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第50話「今日の私は機嫌が悪い」

 二人と別れた私はちょうど反対方向まで移動し、ランチャーメイスの砲身に大柄なノズルを取り付ける。形状は八角形、アタッチメントとしては重くて長く、ここまでの運搬にはリュックを利用していた。

(ランチャーメイス、『エアバーストモード』…魔力消費は多いけど広範囲をカバーする能力に優れた制圧兵器…)

 ちょうど拠点の上空に打ち上げられるように砲身を持ち上げ、そこを無防備に歩いている敵魔法少女たちのことを考える。

 考えた、けど。迷いはなかった。


「…今日の私は機嫌が悪い…だから、容赦はしない。時間よ止まれ」


 より確実に命中させるため、時間を停止してからエアバーストモードで砲撃を行う。

 するとリイナの説明通り、大きめの発射音と同時に魔力の砲弾が空高く打ち上がり、それは空中で炸裂して子弾を雨のようにまき散らす。原理としてはクラスター弾に近いのだけど、子弾も含めてすべてが魔力で形成されていることから、大柄な砲弾が不要なのに制圧能力が高い。

 さらに時間停止を加えることで実質的に回避を不可能にし、外を歩いていた魔法少女たちは魔法の豪雨を無防備に受け止めていた。

 それをさらに二発ほど打ち込み、子弾による通り雨が止んだくらいで時間停止を解除する。するとなにが起こったかわからない敵からは悲鳴や混乱の声が上がり、不意打ちとしては理想的とも言える結果となった。

 程なくしてアケビとトミコが突入、広範囲を巻き込む攻撃を四方八方へと放ってさらなる暴力と破壊を押しつける。爆発と火炎は次々と敵拠点の施設に被害をもたらして、それでもいきなり襲いかかってきた二人の魔法少女を迎撃すべく、建物内にいた敵も飛び出してきた。

「…ありがとう、二人とも。私、絶対にカナデを助け出すから」

 一方的な破壊から魔法少女同士の戦いに切り替わったのを確認し、私は身体能力強化魔法を惜しみなく使って素早く目的地へと向かう。敷地内に入ってもすぐには敵とも遭遇しなくて、炎が燃え移る草木や崩壊する建物には目もくれず、敵拠点の中心にあるひときわ大きく頑丈そうなビルに突入した。

「な、なんだお前!…ぎゃっ!」

「…邪魔をするな…!」

 取っ手のついたガラスのドアを開くのすら面倒になっていた私は躊躇なくそれを蹴り破り、派手な音を立てて入館する。もちろん敵の魔法少女たちはすぐにこちらへ気づいて応戦しようとしたけれど、ショットガンモードに切り替えていたランチャーメイスを乱射してひとまず3人を戦闘不能に追い込んだ。

「くそっ、いきなり無差別に攻撃して、卑怯だとは…あぎっ!?」

「…テロ行為で多くの人を巻き込む…お前らが言うな…!」

 ビルの一階は正面に受付が、左右には待合室らしい椅子が並んでいる。受付の奥には停止したエスカレーターがあって、仮にここが計画通り開発されたらそこそこの規模の街になっていたのかもしれない。

 ゆえに遮蔽物は多くそれなりの敵が潜んでいて、銃タイプのマジェットを中心に多くの飛び道具で攻撃してきた。幸いなことに私の武器は火力重視ということもあり、さらには新型ケープのおかげで魔力使用効率も改善しているから、遮蔽物に通常モードのビームを撃ち込めば後ろに隠れている敵ごと吹き飛ばせる。

 だからごちゃごちゃと自分のことを棚に上げて非難してくる雑音をなぎ払うように、私は小刻みに時間停止と解除を繰り返しながら、一方的な攻撃と回避を続けていた。

 その様子は戦いではなく蹂躙で、現体制派の人たちですらドン引きしそうなほど…私は手加減できていない。

 ああ、憎い…私からカナデを奪ったこいつらが…憎い、憎い、憎い!!

「な、なんだこいつ、動きが全然見えない…ひ、ひっ…!」

「動くな。変な真似をしたら首から下を全部吹き飛ばす…質問に答えろ。嘘をついた場合も命があると思うな」

「は、はいっ…!」

 敵である以上は全員をぶちのめしてもよかったけど、あえて一匹だけ残した私はそいつに対して至近距離で砲身を突きつけ、殺意と熱と氷をブレンドしたような声で後ろから質問をする。

 逃げようとしていた相手は私の声にすぐさまマジェットを取り落とし、自発的に手を上げて全身を震わせていた。

「カナデ…捕らえた魔法少女はどこだ。正確な居場所を教えろ。言わないなら殺す…騙した場合は散々に苦しめた後に殺す」

「さっ、三階の第一多目的室、です! う、嘘はついてません! その証拠に、部屋のドアには『兵器試験中、むやみに立ち入るべからず』って注意書きが…」

「…兵器? 試験? おい、まさかカナデに変なことはしてないだろうな? もしも彼女になにかしたのなら、今すぐこのエリアを人間ごと更地にする」

「し、知りませんよ!…あっ、で、でも、魔法少女学園の魔法少女は価値が高いから、『傷物』にはするなって…うぎゃっ!?」

「…ゲスが…!」

 とりあえず嘘を言っている様子はなかったので、気絶させるにしても多少は優しく…と思っていた。

 しかし、過激派のクソっぷりが伝わるような発言に私の頭は一瞬で沸騰させられ、打撃モードに持ち替えてからその体を全力で殴り飛ばしてしまう。相手は吹き飛んで壁に叩きつけられ、ぐったりとして動かなくなってしまった。この力加減だと、魔法少女相手でも全治二ヶ月ってところか…。

(…カナデは、絶対に傷つけさせない…たとえ、この場にいるすべての敵を殺すことになっても…!)

 私はランチャーメイスを構えたままエレベーターを駆け上がり、二階のフロアが見えてくる直前になって足を止める。そして顔だけ出して様子を見ると予想通り敵の射撃が飛んできて、すぐさま顔を引っ込めてミラージュグレネードを手に取った。

 信管を抜き、わずかに待機してからそれを真上に投げる。するとちょうど私の頭上で展開、二階のエスカレーター口にミラーボールと浮遊する鏡が登場し、身を隠したままミラーボールにビームを放った。


「…時間よ止まれ…そしてくたばれ、リフレクターショット!」


 鏡に反射したビームは二階にいる敵に向かって無作為に飛び散り、私はその様子が見えない場所から容赦なく連射する。時間の止まった世界では部屋中が破壊される音しか聞こえないけど、きっと何発ものビームが防御ができない敵に直撃していることだろう。

 しばらく射撃を続けてから時間停止を解除、すると案の定敵の悲鳴や人間が倒れ伏す音が聞こえ、二階は静寂に包まれる。今ので全滅したか…?と思って顔を出すと、そこには。

「…なるほど、一階の奴らを全滅させるだけはあるやん」

 二階は一階と違って設備を設置する前に開発がストップしたのか、家具のないオフィスのようにだだっ広いだけの空間が広がっていた。今あるのは倒れた魔法少女たちと、真向かいにある三階へと通じるエスカレーターと、そして。

「けどなぁ、そんな豆鉄砲…うちの盾にはきかへんで? とっとと尻尾を巻いて…おっと」

 自身の背丈よりも大きな盾を装着する小手、それを両腕に装備した…見るからに防御特化の魔法少女がエスカレーターを守るように鎮座していた。

 敵との押し問答をする気がなかった私はすぐさま通常モードでビームを撃ち込んだけど、相手は即座に反応して盾を構え、私の攻撃を受け止めてもわずかな揺らぎすら見せなかった。

 また防御を解除した相手の顔には、余裕綽々の笑みが浮かんでいる。

「最後まで話を聞き? うちの防御はなぁ、ここにいる魔法少女全員が突破できたことないねんで? あんさんが考えているとおり、攻撃は苦手や…けどな。ここから先に進むつもりなら、それはもう諦めてな? うち、こう見えて平和主義者やねん」

「…散々平和をかき乱しておいて、都合がいいことを言うな。どけ、さもなくば痛い目を見てもらう」

「…ちっ、生意気な奴やな…そういうことなら胸を貸したる、かかってこんかい!」

 …現体制派は敵の魔法少女の言葉に聞く耳を持たないけれど、今になってその理由がわかる気がした。

 こいつらは…救えない。自分のやっていることが正当であると盲信し、誰かの迷惑や苦痛を顧みず、一方的に主張を押しつける…会話が通じない連中だ。

 何より、私のカナデを連れ去った。これだけでもう滅ぼす理由としては十分で、今も絶対に自分が負けないと思い込んでいる敵を踏み潰し、大切な人がいるところまで迷わず進む決心を固める。

(いくら『エーテルインジェクター』があるとはいえ、そろそろ時間停止の連発も厳しい…なら、これを使うか)

 燃費の悪さには自覚のある私だけど、それでも今日みたいに時間停止を連発できている理由、それはケープ内に装着されたアタッチメントのおかげだった。

 この最新世代のケープは様々なオプションを装備できるようになっているけれど、エーテルインジェクターは魔力供給を行えるエネルギータンクのようなもので、これがなければとっくに魔力切れを起こしていただろう。ケープ自体の魔力効率が上がったとはいえ、これを装備してくれたリイナは本当に私のことを良く理解している。

 となると、この無駄に頑丈な敵を突破するには『ご自慢の防御すら貫通する攻撃力』が必要となる。それも時間停止よりかは少ない魔力消費で実現するには…と考えたら、これまたリイナ謹製のアタッチメントノズルに頼るしかなかった。

(相手は固い、だけど油断している…なら、『アークバンカーモード』で!)

 敵は接近する私から完全に身を隠すように、両方の盾を壁のように自分の前へと構えた。対する私は円錐状のノズル…砲身に装着するとまるで大きなボールペンのように見えるけど、この必殺の武器に望みを託して槍の如く相手の盾に押しつけた。

「はっ、なんやその攻撃は! さっきのビームよりも軽い…ほげえっ!?」

 砲身が盾に密着したと同時に私はトリガーを引き、すると…先端からは杭のような形状をした魔力の固まりが打ち出され、それは誰も貫いたことがない盾すら貫通、本体である魔法少女にまで到達した。

 アークバンカー…これは魔力を一点に集中させて打ち出すことで、射程距離は短いものの低燃費で強力な一撃を生み出す、リイナ曰く「杭打ち機ってロマンがあるよね!」という必殺兵器だった。

 …正直に言うと、持ち込んだ兵器の中では一番出番がなさそうと思っていたけど…リイナに感謝だな。

「…盾が固くてよかったな。死にはしないだろう」

「…こ、これで勝ったと…思わんことやな…」

 飛び出した魔力の杭が消えると同時に相手は崩れ落ち、ダメージに耐えかねた盾も割れる。しかしこの盾があったおかげで本体へのダメージは減衰していたのか、典型的すぎて逆に新鮮な負け惜しみを口にし、心底悔しそうに倒れた。

 アタッチメントを外し、ランチャーメイスを通常モードに戻す。そして私は誰もいなくなった二階のフロアで呼吸を整え、自分の魔力残量を確かめた。大丈夫、まだいける。

(…待っててね、カナデ。私が絶対にあなたを助ける。そして、そのときは…)

 魔法少女にとって、集中力はとても大切だ。魔力のコントロールは本能的に行えるとはいえ、集中するかどうかでその精度も効率も変わっていく。また、短時間の精神統一でもわずかながらも魔力回復ができる。

 だから、こういうときこそ雑念を抱いてはいけない。それはわかっているし、これが無駄なことだとも思っていないけど。

 カナデを救い出した後のことを想像した私の口元は露骨に歪んでいて、ほの暗い炎と同時に敵への憎悪が再燃した。

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