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第33話「戦いの前に」

 模擬戦が無事に終わってから程なく、私とカナデは放課後に呼び出しを受けていた。

「指導室ってことは、やっぱり影奴の討伐かな?」

「まあそれ以外ないでしょうね…私、あまりあそこが好きじゃないんだけど」

「好きな人、いるのかなぁ…」

 行き先は指導室…主に影奴の討伐に関連した通知がされる場所で、なおかつそこそこ重要度が高い場合に呼び出される。私もカナデと組まされてからはあまり行くことがなくて、そのほうが気楽だという自覚もあった。

 …あの威圧感のある箱、撤廃したほうがいいんじゃないかなぁ…。

 懺悔室のようなオブジェを思い出した私はいまだにこの学園の風習に馴染み切っていないような気がして、同時に慣れる気配も感じられずに指導室へと入室した。

 二人同時に「失礼します」と伝えると、やっぱり変わらない光景がそこに広がっている。ただ、パーティションの向こうから聞こえる声は以前と少し違うような気がして、少しだけ若いような、可愛らしいようにも感じた。


「お待ちしていました、魔法少女学園一期生のヒナにカナデ。早速ですが、魔法少女発電所の近くに協力で大規模な影奴の気配を感知しました。このため、あなた方の実力を評価してこちらへの討伐に向かってもらいます」


 少しだけ高い声とは裏腹に、これまで以上に早く用件を伝えてくる。それくらい焦っている…ようには見えなかった。だって、顔が見えないし。

「…規模が大きいというのなら、私たち二人で大丈夫でしょうか。私たちはまだ一期生です」

 隣に座るカナデはやや鋭い声音で質問し、ふとその横顔を見るとやっぱり険しそうにしている。それでも私と目が合うとわずかに頬を染めて、いつもの調子でぷいっとした。

 こういう様子を見ていると、どうしても私は緊張感が抜けて口元が緩みそうになる。


「心配はもっともですが、安心なさい。今回は学年や派閥を超えた合同討伐部隊が編成されるため、多数の魔法少女が配置されます。優秀な者から選抜しているため、あなた方にもその評価に恥じない活躍を期待しています」


(…派閥を超えた編成。カオルさんやムツさんは喜んでいそうだけど、これで完全に一つになるとか無理そうだな…)

 合同部隊という言葉を聞き、思わず私はカオルさんの理想…『共通の敵が現れることでの一致団結』を思い出す。

 それは争いを繰り返す人間の歴史から見ても有効なのは確実であり、実際にそうなればいいとは思う。いや、倒せないほど強すぎる相手だとカナデに被害がいきそうなので困るけど。

 けれどこれまでの戦闘から考えれば、いくら強敵の影奴であっても…ましてや今回は優秀な魔法少女たちが集まると考えた場合、協力は今回限りで終わってしまうんだろう。

 …魔法少女も人間だけあって、やっぱり愚かなんだな。


「以上です。ここで活躍しておけば、派閥入りを求められるかもしれません。応じるかどうかは自由ですが、この学園にとって有益な選択をすることを願います」


 その言葉を最後に厳めしい箱は静かになり、私とカナデは挨拶をしてから退出する。

 そこから出て十分指導室から離れたことを確認してから、カナデは私の袖口をきゅっと引っ張ってきた。

「…次の戦いだけど。死なないでよ」

 指導室にいた彼女とは別人のように、その顔は思いやりと不安に満ち満ちていて。

 あの日、模擬戦を通じて心を通わせたときのように、私の心音はまた一段高い音を立てた。

「アンタは私よりも強いわ。だから、この心配は余計なお世話かもしれない。でも…アンタには、こんなクソッタレな使命で倒れて欲しくないの」

 窓から差し込む夕日がカナデの全身を照らし、まるで過去に撮影した写真のように私の記憶に焼き付く。

 私は多分、この子を知っていた。そんな錯覚を起こすくらい、カナデは私の中へ鮮明に刻まれている。

「怪我をすれば私が治す。力が必要なら私が貸す。だから…生きて戻りましょう。このクソみたいな学園へ」

「うん、約束する。ここはカナデにとってつらい場所なのかもしれないけど、私があなたを守るから。今回だけじゃない、これからも、ずっと」

 袖を握っていたカナデの手を両手で包むように握り、私はまた誓いを立てる。

 人間は弱い。だから醜く対立して、上に立つ人間は搾取だってする。その事実を壊すほどの力がない私たちは、今の状況に甘んじることしかできないけれど。

 だけど、この気持ちだけは…『大切な人を守りたい』という意思だけは、どんな人間であっても蹂躙できない。奪わせることもしないし、邪魔だってさせない。

 その目的があれば、私は魔法少女でいるあいだは戦えるだろうから。

(…そして、できれば。魔法少女じゃなくなったときも)

 カナデは多分不器用な人だから、魔法少女から解放されたあとも苦労しそうな気がする。

 そして魔法少女学園の外にも様々な悪意がうごめいているのなら、私はそれからも…守りたい、かもしれない。

 ううん、少なくとも今の私は──。

「……べ、別にそこまでお願いしたつもりはないけど。でも……あ、ありがとう……」

「ふふ、こちらこそ。無事に戻ってこられたら、お休みの日に何かおいしいものでも食べに行こうか」

 かつては私が勝手に誓っていた願いにも、カナデは夕焼けよりも赤く染まった顔でお礼を言ってくれた。その言葉はたどたどしく小さかったけれど、私は絶対聞き逃さない。

 そして私は、またここへと戻ってくるだろう。これまではそれ以外の選択肢がなかっただけだけど、今は違う。

 カナデという戻ってくるべき理由ができたのだ、それはきっと…幸せなこと。

 夕日の生み出す魔力によって際立てられたカナデの美しさにしばらく見とれていたら、ついに限界を迎えた彼女に「そ、そろそろ離して。恥ずかしいから…」と言われ、私はにっこり笑って「せっかくだし、今日は部屋に戻るまでつないでおこうよ」なんて言ってしまった。

 ちょっとはしゃぎすぎかなとは思ったけれど、カナデは無言で頷き、私はようやく恥ずかしさに顔が熱くなりつつも握った手は離さなかった。


 *


「やあ、ヒナさんにカナデさん。一緒に戦えて嬉しいよ」

「二人とも、久しぶりね〜…あら、前より仲良しさんになったかしらぁ?」

 影奴討伐の当日、私たちは廃止された飛行場に来ていた。利用者の大幅な減少や機能移転などの都合により、今はだだっ広い滑走路が広がるだけの場所になっている。

 近くには魔法少女発電所もあるけれど、そちらには不可視も含めた結界が張られているので、万が一私たちが負けるようなことがあっても最悪の事態にはなりにくい。

 とはいえ、影奴の中にも規格外が混ざっていればこの国のインフラに関わる…ということで、それなりの緊張感を持って私たちはここに来ていた。

 そして、見知った顔…それも親しくしてくれる上級生が会いに来てくれたことで、適度に体から力が抜ける。

「お久しぶりです…私もお二人がいると心強いです」

「…どうも。それと、別に仲良しじゃないわ」

 カナデは改革派が相手であっても態度が悪い…けれど、私を助け出してくれたこともあってか、彼女としては穏やかな返事をしていた。

 …今さらそこを否定されるの、微妙な気持ちになるな…。

「あら、皆様おそろいで。普段は厄介な相手が味方ですから、大変心強いですわ」

「…姉様のおっしゃるとおりです…」

 当然だけど、この場には現体制派の魔法少女たちも多くいる。そしてその中でもエースと言えそうな二人…マナミさんとハルカさんがいても不思議じゃないんだけど、わざわざ顔を見せて挨拶をしてくるとは思ってなくて、ちょっとびっくりした。

 もちろんカナデは改革派相手とは比較にならないほどの敵意をむき出しに睨んでいて、私が「怒っちゃダメだよ」と小声で伝えたら鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「お、おい」

「…あ、私ですか?」

 普段なら自分の派閥以外に対して攻撃的なマナミさんだけど、今日はどういうわけか覇気がない。そのほうが静かでいいと少し失礼なことを考えていたら、これまた控えめな様子で私を呼んできた。

「…くっ。先日は、助かった…この恩、忘れん…だ、だが、もしも我々に弓を引くようなことがあれば、それは別だからなっ!」

「なによアンタ、ヒナになにされたの! ヒナ、どういうことよ!?」

「あっ…その、これはー…」

「…ヒナは先日、怪我をしたマナミを助けてくださいましたの。マナミもそうですが、わたくしもその恩は忘れておりません」

 そうだ、よくよく考えると…私が現体制派の仕事を手伝っていたのは秘密で、マナミさんの言葉にとてもばつが悪くなる。けれども助け船を出してくれたのはまさかのハルカさんで、まさに『嘘ではないけど真実は隠されている』ような言い訳に胸をなで下ろした。

 カナデもそれを信じてくれたのか、それ以上は突っかからずに「…ふん、お人好しなんだから…」と現体制派から目を逸らす。そんな私たちのやりとりを、カオルさんとムツさんは意味ありげに微笑みながら見守っていた。

 …この二人なら、私の行動についても把握していそうだな…。

「さて、そろそろ配置についてくださいまし。わたくしは後方から狙撃と指示出しを行いますので、焦らず堅実に戦ってください。あなた方の力、頼りにさせてもらいます」

「はい、姉様!」

「ええ、もちろん。我々改革派は、現体制派だけでなく無派閥の魔法少女とも力を合わせられることを嬉しく思います」

「そうねぇ〜…こんな関係、いつまでも続いて欲しいわ」

 決して険悪じゃないけれど、かといって団結力を感じるほどでもない。そんな空気はハルカさんも理解していたのか、程なくして戦いが始まることを伝えてくる。

 それに対しての返事は三者三様とも言うべきで、きっとそれぞれに戦う目的があるのだろう。

「…行こう、カナデ。まずは生きるため、そして帰るために」

「…ええ。優しいあなたがこんな場所でくたばらないよう、守ってあげるわよ…命をかけて、ね」

 そして私たちの目的は、これだけ。壮大からはかけ離れた、とても些細な願い。

 だけど、この誓いだけは守り抜く。そう決意しながらカナデとアイコンタクトを取ると、彼女も私と同じように微笑んでいた。

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