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第56話「お前、あいつのこと好きなの?」

「ほらほら、そんな軽い一撃じゃあたしは倒せないぞ! お前の本気を見せてみろ!」

「くっ、そんなこと、言われても…!」

 好戦的な笑みを浮かべるルミは片手斧を模した汎用の武器を素早く振り下ろし、私をじわりじわりと追い詰めようとする。

 対する私はメイス…といっても専用に仕立てられたランチャーメイスではなく、武闘派の拠点に置かれていた片手メイス──こちらも練習用の汎用武器だ──でその攻撃を受け止め、速さと力強さを兼ね備えたルミに押し込まれていた。

「いいか、この武器は当たっても致命傷にはならない。怪我をしたら先生が治してくれるし、あのときと同じように全力でかかってこい!」

「わかってる、けどっ…うあっ!」

 かきん、という硬質な音が響き、私が持っていたメイスは弾かれて宙を舞う。ルミは押し込まれて尻餅をついていた私に対して斧を振り下ろし、それが頭に直撃する直前で寸止めされた。

 そしてメイスは練習場の地面に落下し、ルミはやや物足りなさそうにしつつもにやりと笑って武器を納める。これにて私は2連敗、やっぱり近距離武器でなおかつ固有魔法も使えない場合、ルミ相手では非常に分が悪かった。

「へへへ、またあたしの勝ちだな! 専用の武器じゃないってのもあるけど、お前、やっぱり近距離戦は隙が多いみたいだな!」

「私、近距離だと固有魔法に頼っていたところがあったから…立ち回りが大雑把だったのは自覚してる」

 今回は手合わせということもあり、ルミは勝負がついたと思ったら私のほうに手を差し伸べてきて、それを握るとぐいっと引っ張って立たせてくれる。炎を操る固有魔法を使えるせいか、その平熱は非常に高いような気がした。

 立ち上がった直後、練習場──といっても学校のグラウンドの一角を柵で囲っただけのものだ──を見渡す。すると柵の向こうで私を見ていたカナデと目が合い、怪我がないことを伝えるように笑顔で手を振ると、彼女もぎこちなく笑いつつ小さく振り返してくれた。

「せっかくだし、もうちょっと勝負しよーぜ。学園に戻ったときになまってたら、面倒くさいお小言を言われるんだろ?」

「お小言で済めばいいけど…そうだね、体を動かしてると勘も鈍らなさそうだし、ちょっと呼吸を整えたらもう一戦お願い」

「そうこなくちゃな。これは本番じゃないけど、ヒナと戦えてあたしは嬉しいぞ!」

「あはは…」

 武闘派の拠点に身を置く私たちは十分に体を休めたあと、戦い以外の仕事について手伝うようにしていた。

 カナデが得意とする家事全般はもちろんのこと、集落で暮らす魔法少女たちの農作業や山菜採りといった、学園にいた頃は想像もしなかったような作業をいくつも経験してきた。

 それらは大変だったけれど不思議と苦痛に感じることはなくて、カナデも口ではぼやきつつも楽しそうに働いていたから、万が一学園に戻れないようならここで暮らすのもいいか…なんて考えそうになってしまう。

 もちろん現実はそうもいかず、私にもカナデにも家族がいるから、そうした帰るべき場所で待っている人たちを守るためにもいつかは戻らないといけないのだろう。先生もそれをわかっているのか、いつも「心配しなくても、そのうち必ず送り届けてやる」なんて相変わらず無愛想に励ましてくれた。

(…私もカナデも学園が好きというわけじゃない。だけど、あそこから完全に離れてしまうと家族にも迷惑がかかる…)

 拾ったメイスを構え、目を閉じて集中する。すると汎用品とはいえ多少の魔力を流し込むことができて、魔法少女の武器として機能するようになる。そのまま呼吸も整い始めると、どうしてもいろんなことを考えてしまった。

 私とカナデが魔法少女として戦う理由の一つ、それはやっぱり家族だった。魔法少女の家族にはそれなりに手厚い待遇が与えられていて、たとえば私みたいに両親をなくした人やカナデみたいに生活に余裕がない家庭であれば、魔法少女となった人間が家族を支える必要がある。

 そのことに対し、苦痛はなかった。私もカナデも家族を大切に思っていて、だからこそお互いが早い段階で打ち解けられたのだろう。私は…家族を大切するカナデが好きだった。

「にしても、お前ってあいつのこと好きなの?」

「…え?」

 呼吸も整って手合わせの再会を伝えようとした直前、ルミは私とカナデを交互に見ながらそんなことを尋ねてきた。その顔には興味本位にまみれた好奇心は浮かんでおらず、なんていうか…今日の夕飯はなにを食べよう、そんな『明確な回答がもらえなくてもかまわない雑談混じりの質問』であるように思えた。

「だってお前、手合わせの最中に何度もあいつを見てたぞ。あたしに勝てなかったのって、好きな相手に見られて気が散ってたからじゃないのか?」

「…え、いや…私、そんなにカナデを見てたの?」

「おお、バッチリ見てた。しかも、あいつと目が合ったときはなんか顔も緩んでたし、そういうのって『恋する乙女』ってやつなんだろ? アヤカが持っている本にもそんな感じのことが書いてた!」

 あの子、そんな本を読むことがあるのか…なんて微妙に失礼な驚きは口にせず、私はルミの口から出てきたとは思えない──これも失礼かもしれない──質問につい考え込んでしまう。

 カナデは今も柵の向こうにあるベンチに座っていて、じっと私たちの手合わせを見ている。私が終われば次はカナデが戦うはずで、それに備えてルミの動きを観察しているのだと思ったけど。

 たしかに私が振り向くと毎回目が合っていて、私はカナデがそこにいてくれると思ったら…うん、ルミの言うとおり顔だけでなく気まで緩んでいたような…。

「…ルミはどう思う? 私、カナデのこと、そういうふうに見てるって…思うの?」

「んー、実を言うとわからん! あたし、そういうこと一度もなかったしなー。でもアヤカに『ルミは少しくらい本を読んで文明的になったほうがいい』なんて言われたから、めちゃくちゃ暇なときだけ簡単な本を読むようにしたら『女同士で好きになる話』があって、その内容がお前らに似てたような気がしたんだよな」

「…そ、そうなんだ…うーん、実は私もこれまでそういう経験はなくて、わからないことが多すぎて…」

 ルミとの付き合いは長いわけじゃないけど、この子が恋とか愛とかについて深く考えているようには見えなくて、だけどそういう純粋なところが周囲と打ち解けやすい理由だとは思っていた。

 ただ、純粋であるがゆえに感じ方や考え方も単純明快で、そういう視点での意見は本質を見据えているようにも思える。だからなのか、ルミに『ヒナはカナデが好き』なんて指摘をされた私の顔は、わかりやすく熱くなっていった。

(この前のデートだとたくさんカナデと手をつないで、引っ付いて、『一生』そばにいたいって伝えた…それは多分、『好き』って気持ちがあるから…でも)

 火照った顔は先日のデートのことを思い出させ、ますます熱は上がっていく。だけど病気になったときのような不安感はなくて、ふとカナデのほうを見てみるとまた目が合って、私はにこりと微笑むことができた。カナデもへにょっと笑ってくれる。

「…ルミには好きな人、いるの?」

「おお、いるぞ! まずは師匠…先生は大好きだな。あと、相棒のアヤカも好きだし…実はヒナも好きだぞ! あたし、基本的に強いやつは好きなんだよなー。あ、お前の相棒だし、多分カナデも好きになると思うぞ?」

「…そっか。うん、なんだかルミらしいね」

 念のためにルミにも質問してみたところ、彼女は変わらない快活さで笑い、そして次々に『好きな人』の名前を挙げた。その中に私とカナデもいるのが実にこの子らしい感じで、同時に彼女の『好き』を知ることで…私の中のカナデへの『好き』という気持ちは、きっと特別に近いものなのだと少しだけ理解が深まった。

 ルミの言うとおり、好きという気持ちはとても多様だ。先生に対しては尊敬とかそういうのが混じっているだろうし、アヤカに対しては親しみや友情とかが混ざっているんだろう。それらを区別せずに好きだと言えることは、間違いなくルミの美点だった。

 でも、私は違う。『好き』という気持ちを単純明快に、誰にでも伝えられるほど純粋じゃない。安易に伝えてしまえばお互いの関係が変わってしまいそうな気がして、時間停止という圧倒的な力に頼って戦っていたように、私は臆病なのだろう。

 それでも…はっきりとした意思はある。

「…私はね、カナデのことが大切だよ。ルミみたいに『好き』って素直に伝えるのはまだ難しいかもしれないけど、絶対にあの子から離れたくない。ずっとずっと一緒にいて、どこまでも二人で歩いて行きたいって思ってる」

「…? よくわかんないけど、結局は『好き』ってことでいいのか? それなら今度はあいつが捕まったりしないように、ちゃんと一緒にいてやれよな! あたしはアヤカがまた自爆しないよう、次はぶん殴ってでも止めるって決めてるからな!」

「あはは…それは痛そうだね」

 好き。その言葉はまだ私には重くて、心の中から引っ張り出すのに時間がかかりそうだけど。

 それでも私はカナデが大切で、今度は絶対に離れない。あの日誓った『一生』という言葉を守り続けていけば、きっといつかはその気持ちに手が届くと信じている。

 けれど私の重くて面倒な『好き』はルミには理解不能らしく、首をかしげたかと思ったら、またしても純粋な彼女らしい真理を何のこともなく口にした。先生やアヤカが文句を言いながらもルミと一緒にいるのって、こういう部分に惹かれているんだろうな…。

「よっしゃ、それじゃあそろそろ3回戦を…お、そうだ」

「?」

 私もルミも再戦の準備が整ったら中央に移動し、お互いが武器を構えて不敵な表情を向け合う。けれどルミはなにかを思いついたようで、口元を物騒に歪めたかと思ったら、斧をカナデの方向に向けて…私を挑発した。

「ヒナ、次こそ全力で来い。じゃないと…カナデと手合わせをするとき、あたしがあいつをぎったんぎったんにするぞ!」

「…は? それ、本気…?」

「あたしは戦いに関してはいつも本気だぞ! お前の相棒のカナデとも一度全力で戦ってみたくて…っ! そうだ、その顔だ! あのときと同じ…いや、それ以上! その顔のお前と戦いたかった!」

「…悪いけど、今回は全力を出す。怪我をしても怒らないで」

「望むところだ…来い!」

 もしも私を小馬鹿にする程度なら、そんな見え透いた挑発に乗ることはなかった。

 だけど…カナデのことを持ち出されたら、私の小賢しい冷静さなんてあっさりと吹き飛んで。

 …私のカナデに手を出すな!!

 かつてマナミさんを守るために力を振るったとき以上に自分の中の魔力が高ぶるのを感じた私は、先ほどとは比較にならない集中力でルミを打ち倒すべく、今度はこちらから苛烈に攻めていった。

 もちろんルミは今日一番の嬉しそうな笑顔で攻撃を受け止めながら、声をあげて笑い続けていた。

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