三階に上がると…そこはやや狭い通路が広がっていて、右手側にはいくつものドアが並んでいた。そしてその一番奥、曲がり角に設置されたドアの前にだけご丁寧に二人の魔法少女が立っていて、私を見るやいなや攻撃を放とうとする。
「…カナデはそこか。時間よ止まれ、邪魔をするな」
ほかに敵が見当たらないこともあり、私は一瞬の迷いすらなく時間を停止する。そして急接近しランチャーメイスの本体で殴り、二人とも壁に叩きつけたところで時間停止を解除した。
…今さらだけど、本当にこの力って…無駄に高性能だよな。
止められないものだってあるし燃費は劣悪だけど、止まった世界においては私の独壇場となってしまう。どんな敵でも時間が止まっていれば無防備になって、こちらの攻撃はどうあがいてもクリーンヒットする。
これまではこの力のせいで目をつけられて心底面倒に思っていたけれど、大切な人を救うために役立つのなら…今になって、その価値を実感できた。
時間が動き始めると同時に、二人の敵は苦痛にうめいて壁に背を預けたまま気絶し、私は『兵器試験中、むやみに立ち入るべからず』という貼り紙がされた第一多目的室のドア前に到着した。
この中にカナデがいる可能性が高い…と同時に、ここまで散々に暴れた都合上、敵の責任者とやらもいるのではないかと予測する。『魔法少女学園の魔法少女は価値が高い』という認識がこいつらにあるのだとしたら、カナデを奪われないようにするのが当然だろう。
無論、それで止まる私じゃない。大切な人が目の前にいるのだから、前に進む以外の選択肢なんてなかった。
たとえカナデと別れたとしても、彼女を守るために戦うと決めたときのように。
「……! カナデ!!」
「ヒナっ…!!」
このビルに侵入したときのように蹴破りたい気持ちが大きかったけど、吹き飛んだドアがカナデに当たってしまう可能性も考慮し、必死に自分を抑えつつドアノブを使って開く。
すると部屋の奥、執務机の前に手錠をはめられたカナデが立っていて、私はつい顔をぱあっとしてその名前を呼んだけど。
でも視界に入ってきたのはずっと会いたかった人だけじゃなくて、異物もその隣に立っていた。
「報告の通りだねぇ? たった一人で突入してきて、散々に暴れてこのビルの魔法少女を全滅させるなんて…いやぁ立派立派、今すぐ私の手駒にしたいくらいだよ」
「…敵と問答する趣味はない。今すぐカナデを返せ、そうすれば命までは奪わない」
その異物は多分20代後半くらい、サイドを借り上げた髪型の女、部屋全体に魔力反応がないことから普通の人間…テロリストだろう。ただ、その狐のお面を思わせる薄ら笑いとは裏腹に立ち振る舞いは隙がなくて、左手に持った拳銃はカナデの眉間を、右手に持ったサブマシンガンは私を狙っていた。どちらも実弾兵器だろう。
足下には部屋の隅に置かれた大柄な機械──マジェットの調整をする計器に少しだけ似ていた──へとコードでつながっていたペダルがあって、もしかしたらこの施設を爆破するスイッチなのだろうかと警戒する。
(…時間停止のリチャージまであと少し、それが終わった瞬間…こいつをビルの外まで殴り飛ばす)
ランチャーメイスが表示するリチャージ完了まではもう少しかかり、私はそれをチラリと確認しつつこいつの処遇を決めた。
人間相手に全力でランチャーメイスをぶつけると、おそらくは『バラバラ』か『ぺしゃんこ』になるだろう。かといって今の私に人間が死なない程度の力加減ができるわけもなく、そうなるとカナデがショックを受けないように背後にある窓から外へと吹っ飛ばすしか方法がなかった。
つまり…時間停止を展開すると同時に、こいつは死ぬ。ここに来るまでの魔法少女たちはなんやかんやでまだ息があったと思うけど、こいつだけはダメだ。
手加減ができないという以上に、許せない。カナデの隣にいていいのは私だけなのに、カナデに武器を向けるなんて許せないのに、こいつはどちらの罪も犯した。
…カナデがいなければ満腹の猫がネズミをいたぶるように、残虐極まりない報復をしているところだった。
「あーらら…年上に対してその言葉に目つき、これはもう…お仕置き、しないとねぇ?」
「っ!! ヒナ、逃げてっ!!」
「大丈夫、今すぐそいつを殺すから……っ!?」
時間停止のリチャージもまもなく完了、これでやっと私がカナデの隣にいられる…なんて信じ、言葉通りの行動に走ろうとしたら。
カチリ、敵がペダルを踏む音が聞こえる。カナデが必死に叫んで危険を知らせる。
その直後…私の腕はランチャーメイスの重みに耐えられなくなり、思わず姿勢を崩した。
「…なっ、なん、だ…?」
「ヒナっ、ヒナ…!!」
「はーい、君は黙ってようねぇ? お姉さんはとても優しいから、種も仕掛けも教えてあげる…この装置はね、魔法少女を無力化してか弱ーい女の子にしてしまう、とーっても革命的な装置ですよぉー?」
ランチャーメイスはその見た目とは裏腹に、重量自体はそこまで重くない。だからこそ私のような年齢相応の体格の女性でも持ち運べる…けれど、それは魔法少女としての魔力補正があるからだ。
魔法少女が一般人とは比較にならないほどの身体能力を有するのは、ひとえに魔力の恩恵だった。魔法少女として目覚めると体に魔力が満ち、それは本人に人知を超えた力を与え、漫画やアニメでしか見られない身体能力を実現できる。
そしてそれがなくなった今…私は、こいつの言うとおりか弱い女でしかなかった。
カナデは私に起こったことを理解しているのか涙ぐみつつ呼んでくれて、敵はそれを黙らせるように眉間へ銃口を押しつける。
「…やめろっ…カナデに、なにかしたら…死ぬほど後悔させてやる…!!」
「…はぁ…見た目より相当なお馬鹿さんかな? 今君たちの生殺与奪を握っているのは私、言うことを聞かないと死ぬのは君たち、ドゥーユーアンダースタン?」
「ヒナ、お願い…私にかまわず逃げて! 私が一人が死んだって、あなたさえ生きてくれていれば…あぐっ!」
「黙れって言ったの忘れた? 傷物にすると価値が落ちるからこれで勘弁してあげるけど、君たちは本当に魔力がないと弱っちぃねー?」
「…っ! カナデ!!」
魔力のない私が抵抗できるはずもないけど、それでもマグマのように煮えたぎる憎悪が消えない私は強がって、でも次の瞬間それは激しい後悔によって冷え切った。
拳銃を持った片手を見せつけるように移動し、マガジンベースプレートを使ってカナデの腹部を殴りつける敵。もちろん魔力による補正のないカナデはそれに対して苦痛の声を上げ、思わず膝をついてうつむいた。
私の、私のせいだ。私が馬鹿なせいで、カナデが苦しんだ。
…あのときも、同じ。私のせいで、カナデは泣いていた。
「…なにが望みだ」
「おっ、やっと会話が理解できるようになった? 見たところ、君も魔法少女としては優秀そうだから、使い道は多いんだよね〜。だからこの子と同じようにおとなしく捕まりな? 今後は一切無駄な抵抗をしなければ、少なくとも痛い目は見ないよ〜?」
「…ヒナっ…」
やっぱり私は…弱かった。
それは魔法が使えなくなったからとかじゃなくて、人間としてあまりにも未熟で、どっちつかずだった。
ただ大切な人を守りたかった。でも実際はその大切な人と別れて、悲しませて、今も苦しめて、助けられなかった。
いつもいつもいつも、間違った判断ばかり。そんな無駄なことばかりをしてきた私は、どこまでも弱かったのだ。
これまでいくつもの障害を取り除いてきたランチャーメイスも完全に無力と化し、今となってはただの重りに過ぎない…私みたいな無用の長物だった。
それを手放し、両手を上げる。
「あ、念のために言っておくと…今から逃げても無駄だからね? この装置の有効範囲は結構広くて、この子につけている首輪にも魔力を無効化する仕組みがあるから…逃げようとした瞬間、二人とも殺すよ?」
「…わかった。投降する…」
「…ヒナぁ…ごめん、なさい…ごめんなさい…!」
謝らないで、カナデ。ここに至るまでの全部が私の責任で、あなたはなにも悪いことなんてしていないのだから。
うつむいて涙を流し続ける彼女に一瞬だけ微笑みかけ、それでも私は泣かないよう、近づいてくる敵をにらみ返した。