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第22話「幕間・サクラの記憶」

 ヒナにお願いされたサクラは、カナデのことを教え始めた。といってもサクラとてカナデの親族というわけではなく、あくまでも本人から聞いたこと、同時に彼女自身の観察眼によって結びつけられた結論しか教えられない。無論、本人の尊厳に関わるようなことは絶対に口にしなかった。

 それは『教えられるほど知っているわけでもない』と表現できるものの、サクラにとってカナデは意地っ張りであるものの根は素直な優しい少女であり、だからこそ理解は難しくなかった。そう、彼女は今も『先生』だったのだ。

 だからこうしてヒナに大切なことを教えている瞬間というのは、どうしても教職に就いていた頃を思い出させてしまう。

(…私は教師に向いていなかった。でも、こうしていると先生と呼ばれることに充実感を覚える…)

 カナデとは大きく性格が異なるものの、同じくらいまっすぐなヒナ。そんな魔法少女になにかを教えるたびに、サクラの記憶は『あの頃』を呼び起こしていた。


 *


『魔法少女学園の規律を守ってきた者として、これからは魔法少女たちを守り育てていくことを誓います』


 サクラはかつて魔法少女学園の現体制派として活動しており、勉強や任務を問わず優秀な成績を収めていた。よってそんな彼女が教師としての適性を見いだされることに不思議はなく、引退と同時に教職へ就いたのだ。

 サクラは母性が豊かで、人一倍『守る』という意志が強い女性であった。そんな彼女は学生であった頃から後輩を中心に様々な魔法少女たちの面倒を見ていて、ときには身を張って守り抜くこともあり、羨望のまなざしを向ける一部の少女たちからは『桜色の聖騎士サクラメント・パラディン』とも評されていたのだ。

 魔法少女として活動していた頃のサクラは学園が魔法少女を守り慈しんでいたと信じており、だからこそ教師になることは名誉ですらあった。現に、教師としての新たな学びを始めた直後、彼女は使命に燃えていた。


『私も学園の一部として、すべての魔法少女たちを守りたいんです。そして彼女たちがその役目を終えたのなら、自分がどれだけ素晴らしいことをしてきたのかを誇りに思ってもらえて、その後の人生の支えにしてもらえたら…私は、とても嬉しい』


 魔法少女として働ける期間というのは、人生の短い一幕でしかない。ましてやこの国の平均寿命は長きにわたって伸び続けており、魔法少女がもたらすテクノジーによって健康寿命までもが世界最高点にまで到達した。

 そんな人生において、魔法少女として生きた期間を無駄だと感じないでほしい。魔法少女だからこそ学べること、経験できることがたくさんあって、それを将来の糧にして欲しい。少なくとも、自分は魔法少女でよかったと思っていた。

 サクラは優しい女性だった。だからこそ教師に向いていると言えたし、同時に…不向きであるとも言えた。


 *


『なぜです? なぜ、あの子たちへ生きるために必要な学びを与えないのですか?』


 センチネルの教師となって程なく、サクラはインフラの現状についても把握するに至った。

 自身が魔法少女だった頃はインフラの仕組みについても最低限しか知らず、低級とは呼ばれていたものの、この国のために働く立派な存在として扱われていると信じていた。少なくとも、学園はそう教えてくれた。

 しかし、サクラは教師としては貪欲であった。その原動力は出世といった自己の利益のためではなく、教職としての本懐…『すべての魔法少女に最高の教育環境を与えたい』というものだった。

 だからこそ、納得できなかった。インフラの教育水準、彼女たちの卒業後の進路…否、『末路』について調べたとき、サクラは自身の理想を恥じた。


『私は、すべての魔法少女を守るために教師となりました。それはセンチネルだけではありません。インフラの子たちにも平等な学びの機会を与えてください』


 サクラは知った。これまでの自分のすべてはこの上級クラスに集約されていて、そこしか見ていなかったと言うことは…低級クラスを見捨てていたのと同義であると。

 挙げ句の果てに、インフラに与えられる報酬は過酷な労働に見合っていないことも知った。学園側は素質に応じた待遇をしているだけだと強弁していたものの、もはやそれを素直に受け取れるサクラではない。

 こうして上司に直談判をした結果、彼女はインフラの教師へと異動させられた。インフラについて知ることで、今の体制が正しいものであるのを理解するため…と言う名目ではあったが、サクラは望むところだと請け負ったのだ。

 それが、さらなる失望につながるとも知らずに


 *


 インフラの教師として働き始めてまもなく、サクラは自身の無力と無知を突きつけられた。

 過酷な発電作業のあとに授業を受けさせられるインフラの少女たちは、ほとんどが勉強どころではなかったのだ。サクラはそんな中でも効率よく学べる方法を模索していたが、圧倒的な疲労感の前ではすべてが等しく無価値。

 結果として、サクラは授業中に気を失って少しでも体力を回復しようとする彼女たちを見守ることしかできず、自分の理想はただの自己満足であると突きつけられたのだ。

 それだけであれば、サクラの心はもう二度と立ち上がれなかっただろう。しかし、希望もあった。


 *


 ある日、サクラは図書室の整理をしていた。本を読む少女は極めて少ないものの、それでもここは知識にアクセスできる数少ない場所として、自主的に管理していたのだ。

 そうした中、見つける。


『!…これ、みんなが書いた…本?』


 申し訳程度の検閲避けをされた、魔法少女たちで紡ぐ物語。外への憧れを消しきれず、それでもただ怨嗟の言葉を吐くのではなく、ただ未来へと戦い続ける物語。

 それを読み出してまもなく、サクラは涙を流した。同時に、あまりにも弱々しく、けれども決して消えない希望…どんな状況であっても力強く生きようとする、人間の本質とその美しさを、知った。


『…私は、もう、教師ではいられない。それでも』


 サクラはその本を棚に戻し、乱暴に自身の涙を拭う。その両目は充血していたものの、名前も知らない少女たちの希望を背負うように、凜と前を向いていた。

 私が教育しないとなんて、守らないとなんて、全部傲慢だった。

 彼女たちは、魔法少女たちは…強い。その結末は未だに受け入れられないものであるにせよ、それでもこの力強さがあれば…きっと、変わる日は訪れる。

 なら、自分はその姿を、真実を残し続け伝える存在になろう。それでなにかが変わるとは思えないにせよ、教師失格の自分にはもったいないほどの立派な使命だ。


 この日、サクラは教師であることを辞めた。そんな彼女が最後にした教師としての仕事、それは書庫の管理書類の改ざんと…そして、魔法少女たちが残した書籍への最大限の検閲避けだった──。


 *


 気づけばサクラはヒナへとすべてを語り終えていて、彼女はお礼を口にしながらバックヤードを後にしていた。

 そんな後ろ姿を見送りつつ、サクラは再確認する。

(…魔法少女は、強い。どれだけつらくても、苦しくても、決して立ち止まらない)

 真実を知ること、それはいつでもつらい。そして長きにわたる苦しみを与え、何度も膝をつかせることだってある。

 それでもヒナの背中に立ち止まろうとする意志は感じられず、サクラは自分のことのように誇らしくなった。

「…大丈夫よ、あなたたちなら。きっと、『納得』へたどり着ける」

 サクラは押しつけがましくならないよう、自分以外には聞こえないほどの小さな声援を送る。

 ヒナはもちろん振り向かず、サクラはしばらく微笑んだままだった。

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