自分の力に目覚めてから戦いが終わるまでは、驚くほどスムーズだった。
「拠点を襲撃してきた魔法少女はいずれも撃退、そして投降した。よくやってくれたな…お前がいなければもっと被害は拡大しただろう」
「いえ、そんなことは…私があいつらの拠点を攻撃したのが発端でしょうから、武闘派の人たちを守れてほっとしています」
武闘派の主力は集落の外で多くの敵を撃退、そして集落に残った魔法少女たちも多少の被害を出しつつも人々や施設を守り抜き、私が固有魔法の真の力を発揮できるようになってからは…自爆といった過激な手段を強行しようとした敵を洗脳、全員を投降させて戦いは終わった。
「しっかし、すげえ力だよなー。射程距離内にいる相手なら敵と味方を分別して、敵だけの認識を書き換えるなんてよ…無差別に時間を止めるよりも魔力消費が少ないし、今のお前に勝つ方法が思いつかねえ…」
「いや、これも万能ってわけじゃないよ…周囲を探知して敵か味方かの判断をしないといけないし、前みたいに範囲内の対象を一律で止めるほうが早く展開できるから。どっちにも違った負担があるし、私一人だとできることは限られていると思う」
私とカナデ、ルミとアヤカ、そして先生は学校の会議室に集まっていた。ルミとアヤカは最前線で戦っていたらしいけど大きな怪我はなく、先生が大事な話があるということで呼び出されており、私とカナデもいることから魔法少女学園に関するものであることは容易に想像できる。
とはいえまずは今回の戦いに関する報告が先で、それが一段落したくらいにルミは私を見ながら悔しそうに嘆いた。ルミはどういうわけかずっと私をライバル視していて、時間さえあれば手合わせを要求してきたけど…もしも固有魔法ありで戦った場合、どうしても私が有利なのは否めないだろう。
ただ、私の力は以前と同じく万能じゃない。洗脳をするのなら敵と味方を判別してから実行する必要があり、その判別方法として魔力パターンの探知を用いる場合、知っている人以外がいると判断が難しくなる。
そういう意味だと以前のような時間停止は範囲内の対象を一律で止めるため、展開が早く扱いも簡単なのだけど…燃費が悪すぎるため、今後は洗脳がメインになるのは否めないだろう。
「新しい力を安定して使う場合、戦況の把握と対象の絞り込みが必要になる。それにはみんなの協力が欠かせないから、やっぱり私だけじゃどうにもならなかった。だから…これからも一緒に戦うことがあれば、力を貸してほしい」
「…ふん…ここを出ていったら、どうせまた敵同士になる…そのときは、ボコボコにするけど…一緒に戦ううちは、考えてやっても、いい…」
「…ほんと、あんたはいちいち余計なことを言うわね…でも、私のやることはこれからも変わらないわ。誰よりもヒナを支えて、そしてあなたを守る。あなたの行く先には、いつも私がいるから…だから、いつでも頼って」
「みんな…ありがとう」
私はいつも周囲から過剰に評価されていたし、実際に自分の力がそれなりに協力なのは理解していた。でも、これまでのあらゆる戦いにおいて『自分一人で十分だった』という状況は一つもなくて、どんな力を持ったとしても私は一人じゃ満足に戦えないだろう。
今回だってルミたちが前で敵を減らしてくれて、さらには集落にいるみんなが奮戦してくれたことで洗脳も最小限で済んだから、専用の装備がない私でも魔力切れを起こさずに戦いを終えられたんだ。
だから私にはみんなが必要で、そんな気持ちを素直に伝えてみたら…この場にいる全員が──それこそ私を露骨に敵視しているアヤカですら──それに頷いてくれて、私は一人にならずに済んだことに胸をなで下ろした。
とくに…カナデ。この子が私のそばにいてくれるかどうかは、単純な戦力じゃなくて…精神的な支柱として、絶対に欠かせないものになるだろう。
「…さて、本当ならここで解散して一休みさせてやりたいのだが。ヒナの魔法のおかげで捕らえた過激派の魔法少女からいくつか重要な話を聞けてな、それを知らせるためにお前らに集まってもらった。あまりいい話じゃないが、どうしても伝えなきゃならん」
「はい、お願いします」
少しの間黙って私たちを見守ってくれていた先生がいつものため息をつき、私たち四人を見渡して口を開く。たしかに一休みはしたいけれど、戦闘終了から多少の時間が経過していたこともあり、魔力が回復していた私たちは全員が神妙に頷いた。
私の魔法…洗脳はただ単に戦闘を終わらせられただけでなく、捕らえた敵に使用することで簡単に口を割らせられるから、先生に頼まれて意識のある相手にかけておいたのだ…ただ、尋問までは私たちに任せないあたり、この人はどこまでも『先生』だった。
「魔法少女を無力化する秘密兵器だがな、どうやら一部のテロリストには完成品が行き渡ったようで…それを使っての発電所襲撃を計画しているらしい。今回の過激派の襲撃は、私たち武闘派が余計な手出しをしないように戦力を削ぐ意図もあったのだろうな」
「…! いつですか? 襲撃される場所がわかるなら教えてください、すぐに向かいます」
発電所は魔法少女たちによる厳重な警備がされていて、これまでであれば一般的なテロリストであれば手も足も出なかっただろう。
しかし、あの秘密兵器…一定範囲内の魔法少女を無力化する装置が使われた場合、人間の兵士であっても魔法少女を蹂躙することは難しくないだろう。私たちは専用の武器がなくとも戦えるように訓練はされていても、魔力自体がなくなればただの少女でしかないのだ。
その様子は想像するのすら憚られて、私は焦燥感に駆られつつ先生に詰め寄る。カナデは私の不安を感じ取り、けれども新しい戦いへと向かうことを制止するつもりはないのか、私の二の腕を握ってくれて少しだけ落ち着かせてくれた。
「…お前、発電所…学園を助けにいくの…? あいつらは、お前をずっと利用していた…しかも、捕まっても救助に来なかった…助ける価値があるとは、思えないけど…」
「…アヤカ、心配しているのならもっと素直な言葉で気遣ってやれ。ただ、アヤカの言葉にも多少の正当性はあるだろう…そしてパイプ役ともやりとりはしているが、今回の件では学園側の魔法少女が対応に当たると聞いている。装備も整っていないお前らが戦線に参加するのはあまりにも危険だ、もう少し私たちのところにいたほうがいいだろう」
私たちが戻ることを最初に制止してくれたのは、意外なことに…アヤカだった。その目は相も変わらずジトッとしていて、ぱっと見は心配しているようには見えない。けれども先生に指摘されて「…そんなんじゃないし…」と顔を背けたときに赤く染まった耳が視界に入って、今になってようやく全力のビームを撃ち込んだときのことが申し訳なくなった。
この二人の言うとおり、専用の装備がない私とカナデが発電所防衛に加わるのは危険が大きいだろう。さらに、先生は研究室で話していたときのような優しい声で私たちを手元に置いてくれようとしていて、その気持ちは目の奥がつんとなるくらいには嬉しかった。
だけど、私の答えは変わらない。
「心配してくれてありがとうございます…でも、発電所が制圧されるようなことがあればインフラだけでなくセンチネルの魔法少女たちにも大きな被害が出て、もしかしたら私の知り合いがひどい目に遭うかもしれません。いや、下手をすればこの日本という国自体が揺るがされるかもしれない」
カナデの言葉を借りさせてもらうのなら、魔法少女学園…その上層部は『クソ』みたいなものだろう。能力に応じた搾取構造を維持し、利権にまみれた連中と手を組み、この瞬間も甘い汁をすすっているような奴らは…救う価値なんてないだろう。
けれど、学園にいるのはそんな連中だけじゃない。
「そんなことになったら、みんな…リイナ、アケビ、トミコ、カオルさん、ムツさん、マナミさん、ハルカさん…それ以外にも私たちを助けてくれたたくさんの人たちが苦しむかもしれない。それから目を逸らして自分だけ助かろうとしたら、きっと私は後悔します。大切な人の手を離してしまったときのように」
「ヒナ…そうね、もちろん私も行くわ。正直に言うと、学園のことはどうでもいいけど…あなたを助けてくれた優しい人たちを、私も守りたい」
「ありがとう、カナデ…あなたがいてくれるのなら、私はもう怖くないよ」
あの学園にはクソな連中のクソなシステムの中で、必死に生きようと抗う人たちがたくさんいる。そして私はそんな人たちに助けられて、こうして大切な人の手をまた握ることができた。
だから私も助ける。そのために新たな力に目覚めたのならば、それを利用して…すべての敵をねじ伏せてやる。
世界も時間も支配するつもりなんてないけれど、それくらい強い力だというのなら…大切な人たちを救ってみせる!
「…よっしゃ、そういうことならあたしも一肌脱ぐぞ! 先生、あたしもヒナたちと一緒に発電所に行って、ちょいと一暴れしてくる! んで、あたしたちはテロリストとは違うってところを見せてくるよ!」
「え、ルミ、本気…?」
これまでは珍しく静かに話を聞いていたルミは…私の意思表明が終わると同時にいつも通りの好戦的で物騒な笑みを浮かべ、先生に対して協力を申し出ていた。相棒であるアヤカは貴重とも言えそうな驚きを浮かべつつ、ルミを上目遣いで睨む。
「おう、もちろん本気だぞ! 学園に直接乗り込むとタコ殴りにされそうだけど、戦闘中の発電所ならあたしらも紛れ込みやすいだろ? これでようやくヒナとカナデを送り届けられそうだし、何より…テロリストの連中は気に食わないからな! あたしらの仲間に手を出した落とし前、きっちりつけてもらわないと!」
「…はぁ…ルミ、どうせ戦いたいだけのくせに…先生、私も行く…ルミだけだと、目的を忘れて倒れるまで暴れそうだから…」
「ルミ、アヤカ…」
アヤカは最後まで楽しそうに話すルミを睨み続けていたけれど、相棒だけあってこれ以上は無駄だと知っているのか、先生以上に長いため息を吐いて同伴を決意した。もちろん次の瞬間には私を睨んで「勘違いしないで…お前のために戦うわけじゃない…」と吐き捨て、ぷいっとそっぽを向く。
ちなみにルミはそんなアヤカに抱きついて「なんだなんだぁ、今日は付き合いがいいな!」とぐりぐり頭を撫でていて、アヤカはそれを振りほどかずにため息を繰り返していた。
「…本当に、どいつもこいつも…魔法少女ってやつは仲間意識が強くて、誰かのためなら危険を承知で戦おうとする。昔私を救ってくれた魔法少女も、そんな人だったよ…」
先生はもう一度私たち四人を一瞥し、頭を抱えてうなだれて…でも次に顔を上げたときには、なにかを懐かしむようにどうしようもない穏やかな微笑みを浮かべていた。
やっぱり私は…この顔を知っていた。とあるコンビニでいつも私たちを笑顔で見送ってくれた、先生と呼ぶしかないほどの…いたましいほどに大人として向き合ってくれた人。
「…いってこい。ただし、危ないと思ったら四人ともすぐにここへ戻ってくるように。それを守れない場合、殴ってでも医務室に縛り付けておくぞ」
「「「「はい、先生!」」」」
私たち四人は立場は違えど、そんな私たちを見守ってくれたこの人をどこまでも自然に『先生』と呼べて、そして椅子から立ち上がって新たな戦い…もう一度学園へと向かう。
おそらくは過酷な戦いになるだろうけど、それでも私たちは止まらない。そして…必ず、それぞれの帰るべき場所へと歩みを進めるだろう。
「待て、お前らに渡しておくものがある…これを持っていけ」
「…これは? 無線機ですか?」
全員で勇ましく会議室を飛び出そうとした刹那、先生も立ち上がって机の上に置いていたボストンバッグを開き、トランシーバーを思わせる機器を二つ取り出す。墨色で無骨な形状のそれは魔力を帯びた道具には見えなくて、掴んでみるとさほど重くない。
ルミも「先生、これなんだ?」とアンテナのあたりをちょいちょいとつついていたけど、アヤカは「…もしかして、これ…」とルミから取り上げてまじまじと見つめていた。
「こいつはテロリストどもの兵器に対抗するための試作品…『MGC2』だ。本当ならもうちょっとテストをしてから投入したかったが…やむを得ん。使い方を教えるから、絶対に忘れるなよ」
先生はこれまでにないほど神妙な面持ちでこの試作品についての説明を開始し、私たちは全員がそれを聞いて。
誰もが驚く中、私だけは…油断大敵とは思いつつも、勝利を確信してしまった。
(…私が自分の本当の力に目覚めたのは単なる偶然…だけど、これさえあれば…私たちは、絶対に勝てる)
私は柄にもなく強気にそう考えながら、自分の力が『洗脳』であったこと自体に奇跡を感じていた。