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第27話「氷と炎が舞う戦場」

「うむ、今回も見事な手腕だった。お前の力がなくとも遂行自体はできるだろうが、ここまで何事もなく終わらせられるのは…まあ、なんだ…たいしたもの、じゃないか」

「いえ、皆さんのサポートがあってのことですから」

 依頼から2日後、私とマナミさんは麻薬密売人の拘束任務に赴いていた…けれど、その顛末は前回と驚くほど変わりない。

 今回は乗客のほとんどいない夜の無人駅での取引だったらしく、私たちは普通の学生としてターゲットに接近、時間を停止してマジカルなスタンガンを当ててスイッチを入れる…それだけ。

 ちなみに今回の取引相手は私たちの協力者であって、この間抜けな密売人は見事に引っかかったらしい。魔法少女の存在は秘匿されているものの、その協力者は市井に多く存在しているようだった。

 気絶した密売人を回収班とやらに任せ、私とマナミさんは何食わぬ顔で駅を出る。ポータルまでの移動距離はそこそこあったため、歩きながら私たちは不器用な会話を交わす。

 険は取れつつあったもののどう接していいのかわからなさそうなマナミさんに、話を膨らませる気のない私。カナデと知り合った直後も会話が難しかったけれど、今はそれよりも居心地が悪い…。

「…謙遜しなくていい。お前はもう現体制派に認められた魔法少女なのだ、胸を張って任務に挑め」

「どうも…その、できれば派閥系の任務は控えていただきたいですが」

「…お前、こういうところはやけに頑固だな…まったく、姉様もあそこまで評価してくださっているというのに、なんでもっと喜ばないんだ…」

 かつての私を凍り付かせて拘束しようとした声音から変わり、マナミさんはヒステリックに怒鳴ることもなければ、過剰な嫌みで挑発してくる様子もない。

 そのおかげで話しやすくはなった…けど、私から触れる話題というのはほとんどなくて、魔法少女学園に関する話題は「機密事項だ」とでも流されそうに思える。

 つまり何を聞いても無駄という予想が私の思考の根底にあって、せめて怒らせないようにと無難な返事に終始していたんだろう。

(でも、これでしばらく任務の押しつけがないとしたら…質問するチャンスもなくなる…のかな?)

 一つに結んだ髪の先端をいじりながらブツブツと愚痴るマナミさんを見ていると、この機会がもったいない…とまでは言わないにせよ、知りたいことの一つや二つくらいは聞いてもいいのかもしれない。黙っていたら愚痴を延々と聞かされるだけだろうし。

 だから私は…そこそこ気になるけれど重要じゃない、でも微妙に気になる話題で場をつなごうとした。

「あの、なんでハルカさんのことを『姉様』って読んでるんですか?」

「…なっ、なんでそれを聞く? 姉様は姉様だが?」

「それはそうですが…まあ、なんとなくです。お二人とも仲良しですが、本当の姉妹って感じでもないですし」

 私が微妙に気になっていたこの一つ、それはこの人とハルカさんの関係だった。

 現体制派に入るつもりがないということは、この人たちについて知る理由もほとんどないけれど…先日感じた奇妙な親しみは私の口を軽くして、その一方で無駄な好奇心を刺激したのかもしれない。

「仲良し…私と姉様、仲良しか? ふふふ、そうかそうか…うん、お前、なかなか…理解のあるやつかもしれんな」

「…ど、どうも…?」

 好奇心で聞くには繊細な問題であって、つなぎになるどころかむしろ以前のように毛嫌いされるようになるかも…なんていうのは、杞憂だったみたいだ。

 マナミさんは『仲良し』の部分を復唱したかと思ったら急にニヤニヤして、警戒心を消したかのようなほころんだ顔で意味不明に褒めてくる。

 …なんだこの反応。ちょっと気持ち悪いような…。

 それでも空気は明らかに軟化してマナミさんの表情も緩み、とくに拒否感を見せずに「私と姉様はだな…」なんて語り始めようとしたときだった。

「…! 影奴の反応…おい、まだ余力はあるだろう? このあたりには出撃命令が下っていないから、我々で対処するぞ。おしゃべりはここまでだ」

「…了解」

 マナミさんは刹那のスピードで表情を引き締め、反応があった方向へと顔を向ける。そして私の返事を待たずに走り出し、もちろんそれに逆らうことなんてできなかった。

 続きが気にならないといえば嘘だけど、影奴との戦いのほうが会話を気にしなくていい分、気楽なのは間違いない。

 そう感じる私がマナミさんのことを無駄に知ろうとしたのは、どんな気の迷いだろうか…なんて思いつつ、影奴に感謝はしなくともひとまず戦いに集中できる現状をありがたく感じた。


「…あいつらは…!」

 影奴との戦い、それはシンプルだ。

 出てきた目標を駆逐する、それだけ。相手は人間でも動物でもないため、良心を痛める必要もない。

 だからこそ…私は、目の前の状況を受け入れがたいと感じていた。

「おっ、奇遇だな!…げっ、今日は面倒そうなのも一緒にいる…」

「…ちっ。どうする? 影奴ごと吹き飛ばす?」

 広大な敷地に廃棄物が山積みになっているゴミ処理場では、薄く平らな円形状の大きな影奴がふよふよと空中に浮かび、その下にはいつもの雑魚が群がっている。

 そうした影奴の軍団を挟むようにして、私たちは武闘派の魔法少女たち…ルミに発電所を襲撃した子とも対峙していた。

 私を見たルミはにかっと笑った一方、隣に立つ現体制派の魔法少女…マナミさんを見ると渋い顔になって、それは多分『影奴だけでなく同時に魔法少女まで相手取らないといけない』という悩みに襲われたのだろう。

 一方でルミの隣にいる子はあの日と同じようにジトッとした目を私たちに向けつつ、手を持ち上げて指を鳴らす準備をした。あの仕草、まさか本当に私たちもろとも吹き飛ばすつもりなのだろうか?

 ちなみに隣に立つマナミさんの全身からは冷気が漂っていて、隣に立つ私は急に冬が訪れたかのような寒気を感じる。この人の能力は『氷』を操るとは聞いていたけど、感情が高ぶると冷気を抑えられないようで、誰を敵視しているのかはその鋭い視線の先を追えば一目瞭然だった。

「まあまあ、ちょっとは落ち着けってアヤカ…おーい、そっちの! この影奴はそこそこやるみたいだし、先にこいつからぶっ飛ばそーぜ! んで、そのあとにケリをつけるってのはどうだ?」

 しかしそんな視線もどこ吹く風、ルミは相変わらずの強さでそう言い放つ。そんな相方に再度の舌打ちをした…『アヤカ』と呼ばれた少女は手を下げ、ひとまず無差別攻撃の意思は自分の中へと閉じ込めたようだ。

 …ルミ、好戦的に見えるわりには…こういうところ、物わかりがいいな。

 となると、そんなルミと真逆のこの人はどうするんだろう…そんな不安に駆られる。

「…マナミさん、ここは影奴から片付けましょう。あいつらはこっちの諍いなんて意識しないでしょうし、それなら優先的に対処するべきだと思うのですが」

「…くそっ…ヒナ!」

 そういえば、ちゃんと名前を呼ばれたのって初めてだったような。

 そこそこ緊迫した状況なのに、私はそんなことを考える。それを指摘すると間違いなく怒られるだろうから、その些細な驚きは心の中で発散しておいた。

「まずは影奴を仕留める! 奴らを潰すのはそれからだ!」

「…了解しました…一時休戦、よろしく」

「おっ、今日は物わかりがいいのが来たな…アヤカ、あんまりあっちは狙うなよ。魔法少女同士でやり合うのは後回しだ」

「…ふん。巻き込まれるかどうかは相手次第」

 この場における一番の懸念事項であるマナミさんも割り切ったことで、私たちのすべきことは決まった。それを伝えると武闘派の魔法少女たちは視線を影奴へと移動させ、とりあえず『不毛な戦い』が後回しになったことに安堵し、私もランチャーメイスを砲撃体制で構えて空中に浮かぶ敵を狙った。


「面倒だ、さっさと仕留める…!」

 マナミさんのマジェット、それはレイピアだ。細身の刺突剣は銀色よりも白に近い刀身を輝かせていて、鍔の部分には青色の宝石が埋め込まれている。

 それを掲げると全身に漂っていた冷気が刀身に集まり始め、やがて氷を纏って曲刀のようなシルエットに生まれ変わる。

 それを敵に向かって縦に振り下ろすと、氷の刃がレイピアから放たれて一直線に影奴へと向かった。その速度は私のビームよりも早く見えて、悠々と漂っていた影奴に直撃する。

「…!? こいつ、まだ…!」

「こっちに片割れが来ます!」

「おおっ、ちょうど半分こになったか…アヤカ、雑魚は任せた! あたしは残り半分をやる!」

「…りょ」

 影奴は氷の刃によって真っ二つになり、早くも消滅した…わけじゃない。

 きれいに半分となった敵はそのまま二つの体に生まれ変わり、満月から半月状のシルエットになって飛び回る。先ほどまでのゆっくりとした浮遊とは異なり、UFOを思わせるような速く不規則な飛行に切り替わった。

 さらに平らになった断面からは真っ黒な光線が放射線状に吐き出され、私と武闘派の少女たちを分断する。この場においてはそのほうが助かるけれど。

「マナミさん、時間を止めて仕留めます」

「いや、それは『あいつら』と戦うために温存しておけ。私が動きを止めるから、お前は少しのあいだ回避しつつ雑魚を仕留めろ」

 ショットガンモードに切り替えて空中の強敵を、そして地上の雑魚を撃ち続ける。雑魚はこれでも十分だけど、強敵にクリーンヒットさせるのは難しく、何より散弾では致命傷にまでは至りそうもない。

 それなら時間停止を…と考えたけど、マナミさんはすでに『次』を意識しているらしく、私に温存を命じてきた。私としてはその次がないほうがいいけれど、逃げるにせよ戦うにせよ、スムーズに事は運びそうにない。

 だから私はモヤモヤと胸の奥を曇らせつつもそれに従い、雑魚を優先的に蹴散らす。マナミさんはレイピアの先を地面にそっと当てながら、周辺に冷気を伝え始めた。

 マナミさんを中心に地面へとうっすら白い冷気が漂い始め、彼女はスケートリンクのように滑りながら敵の光線を回避している。摩擦係数を無視したような動きを影奴ごときが捉えられるわけもなくて、私の目に見える範囲の地面に冷気が広がりきったときだった。

「ヒナ、後ろに下がれ!」

「了解!」

「よし、準備は完了だ…『突き刺され』」

 なんだかすごい攻撃が来る、それを予期していた私は命令に従ってバックステップを行う。そのままマナミさんの隣まで移動したら、彼女はレイピアでトントンと地面を叩き。

 冷気からいきなり無数のつららが突き上がる様子は、雨後の竹の子ということわざを思い出させる。しかし眼前に広がるつららの鋭さはそんなに可愛らしいものではなくて、針山地獄ともいうべき攻撃性を隠していなかった。

 その鋭さは地上を這う雑魚を一撃で霧散させ、これまでは空を動き回っていた強敵を貫き、動きを停止させる。痛覚があるかどうかわからない存在であってもつららから逃れようともがく様子には、私にまでその痛みを伝播してきた。

 もちろん、かわいそうだとは思わない。

「今だ、とどめを刺すぞ…やれるな?」

「ええ、大丈夫です…砲撃モード、準備完了」

 この人、こんなに強かったんだな…そんな失礼なことを少しだけ感じつつ、それもそうかとすぐに納得した。

 でなければ現体制派にはいないだろうし、ハルカさんも手元には置かないだろう。あの姉と呼ばれた女性は、多分そういう人だろうから。「お前に姉様のなにがわかる!」なんて言われるだろうから、絶対口にしないけど。

 私はショットガンモードから砲撃モードに切り替え、最大出力で動きを止めた影奴を狙い撃つ。マナミさんも影奴を貫くつららにのみ魔力を送り込み、その体を完全に凍り付かせて完全に自由を奪っていた。

 私の放ったビームはその氷ごと敵を消滅させ、強敵の片割れは駆逐できた。

「おらおらっ、燃えろ燃えろ!」

「…暑苦しい」

 そして次に戦うことになるかもしれない武闘派の二人に視線を移すと、あちらもまもなく終わるようだ。雑魚は全滅していて強敵は火だるまになっており、地面をビタビタと跳ねている。

 予想通り影奴は炎と一緒に霧散し、ゴミ捨て場はわずかなあいだ静寂に包まれた。

 私はうるさいのが好きじゃないから、このまま解散できれば最高だったけれど。

「んじゃあ…本番といきますか!」

「テロリストどもめ…今日こそは貴様らを討つ!」

「…くたばれ、学園の犬…!」

 物騒に笑うルミ。

 全身に冷気を纏いつつも怒りを燃え上がらせるマナミさん。

 澱んだ瞳の奥で憎悪を覗かせるアヤカ。

 そして…ただただ、この流れの中で生き残ることしか考えられない私。

(なんで、こんなことに…!)

 おそらくこの場で一番『弱い』存在であろう私は、その脆い土壌の上で戦うことを余儀なくされた。

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