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第59話「すべてを支配する力」

 研究室を出た私はすぐさま武器置き場に向かい、自分にも使えそうな汎用マジェットを見繕う。

(これは…アサルトライフル? バレルが二つある…なるほど、これは結構使えそうだ。それに、ここにも片手メイスが置かれている…よし、この二つで戦おう)

 ここには銃タイプの武器がいくつも立てかけられ、そばに置かれている木箱には近距離用の武器が無造作に入れられている。銃については砲身が二つある一風変わったライフルを、近距離武器はルミとの手合わせでも使ったものに似ていたメイスを選ぶ。

 メイスはベルトに差し込むようにして携行、ライフルはそのまま持って部屋を飛び出す。現在制服の上に羽織っている真っ黒なポンチョは専用のケープほどじゃないにしても魔力の補助をしてくれて、集落へ急行するための身体能力強化も可能だ。

(カナデ、すぐに行くよ…!)

 坑道を駆け抜け、私は程なくして外へ出る。すると集落の方角から煙が立ち上っているのが見えて、全身の血液が冷えるのを感じつつも無心で走る。

「…! カナデっ!!」

 どこに向かうべきか一瞬だけ悩み、ひとまず集落にある施設の中でも一番多くの機能が集まる学校へ向かうと。

 グラウンドでは敵と味方が入り乱れた混戦状態になっていて、戦う魔法少女たちの中にはカナデの姿も見えた。その名前を呼んだ瞬間、味方だけでなく敵も私のほうを見て、本能的に固有魔法を発動させていた。


「時間よ止まれ…邪魔をするなぁぁぁ!」


 ライフルを構え、私は右側のバレル…高出力モードと書かれたほうから射撃を行う。トリガーを引くと薄紫の細いビームが発射され、時間を止められて動けなくなった敵を三人ほど撃ち抜く。

 そしてカナデと鍔迫り合いを行う敵の魔法少女に肉薄するとメイスに持ち替えて全力でその脇腹を殴り飛ばし、時間停止を解除すると攻撃を受けた敵はそれぞれが苦痛の声を漏らして動かなくなった。

「…ヒナ!」

「ごめんカナデ、遅れた! 状況は?」

「こっちの主力はできるだけ前に出て敵を押しとどめている! でも完全には防ぎきれないから、集落に入ってきた奴らは私たちで迎撃して…負傷者は学校の医務室にいるから、あっちには絶対に入れないで!」

「了解…この装備だと固有魔法があんまり使えないから、無茶しないで!」

 カナデも私と同じ色のポンチョを纏い、その両手にはナイフではなくマチェテが握られていた。私の装備に比べると元々使っていた武器に似ているけれど、やっぱり汎用品だけあって本来の力は発揮できないのか、そばで立ち待っている姿を見るとその動きはやや鈍い。

 ブーストをしているものの以前のような目にも止まらない高速移動はできず、すれ違いざまに切り刻むような戦い方はできていなかった。対する私も威力の低い射撃と突破力に欠ける打撃、そしてあと二回くらいしか使えなさそうな時間停止と、この混戦をすぐさま終わらせるほどの力は振るえない。

「ここは我々が制圧し、新たなる拠点にする! おとなしく投降すれば怪我人も含めて命は保証してやる!」

「…ふざけんじゃないわよ! あんたら、怪我人が収容されている施設や非戦闘員にも攻撃をしてたでしょうが! くだらない革命ごっこは…身内だけでやってろ!」

 片手剣を使ってカナデと切り結ぶ敵は相も変わらず自分勝手な主張して、もちろん誰よりも優しい私の大切な人は語気を荒げて相手を非難する。そしてその言葉に呼応するように、普段は寝静まっている私の逆鱗にもメラメラと火がくべられた。

 そうだ、こいつらは…自分たちの目的を果たすためであれば、どんな相手であっても平然と見下して蹂躙しようとする。自分たちだって今の日本をよく思わない勢力からいいように利用されているというのに、そんなことは知らないのか、あるいは目を逸らしているのか、こちらの話は一切聞かず身勝手な主張を押しつけてきて。

 …私は、こいつらを…絶対に認めない!

「お前、あのとき私たちの拠点を攻撃してきた奴だな! お前たちが好き勝手暴れなければこうならなかったんだ! その命で償ってもらうぞ!」

「…いつもいつも、そうやって誰かのせいにして。そして、私の大切な人たちを踏みにじろうとして…舐めるなぁ!!」

 私の射撃をかいくぐって突進してきた敵はスピアを振り回し、こちらの体を貫くべく穂先を突き立てようとしてきた。時間停止を使えば簡単に切り抜けられるだろうけど、こいつに…こいつらごときに使いたくない。

 使う必要すらない。

「なっ、その動き…ぐあっ!?」

 紙一重で突撃を交わし、ライフルを放り投げてメイスを取り出して、回避による遠心力を加えた一撃を相手の顔めがけて叩き込んだ。

 あまりにもすれすれの回避だったせいか、脇腹のあたりを穂先がかすってかすかに痛みを覚えたけど、ダメージの大きさは比較にならないほど相手のほうが大きい。

 敵はこの一撃によって無様に吹き飛び、ぐったりと動きを停止した。そして再びメイスをしまい、ライフルを拾い上げてカナデへの援護射撃を行う。通常弾は5点バーストの射撃になっていて、カナデへの攻撃を外した敵の隙を突くように命中、ひるんだところで彼女が斬撃を繰り出し撃退した。

「よし、とりあえず学校を狙っていた奴らはいったん撃退できたわね…ヒナ、怪我してるじゃない! 今すぐ治療を!」

「ううん、大丈夫だからカナデは温存を」

「ダメよ、あなたはすぐに無茶をするんだから! 魔力には余裕がないけど医務室には治療薬があるから、それを使って治すからついてきなさい!」

「あ、うん…」

 敵の第一波をしのいだことで私の体からはアドレナリンが減少したのか、ようやく脇腹の怪我がズキズキと主張を始める。とはいえ動けないほどではないし、カナデに治療をしてもらうと魔力が消耗するため、若干無理をして笑顔を浮かべてみたら…手を握られ、そのまま校内へと引っ張られた。

 本当ならこのまま前線に向かってルミやアヤカの援護をしたいのだけど、どうも私はカナデに手を握られると弱いらしい。そんな場合じゃないというのは百も承知なのに、私を心配してくれたこと、そして手を握ってくれたことがどうにも嬉しくて、一寸前まで戦闘をしていたとは思えないほど脳内はふわふわとした微熱を持っていた。

「ほら、そこに座って…痛かったでしょう? 今すぐ治すから」

「ううん、本当に大丈夫だから…でも、ありがとう」

 まるで勝手知ったる拠点とばかりに、カナデは医務室に到着するとすぐに私を椅子に座らせ、そして救急箱を取ってきて消毒と傷薬の塗布を開始する。その手つきは小さな頃に治療してくれた看護師を彷彿とさせて、感謝の言葉はするりと口から出てきた。

 以前であれば、怪我をするとひたすら怒りながらも手当てをしてくれていたけど、今は自分のことのように悲しい顔をしながら丁寧に包帯を巻いてくれていて、そんな優しさに私の瞳までもが潤ってしまった。

 …まだ、戦いの最中なんだけどな。私にとって優しいカナデとの時間は、どうしても本来の弱い自分を引き出させてしまうらしい。

「…多分、私のせいだわ。私が捕まったせいで過激派の拠点が潰されて、その報復にあいつらはここを突き止めて襲撃してきた…」

「違う、カナデのせいじゃない。それで言ったら…私があなたをスムーズに助け出せていたら武闘派の人たちの手を借りずに済んで、今回のような戦いは起こらなかったかもしれない」

 武闘派と過激派は元々仲が悪かったみたいだけど、それでもこれまでは大規模な戦闘は起こっていなかったらしく、その発端は自分たちの拠点に壊滅的なダメージが生じたからだろう…主に私のせいで。

 さらには武闘派が私たちの救出に関わったことがこの報復の要因だとしたら、カナデを自力で助けられなかった私が全部悪い。私の手当てを終えて涙目になっている彼女を見ていたら、急速に罪悪感が私の中で自己主張を開始した。

 …でも、先生は多分私のせいだとは言わないんだろうな。アヤカは文句を言ってきそうだけど結局は力を貸してくれそうだし、ルミは「どうせいつかはケンカになってたから、いい機会だ!」なんて笑いそうな気がする。

 そんな人たちに助けてもらったからこそ、私は今になって自分の行動の結果に押しつぶされそうになってしまった。

「うーん、おねーさんたちのせいじゃないと思うんだけどな~」

「え…あ、えっと、アクセサリーを売ってた子だっけ?」

 お互いが責任を背負い込もうとする私たちの会話に割って入ったのは、医務室に入ってきた集落の魔法少女…私とカナデがデートしたとき、アクセサリーを売りつけてきた子だった。

 額からは血を流していて、彼女もまた先ほどまで戦っていたことが窺える。けれどもその表情はあの日のような笑顔が浮かんでいて、私たちを恨んでいる様子は一片たりともなかった。

 ちなみにカナデは「血が出てるじゃない! 手当てするから座って!」と私の隣に座らせて、テキパキと止血を開始した。

「あははー、どもども…でさ、おねーさんたちは気にすることないよ。過激派の奴らってさ、前々からアタシたちに『さっさと我々に合流して拠点を明け渡せ』なんて言っててさ、でも先生もアタシたちも毎回突っぱねていて、これまでは向こうも衝突を避けるためにこういうことはなかったけど…痛い目を見て手段を選べなくなったんじゃない?」

「でも…私が暴れていなければ」

「あいつらのバックってろくでもない連中なの、多分聞いてるでしょ? だから今回のことでそいつらから『手段を選ぶな』とでも言われて、やけになって襲いかかってきてるだけだって。うちのエースたちはもうかなりの数の敵をぶっ飛ばしたみたいだし、どーせもうちょいしたら終わるから…そしたらさ、またうちのアクセサリー買っていってよ! 集落を守ってくれたお礼として、かなーりおまけしちゃうよ?」

 手当てを終えて額に包帯を巻いた少女はにかっと笑い、私とカナデに対してサムズアップをして見せた。

 ちゃっかり自分の商品の宣伝もしてきたけれど、私たちを仲間のように扱ってくれるその屈託のなさは…私とカナデまでも笑顔にしてくれる。

「…ほんと、ここにいる奴らって…お人好しなんだから」

「…ふふ、本当だね…うん、わかった。それじゃあ、せっかくだし一番高いのを」


「動くな! ここは私たちが占拠する! 今すぐ武器を捨て、一ヶ所に集まれ!」


 わずかな時間とはいえ戦いを忘れていた私たちの意識を現実に引き戻したのは、医務室の入り口に突入してきた過激派の魔法少女の声だった。

 私は本能的な速度で椅子に立てかけてあったライフルを手に取り、標的の頭を撃ち抜こうとしたら、次に取った相手の行動に引き金が引けなくなる。

「変な真似はするなよ! 私の体には大量の爆弾が巻き付けられている、少しでも動いたら…お前たち全員を道連れにしてやる…!」

「なっ…くっ」

 敵は私たちのほうを睨みながら自身のポンチョをめくりあげ、自分の身体中に巻き付けられた手榴弾──おそらくは魔力で動作するタイプだ──とその起爆スイッチを見せつけてくる。

 カナデも悔しそうな声を出しながら手に持っていたマチェテを落とし、私たちを守るように前に立つのが精一杯だった…いや、彼女はとても小さな声で「発動できる?」と聞いてきて、私に時間停止のタイミングを計らせてくれているのだろう。

「いいか、私と同じ装備をした魔法少女はほかにもいる! 我々は目的のためなら自爆すら厭わない、お前たちとは異なる生粋の戦士なんだ!」

 相手が私の能力について知っているかどうかは定かじゃないものの、その脅し文句は魔法の発動をためらわせるのに十分な力を持っていて、私はタイミングを見失う。

 もしかしたら、ただのブラフかもしれない。けれど、この狂気的なまでに平穏を破壊しようとする連中が自爆という手段をいくつも用意しているのはあまりにも自然で、あと一回…せいぜいが二回しか発動できない時間停止では、おそらく何らかの被害を出してしまうだろう。

 その事実に絶望しかけた私は、カナデの横顔を見て…諦めが怒りに変化していくのを感じた。

(…カナデはいつも、周囲に巻き込まれて続けていた。魔法少女というのはそういうものかもしれないけど、そのせいで何度も傷ついていた…)

 テロリストを睨むカナデの目には涙がたまっていて、私にはその感情が容易に汲み取れた。

 自分のせいだ。私は弱い。この人たちを守れない。

 そのどれもが…私と一緒。けれどカナデが悪かったことなんて一度もないのに、この子はいつだって他人のことを思いやっていて、自分だけが傷つく道を選び続けていた。

 彼女が一人で戦っていたのは、自分勝手だからじゃない。この悪意だらけの世界が認められず、かといって誰かを巻き込んで反逆することもできず、一人で抗い続けることを選んできたからだ。

(でも、カナデはもう一人じゃない。私とカナデが一緒にいればどんな敵でも倒せてこれたように、魔法少女は…奇跡だって起こせるはずなんだ)

 私とカナデは一緒になって、離れて、また出会えた。

 それはきっと些細なものだろうけど、私にとっては魔法少女の力がもたらした奇跡だとすら思えた。

 奇跡を起こせる存在でありながらも、運命に縛られて抑圧された私たち。それでも私とカナデは何度でも出会って、何度でも立ち向かう。

 それで世界を変えたいわけじゃない。でも、魔法少女が奇跡を起こせるというのなら。

(これまで私の力は、いつも私の望まない結果へと導いてきた。でも、魔法少女の奇跡が何度でも大切な人と出会わせてくれるというのなら)

 カチリ、つい先ほど追加された歯車が回り始める音がする。

 自分の中に渦巻く魔力の形が時計から人間の形へ変化し、それはぴったりと私の体の中に収まって、今なら何でもできる気がした。

 いいや、できる。だって私は。


「魔法少女が奇跡を起こす存在だというのなら…私とカナデを救ってみせろ!! 魔力、解放!!」


 椅子から立ち上がり、敵を…この施設内にいるであろう倒すべき存在たちの気配を感じ取りながら、そのすべてをねじ伏せるように私は叫び、そして自分の中の魔力を解き放った。

 一瞬だけ自分の視界の色が反転し、世界そのものが作り替えられるように塗りつぶされる。けれどそれは秒針が一度動く程度の時間が経過すると元に戻り、そして。


「こんなくだらない戦い、今すぐやめろ!! すべての武器を捨て、地面に伏せろ!!」


 私は叫んだ。叫ぶだけで平和になるというのなら、今すぐ世の中から戦いはなくなっている。それから目を背けるほど私の頭はお花畑ではなかった。

 でも。


「…はい」


 敵の魔法少女はうつろな目をしてポンチョを脱ぎ、爆弾を外し、言われたまま地面に伏せる。

 最初はなにが起こったかこの場にいた全員が理解できなかったけれど、まず最初に動いてくれたのはカナデだった。

「…今すぐ敵の捕縛を! 付近に自爆しようとした奴がいるかどうか確かめて!」

「りょ、了解!」

 カナデはすぐさま医務室の入り口で伏せた敵を縛り上げ、すべての爆弾を回収する。そして動ける人に指示を飛ばしたらアクセサリー売りの子は立ち上がって外に出て、程なくして「こっちいた奴も同じように伏せてる! どうなってんの!?」と驚いていた。

「…ヒナ、もしかしてこれ…あなたの力なの?」

「…うん。私の力って、時間停止じゃなくて…」

 自分の中にあった魔力の性質が変化…いや、本来の形になったことを自覚するように何度か手を握りしめたり離したりしながら、私は先生の分析も踏まえて…最も近いであろう、若干人聞きの悪い新しい呼び方を口にした。


「…私の固有魔法は『洗脳』、射程距離内にいる存在の認識を書き換える力…だと思う」

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