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第55話「初めてのデート?」

「ここ、なんだかのどかな雰囲気の場所だね。一昔前の日本って言うか…」

「まだそんな年齢じゃないでしょう…でも、言いたいことはわかるわ。学園に比べると自然がありのまま残されていて、なんだか落ち着くもの」

 武闘派の拠点に連れてきてもらった翌日、私とカナデは集落をゆっくりと見て回っていた。鉱山の麓に広がる生活エリアは限界集落をそのまま転用しているだけあり、かつての人々の営みを魔法少女が引き継いだ結果、魔法少女学園以上に自然との共存が際立っているように思えた。

 私たち魔法少女は自然が豊富な場所であれば魔力の自然回復量も増加するため、ここに目をつけた武闘派は名前から連想されるイメージよりも賢いのかもしれない。同時に、集落内は世紀末のような無法地帯ではなく、魔法少女をはじめとした住人がそれぞれにできることをして快適な生活空間を保っていた。

 そうなると、一時的とはいえここに身を置く私たちも何かしらの手伝いをしたほうがいいのだけど、それを先生に申し出たら「昨日の今日でなにを言っとるんだお前らは。いいから今日くらいは休んでおけ」とまたしても呆れながら休日を押しつけられたのだ…ルミやアヤカですら素直に従っているように、ここの責任者はぶっきらぼうな口調とは裏腹に相当な人格者のようだった。

 …これまでテロリストとして過激派と一緒くたにしていたのが、今になって申し訳なく感じてしまう。

 そんなわけで私とカナデは休養も兼ねて集落内を見て回ることになり、まずはその中心地…露店や商店の並ぶ商業エリアとも表現できそうな場所に来ていた。といっても、商店はどこからか調達してきた物資を空き家に置いているだけ、露店についてはこの辺で採取できる山菜や薬草、魔法少女が小遣い稼ぎのために手作りした小物などが売られているだけで、休日は都市部へ買い物に行っていた私たちからすれば質素と表現できる規模だ。

「おねーさんたち! 外から来たんなら、アタシたちの手作りアクセサリー買っていってよ! こんなの娑婆じゃ全然見かけないっしょ? 今買っておかないと後悔するよ~?」

「これ、普通のビーズアクセサリーに見えるんだけど…」

「おおっと、冗談言っちゃあいけないよ? ビーズは市販品だけど、使用している糸には魔力が込められていて、夏はひんやり、冬はぽかぽかする優れものだよ~」

 しかし、そんなこぢんまりとしたイメージとは裏腹に、ここは集落内でもとくに強い賑わいを見せていた。先生曰く「お店ごっこみたいなものだ。私たちは外の世界にはなかなか行けないからな、ああやってはしゃぎながら買い物気分を味わっているんだ」とのことで、利益が出るかどうかよりも売り買い自体を楽しんでいるのがすぐにわかる。

 同時に、ここにいる魔法少女たちは学園に所属している私たちにも物怖じせず、それでいて敵視することもなく、今のようにせっかくだからと商品を売りつけようとすることが多かった。なんかこういうのも一昔前の日本──そういう文化があったという資料を読んだことがある──みたいなイメージがあって、連日の戦いで限界まで引き絞られた心が急速に弛緩していくような気分だ。

 …つまり、私はこの空気をそこそこ楽しんでいた。その最大の理由は、隣にカナデがいてくれるからだろう。

「ほらほら~、彼女さんも欲しそうに見てるよ~? 彼女さん、ちょっといいところ見せようよ~」

「ちょ、ちょっと! 私たちはそういう関係じゃ…」

「というか、どっちも彼女ですごくややこしいんだけど…」

 ビーズで作られたマジカルなブレスレット──一般的な市販品との違いはよくわからない──をなんとしても売りつけたいのか、露店を営む魔法少女はニヤニヤと営業スマイルをだし惜しみなく振りまきつつ、どこで習ったのか軽妙なトークを交えておすすめしてくる。

 そして、『彼女』という単語を使われたらそれまで冷ややかな目を向けていたカナデも急な日の出を迎えたかのように顔を赤くして、だけど私をチラチラと見ながら続きの言葉を出し渋っていた。

(…彼女、か…私とカナデって、どんな関係なんだろうな)

 私は曖昧に笑ってそんな視線たちを流しつつ、ふとカナデとの関係について考えてみる。

 言うまでもなく、私たちはそういうの…恋人同士ってわけじゃない。この際女同士という点は置いておく──魔法少女学園だとこういう関係も珍しくないらしい──としても、恋人だと胸を張れるようなイベントはなかった気がする。

 でも『カナデの彼女』と呼称されてもいやな気分にはならなくて、仮に…万が一、あり得ないだろうけど、そういう関係になったとしたら…私は…。

「…そんなに高くないし、おそろいで買ってみようよ。ほら、先生にもらったお小遣いもあるし」

「えっ…ええと、あなたがそう言うのなら…」

「毎度ありぃ! いやー二人ともお目が高い! これでおねーさんたちの未来は約束されたようなものだよ!」

 続きを考えてしまうと私まで顔が赤くなることを察知して、そこで思考を切り上げてブレスレットの購入を決意した。ここではキャッシュレス決済が使えないので本当なら買い物はできない…けど、先生に集落内でも使える現金をもらったので、これくらいの商品なら購入できる。

 正直に言うと私はアクセサリー類についてはあんまり興味がなくて、ここに来た思い出が欲しいと考えているわけでもないけど、『カナデとのおそろい』が欲しいと思っていたのは事実だった。

 今も髪のサイド部分にはカナデが忘れていったリボンを巻いているけれど、こういう自分たちの意思で買ったものであればもっと記憶に残るのではないかという期待もある。

 この先、また私たちがどうにかなって離ればなれになってしまっても、これまで以上に強いつながりがあれば…多分、私は大切なものを見失わずに済むから。

 そんなことを考えつつ受け取ったブレスレットをカナデに装着したら、店員どころか周囲にいたほかの魔法少女たちからも盛大に冷やかされてしまった。


 *


「あははっ、冷たくて気持ちいいね」

「ええ、そうね…ふふっ。あなたもそんなふうに笑うことあるのね」

 集落の人が多い場所…出し物を披露するための舞台がある広場や調理担当の少女たちが運営する食堂などを一通り見て回った私たちは、集落の林道を歩いて小川に来ていた。

 自然に囲まれているだけあってこうしたスポットには事欠かないようで、ルミのような体を動かすのが好きな魔法少女は文字通り野山を駆け巡って遊んだり訓練したりしているらしい。

 ちなみに私たちは訓練ではなく散策が目的…であるのと同時に、二人きりになりたくてここに来ていた。もちろんここも武闘派の縄張りであるため、普通の人間がアクセスすることはほぼないらしい。

 そして私たちは川縁のちょうどいいサイズの石に座って、靴を脱いでつま先だけ川の中に入ってみた。緩やかに流れ続ける清流は冷たく、それでいて優しく包むように私たちの足を浄化してくれているように感じる。

「…カナデのおかげだよ。実は私、カナデと別れてからはほとんど笑えなくなって…そもそも楽しいとかも感じられなくなって、本当に戦い続けるだけだった。それに…もしかしたら知っているかもだけど、敵なら殺してしまってもいい、そんなふうに考えて痛めつけることもあって…」

「…ごめんなさい。私、あなたにすごく負担をかけていたのね…でも、もう大丈夫だから」

「カナデ…」

 隣り合って座っていたカナデは私の手を握り、川のせせらぎのように小さな声を漏らしながら微笑んでくれた。すると過去に囚われそうになった私の心も洗い流されたような気がして、もう一度笑い返せた。

「あなたに甘えてばかりだった私が言っても、説得力はないだろうけど…それでも、もう私のために苦しむ必要なんてないの。これからもつらいことはあるだろうけど、そのときは私も一緒に苦しむ…だから、あなたは優しいあなたのままでいて」

「…ありがとう。私、カナデのこと、」

 ──だよ。

 その言葉があまりにも自然にはみ出しそうになって、私はそれを誤魔化すように水を蹴った。ぱちゃん、という心地よい音がせせらぎの中に生まれ、そしてすぐに聞こえなくなる。

 もしかしたらカナデは生まれかけた言葉を察したのか、期待するように、でも不安そうに、瞳は柔らかな日光をたたえながら私に向いていた。

「…これってさ、デート…なのかな」

「えっ…そ、そうなのかしら? でも、二人で出かけることは何度もあったでしょう?」

「それはそうだけど…なんか雰囲気違うなぁ、なんて思って。ほら、手とか普通につないじゃってるし」

「ごめんなさい、つい…いや、だった?」

「ううん、嬉しい…」

 もしかしたらカナデも、私と同じ気持ちなのかもしれない。

 長く離れていたことでお互いへの思いを募らせて、再会できたことでそれを真正面からぶつけ合うようになって…その結果、私たちの関係は動物が人間へ進化したかのような、大きな変化が急激に訪れてしまったのだろう。

 そんな状況においては渦中の存在である私たちですら理解が追いついていなくて、お互いを大切に思っているのは事実であったにしても、少し衝動に身を任せれば…気持ちを確かめる前に、あらぬ行動に走りそうで不安になる。

 怖い。嫌われたくない。でも離れられない。

 だから私は牽制のような質問をして、カナデは真面目に答えてくれた。もちろん手を離したいとはまったく思っていなくて、私は指を絡めるように握り返す。

 …デート、か。適当に思いついたことを口にしたのだけど、それ自体はいいアイディアかもしれない。

「ねえ、カナデ。これからはさ、こういう…デート、たくさんしようか」

「え?」

 恋愛経験が一切なかった私にとって、デートの定義なんてものは自分の中に存在していなかった。

 恋人になってからするのか、それとも恋人になるためにするのか、それすらもわからない。あるいはどちらも正解で、もしくはどちらも間違っているのかもしれない。

 でも、人間なんてそんなものだ。誰しもが違う正解を持っていて、大切な人が相手でもすれ違うことはあって、だから何度でも手を取り合って話し合わないといけないんだろう。

 私にとっては、おそらく…そういうすり合わせをする機会がデートなのだと感じた。

「お出かけじゃなくて、デートをして…それで、もっとカナデのことを知りたい。もっと知って、もっと大切にしたいって思う…ごめん、今はそんなふうにしか言えないかも…」

「…ううん、すごく…嬉しいわ」

 私たちの絡まった指には魔力も込められていないはずなのに、カナデの指からは体温以外のなにかが私の中に流し込まれているような気がした。

 目の前の川のようにきれいで、だけど冷たくなくて、いっぱいいっぱいになるほど熱くもない。春と秋だけが繰り返すような心地よさがあって、カナデの嬉しそうな笑顔でそれはピークに達した。

「私も、もっと…あなたのこと、知りたい。私なんかを知ろうとしてくれたあなたを大切にしたい…そして、許されるのなら」

 カナデはそこでいったん言葉を切り、捕まっていたときのように私の肩へ頭を預けてきた。清流によって生み出された澄んだ空気の中に、カナデの香りがわずかに混ざる。

 私は…この匂い、好きだな。そしていつか、匂い以外も…好きだって、言えるのかな?

「…ずっと、一生、あなたの隣にいたい。これが私の気持ち…あなたの隣を、私の居場所にしたい」

「…ありがとう、カナデ。私も…ずっと一緒にいたい。魔法少女じゃなくなっても、お互いが別々の仕事を始めたとしても、離れたくない」

 一生。カナデが口にした言葉は、きっと『重い』。

 なのに私はその気持ちが嬉しくて、川に入った足はバタ足でもするかのようにパチャパチャと跳ねていた。

 カナデも同じようにバタ足をして、お互いの足がふくらはぎまで水に濡れてしまって…私たちは笑った。

 ずっと一緒にいる、その方法はたくさんある。たとえば友達になれば魔法少女でなくなっても一緒にいる理由になってくれるし、それはそれできっと楽しいんだろうな。

 でも…私たちの終着点は、なんとなく友達ではないと思う。私たちの乗った列車の終点はもっと先、小高い山を登って、宇宙にまで届くような…遠い場所にあるような気がした。

 その道のりは──主に魔法少女関連のせいで──険しいのかもしれないけど、これからはずっとカナデがいてくれるのなら…目指せる気がした。

 そこにたどり着いたとき、私たちはどんな顔をしているんだろう? 未来のことはわからないけれど、それでも今みたいにお互いが無邪気に笑い合えているといいな。

 私たちの初デートは、そんな気持ちを分かち合えただけでも十分な気がした。

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