「ふう、まさかこんな任務までさせられるとは…」
「し、仕方ないよ。私たち、現体制派だし…それに、あの人たちを放置すると、学園も危ないだろうから…」
トミコともそこそこ仲良くなれてから数日後、私たちにはまた派閥任務が舞い込んできた。これは派閥に所属した以上は仕方のないことだけど、今回はなかなかに荒っぽい内容であったため、いつも以上に気分が重い。
…まあ、カナデと離れてからは気分が軽い日なんてなかったけど。
「にしても、海外勢力の息がかかった反社会組織か…今の日本でもそういうのって事前に抑止できないものなのかな」
「…悪人って、いつの世の中でも絶対にいるから。善人の顔をして悪人に手を貸す人がいるし、そういう人がいるからこそ悪人の入り込む余地はいくらでもある…」
「…うん」
トミコはどんなことに対しても控えめで、自己主張はあまりしない。けれど、こういう場面…現体制派として人間相手に『任務』をこなす場合、ほの黒い炎を瞳に灯して、ぽつりと…それでもはっきりと悪人に対する怒りを滲ませる。
『…私のお父さん、反社会勢力が取り仕切る賭博場で借金を作って、それを私とお母さんに押しつけて逃げちゃったの…』
仲良くなった結果、教えてもらったトミコの過去。それはあまりにも重くて、そして…現体制派入りするには十分な動機だった。
もちろんそのときも警察が動くことはなく、危うく母親と一緒に身売りをさせられそうになったとき…現体制派に所属していた魔法少女がその組織を壊滅させ、程なくしてトミコも魔法少女としての適性が見いだされ、彼女は入学後早々に派閥入りを望むようになったのだ。
(トミコには戦う理由がある…でも、私には…いや、私にだって、ある)
トミコの中に燃え続ける炎は私の脆弱な立ち位置を責めるように熱く、実際に望んで派閥に入ったわけじゃない私は思わず彼女から目を逸らしたくなる。
それでも…今の私には、戦う理由がある。
(私が戦うことで、カナデは何者にも侵害されない。そして、学園を脅かす存在を倒せば…彼女を守れる)
そうだ、私には戦う理由が十分あるじゃないか…なんて思っていたら、ターゲットが乗る車が見えた。
「ヒナちゃん、来たよ…」
「うん。でも、まだ少し早い…」
現在の居場所は湖畔の別荘地に向かう途中、人通りの少ない林道の中。夜闇と木々のおかげで身を隠す場所には事欠かず、もちろん可能な限りの人払いも済ませてある。
私は茂みの隙間から伏せた状態でランチャーメイスを構え、所定の位置に車が到達するまで待つ。
(…あの車に乗っているのは、魔法少女システムの崩壊をもくろむ組織の幹部。そのために『魔法少女の無力化』を行う違法な兵器の開発に携わっていた)
まもなく射撃のタイミングが訪れる刹那、私はトリガーを引く自分の手に躊躇が生まれないよう、ターゲットの背景について復習する。
魔法少女の無力化を行う方法、それ自体は学園側にもあると思う。けれどそれが外で作られたとあればどんな悪用をされるかは想像するのもいやで、その標的がカナデになってしまえば…そこまで考えたら、私から躊躇が消えた。
「…時間よ止まれ」
車の破壊だけであれば止める必要はないけれど、今回の任務はあくまでも捕縛だ。と言うよりも殺傷が求められる任務はこれまでなくて、そうした事実は私の精神的な負担を少しだけ軽くした。
出力を絞り、タイヤのみを狙ってビームを撃ち込む。同時に私の足を握っていたトミコが風魔法を使って車を安全に停止させ、推進力を奪われた車体はその場で鎮座した。
「よし、目標は停止。これより確保を行う」
「うんっ」
時間停止を解除し、私とトミコは躊躇なく飛び出して車に接近したら。
「くそっ、学園側に察知されていた!」
「ここは我々がなんとかします!」
ドアを蹴破るようにして出てきたのは紺色の制服にポンチョを纏う…敵の魔法少女だった。
人数は二人、どちらも私たちに対して猛烈な敵意のこもった視線を向けている。片方は大型のブーメランのような形状の両手剣、もう片方は弓矢を思わせるマジェットを所有していて、私たちを視認した直後にはそれぞれ攻撃を加えてきた。
「報告! ターゲットだけでなく敵の魔法少女の存在を確認、応戦を開始します! 回収班は護衛と一緒に対象の捕縛を!」
「ヒナちゃん、敵の魔法少女も捕縛を優先!」
「了解!」
ブーメランのほうは私を、弓矢のほうはトミコを狙っている。やはりただの剣というわけではなく、その形状らしく投擲兵器としても機能していた。
けれども比較的最近に似たような攻撃をしてくる魔法少女──その子は味方だけど──と手合わせしたこともあり、私は横飛びで難なく回避できる。トミコも土魔法にて呼び出したバリケードで矢を阻み、距離を保ったまま応戦を開始していた。
動きながら報告を行うと車から逃げ出した標的は回収班が追跡を開始し、トミコが追加の任務…目の前の敵の捕縛を知らせてくれた。元々殺すつもりはなかったけれど、とりあえず私は安心して目の前の敵と向かい合う。
「計画の邪魔はさせない! お前を殺してでも守り抜く!」
「なんでそんなこと! あいつらが何をしているのか、お前たちはわかっているのか!」
戻ってきたブーメランを構え直し、敵の魔法少女はそれを剣に見立てて斬りかかってくる。射撃体勢への移行が間に合わなかった私は打撃モードにて受け止め、以前戦った相手よりかは強いことをその斬撃の重さから推測した。
至近距離での戦闘ということでようやく相手の容姿を認識し、やはり魔法少女ということでさほど年齢は離れていない。私よりも明るめの茶髪を二つ結びのお下げにして前へ流しており、ふと普段はどこで暮らしているのかとどうでもいいことがわずかに気になった。
そんな思考も相手の殺意たっぷりの発言によって霧散し、万が一躊躇すれば死ぬのはこちらだと理解させられる。影奴と戦うときも死の危険性はあるはずなのに、相手が同じ魔法少女であればそれがより身近に感じられた。
影奴の場合、死ぬのではなく消えるという表現が正しい最期だからだろう。
「ああ、知っているわよ! ボスたちが作ろうとしているものはね、学園に操られている魔法少女を解放するための秘密兵器! あれがあれば、私たちに敵はいなくなる!」
「…私たちは! 操り人形じゃない!」
どの派閥も自分勝手、そんなのはとうの昔に気づいていた。そして今や現体制派になった私にそれを非難できる権利はないけれど、それでも。
「私は! 私の意思で戦っている! なにも知らないくせに、それを否定できると思うな!」
「くぅっ!」
自分勝手な理想でどれくらいの犠牲が出るのかわかっていない、そんな相手に対する苛立ちを吐き出す。
そして私を散々苦しめた赤髪の魔法少女の戦い方を思い出し、敵の攻撃を受け止めつつも足払いを狙った。すると相手の足にヒットしたものの、尻餅をつく直前に浮遊魔法を使われてするりと鍔迫り合いから抜け出され、流れるような動きで私は背後を取られた。
「もらったぁ!」
「させるか!」
後ろから大ぶりで強烈な斬撃が繰り出されそうになった刹那、私は後ろを見ずに両手を引いて砲身を相手の体へと突き出し、本体に手を伸ばしてトリガーを引く。
ゼロ距離での射撃はそれこそ死の危険性もあるだろうけれど、最悪の場合はもう片方を生け捕りにできればいい…そんな現体制派らしい勝手なことを考えつつ、トミコに負担を押しつけるようにしてビームを撃った。
「あぎっ!?」
砲身を密着させての射撃はリスクが高いとリイナに言われていたけど、実際に私にも若干の衝撃があった。けれども悲鳴を上げて吹き飛んだ敵ほどのダメージがあるわけでもなく、すぐさま振り向いて仰向けに落下した相手へ接近する。
幸いなことにビームは防壁とも言えるポンチョ越しに当たったようで、ダメージは大きくともまだ命はあった。ヒュウヒュウという呼吸からは動き回る余裕がなくなったことがわかり、私は拘束用のスタンガンを取り出し相手に押し当てようとした。
「あっ、うぐっ…こ、これで、勝ったと…思うな…」
「…もうしゃべらないほうがいい。命までは奪いたくない」
すでに武器は取り落としており、動かせるのは口元だけ。そんな相手に追撃を行うような趣味はなく、かといって情けをかけるわけじゃないけれど…それでも私は無意味な負け惜しみを制し、相手の腹部にスタンガンを当てた。
そう、本当に私は。これ以上、攻撃はしたくなかった。
相手が、次の言葉を吐くまでは。
「…あの兵器は、今も、研究が進んでいるのよ…完成すれば、学園に従う愚かな魔法少女も、まとめて無力化して…全員を、血祭りに上げてから、あの体制を破壊して」
「…今、なんて言った」
プツン、自分の中から聞いたこともないような音が聞こえる。まるで張り詰めていた糸にナイフを入れたときのような、臨界点を破るような…本来聞こえてはならない、音。
その音が聞こえたと思ったら私の手は自然とスタンガンを手放し、立ち上がって相手の体を蹴り上げていた。
私は自然と身体能力強化を行っており、魔力のこもったキックを放った結果、相手の体は軽く宙を舞って再び地面に落ちて何度か転がる。
私はそれを冷たい目で見つめ、それでもはらわたはあの日のルミの髪よりも熱く燃え上がり、その温度を押しつけるように今度は相手の腹部を踏みしめた。
「ぐうっ…お、おま、え」
「今…なんて言ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
相手の体を何度も、何度も、何度も踏みつける。
最初はにらみつけていた相手もやがて完全な防御姿勢となり、身をわずかに丸めてただ痛みに喘いでいた。
でも、ダメだ。
ダメだダメだダメだ!
こいつは、生きていちゃいけない!
「学園の魔法少女を? 全員? 血祭り?…そんなこと、そんなことさせるものかぁぁぁ!!」
はっきり言うのなら、学園自体がどうにかなっても別にいい。
でも…あそこには、カナデがいる。私の大切な、守りたい人が。
そんな守るべき存在を、こいつは…こいつは!
「カナデを…私の、カナデにっ! 手を出すなぁぁぁ!!」
自分の足にすべての魔力を込めるように、何度も何度も固い地面を踏みしめるが如く、相手の体にストンピングを放つ。
気づけば相手からはわずかな身じろぎすら消えていて、うめき声も聞こえなくなっていた。おそらくは意識を失ったとはわかっていても、私の足は止まらない。
いいや、足りない。踏みつけるだけじゃ…殺しきれない!!
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
まだ最後の生命線とばかりに相手の命を守っているポンチョごと押しつぶすべく、私はランチャーメイスを振り上げて動かなくなった相手の体に狙いを定める。
これまで魔法少女が相手だとギリギリで命を奪わないように調整していたけれど、もうそんなことはどうでもいい。
私が…私が殺さないと! カナデを守れない!
もはや邪魔でしかなかった最後の理性を取り払うように私は雄叫びを上げて、全開の魔力を込めたランチャーメイスでとどめを刺そうとした。
「ヒナちゃん、だめっ! もう相手は瀕死だからっ! もういい、もう戦いは終わったんだよっ!」
「っ、離して! こいつを殺さないと、カナデは!」
魔力と質量の暴力が振り下ろされる直前、私は後ろから羽交い締めにされる。
トミコ、体力には自信がないって言っていたのに、私の一撃を押さえ込めるぐらいの力はあるんだな。そんなことを分析できるのに、私の体はまだ止まろうとしなかった。
「…私はっ! 敵が、憎いよっ! お父さんを壊して、お母さんを苦しめた、こいつらが…憎いっ! でもっ!」
羽交い締めにされたまま暴れていた私は力の行き場をなくし、左右に身じろぎしたトミコの動きに足を取られて後ろに倒れ込む。
受け身を取れなかったトミコは私の体重を受け止める羽目になってうめいたけれど、その叫びは決して途切れなかった。
「…憎しみに、支配されたく、ないっ…アケビちゃんも、前を向いて、その分、小説を書けるんならそれがいいって…言ってくれたの…ヒナちゃん、私、知ったようなこと、言うね…」
きっと私よりも反社会勢力を憎んでいるであろうトミコの言葉は、ただ瞬間的に糸が切れただけの私なんかよりも、ただひたすらに重く感じた。
…私は。私は、なにをやってるんだ…?
「…カナデちゃんは、ヒナちゃんに…そんなこと、望まないって…私、信じたいのっ…ヒナカナは、今でもお互いを思いやってるって…信じ、させてっ…そういう小説、書きたい、からっ…」
「…う、ああ…カナデ…カナデぇ…」
カナデのきつい言葉は、決して他人を傷つけるために生み出していたわけじゃなかった。
孤独に戦う自分を奮い立たせるため、そして自分自身を傷つける覚悟を持って、誰も巻き込まないように周囲を突き放していた。
カナデは、私に守られることを望んでいなかった。ただ私に味方でいて欲しくて、それはそばにいるだけで十分でもあって。
私はカナデのことを理解できていなかった。カナデを守るためという私の誓いは、いびつな目的を作り上げて私自身を守っていただけだった。
そこに気づいた瞬間、私の体から魔力を含めたあらゆる力が抜けていき…ただ情けなく彼女の名前を呼んで、子供のように泣いてしまった。
そんな役立たずな私をトミコは倒れたまま後ろから抱きしめて、慰めるように胸のあたりをトントンと叩いてくれた。
ふと気になってトミコが戦っていた方角を見てみると、気絶した魔法少女が土魔法で作られたケージに閉じ込められていて。
余計な怪我をさせずに任務を達成した彼女は、私なんかよりもよっぽど優しいと感じた。