力が集まった山道に、カオルさんの平坦かつ穏やかな声が響き渡る。演説に慣れているだけあってその声音によどみはなく、早くも場の主導権を握ろうとしていた。
「…そして敵の『魔法少女を無力化する装置』も破壊したと聞いております。それだけでなく、その装置を無力化する兵器も持ってきたそうですね。ヒナ、此度のことは敵に捕まったことを差し引いても十分すぎる活躍でしょう」
「いえ、そんな…私を助けてくれたのも、MGC2…敵の兵器を無効化する方法を託してくれたのも『武闘派』のみんななんです。ですから、私だけじゃどうにもなりませんでした」
「…そ、そうだ! ヒナ、お前はなんでテロリストと一緒にいる!? そいつらはいつも我々に敵対していて…!」
そんなカオルさんに完全に主導権を明け渡すことに抵抗感があるのか、次に口を開いたのはハルカさんだった。私を評価してくれているものの、その表情も声もカオルさん以上に余計なものが省かれていて、私を危険分子だと判断して拘束した頃に戻ってしまったように見える。
そしてハルカさんの手の治療が終わったのか、マナミさんもすぐにルミとアヤカを指さし、声を荒げて武器を抜こうとした。それを無言で制してくれたのがハルカさんというのには、内心で安堵する。
「それについては私から説明を…まず、彼女たちはテロリストではありません。現体制派は対立する勢力をすべてテロリストとしてひとくくりにしていますが、今日のようなテロ行為を行っていたのは『過激派』、学園に見捨てられた魔法少女の救済を行っていたのが『武闘派』というのが正しい認識でしょう」
「聞き捨てなりませんわね。魔法少女学園は所属するすべての魔法少女を適切に管理しております、それを否定するのが『改革派』の認識なのですか?」
「ええ、そうですねぇ。今日みたいにインフラの子たちを守ろうとしたその行動は、間違いなく素晴らしいものです。ですが…矯正施設に送られたり、『望まぬ引取先』に向かわされたりした少女たちは、『学園に見捨てられた』という認識を持っているんじゃないでしょうか?」
「ち、違う、それは…学園は! 間違って、いない…ですよね、姉様…?」
ルミとアヤカ…武闘派の人たちをテロリストとひとくくりするのは、今の私にはどうにも受け入れられない。だからそれを否定しようとしたらカオルさんが先んじて説明してくれて、思わず私は「カオルさんがいるときは任せたほうがいいな…」なんて考えてしまった。
だって私が口を開くと、感情的で対立するような説明になってしまったかもしれないから。どうやら私は自分で思っていた以上に情に流されやすいらしい…カナデに似てしまったのだろうか?
無論ハルカさんは自身の立場に相応しい冷静な反論をして、武器は構えないにしても油断なくルミとアヤカを見ている。ムツさんの説明にも眉一つ動かさなくて、むしろ敏感に反応したのはマナミさんだった。
…どうしたんだろう、マナミさん。いつもなら自分の『正義』に準じるかのように敵を攻撃して、ほかの勢力の言葉になんてろくに耳を貸さないのに。今日のこの人はそれこそ『妹』のように、不安そうにハルカさんばかりを見ていた。
「…適切な管理というのは、能力や行動に応じた扱いをすることです。だからこそあなたたちにも相応の権限が与えられて、そうでない方たちには何らかのペナルティがあります。わたくしたちは魔法少女によるよりよい世界を作るため、優秀な存在だけを残し続けねばならないのです」
「お? それには黙ってられないぞ。あたしも昔は落ちこぼれでインフラに回されたけど、今はお前らよりもよっぽど強くなったぜ? そっちの姉ちゃんだってアヤカに負けてたし」
「なっ…あ、あれは油断していただけだ! 今戦えば、きっと私が勝つ! 試してみるか!?」
「…望むところ。売られたケンカは…買ってやる」
「やめなさい、アヤカ。ヒナに余計な力を使わせないで」
ハルカさんの目的にはやっぱり今もブレがないようで、その言葉にはなんの躊躇もない。私やマナミさんに対しては人間的な一面を見せてくれたというのに、彼女の芯は変わらないようだった。
それに対して噛みついたのは、これまでは意外にも冷静に成り行きを見守っていたルミだった。そう言えばルミは『昔は弱かった』なんて話していたけれど、彼女も以前は学園にいて、さらには降格のような扱いをされそうになっていたのには驚く。
ちなみにルミの指摘にマナミさんは実に子供っぽく反応してしまい、アヤカは売り言葉に買い言葉とばかりに戦おうとしたけど…カナデの言葉に舌打ちをして、それ以上の行動は起こさなかった。
…実際に、いざというときはこの場にいる全員を洗脳しようかと考えていた。カナデ、私のことよくわかっているな…。
「皆さんの言い分、私はどれにも理解を示したいと考えています。ただ、ハルカさん…今回私は武闘派の皆さんとのコンタクトを経て、彼らはあなたの言う理想に決して背くことはないと確信しています。武闘派は我々にない技術と情報網を所有しており、そのおかげでヒナさんとカナデさんの救出、敵の兵器の無力化に貢献してくれました。それを伝えるため、ちょうど信頼できる人だけが集まるタイミングを待っていたんです」
「ええ、カオルの言うとおり。学園ができないことをしてくれている、それは共存共栄の一歩になるって信じているわ」
「…前々から怪しいとは思っておりましたが。本当に外部組織と通じておりましたのね、カオル。今回の件、さすがに見逃せる内容ではありません」
「姉様…! そうだ、やはり我々こそが正しい…ヒナ、こっちへ来い! 私たちと一緒に正義を示すのだ!」
「…ヒナ、あっちへは行くな…! あいつらは、お前を利用する…! お前は好きじゃないけど、学園はもっと嫌い…!」
「よく言った、アヤカ! ヒナ、あたしたちのところへ戻ってこい! お前となら、もっとでかいことができそうだ!」
やっぱり洗脳するしかないか、思わず考え直してしまうくらい…私たち魔法少女は一つになれない、そんな言い合いが始まった。
カオルさんとムツさんはこの中だと理知的だけど、頑なな現体制派を折ることはできない。
ハルカさんとマナミさんはずいぶんと打ち解けてくれたと思っていたけれど、やっぱり学園と自分たちの目的が正しいと考えている。
ルミとアヤカは敵じゃないけれど、必要であれば戦うことを一切ためらわない。
(…やっぱり、魔法少女は一つになれないのか…?)
一つになる方法、それは共通の目的を持つことなのかもしれない。だけど影奴を倒すという目的程度ではどうにもならなくて、なぜかどの勢力も私を取り合おうとする様子から目を背けるように、やけに静かなカナデのほうを見たら。
彼女はインフラの少女──そういえば名前を聞いていなかった──の手当てをしていた。
「ごめんね、こんなことに巻き込んで…怪我、大丈夫?」
「あ、ありがとうございます…でも私、皆さんのこと、ちょっとだけ…うらやましいです」
「…うらやましい? どうして?」
その言葉は私に向けられたものじゃなかったのだろうけど、思わず聞き返してしまった。
インフラの少女は予想外の方向から聞かれてびくりとしたけれど、私を見つめ返す瞳はどこまでもまっすぐで…この場にいる誰よりも澄んでいると感じてしまった。
「…私には、何の力もないから。私がなにを言っても変えられることはなくて、この本を守ることもできそうになかったから。だから私、皆さんがすごいって思います。全員が力を持っていて、諦めようとはしないから…私もいつか、誰かの背中を押せるようになりたいな」
私は自分の力が好きじゃなかった。だって、その力でもってなにかをしたいとも思えなかったから。
それどころか…望まぬ争いに巻き込まれてばかりで、大切な人とも引き離されて、もう戦いたくないと何度も思っていた。
(…違う。私は諦めていただけだった)
なにができるのかを探さず、戦いが起これば流されるがまま応じていただけ。
力があることを認めずに…逃げていたんだ。
(…私には力がある。もしかしたら…ちょっとだけ世界を変えられるような、案外すごい力が)
学園からも『世界を支配しかねない力』なんて言われていたし、実際に支配するつもりはないけれど、それでも。
…こんな言い争い、いつまでも続けたくない!
私は…帰るんだ! カナデと一緒にいられる場所へ!
「…私は! この場にいる全員に! 言うことを聞かせられます! だから…私の話を聞いて!」
これは魔法ではなく、ただのお願い…いや、脅迫とも言える叫びだった。
それまでは侃々諤々としていた騒がしい空間に、ようやく山道らしい静寂が帰ってくる。
「私は、この場にいる全員に助けてもらいました。この中の誰か一人でも欠けていた場合、私は…もう、大切な人には会えなかった」
「ヒナ…」
みんなにそれぞれの主張があって、決して譲れない部分は存在している。それは時として誰かの足を引っ張ったり、誰かと戦ったりすることにもなるんだろう。
だけど、私は…そんな異なる人たちに支えられて、やりたかったことを実現できた。
私の名前を呼んで、すぐ隣にいてくれるカナデ。この子を取り戻せて、本当に…良かった。
「だから私は、この場にいるみんなが大切です。立場や目的は違っても、私を助けてくれるみんなが好きです。それなら…もう一度私のため、力を貸してください」
本当なら私が恩を返さないといけないけれど、今はそこから目を逸らそう。
もしもこれでダメならば、本当に洗脳するしかない…そんな恩知らずな考えを胸に秘めながら、そうならないことを願った。
魔法少女がここまで強く願うんだ、それなら…もう一度くらい、願いを叶えてみせろ!
「わかり合えとは言いません。それでも…争い合うくらいなら、もう一度同じ目的を探してみましょう。それすらもいやなら、都合がいいときだけお互い利用すればいいんです。利用して、されて、どこかで帳尻を合わせれば…多分、戦わずに済むだろうから」
魔法少女は人間だ。だから争いは起こり、すべての人が完全にわかり合える日は来ないだろう。
なら…利害が一致するのであれば、利用すればいい。私だってこれまで学園に利用されてきたけど、カナデを助けるために最大限利用してきたはずなんだ。
そして願わくば…その利用する行為が搾取にならず、必ず誰かが何らかの損をして、それでもいいと納得できる世界になれば。
ほんの少しだけ、みんなが優しくなれる気がした──。
「…はぁ。この場におけるキングメーカーはあなたでしたのね…いいでしょう、一時停戦を受け入れます。テロ…武闘派の皆さん、MGC2とやらを一つ渡しなさい。この場はそれで手打ちにさせていただきます」
「ね、姉様…私は…」
「マナミ、今のヒナの力は厄介を通り越しています…ですが、彼女はそれ以上にお人好しです。この場は素直に従い、彼女の言う…利用しつつ利用される関係を受け入れましょう…」
「う、うう…ヒナ、これで勝ったと思うなよ…で、でも…お前が敵にならないのは、その…少し、安心してやる…」
「…そういうのは本人のいないところで言ってください…ふふっ」
この場における一番面倒な相手、それは現体制派だ。だけどハルカさんはそんな見方すら見透かしたように、真っ先に口を開いて…じろりと私を睨み、けれども人間味のある様子で妥協してくれた。
そしてマナミさんはこれまでで一番微妙な、悔しくも安心しているような、だけど納得していないことを見せつけるように、ブラックコーヒーを飲んだときみたいな渋い顔で吐き捨てる。私はずいぶんと軽くなった空気に従うように、軽口と一緒に笑うことができた。
「…ははっ! 本当に、ヒナといると面白いことばっかりだな! 今のお前には手も足も出ないから、いつかあたしがもっと強くなったときは…今度こそ、あたしの言うことを聞いてもらうぞ! とりあえず、こいつはそっちに渡せばいいんだろ?」
「…くそっ…先生に怒られるのは、私たちなのに…やっぱり、ヒナは気に食わない…いつか絶対、ボコボコにする…!」
「…ありがとう、二人とも。私たちは学園に戻るけど、いつかまた会えるから…そのときは、手合わせしようか」
武闘派は私の力を目の当たりにしたせいか、『いざというときは強引に言うことを聞かせてくる』というのをわかっているように…いや、ルミの場合は心底楽しそうに笑ってMGC2を投げて、ハルカさんはそれを受け取った。
アヤカはやっぱり不服そうに吐き捨てて、それでも…その顔はあくまでも邪悪に笑っていた。多分、私をボコボコにした日を想像しているんだろう。
「…ふふふ、やっぱりヒナさんは…すごいね。私たちができなかったことを、こんなにもあっさりと実現するなんて」
「ええ、本当に…力を背景にした交渉なんてろくでもないはずなのに、どこまでも優しくて…うふふ、これからは改革派への勧誘行為にも力を入れないと~」
「あはは、私はすごくなんてないですよ…カナデとこの子がいなかったら、本当に魔法の力で強引にねじ伏せていたかもしれませんし」
「…ふえ?」
カオルさんとムツさんはいつも私を高く評価してくれていたけど、それはこんな場合も同じだった。二人ともにこやかで、だけど抜け目なく、以前の約束通り私を勧誘しようとしてくれている。
でも、私は本当にたいしたことはない。力があってもこれまではうじうじ悩んでいただけで、カナデと…このインフラの、勇気ある『魔法少女』がいなかったら、多分『間違えていた』だろうから。
「おお? お前、ヒナの背中を押したのか? こいつ頑固なのに…すごいな! なあなあ、こいつはあたしたちがもらってもいいか? 見たところインフラから抜けたいみたいだし、こいつは絶対に強くなるぞ!」
「え、ルミ…また先生に怒られたいの…?」
「…お好きにどうぞ。避難誘導の最中に見失って捜索したなんて報告すると面倒ですから、最初からいなかったものとして処理しましょう」
「うっ…姉様、申し訳ありません…」
私が少女にお礼を伝えたらルミは興味を持ったようで、予想外の…武闘派への勧誘をしてきた。相方のアヤカの指摘もどこ吹く風で、早くもその腕を握っている。
さすがにそこまでは…と思いきや、ハルカさんは私をちらっと見てどうして欲しいかを察したように、もうこれ以上は面倒を増やしたくないとばかりに突き放した。ただ、「マナミのせいではありませんよ」というフォローを入れるときだけは優しげだったけど。
「えっえっ…あ、あの、私は」
「…その本、安全な場所に届けたいんでしょう? もしもわたくしたちと来る場合、本は没収となるでしょうね。どうされますか、インフラさん?」
「…ありがとう、ございます。私、武闘派さんのところへ行きます」
「…どういたしまして。お幸せに」
少女の迷うような仕草にハルカさんはわざとらしさを感じるほどに嫌みったらしく、そして冷たく言い放つ。けれども相手のほうが一枚上手だったのか、ハルカさんなりの気遣いを見透かされてお礼を言われ、インフラからの予想外の言葉にはさすがに面食らって素直に返事をするしかなかった。
「よし、決まりだな…じゃあ、あたしらは帰るぞ! 次に会うときはまた敵同士かもしれないが、どっちが勝っても恨みっこなしで…一緒にラーメンを食べような!」
「…学園のクソどもに伝えて。私たちはテロリストじゃない、武闘派だ…お前らが魔法少女を弾圧する限り、絶対に屈さない…」
「ありがとう、ルミ、アヤカ! ありがとう…!」
話が決まると同時にルミは少女を担ぎ、アヤカは捨て台詞とも宣戦布告ともつかない憤りを残し、程なくして姿を消した。
私はそれを見送ってできるだけ大きな声でお礼を伝え、カナデも横に並んで「ありがとう」と小さく口にしていた。
こうして戦いは終わった。それは新しい戦いにつながるだけかもしれないけど。
だけど私がいることでまた戦わずに済むのなら、この力には十分な価値があると信じられた。