「魔法少女学園一期生、ヒナ。本日よりあなたは現体制派となり、学園だけでなく世界の秩序を守ってもらいます。その役目を負うこと、誇りに思いなさい」
「はい」
カナデが部屋から出て行った翌日。休日であるというのにインペリウム・ホールへと呼び出され、様々な儀礼を行うための部屋…『ルミナス・オーディトリウム』に来ていた。
ここは教会のような内装で、左右には二人がけの椅子がいくつも並んでいた。両サイドにはステンドグラスが設置され、日光が差し込むことでまるで祝福が色を持って降り注いでいるようなイメージがある。
もっとも、私にとっては…祝福どころか、呪いとでも言うべきものが背負わされるのだけど。
「それでは、腕章を装着なさい。これにて誓いが成立します」
「はい」
私の目の前にはハルカさんが、その後ろには二人の魔法少女の彫像がそびえ立っていた。
片方は、以前応接間で見た絵画に描かれていた長い髪の魔法少女。左側に立っていて、もう片方の彫像へと手を伸ばしていた。
もう片方は、同じくらいの長さがある髪をツインテールにした魔法少女。右側に立っていて、同じようにもう片方の彫像へと手を伸ばしていた。
二人の彫像の手は決して触れ合うことなく、握りこぶし一個分くらいの空間がある。そして彫像である以上、この二人が手を取り合うことはないのだろう。
(…私とカナデみたいだ…なんてね)
あの彫像のように、私がいくら手を伸ばしても…大切な人には、もう届かない。
その事実は重くのしかかり、腕章を取り付けるのにも苦労した。
「…これで完了です。ヒナ、我々はあなたを心より歓迎いたします。聞いたところ、今は一緒に戦うパートナーがいないようですから、同じ派閥からすぐに割り当てます」
「…必要ありません」
「いいえ、これは決定事項です。あなたほどの優秀な人材を簡単に失うわけにはいきませんから」
私の相棒は、カナデだけだ。
そんな言葉が今さら吐けるはずもなく、私は惨めで些細な反抗心を見せる。ハルカさんはもちろん表情一つ変えなくて、書類上の情報を伝えるように淡々と口にした。
「…ここからはわたくし個人の言葉です。ヒナ、あなたの判断が間違ったものだと思われないよう、我々は全力で支えます。そして、先日の約束を違えることもありません…以上、質問はありますか?」
「…ありません。ありがとう、ございました」
「…よろしい。今日は休日ですから、ゆっくり休みなさい。このホール内にも保養施設はありますから、これからはそちらも自由に使ってもらって結構ですわ」
「いえ、部屋の片付けがありますから…今日は失礼します」
「そうでしたか。余計な気遣いでしたわね」
ハルカさん個人の言葉…多分それには、嘘が含まれていない。つまりこれから先にカナデへ危害が加わることもなければ、私に対するサポートもしてくれるのだろう。
それは間違いなく私の望む結果であり、この呪いを背負う意味は十分あった。これからのすべきことは今まで通り学校に通って、そして派閥の仕事をこなすだけ…つまり、難しいこともないだろう。
そう、これでよかったんだ…それなのに。
(…帰ろう。カナデのいない、自分の部屋へ)
戻るべき場所に誰もないという事実、それは望む結果を手に入れたとしても満たされなくて。
私のこの喪失感はいつ埋まるのだろう、そして埋めてしまってもいいのか、わからないことだらけだった。
だから今はただカナデの残滓が残る部屋に戻って、そして気持ちを整理したい。その一心でハルカさんに頭を下げて、この呪いに満ちた空間を後にした。
インペリウム・ホールを出て寮に戻る直前、木に囲まれた道を歩いているときのこと。
(…カナデ!…え?)
私の視界に見慣れた後ろ姿が映り、体は条件反射でそれに追いつこうとしたら。
(…隣に、アケビ? なんで?)
カナデの隣にはアケビがいて、二人でなにかを話しながら歩いていた。私は咄嗟に木々の中に隠れ、音を立てないようにつかず離れずの距離を保ちながら、二人の後を追う。
(…なんで、カナデ。そんな)
カナデは私と出会った頃のような仏頂面をしていたけれど、それでも笑顔でなにかを話すアケビに頷いてもいて、それは誰をも拒絶していた頃よりも柔らかに見えた。
(…そうか、カナデ…次は、アケビと)
確かめるまでもないことは、簡単に予測できる。
そしてこういうことは魔法少女学園では珍しくなくて、むしろ一人で戦うよりも安心できるだろう。
それにアケビはいい人だし、カナデと組む相手としては適切だろうとも思う。
なのに、なのに、なのに。
(なんで? なんで、カナデは…私、以外と)
なんで。なんで。なんで。
なんでなんでなんでなんでなんで。
(カナデは優しい子で、一人だと無理をする。だから、彼女の隣に誰かがいてくれるのは、いいことなのに)
ぎゅうっと呪いの象徴である腕章を握り、自分の中に生まれた衝動をかみ殺す。
こうでもしないと…私は、あの二人に突っ込んでいきそうで。
(…痛い。痛いよ、カナデ…胸の奥が、痛いの…)
カナデが一人にならなくて、よかった。
でも、カナデの隣にいるのが私じゃなくて、痛い。
私が痛がればすぐに治してくれるあなたは、もういない。
(…治してよ、カナデ…カナデの、せいなのに…)
二人が寮に足を踏み入れた直後、私は木の後ろに隠れたまま四つん這いになり、うなだれた。
そして潤んだ視界が元に戻るまで、一歩も動けなかった。
「…ただいま」
片付けが必要だったはずの部屋に戻る。
でも、そこはすでにきれいになっていて。多分私がいないうちに、カナデが荷物を片していったのだろう。
そんなこと、しなくてもよかったのに。
「……カナデの、ばか」
少しくらいあなたを思い出せるものがあってもよかったのに。
いや、まだあるかもしれない。だから惨めったらしく探してみたら。
「…カナデのリボン。予備を忘れていったのかな」
入り口付近に落ちていたそれを拾い、握る。
そして自分とカナデのつながりを失わないよう、私はリボンを自分の髪の左サイド部分に結んでみた。
「…はは、全然似合っていない」
姿見で確認し、思わず笑ってしまう。モスグリーンのリボンは悪目立ちして、きっと見られたら「似合わないからやめなさい」と文句を言われるだろう。
「…いやだ。これは、絶対に外さないよ」
忘れないために、いつかあなたに見せるために、そして返すために。
何よりも、いつでもあなたがそばにいてくれるような気がするから。
それからも涙で滲む視界の中でカナデの忘れ物を探してみたけれど、結局見つかったのはこのリボンだけだった。