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第48話「仲間たち」

「来たね、ヒナさん」

「…顔、大丈夫? 今手当てをするわ」

「いえ、大丈夫です…それと、ハルカさんに言われて敵の居場所を教えてもらいに来ました。どんな些細な情報でもいい、何でもお願いします」

 インペリウム・ホールから飛び出した私は、改革派の監視チームが集まる空き教室へと急いだ。そこはやはり現体制派の拠点と違ってただの教室でしかなく、いつもの机と椅子を寄せ集めての即興の会議室が作られていた。そして、カオルさんとムツさんだけでなく多くの魔法少女がせわしなく出入りしており、改革派も一生懸命に働いていることが伝わってくる。

 机の上にはいくつもの書類が並んでおり、その情報量から私は一縷の望みを託して二人に尋ねる。カオルさんは私が来ることを予測していたかのように真顔で頷き、ムツさんは私の左頬──思いっきりハルカさんに張られて赤くなっているんだろう──を見て心配そうに立ち上がったけれど、なるべく刺々しくならないように治療を遠慮した。

「…そっか。ハルカさんがOKしたのなら、と言いたいところだけど。まず、監視チームとしての活動範囲内で言えば、めぼしい情報はないね」

「っ…そう、ですか」

「ああっ、ヒナちゃん落ち込まないで…カオル、回りくどいことは言わずに教えてあげないと」

「そうだね、ごめん…みんな、悪いけど外してくれるかい?」

 カオルさんは若干申し訳なさそうにしつつもきっぱりと必要なことを伝えてくれて、私は全身に絶望がのしかかるのを感じつつ…それでも「こうなったら怪しい場所をしらみつぶしに強襲するか」と切り替える。

 我ながら効率が悪いなんてものじゃないけれど、学園で指をくわえて待つよりもずっといい。それに…過激派の連中だって無差別にテロをするのだから、こちらだって無差別に拠点を潰して回ってもいいだろう。カナデを私から奪ったこと、死ぬほど後悔させてやる…!

 なんて思っていたらカオルさんとムツさんは人払いをして、教室は私たち三人だけになる。するとカオルさんはより神妙な顔をして、一度咳払いをしてから口を開いた。

「ここからは『学園が管轄していない方法で得た情報』になる。だから聞いた時点で君も同罪になってしまうし、バレた場合は一緒に怒られるだけじゃ済まないかもだけど、それでも聞くかい?」

「聞きます。絶対に他言しませんし、万が一があれば全部私に罪を被せてください。カオルさんたちにも迷惑はかけません」

「…もう。この前、『一人で背負わないで』ってお願いしたのに…ヒナちゃん、怒られるときは一蓮托生よ? これを約束してくれないのなら、私もカオルも教えられないわ」

「…約束します。そして…本当に、ありがとうございます」

 …本当に、この二人は。どうしてここまで利他的になれるんだろうか。私はただカナデのためだけに戦おうとしているのに、ずっと前から私のことを気遣ってくれて。

 だからこそ、すぐに返事をしつつも申し訳なくなる。もしもバレてしまった場合、多分私は協力してくれた人たちの名前を絶対に出さないだろうから。けれどもこの二人なら私のこうした嘘も見抜いていそうで、先手を打って自己申告するんだろうな。

 それがわかったらさらに胸が痛んだけど、今はその痛みすら乗り越えないといけない。でないと、力を貸してくれた人たちに申し訳が立たないから。

「ヒナさん、君を信じるよ。で、カナデさんが捕まっている場所だけど…座標はここ、未開発の都市郊外である可能性が極めて高い。なにせ、過激派を長く警戒してきた勢力…武闘派からの情報だからね」

「…武闘派? どうして、あの人たちが」

「武闘派からしても過激派がいると、自分たちもテロ組織として認識されるから困っていたのよね。かといって学園側と協力できるわけもないし、そうなると『物分かりのいいパイプ役』が必要でしょう?」

 カオルさんは机に広げられた地図を指さし、私にカナデがいると思わしき場所を教えてくれる。そこは近いわけじゃないけれど、ポータルを使えば近隣までは移動できるし、未開発の土地だけあって身を隠しつつの接近もできるだろう。

 武闘派と改革派の関係は気になるけど、少なくともそれは今追及すべきことじゃなかった。多分、現体制派とすら渡り合うカオルさんならうまく折り合いをつけられるだろう、そんな信頼があった。

「本当なら私たちが先行して場所を確かめて、それから学園に報告しようと思ったんだけど…今は私たちの情報がリークされて重要拠点の警戒にも人手を割いているから、なかなか実行できなかったんだ。だから、これからヒナさんが向かうのは危険も伴うだろう。それでも…行くよね」

「はい。カナデがそこにいる限り、私はどんな場所でも迎えに行きます」

「…そうね。カナデちゃんも、きっとヒナちゃんを待っているだろうから…これ、端末にインストールしておいてね? 地図と外出許可証が入っているから、スムーズに出られるはずよ」

「本当に、何から何まですいません…戻ってきたら、絶対に恩は返します」

 カオルさんには珍しい私を試すような視線を向けられて、それでも即答できた。

 そうだ、私は…カナデがいるのなら、そこに行かないといけない。もう離れないために、そして離さないために。そんな気持ちを込めて返答したらカオルさんは満足そうに頷き、ムツさんもすんなりと情報が入ったストレージデバイスを差し出してくれた。もちろん疑うはずがなく、すぐさま端末へインストールする。

「ふふっ、貸し借りはなしだよ…と言いたいところだけど、君が現体制派を追い出された場合、また勧誘させてもらおうかな。悪いけど、私はまだ諦めてなくてね」

「…ええ、そのときは声をかけてください。前向きに考えさせてもらいます…カナデも一緒に来てくれるなら、ですけど」

「うふふ、それならとっておきのお茶とお菓子を出さないと…ヒナちゃん、必ず戻ってきてね」

 現体制派に入るくらいなら、改革派に入ればよかった…そんな自分の軽率な考えを思い出す。そして、もしかしたらこの二人はそうした私の浅はかさすら見透かしているのかもしれない。

 どんなときでも柔らかに見送ってくれる二人に若干の怖さを感じつつも、同じように微笑んで部屋をあとにした。


 *


「待ってたよ、ヒナ! 技術者は語らない、だから技術の結晶を受け取って!」

「…これ、新しいケープ?」

 本当ならこのまま直行したいところだけど、ハルカさんの言葉に従って技術室にいるリイナへ会いに来たら。

 私を見たらすぐに顔を輝かせ、両手でケープを抱えて走り寄ってくる。それを受け取って広げてみると、これまで私が着用していたものとは明らかに違った。

「これはね、なんと…現在試作中の最新型、第六世代のケープなんだよ! 本当なら現体制派の上級生から支給されるはずなのに、私に『ヒナのために調整しておけ』って命令が来て! 防御力は15%、魔力使用効率は30%もアップしていて、しかもアタッチメントも装備すれば」

「わ、わかったから落ち着いて! とにかく、これを着ればパワーアップできるんだよね?」

「ザッツライト! 本当なら着用してもらってからさらに調整しないとだけど、急ぎなんだよね?」

 ずずいと解説するリイナをなんとか押しとどめ、私は重要な点について確認する。

 そう、今の私には…とにかく力が必要だ。これでもそこそこ優秀だと言われるくらいの実力はあるはずなんだけど、敵の拠点に乗り込むのならどれだけ強くても足りるわけがなくて、そうした中で魔法少女としての総合能力をアップさせるケープの強化は…本当にありがたい。

「うん、すぐに出撃しないといけない。リイナ、ありがとう…戻ってきたら、リイナにもお礼をするからね」

「おおっと、これで終わりと思っちゃあいけないよ? 何があったか詳しくは教えてもらっていないけど、大事な戦いがあるんでしょ? ならさ、私が開発した兵器もありったけ持っていって! で、ちゃんと戻ってきて…感想、聞かせてね!」

「リイナ…うん、絶対聞かせる。それで、その…今回は、容赦なく相手をぶちのめせる強力なやつ、お願い。大切な人を守るため、どうしても必要なの」

「…んふふ。やっぱり私、ヒナのそういうところ好きだよ」

 ケープを身に纏うと、魔力を発動させる前から新しい力を感じられる。色合いはこれまで来ていたクラウドグレーに少し青色を足したような、海の曇り空みたいなやや暗くも淡い印象だった。

 これならいける、そう自分に言い聞かせていたらリイナはまたにんまりと笑い、たくさんの兵器を押しつけようとしてくる。普段なら、それに対しては苦笑しつつ必要最低限を受け取っていたのだけど。

 今日は、一切遠慮しない。カナデを救えるというのなら、それこそ…敵拠点を更地にできるようなものですら、私は躊躇なく使うだろう。

 物騒に口元を歪める私にはさすがのリイナもドン引きするかと思いきや、もっと嬉しそうに笑って…私のオーダーに適した兵器を次々と持ってきてくれた。


 *


「あっ、きたきた! おーい、ヒナっちー!」

「ひ、ヒナちゃん…待ってたよっ」

「…アケビにトミコ? え、どうしてここに…」

 リイナから受け取った兵器をケープやリュックに詰め、これからポータルを使って移動しようと学園の敷地から出ると…私と同じようにケープとマジェットを携えたアケビにトミコが立っていた。

 どちらも表情は明るいけれど、私の緊迫した雰囲気を感じ取ってくれたのか、目が合うと二人とも神妙な顔つきになって迫ってきた。

「カナっちを助けに行くんでしょ? ならあたしたちも連れて行って!」

「うん…私も、全力でサポートするよっ…」

「…どうしてそのことを?」

「へへっ、親切なおねーさんに教えてもらった…ってことで!」

 この救出作戦はまさに私の個人的な暴走というやつで、それこそ知っている人は限られている。となるとアケビの言う親切なおねーさんとやらに該当する人はすでに絞られていて、それでも名前を出さないあたり、彼女たちも自分たちのしようとしていることはわかっているのだろう。

 でも、言わずにはいられなかった。

「…今回の戦いは危険だよ。それに、学園の命令や方針に背くことにもなる…だから、来ないほうがいい」

「あたしバカだけどさぁ、それくらいちゃんとわかるよ? でもね、ヒナっちと同じ…あたしたち、戦う理由があるから」

「うん…私もアケビちゃんと同じ。学園よりも戦う理由を優先したいから、ヒナちゃんと一緒に行くよっ」

「なんで、そんな…そんなの! 私は、これ以上誰かを犠牲に」

 私は、もう…いやだった。

 身近な誰かを犠牲にして、巻き込んで、悲しませて…それでも目的のためだからと言い訳をし続けるのは、もううんざりだった。

 言い訳を重ねても、決して大切な人を幸せにできない。そして、自分も納得させられない。

 だから、私は自分勝手になると決めた。自分勝手に一人で戦って、大切な人に会いに行って、今度こそ二人一緒に歩いて行く。

 そんな身勝手に優しい人たちを巻き込むなんて、ダメだ。

 でもそれ以上言わせないように、アケビはピッと人差し指を立てて自分の顔の前でフリフリと振った。

「…知ってるかもだけど、あたしはカナっちと組んでいた。だからカナっちと一緒に戦い続けないといけなかったのに、カナっちがあたしたちのために無理をするってわかってたのに、逃げることを優先した…でもね、もう逃げたくない。あたしはカナっちに会いに行って、きちんとぶん殴られて仲直りしたいの!! カナっちがくれた命を使ってでも!!」

「アケビ…」

 私は…アケビに嫉妬していた。全部自業自得なのに、それでもカナデの新しい相棒になれた彼女とは、もう二度と会いたくないとまで…考えていた。いいや、隙あらば奪い返したいとすら思っていたかもしれない。

 けれど、違った。アケビは奪ったんじゃなくて、馬鹿な私が手放してしまった大切な人を、今の今まで守ってくれていたんだ。カナデが敵に捕まったのは私のせいなのに、自分の責任だとまっすぐに伝えてくるくらい…この子は、私と同じように守りたいと思っていてくれたんだ。

「…私ね、現体制派に入ったことは後悔してない。それでヒナちゃんと組めたこと、誇りにすら思ってる。でも、アケビちゃんとお別れしたことだけは、つらかった…だからね、ヒナちゃんは怒るかもしれないけど、こうしてアケビちゃんとまた話せる機会がもらえて、その恩返しのために戦えるの、すごく、すごく…感謝してる。たとえ現体制派をクビになったとしても、私は誰も恨まないし憎まない…今だけは、ヒナちゃんみたいにまっすぐ、大切な人のために…戦わせてっ!」

「トミコ…」

 トミコは、決して自分勝手なんかじゃなかった。

 きちんと戦う理由があって、でも憎しみには振り回されなくて、カナデのためと言い訳をして敵を殺そうとした私とは違う。

 けれどもトミコはこの戦いをアケビとの和解に利用しているとでも思っているのか、申し訳なさそうに謝りつつも、いつもの臆病な雰囲気は完全になくなり…正面から私を見据えていた。

 そんな彼女の、彼女たちの決意を無碍にできる人間なんて…きっと、いるはずがない。

「…お願い、二人とも…私に力を貸して!」

「おうよ!」

「任せてっ!」

 私が右手を差し出すと二人はそれに自分の手を重ねてくれて、一人だけだった救出チームはずいぶんと賑やかになった。

 不思議だった。私はずっと一人は気楽でいいと思っていて、カナデを失ってからは早く一人になりたいとすら考えていたのに。

 一緒に戦ってくれる仲間がいるのが、こんなにも心強いなんて。

「んじゃ、作戦会議をしながら現地に行こっか! おトミ、なんかいい感じの作戦あるー?」

「え、えっとね…ヒナちゃんの能力は一人でも対多数に立ち回れるから、私とアケビちゃんが陽動して、ヒナちゃんが突入してカナデちゃんを救出するのってどうかなっ。そ、それで、ヒナカナは再会したら熱い抱擁を交わして、そのまま顔を近づけて…」

「そこまで聞いてないんよ!? おトミ、派閥入りしても相変わらずじゃん!」

「あ、あはは…でも、陽動はいいと思うよ。その場合、ちょうど役立つ兵器があるから…」

 私たちは足早に現地へ向かいつつ、アケビが提案してくれたように作戦会議を始めた…けど。

 トミコが冗談とは思えないような様子でじっとりとカップリング?について口にした直後、緊迫した空気は軟水のように緩くなり、私までも顔がほころんだ。もちろん、不謹慎だとは思わない。

(…カナデ、ちゃんと助けられたら…抱きしめて、くれるかな)

 多分…いや、絶対にトミコの言うようにはならないだろうけど。

 それでも救出劇の先にカナデの抱擁が待っていると思ったら、不思議と私のやる気は倍増していた。

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