私が現体制派になってからおよそ二週間、その生活は劇的に変化した…わけではなかった。
朝起きたら学校に通って授業を受け、影奴の討伐や派閥の任務があればそれに従事して、これらを達成できたら自室に戻って眠る。それだけ。
一応私が現体制派に加わったことはクラスの内外にも広まっているらしく、元々クラスメイトとはさほど交流はなかったけれど、それでも『その気になればすぐに拘束できる権利がある』と思われているのか、近づかれたり陰口を叩かれたりすることが一層減った。
幸いなことに、とくに態度が変わらない人もいてくれる。リイナは「ま、私は派閥とか関係ない技術者だしね。これからも気にせずバンバン頼ってよ!」と人懐こく笑ってくれて、カオルさんは「どんな立場の魔法少女でも尊重したい、その気持ちは変わらないからね」といつものにこやかな調子で伝えてくれた。
ムツさんは心根が優しすぎるのかちょっと悲しそうにはしたけど、それでも「私もカオルと同じ気持ちよ。あなたのこと、派閥抜きにして友人だと思ってるわ」と握手してくれた…ああ、どうせ派閥に入るのなら改革派にすればよかった、そんな無意味な後悔をしそうになる。
もちろん、一番態度が変わって欲しくなかった人…カナデとは完全に交流がなくなって、同じ教室にいても目すら合わせてくれない。もちろん私も合わせられるはずがなくて、彼女にできることはもう一つしかなかった。
(…カナデを害するすべてを駆逐する、それだけは。絶対に、絶対に…達成してみせる)
あの日惨めったらしく一人で泣いた日の誓いは、今も私の道しるべになってくれていた。
*
「近距離戦を仕掛ける。トミコ、援護を」
「了解っ。風魔法で機動力を上げるよ」
この日、私と新しい仲間…『トミコ』は、廃墟となったショッピングセンターに訪れていた。かつては多くの人が訪れたのか三階建てでそこそこ規模が大きいのに、今は多少の風化を感じられる程度に建物内が荒れている。
そんなセンターの広間、ヒーローショーでも行えそうな台座の周囲に影奴がわらわらと湧いていて、そこで敵を倒す私たちはさながら『子供たちを喜ばせるために戦う魔法少女』とでもいうべきか。
…子供がいないことを除けば、概ね間違ってもいない。
「体が軽い…ありがとう、トミコ」
「へ、へへ…どういたしまして。水魔法で援護、続けるね…」
トミコは現体制派が私にあてがってくれた新しい相棒…仲間だった。
髪は夜に溶け込むように真っ黒、ミディアムロングの髪を二つの三つ編みにしていて、それをドーナツみたいな輪っかに結っていた。眼鏡をかけていることもあり、ぱっと見はテンプレート並みの文学少女だ。
ちなみにマジェットは先端部に紫の宝玉がついたロッドで、それで魔力をコントロールし『四大元素魔法』として打ち出すのが主な戦い方だった。その様子は魔法少女というよりも魔法使いで、ある意味では一番魔力を魔力らしく使っているとも感じる。
「ウォーターニードル…発射っ」
今日の敵は地を這う低級影奴に加え、それを二回りくらい大きくした中型がいくつか。ただ単に大きいだけでなくそれに見合った耐久力、腕の先端を飛ばしてくる飛び道具もあって、定点射撃のみで撃退するのはややリスクが高かった。
なので私はランチャーメイスを持ち替えて打撃モードに切り替え、トミコはすぐさま風魔法を起動してそれを私の体に纏わせた。自分の周囲に見えない風の流れが生まれたと思ったら途端に体が軽くなり、軽いステップでも瞬時に敵との距離を詰められる。
さらにトミコは杖を振るって鋭い水のトゲを無数に発射、それらは低級の影奴を制圧するのに十分な威力と手数だった。
「よし、これなら囲まれずに処理できるかな。カナ…トミコ、安全な場所から援護を続けて。増援が出たらすぐに報告を」
「りょ、了解だよっ」
おとなしい見た目とは裏腹に、トミコは優秀な魔法少女だった。私と同じ一期生で現体制派入りを果たしたのだから、当然かもしれないけど。
彼女の使う魔法は汎用性に優れ、攻撃から援護まで幅広くこなせる。今みたいに風魔法を機動力強化に使うだけじゃなくて、土魔法を応用して地面から壁を発生させ、頑強なバリケードを作るなんてこともできた。
性格はその容姿通りやや引っ込み思案な感じではあるけど、戦闘においては極度に弱気なこともなく、はっきり言うのなら頼りになる仲間だった。
そう、トミコは仲間として申し分ない。それはこれ以上の波風を立てず役目を終えたい私にとって、理想的な存在であるはずなのに。
(…これで『カナデ』と呼びそうになったの、何度目かな…)
かつて一緒に戦っていた相棒のような一撃離脱を繰り返しつつ、私は自問自答をしていた。
トミコはとくに突っ込むことはないけれど、こうした言い間違いはすでに何度か繰り返していて、私の網膜には今も踊るように敵を切り裂くカナデの舞が再生されていた。
金色に輝くフィッシュボーンを踊らせながら、ケープの光を残像として夜に刻み、私の怪我を優しく治してくれた相棒。
(…私の相棒は、きっとこれからも…カナデだけ)
敵の集団を水魔法で押し込めるトミコを眺めながら、私は中型の影奴を頭から叩き潰す。風の力を得た私の体は最小限の魔力消費で飛ぶように動けているため、雑魚の影奴ではどうあがいても捉えられなかった。
だから、考えてしまう。カナデのことばかり、どうしようもないことだけを、ただ意味もなく。余裕というのは、こうした無駄まで生みだしていた。
トミコは悪い子じゃない。むしろ、いい子だろう。こんな私とも組んでくれて、これまで一度も文句を言わなかったのだから。
だけど、トミコは仲間だ。『相棒』にはなれない。
こんなのは学園側からすると言葉遊びでしかないのだろうけど、そのわずかな違いは私の中で遙か天空にまで伸びる壁を生みだしていた。
「ひ、ヒナちゃん、でかいのが出たっ。今援護を」
「時間よ止まれ。こいつとなら戦ったことがあるし、私一人で大丈夫」
壁の向こう側から声が聞こえてきた瞬間、私は視線だけを移動させてターゲットを確認する。
それは見知った敵…そう、カナデとの初任務で倒した敵と同じタイプの大型で、放っておくと雑魚を生み出す。さらに近づきすぎると薄汚い液体を吐き出して広範囲に被害を及ぼすため、出てきた瞬間に潰すのが最適解だった。
なのでトミコが言い終える前に時間を停止、私はベルトに装着したアタッチメントノズルの一つを取り出してランチャーメイスの砲身に装着した。
そのノズルはさながら十字架のような形で、横に飛びだした突起は剣の鍔に見える。現にそれはリイナに『バスターブレイドモード』について教えた結果開発されたもので、本当ならカナデがいないと再現できないモードを一人でなし得るために作られていた。
「ランチャーメイス、ブレイドモード…消えろ」
トリガーを引くと同時にビームが射出、両刃の剣のような形を保ったまま固定される。そして私は大型の前でジャンプし、頭から一刀両断した。
その威力もサイズもカナデと放った技とは比較にならないほど小さいけれど、この規模の敵を一撃で撃破するには十分な威力だった。
真っ二つになって消えていく敵に背を向けて時間停止を解除すると、私を援護しようとしたトミコと目が合った。
彼女は寂しそうでも悔しそうでもなく、ただにへらと愛想笑いをしてくれる。それは彼女なりの気遣いであるようにも感じて、ようやく私の胸はわずかに痛んでくれた。
「…そ、そうだよね。ヒナちゃん強いから、私の援護なんていらなかったよねっ」
「…いや、トミコがいなかったら大型が出る前に魔力切れになってたから。いつもありがとう」
「…う、うん」
私とトミコは、仲間でしかない。一緒に戦うようになってからの会話は最低限で、別に支障はなかったのだけど。
私は自分の感傷を彼女に押しつけ続けていたことに気づき、同じような愛想笑いを浮かべてお礼を伝えた。トミコはやっぱりそれ以上余計なことは言わなくて、おかげで私の痛みもすぐに消えた。