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第61話「ガーディアンとスナイパー」

 魔法少女発電所の一つ、広大な森林地帯にある比較的長い運用歴を誇る施設は今、窮地を迎えようとしていた。

「迫撃砲の設置完了、対魔法少女用の無力化装置も準備が終わっています」

「はいはい、ご苦労。まもなく合図を出すから、パーティー開催まで先走らないようにね?」

「はっ」

 森林に紛れるような迷彩服とバラクラバを装備した一般兵は指揮官と思わしき存在…狐のお面を思わせる浮薄な笑みを浮かべた女に現状を報告した。

 女は覆面を装備していないことから表情の変化が明白であり、これから行われるテロ行為についても『パーティー』と呼称していたように…あまりにも楽しげな声音で指示を出している。

(拠点の一つが潰されて学園の魔法少女も取り逃がしたけれど、あの小賢しい飼い犬どもを無力化する装置の配備は完了…さあ、人間の支配する時代に戻してあげましょうか)

 女は過激派の少女たちを率いるテロリストであったが、自分の手駒でもあった魔法少女を決して信頼していなかった。ゆえにそれらを無力化する兵器が完成したと同時に自身のチームを人間の兵士で固め、魔法少女たちは用済みとばかりに…武闘派の集落を襲うように指示し、どちらが勝っても問題がないようにけしかけた。

 これからすべての魔法少女が無力と化すのであれば、誰が生き残ろうと無意味。自分たちは非力な少女たちを一方的に蹂躙できるのだから、捕らえた『魔法少女だった女ども』は無数に存在する引き取り手に売り払えばいい。

(…お馬鹿な君たちが私たちにしてきた仕打ち、そっくりそのまま…いいや、もっとひどい内容でお返ししてあげる)

 これから魔法少女たちが味わうであろう『女であるがゆえの地獄』を想像するといびつな笑みを抑えきることができず、くっくと何度も声を出していた。

 この女の両親は暴力によって一般市民を虐げてきた、典型的な反社会勢力の幹部であった。幼い頃から両親の暴虐を見てきた彼女は『一般人は単なる養分』と考えるようになり、他人の生き血を吸うことで裕福な生活をしていたのだ。

 しかし、魔法少女が勢力を伸ばすと同時にそういった裏社会は急速に駆逐され、彼女の両親も魔法少女学園によって拘束、その後は行方知れずとなった。以降は同じような勢力を転々とし、その多くは魔法少女たちにより滅ぼされ、いつしか彼女の目的は『魔法少女から自分たちが支配する世界を奪い返す』というものへ形を変えていき…自分たちをシステムから解放してくれると勘違いした魔法少女たちすら、利用するようになった。

 これがどれだけ自分勝手な思考によるものなのか、それを教わらずに育ったこの女は自身が悪だとは思えない…ある意味では純粋な存在だったのだ。

「…時間ね。よし、無力化と同時に砲撃を開始、その後はすぐに突入して魔法少女はなるべく全員拘束…抵抗するようなら殺せ」

「了解!」

 腕に巻いたデジタルクロックで時刻を確認した女は周辺に配置された兵士たちへ命令を下し、それと同時に無力化装置が起動、結界が消失した発電所へと迫撃砲が発射された。

 ドドンッ、という音が複数鳴り響き、草木も眠った森林地帯の平穏を切り裂く。吐き出された榴弾は着弾と同時に爆発音を新たに生みだして、発電所を覆う外壁を破壊し周辺の草木に炎を宿す。結界以外にも物理的な防壁があったこと、何より化石燃料を用いた発電と違って引火する要因が少ないことから、発電所全体が燃え上がりはしない。

 とはいえ不可視を含む結界が消失し外壁も破壊された発電所は、現代兵器で武装したテロリストたちにとってあまりにも無防備に見える。現に彼らの大半は勝利を確信していて、かつては魔法少女に煮え湯を飲まされた人間たちはどうやって報復してやろうかと、覆面の下で下卑た笑いを浮かべていた。

「砲撃により発電所の防壁は破壊され、向こうからの反撃はありません。突入の許可を」

「よし、装置も移動して無力化の範囲を前進させろ…これより突入し、魔法少女を捕らえる。魔法少女以外は価値がないからすぐに殺」

『た、大変です!』

 魔法少女を無力化する装置…武闘派は通称『MGCMagical Girl Canceller』と呼んでいるが、MGCは大人の身長ほどあるコンソールであり、その運搬は決して楽ではない。一方で完成品ともなれば周辺一帯の魔法少女およびその魔法を無力化するため、安全な場所に設置しての一方的な蹂躙が可能なはずだった。

 しかし突入を開始したと思わしき兵士の焦った声が無線から聞こえてきて、女は移動を制してそれに応答し…鋭い目つきがさらに細まった。

『外壁の向こうから結界を展開した魔法少女が出現、我々の攻撃を阻むので前進できません!』

「…なんだと?」

『そ、それに、相手には狙撃手がいます! すでに何名か撃たれて…うあっ!?』

 そこで無線を送ってきた兵士は撃たれたのか、うめき声を上げて通信が途絶える。女は思わず無線機を握りつぶそうとしたもののギリギリのところで冷静さを取り戻し、いくつかのパターンを想定、そして。

「…その結界は無力化の影響すら遮断する代物だ。いったん前進は中止し、遮蔽物に隠れながら狙撃をしのいで攻撃を続けろ。強力な結界であれば、長時間の展開はできない」

 舌打ちをしつつも指揮官らしく状況を分析して、おそらく最も可能性が高いであろう結論を伝達する。すると前線の兵士たちの困惑も収まり、それぞれが命令通りに結界に向かって銃撃を始めた。

(…クソが。私らがどれだけお前らに苦しめられ、そしてどれだけお前らについて調べ上げたと思ってる? その邪魔くさい結界も消えたときがお前らの地獄の始まりだ)

 女は毒づきつつもその時…自分たちが魔法少女を蹂躙する瞬間を思い浮かべ、再びにんまりと奸悪な笑みを浮かべる。

 自分の予想通りであれば、多少進行が遅れただけだ…そう考えて、女は鼻を鳴らして果報を待った。


 ◇


「ようこそ、魔法少女発電所へ。残念ながらアポなしの見学は受け付けていないから、今日はお引き取り願います」

 無表情ながらもにこやかな声音で結界を張りながら、カオルは破壊された発電所の外壁から姿を現す。たった一人の少女が展開する結界はテロリストの使用する現代兵器ではまったく突破できず、当然ながらそれ以上前進してくることもなかった。

(やれやれ、お願いしても帰ってくれないか。これは骨が折れそうだ)

 敵相手とは思えないほど理知的な要求をしたカオルだが、テロリストの返事はない。今も罵詈雑言と一緒に結界への攻撃を続け、カオルは両手の五指に装着した指輪を意識しながら、発電所の大部分を覆うほどの大規模結界を維持していた。

 現在カオルが展開している結界、それは…魔法少女無力化の影響すら遮断するという、攻防一体の結界を操る彼女でなければ不可能な芸当だった。

(こういう兵器が作られていると聞いたときから練習はしていたけど、消耗が激しい…長持ちはしませんよ、ハルカさん)

 並大抵の結界であれば無力化の対象になるため、カオルはあらゆる影響をも遮断する結界の構築について早い段階で研究、実験を重ね、こうして有事にも対応できるように準備を進めていた。

 しかし、強力な魔法ほど代償が大きいというのは魔法少女にとって常識だ。現に最新世代のケープにエーテルインジェクターを装備したカオルですら魔力の急激な消耗を実感しており、涼しげな表情とは裏腹に焦りを感じていた。

 そんなとき、視界の端にいた兵士の一人が腕を撃たれて倒れる。守ることしかできない自分に変わって攻撃を担当する魔法少女の活躍に、カオルの表情からはわずかに力が抜けた。


 ◇


「…敵を一人無力化。引き続き狙撃を継続します」

 発電所の後方、ひときわ高い木の上からハルカは無線機能が封じられたチャームに報告する。それでも前で敵を阻み続けるカオルの「了解」という声が聞こえた気がして、普段は手を焼かされている『女狐』の底知れなさが今はとても頼りに感じられた。

(まさか、通常弾頭を使って狙撃することになるとは…面倒な連中ですこと)

 自身の背丈ほどもあるスナイパーライフルを構え、ハルカはナイトスコープを覗きながら狙いをつける。本来であれば魔法弾を使ってより精密かつ高威力の狙撃ができるものの、発電所付近は魔法が封じられているため、彼女はアタッチメントを使って通常弾を撃てるようにしたライフルを使わざるを得なかった。

 無論千里眼による補助も使えないとあっては、頼りになるのは彼女自身に備わった狙撃能力のみ。

(…いいえ、これだけあれば十分。幼い頃からあらゆる状況で戦えるように訓練されていましたもの、一族の名に恥じないようわたくしは…この国を守ります)

 再び引き金が引かれ、テロリストがまた一人倒れ伏す。

 ハルカは幼い頃から魔法少女になるための戦闘訓練が施され、魔力が使えない状況であっても戦えるように仕込まれていた。それは子供に対する仕打ちとしてはあまりにも過酷で、幼い頃は幾度となく涙を流していた。

 しかし、ハルカは誰一人として恨んでいない。それどころか…この場に限って言えば感謝の念すら湧いてきて、魔法による補助がないとは思えないほどの精度で敵を撃ち続ける。

(…マナミ。今は見守ることもできませんが、わたくしは信じております。あなたもまた、この国を守る…私が愛した魔法少女であることを)

 ハルカは愛国者だった。日本を強く愛し、日本に根付く腐敗を憂い、日本を守れることを誇りに思っていた。

 そして、自分から離れて…今も脅威にさらされ続ける発電所で戦い続ける妹分もまた同じなのだと思ったら、ハルカに魔力とは異なる力が湧いてきた。


 ◇


「あ、あの、私たち、本当に大丈夫なんですよね!?」

「もちろんよぉ! 私たちが必ず安全な場所まで送り届けるから、心配しないでね!」

 発電所内、カオルの結界にてかろうじて守られている施設の中ではインフラの魔法少女たちが避難していた。それを先導するのはムツで、戦闘とは無縁だった少女たちの不安を吹き飛ばすように微笑みながら断言する。

(…カオル、もう少しだけ頑張って。みんなを助け出したら、すぐにあなたの元へ向かうから!)

 ムツは自身の能力である空間移動を使って施設内へ入り、すぐさま逃げ惑う少女たちに合流、その脱出を手助けしていた。

 施設内には少女たちだけでなく監視役や警備員もおり、ムツは誰もを分け隔てなく脱出させようとしたところ、彼女らは全員が口を揃えてこう言ったのだ。


『我々はインフラたちと違って戦闘訓練も受けています。万が一敵が突入してきた場合に備え、ここを出るのは最後でないといけません』


(…私は、絶対にあなたたちも助けます。ここにいる人たちは…誰一人として、死んじゃダメなんです)

 ムツは極めて感受性の強い少女だった。だからこそ、インフラの少女たちを抑圧していたであろう発電所の職員に対して思うところはあったものの、その言葉だけで彼女は絶対に誰も死なせないと固く誓い、敵が攻めてくるのとは逆方向、発電所裏の通用門を目指す。

 そこはカオルの結界によってまだ無力化の範囲外となっており、通用門の向こう側にいるであろう仲間に声をかけた。

「今からインフラの子たちをそっちに移動させます! これで全員のはずだから、全力で安全な場所まで避難させてください!」

「…了解だ」

 門の向こう側から困惑を押し殺したような返事が聞こえ、ムツは頷いて少女たちを転送する。

 そして、その先にいたのは…自分の中の感情のどれを出していいのかわからない、そんな顔をしたマナミだった。

「ありがとうございます、ありがとうございます! 皆さんのおかげで死なずに済んで…本当に、ありがとうございます…!」

「…よ、よせ。私たちは、任務だからここにいるだけだ…それより、行くぞ。少し行った先に護送班が待っている」

「はい!」

 発電所を脱したインフラの少女たちはそれぞれで反応が異なるものの、マナミの目の前にいた少女は感極まったように泣き出し、彼女はいつものようにそれを叱り飛ばすことはできなかった。

(…こいつら、見るからに痩せ細っている…衣類も制服ですらない…)

 マナミは少女たちを一瞥して走り出し、自らの視界に焼き付いたインフラの姿を反芻する。

 インフラの少女たちは過酷な労働内容とは裏腹に食事は効率重視の栄養食ばかり、衣類に関してはまるで病衣のような発電服か野暮ったい体操服、そのどれもがセンチネルである自分に比べて貧相極まりない待遇を物語っていたのだ。

(…姉様、インフラには…十分な待遇が施されているのではなかったのですか…?)

 マナミにとって学園は育ての親であり、その言葉はすべてが疑う余地のない真実であった。よって彼女は『インフラの少女たちにも相応の待遇が約束されている』という言葉をどこまでも純粋に信じていたのだ。

 そして、ハルカは…そんなマナミに対していつ真実を教えるべきか彼女なりに悩んでいた結果、今日この日、思わぬ形でそれを突きつけられた。

(…違う、姉様は私を騙さない! 今は任務中だ、余計なことは考えるな…!)

 その突きつけられた真実の鋭さにマナミは一瞬だけハルカへ疑念を抱きそうになり、それを振り払うように首を振った。

「…いいか、お前らも学園にとって必要な存在だ! こんなことで絶対に死ぬんじゃないぞ!」

 そうだ、私は…私と姉様は、こいつらを救うためにここにいる。それは学園がインフラたちを必要としていることに他ならず、その事実まで疑う必要なんてない。

 マナミは自分に言い聞かせるように声を張り上げ、後ろから聞こえた「はい!」という返事に背中を後押しされたような気分になった。


 ◇


『結界が徐々に小さくなっていきます!』

「よし、そのまま攻撃を続けろ…私たちの勝ちはまもなくだ」

 前線からの無線に女は歪んだ口元をさらにつり上げ、戦況は自分たちに傾きつつあることを確信していた。

 こちらを拒絶する結界は弱まり、散発的に行われる狙撃も全滅させられるほどの危険性はない。そうだ、人間が魔法少女を超える瞬間は間近なのだ…そう考えて自身も銃を手に取った刹那。


MGC2Magical Girl Canceller Canceller発動…これで終わりだ」


 聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、自身のすぐそばにあったMGCにビームが突き刺さって小さな爆発を起こした。


 ◇


「…は?」

「…お前、あのときのテロリストだな」

 私はMGC2を発動して敵の兵器を無効化し、そのまま武闘派から借りたライフルの高出力モードでそれを撃ち抜く。するとあっさり破壊に成功、これで形勢は逆転した…なんて思っていたら。

 私のカナデを散々苦しめたテロリストの親玉と再会して、一瞬だけ「こいつだけはいたぶってから殺そう」と考えかけ、それでも隣にカナデがいてくれたことでなんとか無駄な殺意は押さえ込めた。

「ヒナ、少し離れた場所にあった予備機もルミとアヤカが破壊したわ。そっちのテロリストの制圧も時間の問題ね」

「ん、わかった…じゃあ、そういうことで。一応聞くけど、おとなしく投降する気はある?」

「…お前ら、なにをした? なんで魔法が使える?」

 あのときの女は以前のような余裕を完全に消して、サブマシンガンを私とカナデに構える。もちろん今の私たちは魔法が使えるので、専用の装備でなくともまったく脅威ではなかった。

 そして答えるつもりはないけれど、魔法が使えた理由…それは先生が持たせてくれたトランシーバーもとい、『MGC2』のおかげだった。


『これは敵のMGC…魔法少女無力化装置を無効化する試作兵器だ。範囲は狭く効果時間も短いから、MGCが壊せそうな距離まで移動してから使え』


 先生はいろんな魔法少女の魔力パターンを記録していたけれど、それはこういう兵器の開発に活用していたそうで、私の協力も多少は役立ったらしい。

 そしてカナデが教えてくれたように離れた場所の予備機も壊したということで…ここからは『魔法少女』の時間だった。

「投降するんなら少なくとも今は死なずに済む。私も殺したくはない。だから」

「このクソガキがあ!! 質問に答えろってんだよぉぉぉぉ!!」

 やっぱりこうなるか…という呆れをかみ殺し、私は激高して本性を出した女を睨みながら、魔法を発動させて命令した。


「武器を捨てて地面に伏せろ」


「……はい」

 女は急激に感情をスポイルされたかのように生気の抜けた声で返事をして、兵士らしく素早い動きで銃を捨てて地面に伏せる。

 カナデもそれを無感情に見ていたけれど、すぐにチャームに届いた無線から戦況を教えてくれた。

「ヒナ、やっぱり発電所付近にいる奴らはまだ抵抗している…どうする?」

「そっか…仕方ない、カナデの力を借りていい?」

「ええ、もちろん…こんなこと、もう終わらせましょう」

「うん」

 私の魔法、洗脳は…私自身の力だけであれば、射程も範囲もそれほどじゃない。

 だけど私には、カナデがいてくれる。

 一緒にいてくれるだけでも心強いのに、私の力を何倍にも高めてくれる…愛おしい人が。

 カナデは私を後ろから抱きしめてくれて、そして固有魔法を発動させた。


「ブースト! 私の力、ヒナに預けるわ!」

「魔力解放…この場にいるすべての敵に告ぐ。武器を捨て、すぐに投降しろ!」


 私の魔法は流星群のように敵全員に降り注ぎ、そして。

 次の瞬間、戦闘は終わった。

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