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第53話「脱出」

 私とカナデが重なる直前、天井からドンッという音が聞こえた。それと同時にパラパラと砂埃が落ちてきて、思わず身を離して警戒する。幸いなことに建物全体が崩れ落ちるような様子はなく、そしてもう一度カナデと見つめ合うと…先ほどのことを思い出し、お互いがかあっと沸騰したかのように顔を赤くした。

 …私、何をしようとしていた?

「……い、今の音って、やっぱり爆発かな? 上のほうから聞こえてきたし、もしかしたら誰かが救援に来てくれたのかも?」

「……そ、そうね! あんまり期待はしていなかったけど、もしも助けてくれるっていうのなら、ちょっとくらい感謝してやってもいいかもね!」

 カナデとしても先ほどの行動は完全に熱に浮かされたものであったのか、ほんの少し前のようなしおらしく素直な態度は鳴りを潜め、変わりに久々とも言える…ツンデレっぽいような、ただの意地っ張りとも言えるような、とにかく懐かしくも落ち着くカナデらしい様子になってくれた。

 …私はどっちのカナデも好きだと思うけど、先ほどの姿が消えたことに対し残念に思う自分がいたことは、とりあえず思考の隅に追いやっておこう。


「おーい、また敵が攻めてきたぞ! 人手が足りていないから、ここを守ってる奴等も全員迎撃に出ろとさー!」

「くそっ、さっきの攻撃でこっちはもう限界だってのに…! ん? あんたら、見ない顔だね…新入りって感じじゃないし、まさか…ぐえっ!?」

「…ふん、気づかなければ痛い目を見ずに済んだのに…やっぱり、過激派の連中は馬鹿ばっかり…」


 ここに閉じ込められている私たちにとって、聴覚は貴重な情報源となっている。だからカナデも押し黙って少しでも多くのことを聞き取ろうとしていたら、扉の向こうから敵の魔法少女たちと思わしき会話が聞こえてきた。

 そのどこかで聞いたことがあるような快活そうな声は敵の襲来を知らせており、それを受け取った見張り役はぼやきつつも指示に従おうとして…次の瞬間、ゴツッという鈍器でなにかを殴る音が聞こえてきたと思ったら、見張り役と思わしき少女の悲鳴と同時に人間が倒れる音も聞こえてきた。

 …え、いったい何が起こっているんだ?

 わからないことだらけだったけど、少なくとも不穏なことが起こっていそうなことはわかったため、私は無意識のうちに立ち上がってカナデの前に移動した。魔法少女としての能力がない状態だと肉壁にしかならないだろうけど、それでもいざというときは私が守らないと…!


「…ちっ、やっぱり鍵がかかってる…」

「どーする? そこそこ頑丈な建物っぽいし、あたしが壊してもいいけどちょいと時間がかかりそうだぞ?」

「…はぁ。しょうがない…扉の向こうに誰かいるなら、ちょっとよけてて…怪我をしても責任は取らない…」


 ガチャガチャとドアノブを回す音が部屋に響き、私たちの緊張もピークに到達する。ただし向こう側から聞こえてくる声は敵の親玉とは全然違い、何よりも…どうしてだか、私はその声の主を知っている気がする。

 そして心底面倒くさそうなため息が聞こえてきたかと思ったら警告され、私たちはドアの正面には立たないように移動した。相手が敵であれば素直に従う理由もない…けれど、会話内容からこの部屋のドアを開こうとしているのは伝わってきて、同時に。


「…ふっとべ」


 素直に開くのではなく、破壊して突破しようとしているのだろう。

 そう気づいた直後、どむっ!と小さくもドアを破壊するのに十分な爆発が起こり、事前の警告通りドアは勢いよくまっすぐに吹き飛び、部屋の壁に激突して大きな音を立てた。

 その衝撃は部屋全体を再度震わせるには十分な力があって、またしても砂ぼこりが待った部屋の中で私たちは咳き込む。衝撃が起きた瞬間、とっさにカナデを覆い隠すように抱き寄せてしまったけれど、彼女は予想外の侵入者に照れた様子は見せなかった。

 そして、私は。


「おっ、本当にここにいたな! ヒナと…えっと、誰だっけ?」

「…カナデ。ここに来る前に教えてもらったでしょ…」


「…ルミ、アヤカ? えっ、どうして二人がここに?」

「…ヒナ、知り合いなの?」

 久しぶりに見る武闘派の二人に体の緊張をほどくことはできなくとも、それでも過激派相手ではないことに内心で安堵していた。

 ルミはにかっと笑い、アヤカはそんな相方にツッコミを入れつつも私たちを見て渋い顔をする。あっ、今思いっきり舌打ちした…。

 そして当然ながらカナデはこの二人に面識はなく、私に身を寄せつつやや不安そうにこちらを見てくる。私と武闘派の関係については正直に言うと説明が難しくて、さてどうしたものかとカナデと二人を交互に見ていたら、つかつかと歩み寄ってきたルミが鍵を投げつけてきた。

「んじゃ、その鍵を使って首輪を外しな。で、それが終わったらさっさと逃げるぞ」

「…え?」

「…余計な説明をさせないで。私たちは、お前らを助けに来た…私個人は助けたいとは思っていない…」

 鍵は銀色のボディで先端のみ赤く染められており、それを持ったままカナデの首輪の錠前部分に差し込むと、あっさりと首輪は外れた。その直後には体に少量ながらも魔力が戻ってきたのか、カナデの表情もいくぶんか明るくなったように見えた。

 もちろんカナデもすぐさま私から鍵を受け取り、こちらの首輪も外してくれる。ただ、それでは終わらずにカナデは「あとになってる…痛くない?」なんて言いながら私の首筋をさすってくれた。

 …危なかった。もしも今も二人きりだった場合、カナデのその優しさにまた『流されて』しまったかもしれない。私にとってこの子の思いやりは、涙が出るほど甘やかで嬉しいものだった。

 カナデとしても無意識の行動だったのか、ルミはそれをにやにやしながら見ていて、アヤカはさらに不満そうに眉をひそめながら「不潔…」なんて言ってきた。えっ、今のって不潔なのかな…?

 もちろん、カナデは顔を真っ赤にしてうつむいた。

「あの、どうして二人が助けてくれるの? 私たち、一応は学園所属の魔法少女なんだけど…」

「…あの学園が助けてくれるなんて思っていたの? 残念だけど、あいつらはまだ動いていない…」

「まあ、そういうこった。お前らも聞いているかもしれないけど、学園の一部勢力はあたしたち武闘派にもコンタクトを取っていて、お互いが…えっと、なんだっけ?」

「…過激派がいると学園側は被害が出るし、武闘派もテロリストとして一緒くたにされて不都合だから、ひそかに協力して打倒しようって話になった…でも学園側は過激派の新兵器を警戒して動けないから、私たちが代わりに救出する羽目になった…はぁ、面倒くさい…説明も、この仕事も…」

 たしかに私個人としては武闘派に対してはそこまで悪い印象はなくて、何なら過激派とは別の勢力であることに安心したくらいだ。

 けれどもルミもアヤカも私たちとは異なる信条を持っていて、そうなるとわざわざ危険を冒して助けに来る意味がない…と思っていたら、ふとここに来る前のカオルさんたちとの会話を思い出す。

「…もしかして、私たちの救出をお願いしてくれたのって、改革派の人?」

「そうだっけ? なんかめっちゃ頭が良さそうなやつがお願いしてきたって聞いたけど」

「…知らない。興味もない。でも…お前、ヒナは…いつか、私がボコボコにする…だから、こんなところでくたばるのは気にくわない…それだけ…」

「おい、ヒナはあたしのライバルだぞ! いくらアヤカでもこればっかりは譲らないからな!」

「…ありがとう、二人とも」

 頭の良さそうな人、と聞いて…私はますますカオルさんたちに頭が上がらなくなったことを悟る。武闘派にパイプがあって私たちの救出をお願いできる人なんて、ほかにいないだろう。

 同時に…ルミもアヤカも今回は敵ではなかったことに私は露骨に脱力してしまって、つい口元を緩めてお礼を言ってしまった。何だか微妙に物騒なことを話している…というかライバルやら敵やらに認定されているのには困惑するけど。

 それでも…やっぱり私は、戦いが好きではないようだった。

(カナデを助けるためなら、どんな敵でも殺すつもりだった…)

 カナデと別れてからの私は敵であれば殺傷すらやむを得ないと考えていて、それが間違いだとも考えられなかった。だけど、カナデとまたこうして一緒になれて、敵か味方かわからない微妙な立場の相手と戦わずに済むと思ったら…無性に嬉しかったのだ。

 それはきっと、私の隣にカナデがいてくれて、そんな事実に心が満たされて余裕ができたからなのだろう。カナデは私に迷惑をかけたと何度も謝ってきたけれど、そんなことはなかった。

 カナデがいてくれるだけで、私は間違いを犯さずに済むのだから。

「さて、おしゃべりはここまでにしてそろそろ逃げようぜ。いくらヒナが過激派に大ダメージを与えていたと言っても、ほかの場所にいる奴らが増援を送り始めているらしいからな…あたしは戦ってもいいんだけど」

「そうだね…ところで、私たちの装備はどこかになかった? ここから連れ出してもらったとしても、さすがに装備がないと学園まで自力で戻るのはきつくて…」

「…無理、そんなの探す時間はない…だから、お前らも私たちの拠点に来てもらう…」

「…え?」

 首輪が外れたことで多少の魔力は戻ったにせよ、この状態では戦うのはもちろんのこと、長距離の移動ですらおぼつかない。移動中にまた敵の追撃を受けた場合、装備なしの私とカナデでは対応できないだろう。

 かといってルミとアヤカに学園まで送ってもらうのは危険で、二人は問答無用で拘束や攻撃をされる。私たちを助けてくれたことでそんな目に遭うのは、どうしても耐えられなかった。

 だから多少の危険があっても装備の回収は必須…なんて思っていたら、アヤカは初めて笑って──すごく邪悪な笑みだ…──みせて、これまでは会話に加われなかったカナデですら「どういうことよ…」と目を回しそうになっていた。

「ん、言ってなかったっけ? お前の言う通りあたしたちだと学園までは送れないし、かといって装備を探すほどの時間もないしな。協力者にも『少しのあいだ身柄を預かる』って伝えているらしいから心配ないぞ!」

「え、いや…本当に?」

「…今さら。こっちの責任者だってOKしてる…これ以上は、本当に時間の無駄。どうしても来たくないなら、ここでのたれ死んでもいい…いや、やっぱダメ。さっきも話した通り、お前は連れて帰ってからボコボコにする…さっさと来て」

 学園には戻れない。装備を探す時間もない。だから武闘派の拠点に行く。

 その事実のどれもが私の想像の外にあって、本当にそっちへ行っても無事でいられるのか、わからないけれど。

 ルミとアヤカに手を差し伸べられて、さらにはカナデが腕に抱きついてきたのだから、私の選択肢なんて決まっていた。

「…念のために聞くけど、アケビとトミコ…私たち以外の魔法少女は捕まっていないんだよね?」

「お前ら以外に捕まってる奴はいなかったぞ? ここに来るまでの話を聞く限り、取り逃がしたんじゃないのか?」

「…なら大丈夫。カナデ、一緒に行こう。これからどうなるかはわからないけれど、どこにいたって私があなたを守るから」

「ええ、もちろん。私もあなたのこと、絶対に支えてみせるわ…だから、これからはどこへでもついていく」

 最後の懸念について尋ね、それすらもなくなった私は行き先を決めた。

 それでもカナデが拒むのなら仕方ない…と思いつつ彼女に尋ねてみると、カナデもすぐに受け入れてくれた。そうだ、カナデは約束を破るような人じゃない…だったら、どこへでもついてきてくれるというのも、絶対に守ってくれるだろうから。

 もう私に不安はない。どこに行ってもカナデがいて、そのカナデを守るという役割があるのなら、もう自分を見失わなくて済むから。

 わずかに見つめ合って微笑みを交わした私たちは手を握ったまま、先導してくれるルミとアヤカの背中を追って走り出した。ちなみにアヤカはちらりと後ろを振り向いて、また「不潔…」なんて言ってきた。

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