過激派が拠点としている未開発の都市郊外、それは低山を切り開いてニュータウンを作ろうとした残骸であった。かつての景気の良さを感じられる広大な土地面積を持ちつつも放棄され、結果として建設途中の建物群と自然に戻りつつある草木が混ざり合った、実に拠点向きのロケーションになっている。
「…外にも結構出てるし、多分建物の中にも敵がいる。うーん、ヒナっちはどうやってここを突破するつもりなんかね?」
「わ、わかんないけど…ヒナちゃんのことだし、きっとすごい作戦があるんだよっ」
建物群から離れた木々の上に身を隠すアケビとトミコは望遠鏡を使って様子を見つつ、三人で突破するには厳しそうな敵の数を見て警戒を強める。
未開発の土地はちょうど円形のように切り開かれており、その中心部に建物が集中していた。そしてそこかしこに歩哨をしている魔法少女がいて、改めて敵の規模は決して小さくないことを悟る。
アケビは見た目とは裏腹に戦いにおいては堅実ではあるが、逃げるという選択肢は存在しておらず、少し前に「私が外に出てる奴らに不意打ちするから、二人は建物から出てきた奴らの気を引いて」と話して逆方向に回り込んだヒナの攻撃を待っていた。
そして一緒に戦ってきたトミコもヒナを信じており、そのときを待ちつつアケビと小声で会話を交わす。
「…にしてもさ、まさかおトミとまた話せるなんて思ってなかった。ヒナっちには悪いと思うんだけどさ…あたし、嬉しいよ。おトミが元気そうで、また話すことができて」
「…うん、私も同じ。アケビちゃんだって間違っていないのに、私は私の気持ちばっかり優先しちゃってた…アケビちゃんは、いっつも私のことを理解しようとしてくれてたのに」
アケビは改革派の理念に賛同し、トミコは現体制派の行動に共感していた。それゆえに二人は自分の理想を求めるほど距離感を覚え、どちらも譲りたくないものに従い、そして決別という道を選んだ。
それは奇しくもヒナとカナデに似ていたが、彼女たちはそれを知らない。同時に…そこに渦巻く感情の重さについても、明らかな差があった。
「あはは、あたしたち、おんなじこと考えてたんだねぇ…ね、今からでも仲直り、できないかなぁ? 前みたいに一緒に暮らすのは難しくってもさ、たくさん話して、遊んで、それで…あたしたちで、改革派と現体制派を取り持ったりなんかしちゃったりして!」
「…い、いいねっ! 私っ、今も現体制派が間違っているって思えないけど…改革派の人たちだって、魔法少女やこの世界のために頑張ってるって思うからっ。私も、アケビちゃんのこと…」
感情の重さ、そこに優劣はない。トミコは深く重いつながりのあるヒナとカナデを羨ましく思える反面、自分とアケビのような…どこか軽さがありつつもまた気軽に手を取り合えるような、そんな関係も好ましく感じられた。
ああそうだ、私たちはまたやり直せる。ううん、もしかしたら…前よりももっといい関係にできるかもしれない。
トミコはそう考えて自分の気持ちを伝えようとした刹那、敵の拠点から悲鳴と困惑の声が上がった。
「…うわ、えっぐ…ヒナっち、マジギレじゃん…」
「…た、多分、時間を停止して広範囲に攻撃をしたんじゃないかなっ。地面に小さな穴がいくつも開いているし、上から魔力の弾丸とかを雨みたいに降らせたのかも…」
突如として展開した惨状にアケビはわずかに引いたような声を出しつつ、それでもこれが突入の合図だと信じて木から下りる。トミコも追随しつつ、現状を冷静に判断していた…心の中にはヒナに対する怯えがあったが。
(い、今のヒナちゃん、敵に対しては本当に容赦なさそう…過激派相手なら別にいいって思うけど、ヒナちゃん自身が苦しみませんように…)
トミコはヒナに対して敬意があった一方、その危うさに関しては小さくない不安も抱いていた。
ヒナは、まっすぐだ。清廉潔白と評してもいいほどに汚れておらず、それ故に誰かを守ろうとする際には一切の下心がない。
しかし、それが彼女のタガを外していた。大切な人を守る、そのためであれば間違っているとわかっていることでも実行し、それによって生じた罪を一人で背負おうとする…だからこそ、トミコはヒナがこれ以上苦しまないよう、彼女に無駄な命を奪わせまいと少しでも多くの敵を引きつけると決意した。
「アケビちゃん、建物にいた奴らが出てきたっ!」
「あいよっ!…ほらほらほらっ、魔法少女学園随一の美少女コンビのお通りだよ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「くそっ、今さっきのはお前らの仕業か!? おい、こいつらを始末するぞ!」
敷地内に足を踏み入れると、すでにヒナの『不意打ち』によって倒れ伏した魔法少女たちがいくつも転がっていた。そのいずれからも生命反応はあったものの、時間停止によって無防備となった全身に魔力を帯びた攻撃を受けた以上、しばらくは立ち上がれない。
一方で三人の予想通り建物内には敵がまだいたようで、わざとらしく正面から突入してきたアケビとトミコを迎撃すべく、わらわらと飛び出してきた。
「こーいうのも惜しみなく使うよっ! おトミもがんがんやっちゃって!」
「うんっ! 火属性と土属性を組み合わせた必殺魔法…『モルテンランス』! 痛いのと熱いのが苦手なら邪魔しないでっ!」
「うわっ! こいつら、建物へ攻撃してくるぞ! 中にいるものはすぐに出てきて迎撃するんだ!」
ヒナが持ち込んだ汎用マジェットの一つ…『フェアリーブラスト』を担いだアケビは躊躇なく建物群へと放ち、その魔法弾はビルに命中すると同時に派手な光をあげながら爆発した。
フェアリーブラストは『魔力で作られたロケット弾』を放つ兵器で、その見た目はバズーカにしては細く優美なシルエットを保ちつつも、威力については軍隊で使われているロケットランチャーに匹敵するという代物だった。無論そんな爆撃を受けた建築物は大きく破損し、逃げ遅れた敵の魔法少女は戦闘不能となる。
対してトミコが放った溶岩の槍…『モルテンランス』は魔力消費が激しいから普段は使わないものの、その威力は凄まじく、こちらも同じように建物へ突き刺さると同時に超高温を放ちながら爆発した。
その魔法少女にあるまじき破壊行動に敵は慌てふためき、初動が遅れたこともあって多くの被害を出す。爆発と溶岩によって草木は燃え上がり、拠点機能は徐々に奪われていった。
(っとと、あっちの建物は狙っちゃダメ…おトミもいい感じに外しているし、敵さんもわらわら出てくるし、そろそろヒナっちも突入できたかな?)
もはや無差別攻撃の様相を呈していたものの、アケビもトミコも決してすべてを破壊しようとしているわけではなく、建物群のほぼ中心にあるビル…役所を思わせるひときわ大きな建物には当てないようにしていた。
そう、あれこそが敵の本拠地であり、同時にカナデが捕らえられていると思わしき場所でもあったのだ。武闘派の諜報能力というのは学園の想定の遙か上を行っているのか、こうした細かい配置まで確認できている。
そしてヒナはそれが正しいのかどうか判断できる余裕がなく、ほかに方法がないことも手伝って『この建物だけは攻撃しないで。それ以外は…更地にしてもいいよ』と二人に伝えていたのだ──。
「アケビちゃん、そろそろ魔法少女との直接戦闘だよっ! 風魔法、かけておくね!」
「サンキューおトミ! 更地にするのは無理でも、敵さんを死なない程度にボコるよ!」
「よくも我々の拠点を攻撃してくれたな! 貴様らも捕らえてボスに突き出し…ぐわっ!?」
フェアリーブラストを撃ち切る頃、敵もさすがに迎撃態勢を整えてアケビとトミコへ突っ込んでくる。魔法少女同士の戦闘であれば、やはり数が多いほうが有利になる…とは限らない。
ヒナという例外的な存在はもちろんのこと、この二人とて派閥入りを果たし、そこでの活躍を認められた存在なのだから。
トミコによる風魔法の援護を受けたアケビは飛び込んできた魔法少女にクレイモアを叩きつけ、早速一名を戦闘不能に追い込む。風を纏ったアケビの動きは大剣使いとは思えないほど早く、トミコも補助だけでなく攻撃魔法も使って敵を牽制し、ときには火魔法を放って周囲の混乱を加速させた。
「あたしたち、やっぱベストコンビだね! 学校に戻ったら、また一緒に組んじゃう?」
「…いいよっ! そのためには、まず…ヒナちゃんとカナデちゃんを助けて、二人には『ヒナカナ』してもらわないとねっ!」
敵はまだまだいる。ヒナもカナデを救出できたわけじゃない。
それでも二人は笑っていた。かつて戦っていたときと同じように、どんな敵が相手でも不安がなかった。
だからまた一緒にいたい、トミコはそう考えてアケビの気持ちを受け入れる。アケビはその返事に嬉しそうにしつつ、攻撃の手は止めずに「だからヒナカナってなんなのー!?」と律儀にツッコんでいた。