魔法少女学園へ支援をしている権力者に対し、自衛とはいえ暴力を振るった。これは日本の行く末を体現するような管理社会の先端において、まさしく許されざる行為というやつで。
今回こそは厳しく罰せられるだろう…とは思っていたものの、私を呼び出したハルカさんからはこのように言われた。
『反省文だけ書きなさい。始末書は結構ですわ』
私のしたことは当然ながら学園にも伝わっているわけで、仕事に私情を挟むことを嫌うハルカさんはさすがに愛想を尽かすと予想していたのに、その表情に侮蔑といった意思はまったくない。それどころかマナミさんに説教をしているときのような…呆れつつも面倒見の良さを隠さない、人間らしい複雑な思いやりが浮かんでいた。
私の行動を問題視する声は多かったものの、その一方で『魔法少女であるうちは男性とのいかなる接触も許されない』というルールは学園内において神域と呼べるほど絶対的なものであったため、それを破ろうとしたお偉いさん側にも非があるという意見が大多数を占めた。
結果、私の行為は『学園に対しあまりにも忠実であったために起こったトラブル』として認識され、多少方法に問題があったとはいえ、部分的には模範行動だと判断されたわけだ。
ちなみに反省文については手書きにて原稿用紙8枚分ほど書かされることになり、ここは最先端を行く学校であるわりにはこういう部分はアナログ的だと思う。いや…むしろこういう非効率なことをさせるのも罰のうちだろうから、ある意味では適切と言えなくもない。
さらに反省文が完成するまでは『反省室』と呼ばれる問題行為を行った生徒が閉じ込められる部屋に押し込まれ、私も3日間は授業以外でここから出してもらえなかった。普段暮らしている部屋を狭くし、あらゆる娯楽要素を完全に廃した監視付きの空間ということで、ここに入れられるのも罰の一環なのだろう。
そんな部屋での暮らしはまさに虚無としか言えなかった…けど、期間が短かったことに加え、さらに短時間とはいえ何人かの人が面会に来てくれて、おかげで多少は気が紛れた。
…けど、気になる話もいくつか聞かされた結果、私は反省室から脱した今も不安があったのだ──。
*
「ヒナさん、話は聞いたよ。あまり大きな声では言えないけれど…私は君の行動と気高さに敬意を表するよ。どんな派閥にいたとしても君は君のままであったこと、本当に嬉しい」
「ええ、本当に…差し入れをしたいけれど、ここはそれも許されないから…手ぶらでごめんなさいね?」
「はは…買いかぶりすぎですって。私はかっとなってああしただけですから」
こういう場合に面接に来られるのは、やっぱり現体制派の人たちだけだろうか…なんて思っていたら、まさかのカオルさんとムツさんでびっくりした。この三人でいるとあの日のお茶会を思い出して、自分がどの派閥にもいなかった頃を懐かしむ。
…そして今だけ無派閥のままであったのなら、カナデもいてくれたらよかったのに。そんな少しばかり失礼なことを考えつつも、私は久々に自然と顔をほころばせた。
「ふふっ、なんで私たちが面会に来たのかって驚いていそうだけど…その辺は取引ってところかな。君が成敗した不届き者の監視を私たち改革派が手伝うことで、ヒナさんと会う権利を分けてもらったんだ」
「うふふ、改革派にも優秀な魔法少女はたくさんいるのよぉ? それに学園側である現体制派が支援者を監視するのも都合が悪いから、『改革派が勝手にやったこと』という建前で協力しているわけね。だからヒナちゃん、あなたは一切気に病むことはないのよ?」
「…本当に、二人には全然敵いません」
カオルさんもハルカさんみたいに相手を見透かすのが得意なのだろうけど、その雰囲気は全然違っていた。
ハルカさんは有無を言わせず思考に踏み込んで引っ張り出してくるのに対し、カオルさんは引っ張り出すものを選別し、タイミングと言葉を組み合わせてから口にするような感じ。
どちらも苦手なタイプと言えなくもないんだけど、カオルさんが相手だと警戒心が薄れてしまうというか、強引さがないおかげで話しやすいのはあるんだろう。さらにひたすら優しく穏やかなムツさんが隣にいることで、その空気はさらに柔らかさを増す。
賢さと心地よさを組み合わせたこの二人の空間は、世界有数の優しい尋問であるようにも感じられた。
「気にしないで、私たちもまた話したかったから…けど、悠長なことばかり言ってられないのも事実でね。こんなタイミングで悪いのだけど、ちょっと知ってもらいたいことがあるんだ」
「知ってもらいたいこと…ですか。その、やっぱりいい話じゃない感じですよね?」
「ええ、残念ながら。その監視任務の最中に発覚したこと、と言っておけば予想できるかしら」
空気が優しくなり私から力が抜けたことで、カオルさんは少し表情を引き締めて本題に入る。その様子は私でもよい話ではないことを察せられて、ムツさんも遠回しではありながらも大体の事情がわかる要点を伝えてくれた。
「監視対象…先日の次官だね。彼は元々粘着質で上手くいかないことがあるとすぐに周囲へ文句を言っていたのだけど、今回の件で支援者どころか魔法少女システムの反対派に回ろうとする動きを見せたんだ。理由はもちろん『報復』だね」
「…すみません、私の責任です」
「ああっ、謝らなくていいのよぉ? 心配しなくても、こういうタイプはいつ裏切るかわからなかったから…学園側も多少は警戒していたの。そうでなければ、ここまで迅速に監視体制を整えることもしないでしょうね」
粘着質、というのは実際に会話した立場からするとこの上なく適切な表現だった。
ネチネチとした視線と言葉、反抗した途端に豹変する気質…そのどれもが腐敗が進んだヘドロのようにねちゃっとしていて、思い出すだけでも胃の調子が悪くなる。
そして、こういうタイプは…自分に非があったとしても、断固としてそれを認めないだろう。そうした自分勝手が行き着く先として報復があるのは、面白みに欠けるくらい普通のことだった。
「具体的な行動だけど、学園に敵対する魔法少女を擁した勢力…学園側はテロリストとまとめているけれど、私たちは『過激派』って呼んでいる。その過激派に対して接触した可能性があるんだ」
「過激派…それって、あの。『武闘派』とはまた違うんですか?」
「あら…ヒナちゃん、武闘派のことは知っているの?」
「ええ、まあ。以前武闘派の魔法少女とも戦ったことがあったので」
「なるほど…現体制派は武闘派と過激派を区別していないけど、その目的は異なっている。武闘派は『学園が見捨てた存在の救済』、過激派は『魔法少女システムと日本そのものの破壊』を掲げているんだ。どちらも武力を行使しての活動がメインだけど、テロ行為の有無が最大の違いかな」
「…そうなんですね」
まさかこのタイミングでルミとアヤカのことを思い出すだなんて、まったく想像していなかった。同時に、素直な安堵とも異なる…あの日ルミと食べたラーメンのような、形容しがたい熱が胸に広がる。
(…ルミとアヤカ、テロ行為には加担していないのか。よかった…でも、アヤカは発電所に攻撃してたような…?)
武闘派の目的は曖昧だし、アヤカの行動に対してはいまいち信用できないけれど、それでも二人の所属が先日痛めつけた──しかも罪悪感はほとんどない──敵とは異なると知ったとき、なんとなく…それこそカナデに害を及ぼすようなら容赦はできないけど、少なくともそこまではしてこなさそうだと感じた。
…また会ったときは、戦いたくないな。
「ただ、過激派に接触したと思わしき報告はあったけど、今のところは何らかの被害が出たわけじゃない。今は曲がりなりにも支援者を装っているから、こちらも拘束はできなくてね…だから、警戒はしておいて欲しい」
「ええ、そうね。ヒナちゃんは強いけれど、権力者は何をしでかすかわからない力や権限を持っているのも事実だから…一人で戦ったり背負ったりせずに、必ず仲間を頼ってね? もちろん、私たちも派閥は違えど仲間だと思っているわ」
「ありがとうございます…もしも万が一が起こった場合、そのときは自分にできることで責任を取ります」
この世には…想像もできないほど大きく、そして数え切れないほどの悪意に満ちている。それは時間を止められるというそこそこ強力な私の魔法でも対処できない場合があって、もしかしたら自分の行動によって誰かに被害が及ぶかもしれない。
そのときは…責任を取らなくちゃな。反省文という何の意味があるかわからないものじゃなくて、それこそ命すら賭ける必要があるかもしれない。
…でも、どうでもいいか。大切なものを失った私の命なんて、そんなに重みもないだろうから。
「うーん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどな…ヒナさん、君はもうちょっと自分が背負いすぎているって気づいて欲しい。責任感が強いところも尊敬に値するけど、責任はね…一緒に背負いたがる人と分かち合ってもいいんだよ」
「ふふっ、真っ先に一人で責任を取りたがるカオルが言っても説得力がないかもだけど…ヒナちゃんは誰かに頼ることも忘れないでね? 頼らないことで傷つく人たちだっているもの」
「これは耳が痛いね…」
「…あははっ。肝に銘じておきます」
私は相当ひどい顔をしていたのか、カオルさんとムツさんはまるでお姉さんのように…いや実際に年上だけど、いかにもそれらしく諭してくれた。
冗談も交えて空気が重くならないように気遣ってくれる二人を見ていると…私も、声を出して笑えた。そして、大切なことを思い出せる。
(…私には、まだ家族がいる。命よりも大切なものが、ちゃんとある)
だから責任を取ることはやめなくても、命までは捨てたくない。
そんな当然のことを再確認させてくれた二人に対し、私はもう一度お礼を伝えた。
*
無事に反省文を提出して解放されてから半月後、インペリウム・ホールの会議室に呼ばれていた。ほかの部屋と同じくここも迎賓館を思わせるような内装となっていて、正直に言うと実用的かどうかは疑わしい。
ちなみに会議自体はすでに終わったらしく、私はなぜ人もまばらなここに呼ばれたのかを想像できなかった。そしてマナミさんもハルカさんもいないため、居心地の悪さはここ最近で一番だ…。
「あなたがヒナですね。問題行動もありますが、その活躍は評価しています」
「いえ…」
横長のテーブルがロの字に配置された会議室にて、私の向かい側には5人の──見るからに責任者っぽい──魔法少女が座っていた。いずれも好意的な雰囲気はなく、それこそ今になってあのときの罪を追及してくるような、かつて経験した取り調べを思い出させた。
…あの頃はまさか自分がこちら側に来るなんて、思いもよらなかったな。
「手短に話します。先日の一件であの次官は我々に敵対し、テロリストと接触して作戦行動中の魔法少女たちの情報をリーク、結果一名が捕縛されました」
「っ…申し訳ありません」
なにが起こっても不思議ではない、責任は取る…そう思っていたとしても、こうして自分の行動の結果を突きつけられると胸の奥が痛んだ。
その捕縛された少女は間違いなく私の行動の被害者であって、今となっては遅いものの、あのときの反抗は軽率だったとしきりに後悔する。後悔しかできない自分が、ひどく惨めだった。
だからだろう。その次の言葉は、どんな罰よりも重く感じるもので。
「捕縛された魔法少女の名前は『カナデ』、あなたの元パートナーで間違いありませんか?」
「…………え?」
その名前を聞くタイミングが、こんなにも最悪なものだなんて。
罰だとしてもあまりにも残酷すぎる現実に、私は一瞬意識を失った。