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第26話「弱い私」

「先日の活躍、お見事でした。我々現体制派はもとより、学園の上層部もあなたを高く評価しております」

「…どうも」

 任務達成の翌日放課後、私は再びインペリウム・ホールへと呼び出された。こうも連日で呼び出されているとカナデに怪しまれないか不安だったけれど、彼女も自分の仕事があったこと、今日は影奴の討伐がないこともあり、とくに追求はされていない。

 そして私は先日の任務にてようやく無罪放免…と思っていたのに、呼び出しを受けたときはまず「やっぱり約束が反故にされるのだろうか…」と不安になった。

 あの仕事にて現体制派の重要性もある程度は理解できたけれど、それでも投獄されそうになった身からすれば警戒せざるを得ない。挙げ句の果てに、今日はロビーではなく応接間と呼ばれる来客用の個室に招き入れられており、またしても逃げ道を塞がれたような気分になる。

 ちなみに応接間は幾何学模様の豪勢な絨毯に加え、壁はつやのある白無垢で染め抜かれている。壺みたいな調度品はないものの、歴代の英雄と思わしき魔法少女の肖像画がいくつも飾られていた。

 私は美術品にまったく興味がないけれど、そのうちの一枚には少しだけ関心を引かれる。

(栗色のロングヘアに灰色の旧式の制服、手に持っているのは…アサルトライフルかな?)

 ハルカさんの言葉を無難に受け取りつつ、私はその絵の内容を分析する。時代に合わせて制服のデザインもリニューアルしているらしいけれど、その絵だと今のものよりもさらにシックな色合いで、手に持っているマジェットも軍隊で採用されている通常兵器にそっくりだった。

 ただ、それよりも気になるのは。

「ああ、その絵に描かれている魔法少女はこの学園の最初期に活躍したとされるお方ですわ。もうお気づきでしょうけど、あなたと似ているでしょう?」

「いえ、そんなことは」

「まったく、姉様と話しているのによそ見などと…」

 絵の中の少女はかなりの美人で、美化されていたとしても元がきれいでなければここまでリアルに描かれないだろうと思う。

 しかし、私の目を引いた理由はそれだけじゃない。普段見ている鏡の中の私に雰囲気が似ているような気がして、親近感とは異なる鏡合わせの迷路に迷ってしまった心持ちになった。

 そしてめざといハルカさんは私の視線の先を容易に把握し、冷たくも丁寧に説明してくれた。ちなみに、なぜか今日は私の隣に座っているマナミさんはこれまでに比べると低いトーンで注意しつつ、それでもヤスリで磨かれたような鋭い視線は向けてこない。

「約束通り、あなたへのマークは解除させていただきました…といっても、言葉だけでは信用できないでしょう。なので、こちらを」

「…これは?」

「インペリウム・ホールに出入りするためのパスです。親機にインストールしておけば、これからは指定された区域なら自由に出入りできますわ」

「え…いいんですか?」

 絵画から視線を前に戻すと、向かいに座っていたハルカさんは親指サイズのストレージデバイスをテーブルに置いた。これは親機…魔法少女が主に連絡用に使う携帯端末のコネクタに接続するもので、何らかのデータが入っていることはたしかだけど…まさかそんなたいそうなものが記録されているとは思っていなかった。

 ちなみに首に巻いているチョーカーはその子機であり、音声や振動などで情報を伝えてくれる。おかげで親機を使う機会は少なく、戦闘中などでも容易に連絡が取れた。

「ええ、もちろん。それが与えられるということは、信頼の証と取っていただいてかまいません。現に、女狐…んんっ、カオルやムツもそれは持っておりませんわ」

「…でも、私は。まだ派閥には」

「察しの悪いやつだな…そのパスは自由に出入りはできるが、重要な区画には入れないようになっている。今使っているゲストパスの永久版とでも思っておけばいい…まあ、なんだ。私もこの決定に異論はない…し、信頼したわけじゃないからなっ」

「そ、そうですか…じゃあ」

 これを受け取るということの意味、それを怪しむのは誰だって自然だ。だから以前に比べてやや声音が柔らかくなったハルカさんの意図を掴みかねており、どうしても譲れないことを確認した結果、隣に座るマナミさんが若干イライラしつつもやはり険の少ない表情でインストールを促してくる。

 …なんか今の言葉、カナデにちょっと似てるな…。

 そんなことを感じた結果、私の警戒心は若干薄れた。なので親機に接続すると、10秒も経たずにインストールは終わる。これで首からぶら下げているアナログなゲストパスも不要だろう…もうここに来ることはないだろうけど。

「では、次の仕事の話をいたしましょう」

「…は? あの、だから私は派閥には」

 なんて思っていたら、ハルカさんは当たり前のように姿勢を正して私を見据えてくる。その振る舞いは美しかったけれど、唐突な話題の転換に見とれる暇はなかった。

「本当に察しが悪い…ここに呼ばれるということは、多少なりとも『次』について意識していたんじゃないのか?」

「…だって、もう嫌疑はないって」

「ええ、もう疑ってはおりません。むしろ信用しているからこそ、こうして次があるのですわ…具体的には麻薬密売人の確保、やることは先日と大差ありません。おそらくは今回も一瞬で終わるでしょう」

「これも警察が国内の反社会勢力に及び腰だからこそ取り締まっていない。我々魔法少女がいなければ、違法な薬物でも隠語を使えば取引し放題の時代に戻るからな…」

 現体制派も正しい側面はある。それが理解できたことは無駄じゃないとも信じている。

(…くそっ。私は、なにをやらされているんだ?)

 だけど私は心で毒づく。理由は…やっぱり、カナデだ。

 カナデは間違いなく現体制派を嫌っている。当然だ、彼女が──そして私も──嫌う体制を支持しているのだから。

 だけど、断りにくいと感じている自分がいるのも事実だった。今回の任務もこの国を守るために必要なのは理解できるし、自分には似つかわしくない正義感とやらをわずかに刺激されたとも思う。

 ただ…言葉にはしていないけど、魔法少女学園という大きな歪みが『協力しないとお前だけではなくカナデにも目をつける』と言っているような気もして、それもまた私のやるべきことを支配しようとしている。

 いや、すでに支配されているんだろう。

「…わかり、ました。でも、できれば…こういうのは、あまり」

「…ふむ、わかりました。では、今回の任務でひとまずは区切りといたしましょう」

「姉様、よろしいのですか?」

「ただし、何度も言うようにあなたの素質は貴重です。学園側はもとより、私やマナミ個人も評価しています」

「ねっ、姉様! 私はそこまで評価しておりません! 姉様が評価しているからこそ…!」

「ふふっ、相変わらずあなたは不器用ですこと…こほん。ともかく、なるべくあなたの意思を尊重いたしますが、必要に応じて声をかけることは覚えておいてください」

「…はい」

 支配される側、それを自覚すると…やっぱり無力感が背後に押しつけられる。きっとカナデもこの重みに絶望して、それでも一人強く戦っていたんだろう。

 そんな彼女を守るためだ、これは仕方ない。そう思い、カナデほど強くなれない私は弱々しい希望を伝えた。

 伝わるはずがない、そう思っていたけれど…ハルカさんはどういうわけか一段ほど声を優しくして、言いにくそうな私の意思に配慮してみせる。表情にも蔑みは含まれていなくて、後輩を気遣うような様子すら垣間見えた。

 そしてマナミさんが疑問を呈すると、それを叱ることもなく…むしろ声を出して微笑み、彼女としては最大限にすら思える譲歩を提示した。

(…私は、弱い。ごめんね、カナデ…)

 そんな人間らしいやりとりを見てしまった私の胸中には、カナデ相手に比べればほど遠くとも…この二人に対し、わずかな親しみが顔を覗かせていた。

 これはきっと、私の弱さ。ほんの少しそんな姿を見てしまっただけで、拒絶の意思が脆くなってしまう。あらゆるものを固く拒めるカナデの強さが、今になってうらやましくなった。

(…でも、私があなたを守るからね)

 ならばせめて、弱い自分にできることをしよう。

 私がこうして戦うことで少しでもカナデが健やかに暮らせるのであれば、それでいい。

 そうやって自分に言い聞かせることで、きっとこの任務にも意味があると信じられた。


 ──あんなことが起こるとも知らずに。

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