武闘派の拠点は過去に鉱山として賑わった限界集落にあり、古い家屋や廃校となった学校を活用していた。廃鉱の奥には作戦司令室と呼ばれている区画もあり、過去の人の営みが生み出した基地とも言える様相を呈している。
魔法少女学園に比べてお世辞にもきれいとは言えないものの、ここを歩く少女たちはかつて発電所や矯正施設に収容されていた者が多く、それぞれができることをしながら自由を謳歌していたのだ。
そんな賑わいを見せる拠点の医務室…廃校の保健室に運ばれた二人の少女がいた。
「まったく、お前らは相変わらずだな…必要ではない魔法少女との戦いは避けろと言っているのに」
保健室のベッドに横になっていたルミとアヤカに対し、白衣を着た女性は心底呆れた様子で吐き捨てた。
見た目は30歳前後、灰色のロングヘアをシンプルなゴム紐でひとまとめにしており、白の長袖カットソーとカーキ色のミリタリーパンツ、その上に白衣を羽織っている。年齢相応の大人びた顔立ちには言葉とは裏腹に、魔法少女たちを見守るような温かみが見え隠れしている。
「そうは言うけどよ、師匠…今回は現体制派のやつがいたし、あたしのライバルもいたし、どう考えたって避けられないって」
「師匠って言うな、先生と呼べ…我々は武闘派であって『過激派』ではない、余計な争いは不要だ。おい、アヤカ聞いているのか? お前にも言ってるんだぞ?」
「…聞こえてる」
好戦的なルミに復讐へ身を焦がすアヤカ、どうしてこいつらが組んでしまったんだ…と思いつつ、先生と呼ばれた女性は頭を抱える。もちろん彼女たちに反省の色なんて見当たらず、楽しげなルミと不機嫌そうなアヤカの手当てをしていたら頭痛が加速した。
「いいか? 私たちは世の中を変えるとか、すべての魔法少女を解放するとか考えちゃいない。『魔法少女学園が救わない人を救う』、ただそれだけだ。過激派の連中みたいに海外勢力と結託してまで日本ごと崩壊させようだとか、そんな馬鹿なことは絶対に考えるな」
魔法少女学園からすれば刃向かう勢力はすべて『テロリスト』にまとめられているものの、学園内ですら完全な統一がされていないように、反抗勢力とて一枚岩ではなかった。
ルミやアヤカが所属するのは武闘派であり、彼女たちの戦いでは『魔法少女学園が見捨てた存在に手を差し伸べること』が優先されていた。
「矯正施設に送られそうな魔法少女を救出したり、『お偉いさん』に売り渡されそうな子を奪還したり、そういうのが最優先だ。発電所の襲撃みたいなテロ行為なんてもってのほか…アヤカ、わかってるのか?」
「…だから、私は警戒していた魔法少女の足止めだけしてた…発電所の破壊にまでは加わっていない…」
「屁理屈を言うなバカモンが」
「いてっ…」
武闘派と過激派は敵対しているわけではないにせよ、その方針ゆえに協力することはほとんどなかった。一方で魔法少女学園に反抗するという意味では同じであるため、目には見えない不可侵条約も存在していたのだ。
だからこそ、武闘派の面倒を見ているこの女性は先日の発電所襲撃に加わったアヤカを快く思っておらず、戻ってきた日も説教をしていた。
しかし世界を拒むようなジト目を向けるアヤカには響いていないのを把握し、それらしくも無意味な言い訳をした彼女に手刀を放つ。魔法少女に対する一般人の攻撃など無力でしかない…はずだが、手刀を受け止めたアヤカの額には言葉通りの痛みがあった。
「あはは、師匠…じゃなくて、先生には逆らわないほうがいいぞ。先生のげんこつ、急所に当たったらその日は動けなくなるからな…あたしも昔はそれで」
「なに無関係みたいなことを言っとるんだお前は。アヤカが自爆しようとしたらぶん殴ってでも止めろと前も教えただろうが」
「いでぇー! だって師匠、今回はあたしとアヤカで違う相手と戦っていたから、間に入る余裕なんてないって!」
「言い訳するな! あと師匠じゃない!」
「うぎゃー!! 先生、二発はやばいって! しばらく出撃できなくなっちまうよ!」
「ならその間に頭を冷やせバカモンが!」
「…うるさい…」
ケラケラと笑うルミではあるが先生が許しているわけもなく、説教の矛先は一瞬で彼女に向いた。むしろアヤカ以上に長い付き合いのある相手ということもあってか、手刀よりも破壊力のある拳が脳天に落ち、ルミはたまらず悲鳴を上げた。
それも、二発。魔法少女にすら痛みを与えるその一撃はルミに防御態勢を徹底させ、その師弟のじゃれ合いにアヤカは聞こえないほど小さな声で不満を訴えた。
そうだ、こいつらは…うるさい。こんな私にいっつも声をかけてきて、放っておけばいいのに笑いかけたり、心配したり、本当に…うるさい。
しかし二人のやりとりをみていたアヤカの口元からは力が抜けていて、彼女は慌てて無愛想に引き結んだ。
(…私は、偶然ここにいるだけ。仲間とか、そんなんじゃない…そんなの、なれない。求められても、いない)
ルミも先生も、私の方位計を狂わせる。行き先には復讐しかなくて、それ以外を見る必要なんてないのに。弱い私の針先は強い磁力に揺れるように、落ち着きなく行き先を見失っていた。
「…いいか。今でこそ過激派は魔法少女学園に有効打を与えていないし、だからこそ全力での打倒もされていない。だがな、あいつらのバックにいる連中は本気でこの国をどうにかしたいと考えている。だから過激派に協力して大きな打撃を与えてしまえば、あいつらはテロリストとして私たちごと駆逐しようとするだろう。あそこはそういう場所だ」
ルミが静かになったところで先生は軽く咳払いし、落ち着いたトーンで現在の懸念事項を伝える。その表情は二人が戻ってきたときのように、少女たちの行く末を見守る優しさが宿っていた。
「そうなれば、私たちの目的は達成できない。世の中を変えられずとも救えるものがある、そしてそれができるのが私たちだということを忘れるな。だから、今後は絶対に過激派に協力しないように。もしも協力した場合、私と一緒に腹を切ってもらうぞ」
「もちろんだ師匠。あたしは…魔法少女が、強いやつが好きだ。勝手な基準で落ちこぼれ扱いされて、強くなるチャンスを奪うようなことは許さない。だから、あたしは武闘派であることが誇りなんだ!」
「…ふん。別に、過激派に頼らなくても学園は潰せる。ここには強い奴もいるし、だから…一緒に戦うほうが、都合がいい」
腹を切る、それは比喩でもなんでもなかった。この女性はここにいるすべての魔法少女の責任を取るためにいて、そして間違いを犯せば一緒に償う覚悟も済ませていた。
同時に、それは彼女に従う少女たちも同じだった。
ルミは屈託のない笑顔で、アヤカは渋々でありながらもきっぱりと、自身の『先生』に対して誓いを新たにした。
「…まったく、ひよっこどもが生意気に。お前らの先生なんてしていると、隠居はまだまだできなさそうだな」
そして彼女もまたそのまばゆさに目を細め、久々に自分の口元が微笑んでいることを自覚した。そんな年齢でもないし、一生戦い続ける覚悟もあるものの、こうでも言わないと照れくささに押しつぶされそうだ。
そして彼女はもう一度両手を挙げて二人の頭に手を置き、ぽんぽんと二度ほど叩いてから「今日はもういいから寝るんだぞ」と母親のように優しい声で命令した。
夜の帳が下り、医務室のベッドは今も二つしか埋まっていなかった。
「なあなあ、アヤカ。まだ起きてるか?」
「…寝てる」
「おっ、起きてるか。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「…どうせろくでもないこと。さっさと寝させて」
先生が離れてまもなく、ルミは声を潜めて隣のベッドで眠っているアヤカへ声をかける。その返事は予想通りすげないものであり、もちろんルミはいつもの調子で無視をした。
「今日はさ、勝利のラーメン食べてないじゃん?」
「…負けたからね」
「まあそうだけど…ほら、今日は回復用の食事だったから味気なかったろ? 今からこっそり作るから、一緒に食べようぜ」
「…いらない」
はあ、とわざとらしくため息をつき、アヤカはルミに背を向けて寝直そうとした。もともとのアヤカは小食であり、実家にいた頃は小動物のような量しか食べていない。
だから自分は不要だ…そう思っていたのに。
アヤカの脳内に出来立てのインスタントラーメンが浮かんだ瞬間、そのお腹はくぅぅぅ、と可愛らしく鳴った。そう、体力と魔力を使い切った魔法少女が常人と同じ食事量で満たされるわけもなく、アヤカはあまりにもわかりやすい反応をしてしまった自分の肉体を呪う。
「へっへっへっ、体は正直ってやつか? 今日はお前の好きなとんこつだし、遠慮すると後悔するぜ?」
「…ちっ。水少なめで作って」
「はいよ」
不服ながらも本能を優先した相棒にルミは破顔し、床を焦がさないように焚き火台を展開してからラーメンを作り始める。
程なくして鍋からはとんこつスープの濃厚な香りが立ち上がり、二人はよだれを抑えつつ床に座って完成を待つ。その表情はどちらも──それこそアヤカですら──年相応の無邪気が広がっていた。
「あたしさ、戦うの好きなんだけど。でも相手が敵であっても、戦ったあとは一緒にこうしてラーメンを食うのも好きなんだよね」
「…綺麗事。そんな隙を見せたら、今度はこっちがやられる」
「だよなぁ…なんかいい方法ない? お前、頭いいんだろ?」
「…なんでそんなことに、頭を使わないといけないの」
箸を使って麺をほぐすルミからは好戦的な様子が消え、それこそ…かつてアヤカが通っていた学校にもいた、綺麗事を並べ立てる改革派の人間のようにすら見えた。
気に入らない。本当に、気に入らない。
(…ルミは、いつだってバカみたいに戦ってればいいんだ。私みたいにうじうじ考えず、敵をねじ伏せていればいい)
ルミと組んだ直後、アヤカはその喜々として戦い続ける様子を心底馬鹿にしつつ…同時に、うらやましくも見えた。
この子は、強い。勝っても負けても後悔せず、さらに強くなろうとする。敵すら対等に扱おうとするのは気に食わないけれど、それでも。
「…それなりに話のわかる相手なら、ボコボコにしてから逆らえないようにして、仲間に引き込んでから一緒に食べればいい…」
「…ははっ! そりゃ名案だ! なら…今度はヒナをボコボコにして、三人でラーメン食うか!」
「…あいつは頑固そうだけど。でも、気に食わないからボコボコにするのは賛成…」
にやり。
アヤカは自分でもわかるほど久々に口元を歪め、邪悪さを伴った笑みを浮かべた。その夜すら飲み込むほどの暗さはルミの哄笑によって塗りつぶされ、アヤカは今度こそ不快感なく相棒と向き合えた。