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第31話「アケビとの再会」

 私とマナミさんが武闘派を撃退してから少しして、傷ついた魔法少女を回収する救護班と…そして、ハルカさんも一緒に訪れた。

 マナミさんは気を失っていたので叱るような様子はなかったけれど、つい私はハルカさんに対して顛末を伝えつつ「あの、マナミさんはすごく頑張ったので怒らないであげてください…」なんて言ってしまった。

 それに対しては露骨に睨まれながら「わたくしをなんだと思ってますの?」と抗議され、だけど運ばれていくマナミさんを見送って二人きりになった直後、ハルカさんは腰を折って深々と私に頭を下げてきた。


『…マナミを守ってくれたこと、絶対に忘れません。この恩、いつか必ず返しますわ』


 これまでの丁寧でありながらもどこか高圧的だった態度から一変し、無防備なまでの角度で頭を下げるこの人の声音は…少しだけ、本当に少しだけだけど、震えていた。

 そして彼女は元の姿勢に戻ると何事もなかったかのように背中を向け、いつもの調子で「さて、それでは戻りましょう」と言い放ち、呆然としていた私は慌ててその背中を追った。

 …私、やっぱり単純すぎるな。無言で学園に戻りながら、毛糸玉のようにコロコロと転がり続ける自分の気持ちに頭を抱えたくなった。

 だって、私は。

 自分のことを教えてきたマナミさんに。

 妹分を助けてくれたことに感謝するハルカさんに。

 本当なら感じるべきではないもの、『友情』を覚えかけていたのだから──。


 *


 私たちがルミとアヤカを撃退してから3日後、授業の日程が急遽変更された。通常の授業の代わりに組み込まれたもの、それは。

(…魔法少女同士の模擬戦闘、か。多分、そういうことなんだろうな)

 これまで私たち一期生は対影奴を想定した戦闘訓練がほとんどで、魔法少女同士の戦いなんて意識すらしていなかったように思う。

 けれども発電所の襲撃や武闘派との戦闘も短期間で立て続けに起こり、それを把握した上層部も焦燥感を覚えたのかもしれない。魔法少女同士の戦闘なんて昔からあったとはいえ、現体制派の少女が負傷したとなれば看過はできないのだろう。

 …もしもこれで無派閥や改革派が負傷していたら、彼らはきちんと対策を考えてくれたのだろうか。

 なんて期待できないことを思いつつ、私はケープとランチャーメイスを装備して戦闘訓練所へ訪れていた。

 全体的に白で染まっているのは校舎とほぼ同じだけど、壁はブロックを組み合わせたような継ぎ目が見えており、窓ガラスの向こう側には何やらモニター用の機械が設置された見学室があった。そこには私の武器調整を担当してくれているリイナもいて、目が合うといつも通りの笑顔で手を振ってくれる。もちろん私も振り返した。

「あっれぇ、ヒナっちじゃん! ぐーぜんだね!」

「え、アケビ…?」

 私が入ってから程なく、手合わせの相手が入ってきた…と思ったら、それは見知った顔だった。

 アケビはあの頃と変わらない人懐こさ全開の笑顔を浮かべ、手をぶんぶんと振りながら私の目の前まで走ってくる。そのまま両手で私の手を握ってきて、屈託なく再会を喜んでくれた。

 その様子には私でも悪い気はしない…というよりも、マナミさんやハルカさん相手と違って素直に友情を感じられて、かつて彼女が言っていた『袖すり合うも多生の縁』という言葉を痛感できる。

 もちろん、顔などに傷跡は残っていなかった。

「魔法少女同士で手合わせなんてちょっと不安だったけどさぁ、ヒナっちが相手なら安心じゃん! ヒナっち優しいもんね?」

「あはは、優しいかどうかはわからないけど…私もアケビでちょっと安心、かな」

 発電所防衛以降は会っていなかったのに親しくしてくれる彼女に対し、私も比較的自然に笑うことができる。なんだかんだでカナデやリイナ以外とはあまり話さない私にとって、こういう向こうから親しくしてくれる相手は貴重な気がした。

 ともすればなれなれしいの領域に両足を突っ込んでいそうなアケビだけど、やっぱり善良な人間性というのは言葉だけでなく態度にも出ていて、イルミネーションみたいにキラキラとした雰囲気には人を楽しませるような力があるのだろう。

「ま、ヒナっちなら怪我をさせてくるようなこともないし…そんじゃあ、ちゃちゃっと終わらせておしゃべりでもする?」

「うん、いいよ。戦闘訓練所なら怪我をしないようになってるから、お互い全力を出そう」

 戦闘訓練所は魔法少女の発する魔力の接触反応を変更し、直接体に当たる前に反発してダメージを無力化するようになっている。簡単にまとめると『同じ方向を引っ付けようとした磁石のように引き離し合う』という仕組みだ。

 なので攻撃に当たれば軽く吹っ飛ぶくらいで済むし、壁にぶつかりそうになっても同じように反発が働くため、想定内の戦闘行為であれば怪我の心配はない。

 だからこそ、敵対していない仲間と戦うこともできる…それを知っている私は全力を尽くすことをアケビに誓ったら、彼女は「ヒナっちは真面目さんだなぁ〜」なんて笑っていた。


「うー、接近戦なら勝てると思ったのに…ヒナっちの攻撃、めっちゃ重いね…」

「いや、結構ギリギリだった…アケビ、離れても戦えるんだね」

 模擬戦終了後、私たちは室内にある椅子を模したせり出している壁に座り、休憩しつつ雑談をする。

 今回の戦闘訓練では『固有魔法なし』というルールがあったため、私たちはマジェットと汎用魔法のみでの手合わせを終えていた。

 アケビの獲物はクレイモアなので近距離型なのは間違いないし、となれば私はなるべく離れて射撃に専念したほうが安定する…けれど、そうした油断は危険だということがわかったのがこの模擬戦の収穫かもしれない。

「アタシもさぁ、敵に近づけないときはどうしよって考えてた頃があってぇ…柄のところに輪っかがあったから、『ここに指を入れて回しながら投げたらブーメランになるんじゃね?』って思って試したら上手くいったんだよねぇ」

「…それで思い通りになるあたり、アケビって結構すごいね…」

「んふふ、もっと褒めていいんよ?」

 戦闘開始直後、私はなるべく距離を取りながら射撃をしていたのだけど…なにを思ったか、アケビは回避をしつつ大柄な剣を投げつけてきて、その予想外の攻撃には思わず防御せざるを得なかった。

 しかも弾き返した剣はアケビのところへ戻っていったのだから、実はあれは大剣ではなく本当にブーメランなのではないかと疑ってしまう。とにかく、魔法少女同士の戦いではこういう予想外が当たり前にあるため、先日の一件も含めて私は気を引き締める必要がありそうだ。

 …そんな必要がないほうがいいけど。

 こうした見えない心労を隠しつつ、私は負けたとは思えないほど上機嫌なアケビを「すごいね」と褒めておいた。

「…はぁ。やっぱさぁ、魔法少女同士ならこんなふうにみんな仲良くしたいよねぇ。この前のもそうだし、アタシは相方とも上手くいってないし…やっぱり、立場が違うとどうやってもわかり合えないのかなぁ?」

「…アケビ、相棒と上手くいってないの?」

 これまではケラケラと笑いながら話すアケビだったけど、会話が一段落したらふとため息をつき、人のよさそうな笑顔に陰りが生まれた。

 その言葉にどうしても他人事のような気持ちになれなかった私は、自分の相棒の顔を思い浮かべつつもつい踏み込んでしまう。

「うん…アタシの相棒さぁ、現体制派に興味を持ってて。何度か仕事を手伝ってたらスカウトもされたみたいで…ちょっぴりだけど、すれ違い?みたいなのを感じちゃうんだよね。アタシ、どうも『あっち』の考え方は馴染まなくて」

「…そっか」

 私とアケビではきっと置かれた状況も違っていて、異なる事情だってあるはずなのに。

(…カナデは、きっと現体制派を受け入れることはない。そんな必要はないし、だからこそカナデを守りたいと思う…だけど)

 もしもカナデが私の現状を知ったら、アケビたちのようにすれ違いが起こるのだろうか?

 いや…すれ違うだけならまだいい。

 もしも…カナデが、私から離れていったら?

「…ん? ヒナっちどしたん? どっか痛むの?」

「…ううん、大丈夫。模擬戦だから痛みとかないし、まだ時間も残っているから…もう一度、お願いできる?」

「うん、オッケー! ヒナっちが痛くならないよう、次はもうちょい気をつける!」

「あはは…本当に大丈夫だから」

 そのあり得るかもしれない結末を想像したら、私の胸は痛みを訴えた。心臓でも肺でもない、胸の奥の辺り。

 人はここを『心』と呼ぶこともあるらしいけれど、どうして私はそこが痛んだのだろうか?

 わからない。わからない、けど。

(…どうかその日が来ませんように)

 魔法少女が奇跡の存在だというのであれば、このささやかな願いくらい叶えてくれてもいいだろう。

 そう信じて私は空元気を引き出し、アケビとの手合わせを再開した。

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