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第58話「魔法少女再生計画」

 武闘派の拠点は集落だけでなく、廃棄された鉱山にも及んでいた。

 資源のために掘り進められた坑内はアリの巣のようにいくつも分岐があり、そこかしこにランプが設置され、道も最低限の整備がされていた。もしもここが今も人が暮らす集落であった場合、観光スポットとしても転用できそうな雰囲気がある。

 そんな鉱山には主に万が一があった場合の司令室や重要な研究を行う設備があって、簡単に言えば『敵が攻めてきた場合でも容易に制圧されないための要塞』に仕立てられていた。

「すまんな、研究に付き合わせて。お前の力は非常に強力で珍しいからな、学園に戻る前にデータを取っておきたい」

「いえ、これくらいならいくらでも。皆さんにはお世話になっていますから」

 そしてこの日、私は先生に呼ばれて研究室に来ていた。この人は先生と呼ばれているように魔法少女たちへ勉強を教えることもあれば、戦闘訓練を施したり、さらにはこうした魔法少女に関する研究もしているらしい。それでいてこの拠点の責任者でもあるし、いくら学園に比べて人員に余裕がないとはいえ、オーバーワークではないかと心配になった。

 といっても本人は──いつも通り不機嫌っぽく見えるけど──元気そうで、鉱山の一区画に設けられた研究室を慌ただしく歩き回っている。設備については学園の技術室を連想させるものが多い一方、あくまでも鉱山の中であるように壁や床がしっかり舗装されているわけではなく、精密機械を置いていても大丈夫なのかと余計な心配をしそうになった。

「何度も言うが、お前たち魔法少女はそんなところにまで気を使う必要はないぞ。魔法なんていうわけのわからん力を持ってしまったせいで面倒ごとを押しつけられているんだ、大人が一緒にいるときくらいはそういうのを私たちに任せておけばいい…まあ、信頼できる大人がほとんどいないとそれも難しいかもしれんが」

「いや、そんなことは…多分ですけど、私は周りの人に恵まれているって信じていますから。それで、私は固有魔法を使うだけでいいんですか?」

「ああ、長時間展開する必要はない。専用のケープやマジェットがないと負担が大きいからな、一呼吸のあいだくらいでいいぞ。で、終わったらそのバングルを渡してくれ」

「了解です」

 今日に至るまで、私は何度もルミと手合わせをして勘が鈍らないように気をつけていたけど…彼女の口からはこの人、先生の名前を聞くことが非常に多かった。そして先生のことを話すときのルミはいつも笑っているように、この人は相当慕われているんだろう。

 実際、私もすごくいい人だと思う。いつも面倒そうで愛想もほとんどないけど、その言葉の大抵は魔法少女を気遣うもので、学園にもこういう大人が多ければ…なんて考えたものの、むしろこういう人たち──サクラ先生もそうだ──は学園とはそりが合わないのだろうとも感じた。

 だから私にできることはこの研究…『特殊な魔法の解析』に付き合うことくらいで、この人なら悪用もしないだろうという信頼があったから、深く考えずに時間を停止してすぐに解除した。

 先生も言うように、今の私の装備…武闘派が使っているポンチョでは専用の調整がされていないから、カナデを助けたときのケープに比べると消耗の激しさが段違いだ。一瞬であってもそこそこ魔力が消費されて、改めて自分の魔法の燃費の悪さに頭が痛くなりそうだった。

「終わりました。それじゃあバングルを…あれ? これ、ちょっと光ってますね」

「ああ、これは魔法少女が着用して魔法を使うと短時間だが魔力を帯びるんだ。で、その残った魔力の追跡と解析をすれば魔法の性質を判断しやすくなるという代物さ…私みたいな研究者以外にはただの光るアクセサリーにしかならんが」

 実験前に装着したバングルを外すと、刻み込まれた模様──古代文字と幾何学模様を混ぜたような複雑さがある──が薄緑色に発光していた。たしかにこのバングル自体が魔力を帯びているのを感じられて、学園以外でもこういう魔法アイテムがあるのだなと少しだけ驚く。

 …サクラ先生の端末もそうだけど、市井にも意外と魔法アイテムを作ったり整備したりできる人がいるのだろうか。

 そうした疑問は研究の邪魔にならないよう黙っておき、バングルを受け取ってまじまじと見つめ、次いで軽く握って目を閉じる先生を眺めていた。

「…お前、自分の魔法を『時間停止』と言っていたな?」

「ええ、学園からもそんなふうに分類されています。ただ、停止できるのは『意思があるもの』だけで、放たれた攻撃とかは止められなくて」

「だろうな。お前のこれは時間を止めているわけではなさそうだ」

「…え?」

 時間停止、それが私の固有魔法。魔法少女はたくさん存在するものの、範囲内の敵の動きを完全に止められる力は非常に珍しく、少なくとも現在の魔法少女学園においては私くらいしか使えないと言われていた。

 だから私は何の疑問もなくその力を振るい続けていたのに、先生はさほど驚いた様子もなく、バングルをボックスタイプの3Dスキャナーみたいな解析器に入れ、それを操作しながら淡々と説明を続ける。

「お前の固有魔法は時間自体を止めているのではなく、『範囲内にいる存在の意思に干渉し、時間への認識を停止している』というものだろう。だから人間や影奴のように意思があれば時間が止まったように感じるし、意思がないものについては干渉ができない」

「…あの、どうしてそんなことがわかるんですか? さっきのバングルを解析した結果ですか? でも、まだその機器は解析中みたいですけど」

「これは解析というよりも魔力パターンの記録だな。どうしても完成させたいものがあるから、そのためにできるだけ多くの魔法少女の魔力パターンについて記録しておかないといけない…で、お前の魔法の正体についてわかったのは、私の『固有魔法』によるところが大きいな」

「…固有魔法…でも、その…魔法が使えるのって、えっと」

 その先生の言葉に対して強い違和感を覚えるのは、魔法少女であれば当然だろう。

 魔法が使える人間というのは魔法少女だけで、それは『魔力を持つのは一定の年齢の女性のみ』という事実につながる。目の前の先生の詳細な年齢は知らないけれど、少なくとも少女というには成長しすぎた容姿であり、となると固有魔法が使えるという発言については…非常に言いにくい感想が芽生えてしまう。

 …そんな年齢じゃない、ですよね?

「言いたいことはわかっているから、言葉を濁さなくてもいいぞ。お前の考えているとおり、私は魔法少女なんて年齢じゃない…一応は元魔法少女だがな。ただ、全盛期ほどじゃないけど今でも魔法を使うことはできる…『魔法少女再生計画』のせいでな」

「魔法少女…再生…なんですか、それ?」

「魔法少女学園が極秘に進めていたプロジェクトの一つだ。奴らは将来的にもっとたくさんの魔法少女、あるいは魔法が使える存在が必要だと判断して、年齢を重ねても素質のある人間が魔法を使い続けられるように、被検体を集めて体をいじっていたんだ…その一人が私というわけだな」

「……すみません」

 魔法少女学園が矯正施設のように『表には出せないこと』をいくつもしていたのは知っていたけれど、先生の話す計画もきっと口にするのも憚られるような内容が含まれていたのだろう。これまでも不機嫌そうな表情ばかりだったけど、その計画について話し始めると露骨なまでに嫌悪感が浮かんで、私には薄っぺらい謝罪しかできなかった。

 それでも「気にするなと言っているのに」とすぐに表情を緩めて私を気遣ってくれるのは、この人が大人だからだろう…魔法少女、つまりまだ子供である私たちを守ろうとしている理由が、少しだけわかった気がした。

「…実は私、現体制派にも知り合いがいるんです。その人たちは『魔法少女がすべてを管理する社会』を考えていて、それを聞いたときはなんとも思わなかったんですけど…魔法少女再生計画は、そのために人手を増やす手段の一環なのかもしれません」

「ふむ、それなら合点がいくな。ましてや私は学園にいた頃は現体制派に反発していたから、矯正するという名目でいい実験台にできたのだろう…で、何度目かの実験を終えて別の研究施設に護送されている最中、私を救出してくれたのが武闘派の人たちだった。それが私のここで戦う理由だ」

 集落で過ごすあいだ、私は何度も武闘派のことについて教えてもらっていた。

 武闘派は『学園に見捨てられた、あるいは虐げられた人たちを救う』というのが目的であって、主な救出対象は理不尽な扱いを受けるインフラの子たちや矯正施設に入れられた生徒たちだと聞いた。そして…武闘派を支援している人たちには、『元魔法少女』が多いことも。

 そのやり方や目的についてはすべてに賛同できなくとも、私にはハルカさんやマナミさんたちとは異なる共感が芽生えつつあった。

 だから、だろうか。自分の体にされたことなんて気にもとめないように、あっさりと戦い理由について教えてくれたこの人の姿が、一瞬だけぼやけて見えそうになった。

「…少し余計なことを話しすぎたな。私は学園の管理者どもは嫌いだが、そこで必死に生きてきた存在…私を助けてくれた人たちも含めて、魔法少女については敬意を持っている。だから今の自分の力を利用して抗っていることにも後悔はないし、お前たちを助けられてよかったと思っている…だから、そんな顔をするな」

「…はい」

 ぽん、と私の頭に手が置かれる。これまでは不機嫌以外の感情を見せなかった先生の顔には、私を泣かせまいとする不器用な苦笑が浮かんでいた。

 こんなとき、カナデだったら「泣いてないわよ!」なんて強がって、それでもポロポロと涙を流してしまうんだろうな。今の彼女は集落で家事の手伝いをしているけれど、この場にいなくてよかったかもしれない。優しいあの子が先生の話を聞いたら、もっと学園が嫌いになるかもしれないから。

 いつかは戻らないといけない、そうであっても…カナデは、自分に嘘をつけない人なんだ。そんな彼女を思って、私は袖で目元を拭った。

「魔法少女の力というのは不思議でな、『できると思えるかどうか』が重要になることも多い。お前の場合は意識への干渉だとしたら、ただ単に時間を止められるだけでなく…それ以上のこともできるかもしれないな」

「できると思う…そうか、たしかに…」

 普段、自分が固有魔法を使っているときを思い出す。

 私は時間を止められると思っているから、魔法を発動するときはそのトリガーとして『時間よ止まれ』といったことを口ずさんでいた。それは自分にその力があると言い聞かせている一方、一つの呪縛になっていたのかもしれない。

 私は時間を止めること『しか』できない。それは十分強力な力ではあったけど、本当はそれだけではないとしたら?

 先生のかすかに優しくなった声音は、自分の中に新たな力の息吹を感じさせた。それは足りなかった歯車が加わったことで、これまで動かせなかったものがゆっくりと起動していくような感覚。

 自分が魔法少女になった直後、戦いの日々が幕を開けたときに似ていた。

「意識への干渉、認識の変更…これらが自由に行えるのなら、それは」

 私も薄々感づき始めていたその力の正体を先生が口にしようとした瞬間、坑道の中にけたたましい警報器の音が鳴り響く。それは不愉快であると同時に、一瞬で警戒心を復活させるには大変効果的な音色だった。

「何があった?」

『過激派の連中が拠点へ襲撃してきました! 今は大きな被害も出ていませんが、迎撃に出向いた魔法少女に負傷者が発生しています!』

「非戦闘員は直ちに鉱山へ避難、戦えるものはそれの援護を。いいか、敵の挑発には絶対に乗るな。一人で突っ込もうとするやつがいたら気絶させてもいいから止めろ」

 その音に対しても一切取り乱す様子はなく、先生は無線機に対して淡々と状況の確認を行う。すぐそばにいた私はその報告を聞いた直後には室内を見渡し、武器がないことを確認したらまずはどこに行くべきなのかを判断した。

「汎用マジェットしか使えないのであまり戦力にはなりませんが、私も出撃します。相手が過激派なら…容赦はしません」

「待て。自分でもわかっていると思うが、今のお前だとまともにやり合うのはリスクが高い。鉱山内に残り、避難してきた連中の護衛をしていろ」

「でも、ここには武器がありません。だからまずは集落の武器庫に向かって装備を調達、それから状況を見て迎撃か撤退かを決めます」

 かつては武闘派と一緒くたにしていた過激派だったけど、もう私の中では完全に別物となった。そしてどちらに味方すべきか、そんなのは考える必要すらない。

 私は戦う。私の大切な人を、そして私たちを助けてくれた人たちを守るため…そのためなら、私はカナデを救出したときのように一切の容赦をせず戦えるだろう。

 …でも、さすがに殺傷は控えると思うけど。

「心配しなくても、私たちとてこういう状況は普段から想定している。戦力も十分だろうし、お前らのことは無事に向こうへ届けるためにも…」

「…それに、集落にはカナデもいます。私は何があってもあの子を守るって決めてますし、優しいカナデはきっと自ら前に出て戦っているはずなんです。だから、私も行かないと」

「…はぁ、お前らはルミやアヤカよりも聞き分けがいいと思っていたんだが…」

 …ストレートには言えないのだけど。

 私が今すぐにでもここを飛び出しそうになっている理由、それは…カナデが集落にいるからだった。無線からの報告だと大きな被害は出ていないみたいだし、それなら家事をしている最中のカナデも無事である可能性は高いだろう。

 だけど…戦いが起こっている以上、万が一の可能性は否定できない。そして私は今度こそ彼女を守り抜くと決めているのだから、これ以上先生が引き留めるようなら無理にでも出て行くつもりだった。

 けれど、やっぱりこの人はため息をついて頭を抱え、だけど我が子を見守るような優しいまなざしを向けてくれた。多分、ルミとアヤカを見送るときも同じような顔をしていたんだろう。

「ここを出てすぐ左の部屋に少数だが武器が置かれている。どれも汎用型のマジェットだから、調整なしでもすぐに使えるだろう…だが、無理だけは絶対にするな。もしも大怪我でもした場合、あとでぶん殴るぞ」

「…ありがとうございます。私、先生も含めて…この集落のみんなを守りたいんです。だから、いってきます」

「ふん、生意気な奴だ…気をつけてな」

 そういえば、ルミも「先生のげんこつは魔法少女相手でも効くからな…絶対に怒らせるなよ?」なんて言ってたけど、それも再生計画とやらの恩恵…あるいは副作用なのだろうか?

 …もしも本当に殴られたら、痛いじゃ済まなさそうだな。今も心配そうに見送る先生に頭を下げてから、私は今度こそ『守るための戦い』に赴いた。

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