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第25話「幕間・カナデの不安」

 私にとってのヒナは、同じ部屋で暮らす相棒だった。それ以上でもそれ以下でもない。本当だ。

(…ヒナ、こんな時間に戻ってきた…)

 魔法少女学園における相棒の存在意義、それはシンプルだ。

 学園側から命じられた任務をこなす際、一緒に行動する相手。主な内容は影奴の駆逐で、それ以外のこと…学業やちょっとした仕事に関わるものは個別で行うことも多かった。

 私の場合はブーストという固有魔法もあって、一時的な能力向上が必要とされた場合に別行動をすることもしばしばあった。新兵器の負荷テストを依頼されたり、仮想敵の能力調整を頼まれたり、魔法少女使いが荒いこの学園らしくいろいろと命令された。

 最初の頃はどんな仕事であっても苦痛で、毎回放り出してやろうかと考えていた。それでも私には家族がいて、みんなを養うためにも歯を食いしばらないといけなかったから、ただ理不尽の中で耐えていたのに。

 でも、最近は少しだけ…本当に少しだけど、その苦痛が和らいでいるように感じていた。その理由は、認めたくないけれど。

(…べ、別に一緒にいたいわけじゃない。でも、ヒナがいるときは…少しだけ、落ち着く…)

 こんな私のことを家族思いだと、優しい人だと言ってくれた少女。出会って間もない頃の出来事なのに、彼女の全身にはお世辞も偽りもまったくなかった。

 何より、守ってくれた。敵を撃破すれば被害なんて多少はどうでもいいのに、自分の身を犠牲にして、あんなにも性格の悪い私を…守り切った。

 それまでの誰にも受け入れられなかった、受け入れることができなかった私はようやく身寄りを見つけたかのように、ヒナの部屋へと転がり込んで。

 まるでここが自分の宿り木だとでも主張するような図々しさで生活を始めて、やっぱりヒナは肩肘張らずに受け入れてくれた。

 この人は、どこまでも自然だった。どんなことにも興味が薄そうに見えて、他人に関心を持っているふうにも見えないのに、その行動原理にはいつも優しさがある。

 それに触れていると、私は。

(…もしかして、また余計なことに首を突っ込んでいるの?)

 二段ベッドの上で、カーテンの向こうから聞こえるヒナのかすかな物音に耳を澄ませる。ああ見えていつも周囲を気遣っている彼女は、きっと私が起きないよう静かに着替えなどをしているんだろう。

 無駄よ、そんなのは。思わず漏れそうな言葉を切り刻み、おいしくもないのにきっちりと飲み干す。ヒナが分けてくれたお菓子とは比べものにならないほど、まずい。

(…どうして、なにも言ってくれないの。ううん、言う必要なんてない…でも、私は…知りたい…?)

 あの日、現体制派に拘束されそうになったとき。改革派にそのことを知らされた際に真っ先浮かんだこと、それは『なぜ言ってくれなかったのか』というものだった。

 そんなのは報告義務がないからで、それは今後も変わらない。私だってすべての行動を彼女に伝えているわけじゃないけれど、それは教えるほどの代わり映えがないだけだ。

 私のやることは、決まり切っている。学園に対しての反感を抱き続け、決して誰も信用せず、解放されるまで働き続けるだけ。

 それはヒナと出会ってからも変わらないけれど、彼女との心が安らぐ時間のおかげで少しだけ憎しみが薄れ、勝手に私を苦しませ続ける感情を和らげてくれた。

(…だから私は、同じように。あなたを、支えたい)

 こんな私の心を守ってくれるあなたに恩返しをして、同じようにここから解放されるまでは健やかに働いてもらいたい。

 その感情はヒナと暮らし始めて早々に生まれて、どうして自分がここまで変わってしまったのか、それもこんなにも短い期間で成し遂げてしまったのか、わからないことだらけだ。

 それでも、わかる。私はヒナに危ないことをしてもらいたくなくて、できることなら…もう少しだけ長く一緒に過ごして、この子のことを理解してみたい。

(…でも、私には言えない)

 私は昔からそうだった。

 幼い頃から性根が曲がっていて、本当のことを伝えられない。それを無理矢理好意的に解釈すれば照れ屋だとでも表現できるだろうけど、そんな可愛らしいものじゃなかった。

 本当の気持ちを伝えたところで、誰もそれを大切にしてくれない。無力な両親に支配的な学園、そのどれもが私を踏みにじっていると思っていた。

 でも、ヒナは違うと思う。私の鋭い言葉に心を痛めるでもなく、あるいは破壊的な反撃をするわけでもなく、ただ一緒にいてくれる。ヒナの関心の薄さを考えるとどうでもいいと思っているだけかもしれないけれど、そんな無関心ですら居心地がよかった。

 この子だけは、私と一緒にいてくれる。なのに、言えない。

(…最低ね、私って)

 今度こそ拒絶されるのではないか、そんな不安があれば自分を守ることを優先する。自分を省みず私を守ってくれたヒナとは、比べるのもおこがましい。

 だからこの夜も私は自己嫌悪を強めることしかできなくて、ヒナが自分のベッドに潜り込んだところでようやく意識を手放せた。

 朝起きたら大嫌いな自分も消えていればいい、そんな期待だけを胸に。


 *


「ふわぁ〜…おはよ、カナデ…」

 翌朝、消えない自己嫌悪を突っぱねるように起きて準備をしていたら、程なくしてヒナも目を覚ました。

 アルコーブベッドから降りるヒナは長い髪に多くの寝癖を作り、その可愛らしい目は半分以上が閉じられている。そんな状態でも整っている容姿は隠しきれなくて、私はこのだらしなさのギャップに自分への嫌悪感がほぐれていくのがわかった。

「おはよう。もう、朝っぱらからだらしないわね…ほら、こっち来なさい。髪のセット、してあげてもいいわよ」

「んー…ありがと、お願い…」

 ラグの上に置かれたクッションへ腰を下ろすように伝えると、ヒナは夢見心地のままふらふらと素直に従う。

 ヒナの髪の手入れをするのは、これが初めてじゃなかった。ある日も同じように寝癖を作っていて、それを見かねた私は妹へそう伝えるように手入れを申し出てみたら…ヒナは今日のように抵抗せず、あっさりと私へ髪を預けてきた。

 ヒナは自分の容姿にあまり頓着しないけれど、それでも最低限の女性らしい恥じらいくらいはあって、ならば女の命とも言える髪を預けるのに多少の葛藤はあってもよかったのに。

 だから初めての手入れをする前に私が「本当にいいの?」なんて間抜けに聞き返すと、ヒナはけだるげでありながらも戸惑いを見せずに返事をした。


『カナデ、そういうの得意そうだし…別に触られていやとかないから』


 わかっている。ヒナの言葉は『誰が相手でも気にしない』という意味合いのほうが大きくて、『カナデに触られるのなら平気』というニュアンスではないと。

 だけど…私の胸の中心部はそんな言葉になぜか弾み、またヒナに受け入れてもらったとでも主張するように鳴り響いて。

 今もややうるさい心音へ心の中で怒鳴り散らしながら、少しだけ慣れてきた手つきで彼女の髪を整えていた。

「…昨日はお早いお帰りだったようね。どこをほっつき歩いていたのよ?」

「…ん、ちょっと任務で。大丈夫、危ないことはなかったから」

 自分の期待する答えを引き出すように、だけど素直に聞けない私は嫌みたっぷりにそんな質問をする。どこからどこまでも性格が悪い自分の生き方に、今さらながら吐き気を覚えた。

 そしてヒナの答えは、やっぱり『らしい』ものだった。

「本当でしょうね? 前のこと、忘れたわけじゃないわよね? 言っておくけど、今度同じことがあれば見捨てるわよ」

「うん、わかってる…カナデには迷惑をかけない。それに」

 どこからどこまでも真逆な私の言葉。

 もしもまたヒナが捕まりそうになれば、私は改革派の連中がどうするかに関係なく飛び込むだろう。その結末が一緒に捕まるだけであっても、多分迷わない。

 それを伝えられない私はとても惨めで、同居が解消されても文句は言えないのに。

「…カナデを悲しませたくないから」

「……べ、別に悲しむことなんてないけど。まあ、迷惑をかけないってんなら……いいわよ」

 ほんのわずかに空白を作って、ヒナは目覚めたかのようなはっきりした声でそう言った。

 嬉しくない。本当にどうでもいいと思っている。

 だけど私の心臓はここ一番のスピードにまで到達して、鼓膜は何度も同じ音をリフレインする。

 違う、違う、違う。危なっかしいこいつがちょっと殊勝な心がけをしたことに安心しただけで、ほだされるようなことは絶対にない。

 期待すれば裏切られ、安息は容易に握りつぶされ、自分を守れるのは自分だけ。それが魔法少女の世界なのに。

 そんな私が生きる世界にあなたがいたとしたら、私は。

 この日は授業を受けている最中もこうした考えがぐるぐると頭の中でマラソンを続け、夜になって思考力が限界を迎えるまで眠ることすら困難だった。

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