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第57話「幕間・カナデの恋」

 ヒナとルミが三度目の手合わせを開始した直後…私はその動きに目を奪われた。

(ヒナ、どうしたのかしら…ものすごい勢いで攻めている…)

 ヒナは模擬戦であっても私に対してろくに手出しができなかったように、魔法少女としてはあまりにも優しすぎる人だった。だから恩人とも言えるルミに対してもいまいち本気が出せないのか、使い慣れない武器であったとしてもその動きは明らかに精彩を欠いていた。

 けれど三度目の戦いが始まった瞬間、ヒナは人が変わったような動きでルミを攻め始める。戦う前にルミが私のほうへ武器を向けながらなにかを言っていた気がするけれど、その言葉を聞いたヒナは急に動きが変化して、それこそ…別人のように容赦のない攻撃を繰り出していた。

 始まったと同時にルミの懐に飛び込み、頭を叩き潰さんばかりの勢いでメイスを振り下ろす。もちろんルミはすぐさまそれを斧で受け止めたけれど、ヒナはその反動を活かすように飛び上がってルミの後ろを取り、振り向きざまにメイスの一閃を放つ。もしも相手が一般的な魔法少女であればその流れるような動きに対応できず、脇腹のあたりに痛恨の一撃を受けていただろう。

 けれども近距離戦に慣れていると思わしきルミは迷うことなく前転で回避、そのままヒナのように飛び上がって空中でくるりと回転しながら相手と向かい合おうとした。しかしヒナは追撃の手を一切緩めず、ルミの着地点へ向かって飛ぶように間合いを詰めて打撃を叩き込もうとする。

(…ヒナ、近距離はあまり得意じゃないって言ってたけど…今のあの子と戦うと、私でも結構やばそうね…)

 現在使っているメイスは片手用で、ランチャーメイスとは取り回しが大きく異なる。それなのにヒナはようやく武器に順応したかのように振り回し始め、軽量であることを活かしたスピード感のある立ち回りを見せていた。

 これまでの手合わせだとルミが終始リードしていたのに、今はむしろヒナのほうがペースを握っているように見える。そして時折見えるヒナの表情は…私を助けに来てくれた直後のような、目の前の障害を踏み潰して進むことに躊躇のない鋭さを帯びていた。

 それはきっと恐怖さえ覚えるほどの鋭利さで、ヒナには悪いと思いつつも、あのときだけは『正義の名の下に反対勢力すべてを弾圧する現体制派』にしか見えなかったのだ。私と一緒に捕まってからはすぐに元の彼女に戻ってくれて、今の今まで思い出すこともなかったけれど。

(…どうして、かしら。今のヒナ、すごく…格好いい…)

 本当なら怖がらないといけないのに、そして「そんな顔するんじゃないわよ」って言ってあげないといけないのに、私は…自分が使っているナイフよりも研ぎ澄まされた一面を見せるヒナに、確実に見とれてしまっていた。

 ルミを睨む目は丸みを帯びたあどけない本来の形からかけ離れ、急所へ食らいつくために相手の隙を見定めている。ヒナはどちらかといえばリスクを取ろうとしないタイプだけど、今はルミの攻撃をギリギリで回避し、少しでも距離を詰めて有効打を与えようとしていた。

 それなのに…私と目が合うと、その刹那の瞬間だけは優しいあの子に戻っている気がした。いつも私を見守ってくれていた赤く輝く瞳が投げかけられるたび、その声が聞こえるようで。


『大丈夫、あなたは絶対に私が守るから』


 聞こえないはずの声が聞こえたとき、私はぶるっと全身が震える。もちろんそれは恐怖などではなくて、ヒナに抱きしめられたときのようなぬくもりが鼓膜から浸透してきて、私の全身に幸福物質を速達で送り届けていた。

 ああ…やっぱり私は、あの子のことが。

「…ルミが勝つ。あいつ…ヒナは固有魔法が使えないと、弱い…」

 危うくとんでもない独り言を発しようとしたけれど、隣から聞こえる梅雨のようにじめっとした声に我に返る。

 気づいたら人一人分の距離を開けて、ベンチにアヤカが座っていた。その表情は相変わらず不機嫌で、一人で戦っていた頃の自分を思い出しそうになる。同族嫌悪ってわけじゃないけれど、その言葉もあって私は一気に虫の居所が悪くなった。

「…ふん、あの子のことを知らないからそう言えるのよ。ヒナの強さはね、固有魔法だけじゃないわ。あの子は優しすぎるから魔法少女相手だと本気を出せなくて、それで少し後れを取っていただけよ」

「…それにしては、何度も負けていた。今だって徐々にスタミナが切れてきたのか、押され気味になってる…」

 悔しいけれど、こいつ…アヤカのジト目は的確に戦況を分析しているのか、現状は概ねその言葉通りだった。

 これまでの苛烈な攻めは勢いを弱め、今度はルミが距離を詰めて連撃を放ってきている。普段から使い込んでいるであろう近距離武器は正確に、だけど拙速にヒナを追い詰めていた。

 ヒナはメイスを使って攻撃を受け流すようにしているけれど、じわりじわりと後退して柵に背中を預けようとしている。ルミはその様子に二言三言放ち、ヒナは言葉は発さずとも強い意志のこもった目で前を向いていた。

「大丈夫、大丈夫よヒナ…あなたは誰よりも強くて、決して諦めない人。だから私だって助けてくれて、今もこうしてここにいる…」

「…もう決着がつく。負け惜しみでも考えておいて…」

 …本当に、いちいちムカつく奴ね!

 隣にいるアヤカには目もくれず、私はヒナだけを見つめて必死に応援する。彼女が負けるとは思えないけれど、それでも押されているのは事実であって、自分へ言い聞かせるように立ち上がって祈っていた。

 アヤカはそんな私をあざ笑うような態度と言葉を投げつけて、身じろぎすらせず戦いを見届けようとしている。こいつは誰に対しても冷ややかで皮肉るような立ち回りを崩さないけれど、ルミに対してはそれなりに信頼を向けているのか、自分の相棒が勝つことを信じて疑っていなかった。

 …なら、私だって。いいや、私のほうが…ヒナを、信じてる!

「……ヒナ、ヒナっ!! 負けないで!! あなたには私がついてる!! だから…信じてっ!!」

 柵を掴み、戦いに打ち消されないよう、力と感情を込めて叫ぶ。

 けれどもそんな言葉は役立つどころか邪魔になったようで、ルミの斜め下から切り上げるような斬撃にヒナの武器は弾き飛ばされ、両手がフリーになった彼女へ上段から斧が振り下ろされて。

 その一撃がヒナの頭へ直撃する寸前、彼女は私を見て、口元でだけ微笑んで。

 あろうことか、ヒナは斧の刃部分を両手で挟むように持ち、歴戦の魔法少女相手に白刃取りを決めたのだ──。

「…マジか」

 その予想外のアクションにはアヤカも皮肉を忘れ、ぽかんと戦いの成り行きを眺めることしかできなかった。戦いにおいては隙のないルミですらヒナの突然の行動に次のアクションを取り忘れ、そして…。

 ヒナは白刃取りをしたままキックを放ち、脇腹を蹴られたルミはたまらず横に吹き飛ばされた。

「ヒナっ、ヒナ! 今よ!」

「…ルミ! こんなことで負けるの、許さない…!」

 それまでの余裕のある態度はどこへやら、形勢が逆転したことを認めるようにアヤカは立ち上がり、私の隣で柵を握りながら初めて大きな声を出す。どうやら大声は出し慣れていないらしく、その言葉はかすれていた。

 けれど…私は静かな皮肉を向けられたときと違って、その声には全然苛立ちを覚えない。むしろ必死な様子に対してあり得ない感情…『共感』が芽生えそうになって、それを振り切るように大声でヒナを応援した。

 ヒナは奪った斧を構えて突進し、まだ立ち上がれていないルミに決着をつけるべく振り下ろそうとする。多分彼女のことだから寸止めをするだろうけど、それでもこれでようやく勝利を収めるはず…と思っていたら。

 ルミはにたりと笑い、足ではなく片手で立ち上がって…カポエラよろしく、逆立ちのままキック──パウメイラという技らしい──を放つ。ヒナは想定していなかったであろう反撃に持っていた斧を蹴り飛ばされ、突進の勢いは殺されてのけぞってしまう。

 ルミはもちろんそれを見逃さず、今度こそ足で立ち上がって素手のままヒナに飛びかかった。今はレスリングのようにヒナの腰に抱きついて…抱き、ついて?

「ちょ、ちょっと! なに抱きついてんのよ!? さっさと離れなさい! ヒナ、そんな奴ぶん投げて!」

 これは勝負であって、ルミの目的は『そういうの』じゃないだろう。そんなのは魔法少女である私も理解しているけど、ヒナに『私以外の女が抱きついた』という状況にはそんな冷静さを保てるはずがなく。

 思わず戦いとは関係のない、私情まみれの苦情を投げつける。もしもケープを着用していた場合、ブーストを使って手に力を込め、柵を破壊して私も飛びかかっていただろう。

 …ヒナに抱きついていいのは、私だけなんだから!!

「…恋する女は面倒くさい…そして不潔だ…」

「はぁ!? そ、そんなんじゃ…そんなの、じゃ…」

 腰に腕を回されつつもヒナは踏ん張り、ルミに押し倒されることも投げ飛ばされることもない。彼女もまた相手の脇腹あたりつかみ、今は必死に振りほどこうとしているのだろう。

 そうだ、今こそまた応援が必要なのに…アヤカのぼそっとした指摘に、私の顔は激烈に赤くなってしまう。しかもこいつは私のほうは見向きもしていなくて、すぐに「ルミ…負けたら、一番高い袋麺…勝手に食べてやる…!」なんてヤジを飛ばし始めた。

(…そんなのじゃない、じゃない…私のこの気持ちは、多分…やっぱり…)

 私は応援も反論も忘れ、ただ必死に戦うヒナを見つめつつ自分の『初恋』について考えていた。

 私にとってのヒナは、とても大切な人。いつも私を守ってくれて、私に優しくしてくれて、私のことを特別扱いしてくれた女の子。

 そう、女の子だ。今さら『女同士』という点を気にするのはへそで茶を沸かすようなもので、抵抗感なんてないけれど…一般的な恋が異性愛によるものだとしたら、私のそれは本当に恋だと断言できるのだろうか?

 自分の命すら顧みず助けてくれたヒナに対して強い好意を抱いた結果、それを恋だと勘違いする…俗に言う『吊り橋効果』じゃないのか?

(…でも…ヒナに私以外の相手…男でも女でも…引っ付いたり隣にいたりするのは…面白く、ない…!!)

 ヒナには私だけを見てほしい。私だけを特別扱いしてほしい。

 …私だけを、『好き』でいてほしい…!!

 その気持ちだけは絶対に私の中にあって、彼女と再会できてからより強固になり、そして揺らぐことがないものだった。

 そこに愛情があるのかと聞かれたら、間違いなく…ある。でも…私もヒナも、その愛情が恋愛感情に起因するものなのかどうか、まだ手探りなんだろう。

 だからルミと抱き合ったとしても、それを非難することはできない。ましてやこれは手合わせなのだから、そういうこともあるだろう。

「……ヒナ、いつまで引っ付いてんのよ!! さっさと投げるなり蹴っ飛ばすなりして離れなさい!! じゃないと……いやなのよ!!」

 …だけど、やっぱりいや!!

 ヒナはあんなにも私のことを抱きしめてくれて、手をつないでくれて、それに…き、き、キ…気の迷いかもしれないけど、『それ』もしそうになってたのだから!

 もしも私がヒナに恋をしていて、ヒナも私に恋をしてくれているというのなら。

 私以外と引っ付かないで! ヒナも同じように、私が誰かと引っ付きそうになったら怒って!

 少なくとも…私は、あなたが一番『好き』なのだから!!

 自分の中で初恋がしっちゃかめっちゃかな形になっているのを自覚しつつ、私はただヒナがルミと離れるよう、この勝負の行く末を見守っていた。

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