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第46話「幕間・カナデの戦い」

『今回は敵が多いことが予想されるため、二組で作戦に参加してもらいます。汎用マジェットも多数持ち込んでいいので、あなたたちならば問題なく遂行できるでしょう』


 指導室の『箱』は相も変わらず簡単そうに言ってくれて、私とアケビ…それともう一組の魔法少女のペアとで影奴の駆逐作戦に従事していた。場所は閉鎖された遊園地、今も残る劣化した遊具が極めて不気味だ。

 実際のところ、影奴自体はたいしたことなかった。作戦に参加した魔法少女の一人が心配性だったから多めに汎用マジェットを持ち込んでいたものの、それらの半分以上を残したまま影奴は消え去る。

 けれど、予想外のトラブルが起こったことで…任務の難易度は大幅に上がった。

「クソが! なんでテロリストの連中が俺たちを包囲してきたんだ!?」

「もうダメだ、おしまいだぁ…私たち、今日ここでおだぶつなんだぁ…」

 この作戦に参加した四人のうち、一番柄の悪い魔法少女は私に負けないほどの口の汚さでキレ散らかし…その相方の心配性でネガティブ丸出しの少女は、がっくりとうなだれて早々に諦めていた。

「やばいよやばいよ! 相手は10人以上いるし、なんかマジカルチャームの無線も妨害されているっぽいし! 敵さん、新しい兵器でも使ってんのかなぁ!?」

「知らないわよ! とにかく、今はここから出ても囲まれて袋だたきにされるから、間抜けに突入してきた敵を各個撃破できるチャンスを待ちなさい!」

 アケビは私たちの中だと比較的精神面に余裕があるけれど、その顔には見事なまでの狼狽が浮かんでいて、その初めて見る表情にこの子も余裕がないのだと察する。

 そして、私は…小さく震える自分の手をさらに強く握りしめ、いつも通り強がってそれらしい指示を飛ばしてみた。現在立てこもっている場所…お土産売り場だった建物はそこそこ頑丈なのか、敵の牽制を受け止めても即時崩壊する様子はなく、棚や机などのバリケードもあるため、もう少しだけ時間は稼げそうだ。

(…ヒナ)

 その人の名前と姿が脳裏に浮かんだとき、私は痛みを感じるほど自分の手を握って甘ったれを抑え込む。

 もしもヒナがここにいた場合、その察しの良さを発揮して私の震える手を握ってくれていただろう。そして私以上に冷静さを保ったまま、最善を尽くそうと考える。いや、時間停止という圧倒的な力を使い…すでに敵中を突破していたかもしれない。

 そうだ、ヒナは強い。そんな強いあの子を突き放したのも間違いなく私で、こんな私が今になって彼女を恋しがるのは…都合が良すぎた。もしも私が包囲されていることを知ったら今でも助けに来てくれる、そんなことを考える自分が…果てしなく、情けない。

(…お願い、ヒナ。今だけ、ほんの少しでいい…あなたの強さを、私に分けて)

 ドンッ、という少し大きな音と同時に建物が震える。パラパラと天井から砂埃が降り注ぎ、窓ガラスはいくつか割れた。少しばかり強めの攻撃をぶつけてきたようで、その気になればいつでも建物ごと私たちを押しつぶせる…そんな脅しを遠回しに伝えてきた。

 もう少し時間を稼げるとは思っていたけれど、それは少し楽観視しすぎていたらしい。残された猶予も少ない中で、私はヒナだったらどうするかを考えていた。

「ああくそっ、こうなりゃやけだ! どうせやられるってんなら、一人でも多く地獄に引きずり込んでやろうぜ! 全員で一度に突撃すれば、少しくらいは悪あがきできんだろ!?」

「そ、そんなの無理だよぉ! 出た瞬間攻撃が集中して、まとめて殺されちゃうよぉ! それくらいなら…残りのマジェットと魔力を使って、全員で自決を」

「ちょちょちょ、ちょーっとステイだよ二人とも! どっちの意見もわかるけど、どっちも危なすぎるって! あたしたちと連絡が途絶えたことは学園も気づいているかもだし、それならカナっちの言うとおり時間稼ぎしたほうがいいってば!」

 今回私たちと一緒に戦ったペアは実力こそそこそこあるものの、こういう場合になると興奮したり落胆したりでいまいちメンタルが安定しない。どっちの言い分もわからなくはないけど、どちらを採用したとしても遅かれ早かれ死ぬことは確実だ。

 …ヒナだったら、きっとどちらも採用しない。あの子は自分が生きることを諦めない以上に、仲間を死なせようとはしない優しい子だから。

 なのでこの場をギリギリの状態で取り持ってくれるアケビの言い分が最も正しい…けれど、建物への攻撃を緩やかに継続している敵の様子から考えれば、稼げる時間もそう多くはないだろう。

(…全員でまとめて出ていっても、すぐに集中攻撃をされる。かといって、持ち込んだ汎用マジェットを使った自決は論外…いや、マジェットは結構余っている…)


「学園の飼い犬…魔法少女たちに次ぐ。お前たちは完全に包囲されている。すべての武器を捨て、ケープを脱いで投降せよ。そうすれば命だけは保証する」


 そのとき、私の思考を邪魔するかのように拡声器を使った敵の魔法少女の声が聞こえる。余計な感情は出さないようにしているけれど、きっとその顔には余裕が浮かんでいることがわかるような、こちらを見下す声音に短気な私はいらりとした。


「投降しない場合、10分後に総攻撃を仕掛ける。我々は同じ魔法少女を手にかけたくはないし、捕虜になれば丁重に扱うことを約束する。繰り返す──」


「…捕虜? そ、そうだよ、武器を捨てて投降すれば、私たち助かるんだよ!」

「ふざけんじゃねぇ! テロリストどもが約束を守ると思ってんのかよ!? 捕まったらどうなるか、学園でも教わっただろ!?」

 相手の勧告に対し、二人の魔法少女は概ね予想通りの反応をする。そして、投降することで助かるかどうかなんてわからないという部分には同意した。

 学園の教えなんて大半がプロパガンダだけど、テロリストと呼ばれた勢力が他勢力の魔法少女を捕縛して『利用』するのなんて目に見えていて、私は一番最悪なパターン…あいつらの親玉、海外勢力への人身売買を想像し、サクラ先生にそういった話を聞かせてもらったときのような吐き気を覚えた。

(…この世界は、すべてが腐っている。この国にも、外の国にも、私たちを利用しようとする人間ばかり)

 そんな世界で見つけた唯一の拠り所、家族以外で初めて心を許してしまった相手、ヒナ。

 あの子だけは、私を守ろうとしてくれた。澄み渡る心を持ちながら、私のために汚れることすら厭わなかった、大切な人。

(…そうね、ヒナ。あなたならそうする…なら、私もそうする)

 自分の身を捧げてまで守ろうとしてくれた私がここにいるのなら、私も守ろう。

 ただ近くにいる人を守る、その相手が特別かどうかなんて関係ない。

 そうだ、私にとってヒナは特別だったけど…あの子は、きっと特別じゃない相手でも守るから。特別ではなかった、私ですら守ってくれたように。

 あの子の生き方は誰よりも正しく美しかったことを…私が、証明する!

「…時間がないわ。異論は認めない。私の言うとおりにしなさい」

「…カナっち?」

 自分のやるべきことが決まった瞬間、私はヒナに感謝して…そして、この場にいる三人に向かって作戦を伝えた。

 私にとって、この三人は…特別というほどじゃない。

 でも、守りたい。その気持ちがあったのなら。

 命を捨てるタイミングとしては、十分だった。


 ***


「…時間だ。これより総攻撃を…!?」

 敵が号令を終える前に、私たちは入り口と窓から『マジックチャフ』を投げつける。

 これは爆発と同時に魔力探知を阻害し目を眩ませる煙を出す汎用マジェットで、その特性からわかるように攻撃ではなく逃走用に使うことが多い代物だった。


『…結構使えるものが多いわね。いい? まずは全員でこれを投げつけて敵の目を眩ませる。で、あんたらは裏の壁を破壊してそこから脱出しなさい。チャフの効果は短いから、戦闘行為は一際せずとにかく逃げるのよ』


 チャフが弾け、程なくして裏の壁が破壊される音がした。無論相手も逃がさないように建物へ向かって攻撃を再開したけど、夜闇に加えて短時間とはいえもうもうと立ち上がる濃厚な煙の前ではクリーンヒットもさせにくい。

 何より…今の三人の身体能力なら、その辺の魔法少女じゃ追いつけないだろう。


『あんたら全員の身体能力をブーストさせる。これも効果が長いわけじゃないけど、安全圏まで逃げるくらいなら持続するから…何度も言うけれど、攻撃には一切使わないで』


 全員の体に触れ、その能力をブーストさせておく。おかげで私の魔力はすでに枯渇気味、自分へのブーストはせいぜい2分間が関の山だろうけど…まだ煙幕が消えていない空間においては、不意打ちをするには十分な時間だ。

 私はみんなが逃げた方向とは反対、入り口から飛び出してジャンプし、まずは手近な相手へ斬りかかる。

「でりゃぁぁぁ!」

「ぎゃっ!」

「くっ、残ったのは一人…いや、二人か!? 建物の中から射撃をしてくる奴も誰か撃破しろ!」

 戦いに必要なすべてをブーストした私の斬撃は敵のケープ…いや、ポンチョを貫通して肩のあたりに深い傷を負わせる。死にはしないものの、少なくともしばらくは武器もろくに持てないだろう。

 さらに入り口からはヒナのものに比べると小さなビームが散発的に発射されていて、予想通りの誤認に私の作戦は概ね成功していた。


『…これ、ビーム形式のセントリーガン? そうね、私が飛び出す前にこれを設置すれば火力補助になるし…もしかしたら、戦力の分散を疑わせられるかもしれない』


 入り口の向こう、煙に覆われた先に設置されたのは魔法少女学園謹製のセントリーガン…それもビームを撃ち出す自動機関銃だった。

 あの臆病な魔法少女、やけにでかいリュックを使っていろいろ持ち込んでいたけれど…こんなマジェットまであったのには驚かされた。何より、魔力探知ができない状況でもある程度正確な狙いで射撃をするその性能は、下手に混乱した人間が残るよりも頼りになる。

(…そろそろ煙が晴れる…あいつら、ちゃんと逃げ切れたのかしら…?)

 できる限り多くの目を引きつけられるよう、煙に紛れて動き回り、辻斬りの如くたくさんの相手にダメージを与える。ときには投擲用のナイフを取り出して反対方向の敵に投げつけ、離れた相手も牽制しておく。

 しかしそんな時間も予想通り長続きしなくて、私は徐々にはっきりとしてきた視界の中で唯一の懸念について考える。


『…私? 私はできるだけ敵を攻撃し続けて撹乱するわ。心配しなくても、私がこの中で一番早く動けて乱戦に向いているから…あんたらが逃げ切ったら煙が晴れる直前に逆方向へ離脱するわよ。だから、絶対に助けに戻ろうとはしないで』


 私の提案に対し、驚いたことに…全員が反対した。柄の悪い奴だけじゃなくて、臆病な奴ですら「ひ、一人だけ見捨てるなんて、全員が死ぬのよりも後味悪いよ…」なんて言ってきた。

 アケビに関しては「あたしたち組んでるじゃん! だからあたしも残る!」なんて肩を掴んできて…私の覚悟はより強固になった。

 ヒナは…きっと、こういう人たちを守ろうとしていた。学園のためじゃない、権力者のためでもない…ただ近くにいる善良な人たちを守るため、自分を犠牲にし続けていた。

 だから嘘をついた。自分も必ず逃げ切る、そのためにブーストの余力も残している…と。

(そんな余裕、あるわけないのにね…)

 それでも全員が納得しかねていたけれど、都合良く投降受付締切が訪れたことで作戦は決行され…そして今、視界は完全に晴れた。

「…やればできるじゃない」

 思わず笑みがこぼれる。ようやく魔力探知ができるようになった直後、全員がその範囲外に行ったことを確認した私はあの三人と…そして、久々に自分を褒められた。

「…くそっ、一人だけでもいいから確保しろ! 手ぶらでは『支援者』に申し訳が立たん!」

 指揮官と思わしき人間の悔しそうな声が上がると同時に、様々な飛び道具が私に向かって放たれる。

 銃弾、弓矢、チャクラム、その他…そのどれもが魔法の力を帯びているだけあり、それぞれが異なる軌道で私を追いかける。

(…あと10秒。最後に大きな花火でも咲かせましょうか)

 ブーストによる強化されたスピードであってもすでにいくつかの飛び道具は私の体に突き刺さり、ケープで覆われていない部分には明確な痛みが生じている。

 ダメージと消耗によって力尽きる刹那、私は包囲網の中心に移動して空高く飛び上がり…竜巻のように回転しながら全方位にありったけの投げナイフを放つ。

 すると地上からはいくつもの痛みを訴える声が聞こえたけれど、それ以上にたくさんの攻撃が私に飛んできて。

 ブーストが切れた直後の体では回避も間に合わず、腕を使った原始的な防御姿勢を取りながら落下、地上に激突する前に意識を失った。

(…ヒナを巻き込まなくて、本当に…良かった…)

 この場にヒナがいなかったことが、あんなにも心細かったのに。

 それでも意識を失う直前にそう考えられたのは、性悪女の私としては立派な最期だった。

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