(……カナデが、捕まった。敵の魔法少女たち……多分、過激派に?)
意識が飛んでしまったのはほんの一瞬で、多分相手にも気づかれてはいないと思う。いや、そんなことはどうでもいい。
カナデがここにいないのであれば、私の言うべきことなんて決まっていた。
「…どうやら間違いないようですね。あの次官、かなりのレベルの情報までアクセスしていたようです。監視チームへ拘束の許可を」
「カナデはどこにいるんですか? 今すぐ救出チームの編成を」
私のわずかな反応からも事実を把握する能力は面倒がなくていいけれど、そんなことはどうでもいい。
カナデを、助けに行かないと。
早く。早く早く早く。
私が向かったらいやな顔をされそうだけど、それだってどうでも…よくはないけど、とにかく助けないと。そんなはやる気持ちを限界まで抑え、私はすべきことを進言する。
それに対して責任者は小さく眉をひそめ、けれどこちらの態度をいさめることなく返答した。
「…現在は居場所の特定までは終わっていません。また、相手は先日捕らえた違法兵器の研究者やそれを護衛していた魔法少女の引き渡しを要求しています。無論、我々はテロリストの要求をのむことはできません。よって、あなたには待機を命じます」
「…カナデを見殺しにするんですか?」
心臓が高鳴る。こいつらは、なにを言ってるんだ?
学園の魔法少女が…私の大切な人が捕まったのに。それなのに、今やるべきことは待機?
声は押し殺せても体までは押し込められないようで、気づいたら私は机を叩きながら立ち上がっていた。それに対して真ん中の責任者だけでなく、その横に座る魔法少女たちも心底面倒そうに私を睨んできて吐き捨てる。
「ちょっと落ち着きな。私たちだってテロリストの居場所は全力で調査しているし、それがわかる前から救出作戦なんて立てられるわけないでしょ?」
「ましてや捕まったのは無派閥の一期生が一人だけ、ほかの仲間は無事に帰還できた…そんなに焦ることもない」
「っっっ!! ふざけ」
何度も何度も我慢してきた。反省文を書いている最中には、どんな理不尽にも耐えるようにと自分に言い聞かせてきた。
けれど…それは、ここにカナデがいてくれたからだ。カナデが魔法少女学園にいる限りはここに守る価値があって、彼女がいない今、私がこいつらに従う理由なんてないも同然なのに。
それなのに…黙って待っていろ? 無派閥の人間だからどうでもいい?
…ふざけるな!! カナデを助ける気がないというのなら、今すぐこいつらも同じ目に
「失礼いたします、話が終わったようですから迎えに来ましたわ」
「ヒナ、それ以上はよせ…申し訳ありません、あとで厳しく言っておきますので」
「っ、離して! カナデが、カナデがぁ!」
「…退室を許可します。念のために言っておきますが、変な真似はしないように」
怒りによって私の口が噴火する刹那、ハルカさんとマナミさんが入室してきて私を取り押さえる。珍しく怒鳴らずに羽交い締めしてきたマナミさんの声は、影奴を討伐するときのように冷え切っていた。
それからもカナデを呼び続ける私を引っ張り、手近にあった応接室に連れ込まれて…ハルカさんに頬を張られ、ようやく私は口を閉じる。それくらい、容赦のない力が込められていた。
「…落ち着きまして? 叩いたことは謝罪します、ですが…あのままあそこで暴れていたら、今度こそ矯正施設行きが確定してましてよ?」
「かまいません。カナデを助けないというのなら、その判断を下したのがあいつらだというのなら、私はどんな相手とも戦います」
「…本当に、お前は! 姉様が来なかったらどうなっていたのかわかるのなら、助けてもらったことへの感謝が先だろうが! わ、私だって…ちょっぴり、し、心配してた…と言えなくも、ない…」
「……お手数をかけました。でも、これ以上は迷惑をかけません」
「…どういうことですの?」
今もひりつく頬の感触と…叱りつつも私を心配げに見つめてくる二人がいたら多少落ち着けるし、感謝の気持ちだってある。
この二人は、間違いなく現体制派だ。私とは異なる理想があって、それは多分死ぬまで交わることはない。そんなことは、頭のいい二人ならわかっているだろう。
けれど。悔しいことに、やっぱり私はこの二人に若干特別な…仲間意識が、芽生えていた。
マナミさんは盲目的だけどハルカさんを慕い、その夢を叶えるために自分の身を捧げていた。
ハルカさんは冷徹に目的を果たそうとしながらも、マナミさんを見守る目は姉のように穏やかだった。
(…この二人は、わずかにだけど。私たちに、似ている)
大切な人がいる。そしてそんな人を守り、慈しむことを優先していた。
それは現体制派としては私情にまみれた行動なのかもしれないけれど、私はそんな二人の生き方に共感できる。
だって私が戦う理由も、ほとんど同じなのだから。
それなら…これ以上、迷惑をかけてはいけない。私は自分の判断に従って、現体制派の腕章を乱暴に取り外した。
「今日限りで私は現体制派を抜けます。そして、カナデを助けに行きます…これは私個人の判断であり、学園へ反抗したのも無派閥の愚かな魔法少女が一人だけです。今までお世話になりました」
「なっ…お、お前、なんでっ!」
「…マナミ、よしなさい。ヒナ、あなたのその言葉にどんな意味があるのか、承知の上で言っているのですか?」
「はい」
きっと、遅かれ早かれこうなる運命だったんだろうな。腕章を外した直後、私の胸には針の先みたいなサイズの喪失感があって…それをすぐに埋め尽くすような、全身に広がる納得が生まれた。
よかった、私は…まったく後悔していない。現体制派という強大な庇護から脱することも、そして学園にすら反抗して大切な人を助けに行くことにも、全然躊躇がなかった。
そんなすっきりとした表情を浮かべる私に対し、マナミさんは肩を掴んで震える声で怒鳴ろうとしたけれど、すぐにハルカさんが制する。その声はこれまでと変わらない冷たさを伴い、だけど共感が芽生えた私だからこそわかる、諦めに近い寂寥を含んでいた。
「ハルカさんとマナミさんには…その、正直に言うと複雑ですけど、感謝しています。でも、私のやらなきゃいけないことのためには、ここでお別れしないとダメなんです。迷惑をかけたくない以上に、私が私でいるために…理解してもらいたいとは言いません。ただ、私を拘束するのなら…カナデを連れて帰ってからでお願いします」
「…本当に、あなたという人は自分にも他人にも正直ですのね。ですが、この腕章は返却ではなく預からせていただきます」
「姉様…よろしいのですか…?」
「ふふっ、マナミ…あなたも成長しましたね。すぐに取り押さえようとしないのは褒めて差し上げますわ」
「うっ…」
ハルカさんは私の差し出した腕章を丁寧に受け取り、そしてその言葉通り預かってくれる。これで私の所属は無派閥とも言えるし、ただ単に腕章を外した現体制派とも言えて…多分、救出が上手くいった場合とそうでない場合で立ち位置を変えられるよう、この人にできる最大限の配慮をしてくれたんだろう。
そしてマナミさんは…ハルカさんに言われたとおり、まったく私を拘束する様子は見せなかった。かつてのルールに忠実なこの人からすると成長なのかどうかは判断に悩みそうだけど、姉であるハルカさんが褒めるのなら…きっと、いい変化なのだろう。
彼女もまた気まずそうにはしつつも、名残惜しそうに険の消えた目で私を見ていた。
「ありがとうございます…それでは、私はこれで」
「お待ちなさい…あなた、救出に向かうにしても場所がわからないでしょう? あまり借りを作りたくはないのですが、監視チームを率いている女狐にわたくしの名前を伝えてから聞いてみなさいな。カオルのことですから、すでに情報を入手しているかもしれません」
「…本当に、ありがとうございました」
「礼なら不要です、あなたにはマナミを救ってもらったので…それと、『餞別』も用意しています。あなたのマジェット調整係のところにも行ってから受け取りなさいな」
…多分、ハルカさんからするとマナミさんを助けた借りを返したつもりなんだろうけど。
私にとってそれは過剰と言えるもので、仮にカナデを連れて戻ってこれたら…また現体制派に入れられても仕方ないような、でっかい貸しを作った気がする…。
でもまあ、カナデを無事に助けられたのなら…それでもいい。あの責任者たちが許すとは思えないし、未来のことなんてわからないけど。
「……ひ、ヒナっ!」
二人に頭を下げて部屋を出ようとした直後、顔を真っ赤にしたマナミさんが両手に拳を作りながらじいっと私を見つめてきて。
「……必ず戻ってこい! そのときは……い、一緒に! 怒られてやるから!」
「…はい。マナミさんも、ありがとうございました」
あの責任者たちも次官ほどではないにせよねちっこそうで、戻ってきたときの説教はとても長そうだけど。
隣でマナミさんも一緒に怒られるのなら、案外乗り越えられるかもしれない。現体制派に戻るかどうかは別として。
そう思ったらまた心が軽くなって、今度こそ応接室を後にした。