「さて、そろそろ前置きはなしにいたしましょう。ヒナ、現体制派に加わりなさい」
合同部隊として戦ってから、二週間ほどが過ぎていた。
そしてその間、私は何度も現体制派…ハルカさんに呼び出しを受けていた。その用件は仕事ではなく、私の勧誘…本当に、それだけ。
「…ですから、私は派閥には入れません」
私の回答は毎回同じで、最初のうちは世間話──この人たちでもそういう話題を持ち出すことはある──から入って、私をリラックスさせてから勧誘しようとしてきたけれど。ついにしびれを切らしたのか、今は呼び出してきた直後には加入するように求めてきた。
「…この頑固者め。いいか、お前は先日の戦いでその力を我々に示し、こちらから必要だと勧誘しているのだ。それは名誉なことだし、今派閥入りをすれば特例的な恩寵を受けることもできるだろう…私だって、お前なら…その権利はあると…思っている…」
今日の応接間でも向かい側にはハルカさんとマナミさんが座っていて、私は背筋をピンと伸ばし、なるべく聞き返されないようにはっきりと自分の意思を──それこそ何度も──伝える。
こうした反抗的な態度はこれまでの積み重ねを崩すかもしれないとは思っていたけれど、私にも譲れないものはあったのだ。
「ええ、マナミの言うとおりです。正直なところ、無派閥のチームがあの規模の影奴を討伐できるとは思っておりませんでしたし、時間稼ぎをしてもらえたら十分でしたわ。それに現体制派のような充実した装備もない中、全員が大きな被害を出さずに立っていられただけでも報償ものでしょう」
「…私が特別強いわけではありません。仲間たち全員が頑張ってくれてなかったら、力を温存することもできなかったと思います」
あの日、強敵の結界すら容易に貫通するレーザーを放っていたのだから、きっと現体制派の装備は私たちには想像できないほど充実しているんだろう。
一方で私とカナデの合体技はそうした最新装備に肉薄したと思われていて、それがこの新聞勧誘もびっくりのしつこさにつながっているのだろうか…。
「何度も言っておりますが、謙遜することはありません。あなたの力は極秘裏に済ませないといけない任務の達成はもちろんのこと、本来は太刀打ちができない相手すら圧倒できるポテンシャルがあります。これまではあなたの意思を尊重しておりましたし、今もそうすべきという気持ちはありますわ…けれど」
ハルカさんは珍しく逡巡する様子を見せて、それでも次に口を開くときにはなんのよどみもない言葉を紡いだ。
「あれほどまでの活躍を我々に示した以上、もはや放置することは難しくなりました。無論拘束といった真似はいたしませんが、あなたが首を縦に振るまではこうした機会も続くでしょう。もう一度言います、現体制派にお入りなさい」
どうしてだろう。
どうして、私は…こんなふうに、望まない評価をされてしまうんだ?
成績不振になれば矯正施設に入れられるから、そこまではならないように訓練も勉強もしている。だけどそれには誰よりも評価されたいという向上心があるはずもなく、ただ相棒と静かに任期を終えられればよかったのに。
私の周囲は…みんなみんな、勝手だ。私なんかを高く評価して、そのせいで警戒もされて、選べるはずの選択肢が削り取られていく。きっとカナデも、そんな環境に嫌気が差しているんだろうな。
「…私の相棒は、派閥を嫌っています。だから私が参加してしまうと、離ればなれになってしまいます。それは…望む結果ではありません」
「…ふむ。聞いてはいましたが、あなたは相当な仲間思いですね。冷静で判断力に優れると評価されていますが、本当のあなたは…優しい人なのでしょう」
「…気が進みませんが、姉様の言葉に同意します…こいつ…ヒナは、甘ちゃんですが、その。人間性は、善良だと感じております…」
どうやってこの場を切り抜けよう、なるべく表情に出さずそう考えていたら…突如として、部屋の空気が変わる。
ハルカさんはおそらく初めて聞かせるであろう、高原地帯のそよ風のような優しい声音で…一瞬だけ微笑んで、私を予想外の角度から褒めてきた。
挙げ句の果てにマナミさんまでその意見に同調し、視線はひたすら私から逃げていたにもかかわらず、何の反発もなしに私を評価する。
(…なんだこれ…でも)
この冷房が壊れたような生ぬるい風が満ちた部屋の中で、私の心はわずかばかりに軽くなる。現体制派の人たちへ友情を感じるたびに自己嫌悪があったけれど、今はその素直な褒め言葉が私を上向きにしてしまう。
ただ、次の言葉でそれは吹き飛んだ。
「…でも、そんなあなただからこそ、相棒…カナデを守るために現体制派に入るべきでしょう」
「っ!…カナデに何をするつもりですか」
「およしなさい、急に敵意をむき出しにするのは。わたくしたちとて、こんな話…したくはありませんもの」
「…姉様の気持ちを汲んでくれ。我々はそれなりに権限こそあるが、現体制派にいるすべての人間を従えているわけでもないのだ…」
その名前が出た瞬間、私の手は自分の意思を一瞬で反映したかのように、持ち込んでもいないマジェットへ伸びそうになる。
そんなわかりやすいリアクションは織り込み済なのか、二人とも取り押さえるような様子は一切なく、それでも複雑そうに顔を歪めて台本を読むように淡々と話し続けた。
「約束通り、あなたへのマークは外しています。しかし、カナデは派閥どころか学園に対して反発しているのはご存じでしょう? しかも、あなたと組むことでその力は想定以上に増幅され、学園の上層部ですら危険分子として警戒しています。このまま状況を放置すると、多少強引な方法で『解決』を図ろうとするでしょう」
「そんなことさせません。カナデは私が守ります」
「…ふん、お前ならそう言うと思った。でもな、お前は優秀かもしれんが…ここの生徒だ。魔法少女学園に通う以上、ここのルールには従わないといけない。逆らうとどうなるか、聞くのもいやだろう」
「それはっ…!」
わかっていた。私は過剰に評価されていてもここの生徒でしかなく、カナデに言わせれば…搾取される側でしかない。
そんな立場が一人『反逆』をしたところで、早々に取り押さえられるのが関の山だ。それを思い出せるくらいの冷静さはある。
だけど…認められない。親におもちゃを奪われる子供のように、ただ認められなかった。
「…我々とともに来なさい、ヒナ。そうすればあなたの力はより学園に近しい場所で管理され、それに見合った待遇と安全が約束されます。無論、あなたの相棒も一緒に来るのなら同等の庇護下に置かれるでしょう」
「……私は」
「…何度も言わせないでくれ。お前は時間を止められるかもしれんが、それでも世界は動き続けている。望む方向に行くか、逆方向に行くか、わからんが…力がある人間は、その方向を動かすことだってできるだろう」
認められない。この学園について知ってしまった私が、学園側につくだなんて。
なのに、この二人を見ていると。どうして、どうして。
(…なんで、そんな顔をしているんですか。そんな、普通の女の子みたいな…)
ハルカさんは眉尻を下げ、瞳の奥にある意思を押し殺すようにただ勧誘し続けていた。
マナミさんは似合わない静かな声を出しながら、心配げに目を細めて私を見ていた。
それは単純な私を欺く演技の可能性もあるのに、私を心配してくれるカナデの雰囲気へわずかに似ていて。
「…カナデは、多分来ません。その場合、私だけが現体制派に入ります。そうであっても、カナデの安全は保証されますか」
「ええ、もちろん。カナデは『ヒナを現体制派入りさせるために尽力した』として、学園に十分貢献したと処理できるでしょう…それと、信じられないでしょうが」
すでに空っぽになったティーカップを持ったハルカさんは、口元まで近づけてから何も入っていないことに気づき、ばつが悪そうにテーブルに置いた。
「…わたくし個人としても、カナデには害が及ばないように最大限のことはします」
「…よろしく、お願いします。卒業まで、絶対に…カナデを、守ってください…」
「…厚かましい奴め。我々は、お前を歓迎する…」
この日、私は初めて自分の無力を呪った。これまでも力不足を感じたことはあったけど、今日の出来事は…一生、忘れない。
(…ごめんなさい、カナデ。弱い私にできることは、きっとこれだけだから)
うつむき、ここにはいない相棒に謝る。後で本人にも伝えるだろうけど、その結末を思うと…耐えきれなかった私の目から、雫が一滴こぼれた。
「…我々は部屋から出る。お前は焦らなくていいから、落ち着いてから戻れ」
「ええ、誰も入らないように言っておきます。それとこれ、使ってくださいな」
マナミさんとハルカさんは最後まで気遣わしげな声を出して、ハンカチを置いてから部屋を後にした。私はそれに対してなにも言えず、ただ声を殺して頭を抱え続けた。