「ねえ、本当に一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。今回は低級の敵しかいないみたいだから、私一人でもどうとでもなるよ」
あの戦闘の翌日、再び私に出撃が命じられた。どうやら近頃は影奴の出現頻度も上がっているらしく、強敵との戦いを終えてもまとまったお休みはもらえないらしい。
一方で今回の任務の予測としては『強敵の気配なし』とのことで、それならば私一人でも問題なくこなせるだろうと思う。
なぜ相棒がいるのに一人で戦いに赴くのか、その理由ははっきりとしていた。
「にしても、昨日の戦いではちょっと無茶をしすぎたかな。カナデのケープが破れるだなんて」
「ったく、いつまでも旧式を使わせるからよ…ま、私はアンタみたいに優秀ってほどじゃないし、これで十分だと考えていたみたいだけど」
「私も優秀じゃないと思うけど…でも、おかげで最新型が支給されるし気にせず調整してきなよ」
そう、カナデのケープは先日の戦闘により破れていたようで、今日は新しいものが支給されるのでその調整が必要だった。
カナデのケープは私のものに比べると一世代分古いようで、私みたいに大量の魔力を使う魔法少女であれば負荷に耐えられないことがあるみたいだった。そしてあの戦いでは私に合わせて惜しみなく魔力を解放した結果、カナデのケープは限界を迎えたらしい。
聞いたところによるとカナデのケープは第三世代、私のは第四世代とのことだ。第三世代のケープに施されていた模様は魔力の流れの強い部分と弱い部分によって色味が異なっていたらしく、ファッションなどの理由ではなかった。
私やムツさんたちのケープは無地であるように、第四世代からはそうした魔力のムラがなくなったようだ。
「…別に、心配はしていないけど。私がいないからって無茶はしないのよ。最近のバックアップ担当は複数の魔法少女をカバーしているらしいから、呼んでもすぐに来てくれないことがあるみたいだし…し、心配してるわけじゃないわ!」
「わかってるって。それじゃあ私はそろそろ準備をするよ…カナデ、心配してくれてありがと」
「だ、だからっ…もういいわよ…とにかく、怪我をしたら治してあげるけど、説教もするから!」
カナデは念押しするように「心配はしていない」と口にするけど、そんなのは本音じゃないことを今ではすんなりと理解できる。
顔を赤くしながらひねくれたことを言うカナデの表情は、妹や弟を見守るお姉さんのような包容力を感じられる。そんな表情のまま尖った言葉を吐き出す様子はなんともあまのじゃくで、多分こういうところも周囲に誤解されていた理由の一つなんだろうと思う。
だから私は反発されるのを覚悟でお礼を伝えたら、案の定否定しようとして…自分のお下げをいじりつつ、実に回りくどく心配していることを認めてくれた。
カナデ、恥ずかしいときはよくお下げをいじっているけれど…そういう癖なのかな?
(…こういうやりとり、悪くないな)
カナデの様子から察するに、まだ笑顔を浮かべるのは難しいのだろう。だけどこういうやりとりをするようになってからの彼女は全身から少しだけ力を抜いているようにも見えて、体を包む茨もわずかに鋭さを失っていた。
そして似合わないことに、私はカナデとのこういう会話を気に入りつつあった。何度も面倒を見てもらったこと、何度も一緒に戦ったこと、そして…あの日怒りをあらわにして助け出そうとしてくれたことで、本格的に仲間意識が根付いたのかもしれない。
それは信念を持たずに戦い続けようとする私にとって、やっぱり大切な目的になってくれそうだった。
そんな感情は私の表情を生ぬるくしていたようで、誤解したカナデに「なに笑ってんのよ!」と怒られてしまう。もちろん私は「笑ってないって」と訂正したけど、結局出撃まではお小言を言われてしまった。
*
影奴は基本的に、人が少ない場所に出現する。その理由は至って簡単で、人が多い場所には結界を張り続ける魔法少女たちがいるからで、影奴をはじめとした悪意のある存在が近寄れなくなっているらしい。影奴以外にもああいう敵がいるのかどうか、今のところは知らない。
そして人が少ない場所であるほどそうした結界も張られなくなり、結果として今日のような郊外のさらに先、住居がまばらどころか空き家しかないような場所に現れやすかった。
今回は舗装された道路こそあるものの、アスファルトは所々破損しており、道路標識もペンキが落ちてサビに侵食されているような、誰も通らなくなった郊外の果てと言える場所に到着していた。
夕日が沈んで暗くなるほどぞわぞわとした気配を感じ取り、相変わらず魔法少女学園の出現予測は正確であることを理解する。一方で強敵が出る場合もどんなタイプなのかは推測できないようで、改めて影奴という敵の正体不明さに首をかしげそうだ。
「…敵の出現を確認、これより排除開始」
まるで道路から雑草が生えるかのように、低級の敵がにゅっとこの世界に顕現する。この見慣れた敵のシルエットはどうしても私から適切な緊張感を奪い、今日は速攻で片付きそうだという自負を生み出す。
そうした考えは油断につながる、それはわかっていても…この動きが遅く攻撃力も低い敵に対しては、作業感にあふれた射撃を行っていた。
「ショットガンモード、一気に蹴散らす」
なんやかんやで出番が増えているショットガンモードのアタッチメントを装着し、私は敵の集団に対して散弾を撃ち込む。小気味よく撃ち出されたビームの粒子は数だけは多い雑魚に効果てきめんで、少ない魔力消費で最大の効率を実現していた。
小刻みにトリガーを引き、砲身の先を小さく移動させながら敵を制圧する。こちらに近づこうとする敵も散弾を浴びることであっけなく消滅し、後はこれを繰り返すだけだと思っていた。
「…数が多いな。囲まれないようにしないと」
今回の敵は弱いけれど、どういうわけか数だけは本当に多い。しかもその出現数は倒せば倒すほど増えているような気がして、追い詰められているわけではないにしても若干の違和感に体温が上昇していた。
最初は前方90度ほどの範囲に出現していた敵は徐々に広範囲に展開するようになり、今は180度のあいだで砲身を移動させながら射撃を繰り返す。魔力残量にはまだ余裕があるものの、いったいどれだけ倒せば終わるのか…なんて思っていたときだった。
「…!? 敵が、一ヶ所に集まって…」
モグラたたきのように敵を駆逐していたら、ついに出現速度が大きく上回って…処理しきれなかった敵がランチャーメイスの砲身から逃れるように集まり、そして。
「…合体、した? こいつ、まさか…!」
見慣れているはずの低級の影奴は複数人の影が重なるように溶け合って、やがて巨大なサイズの敵に変貌した。そのシルエットはまさに『普段倒している敵がそのまま大きくなったもの』で、サイズは7メートルくらいはあるだろう。
動きは合体前と変わらない程度に遅いものの、射撃を受けてもすぐさま霧散する様子はなく、悠々とした動きで私のほうへ向かってくる。そして両腕を広げ、私を挟み込もうとしてきた瞬間。
「くっ…時間よ止まれ」
時間を停止した私はすぐさま後ろへと飛び退き、ショットガンノズルを外して通常モードに移行する。そのまま安全圏まで下がってからビームを数発撃ち込み、時間停止を解除した。
的が大きいのでビームはすべて命中したものの、貫通した場所に開いた穴は新たに生まれた小さな影奴を吸収することで塞がってしまう。
(なるほど、こいつは敵が湧き続ける限りいくらでも回復できるのか…となると、やばいな)
私の武器は攻撃力こそ高いとは思うけど、その分魔力消費は大きめだ。ショットガンモードのおかげでそこそこ燃費も改善したけれど、こういう強敵には通常モードで砲撃したほうがいい。
そして時間停止という必殺技も膨大な魔力を使うと思ったら、強敵を一人で相手取るのは分が悪いだろう。今も相手から距離を取りつつビームを撃ち込んでいるけれど、すぐさま回復するおかげで完全に削りきるのは難しい。
さらに…低級の影奴もまだ湧き続けているみたいで、先日の敵とは異なる形でじり貧になりそうだった。
(まずいな、そろそろ応援を呼ぶか…?)
大型から逃げ回りつつ攻撃し、再度の時間停止のためにクールダウンを行う。今の私に残された選択肢は『次の時間停止中に最大出力のビームで雑魚もろともなぎ払う』というものだけど、それで完全に駆逐できるかは微妙なところだ。
そしてチョーカーに触れて応援を呼ぼうとは考えていても、カナデの言うとおり私のほうは低級の敵しかいないと思われているから、すぐに来てくれる可能性は低い。
それなら一か八かに賭けてから呼ぶか…と思っていたときだった。
「雑魚を一気に焼き尽くす! 危ないから動くなよ!」
私の思考を中断したのは、これまで聞いたこともない声。もしかしたらバックアップ側が察知して助けに来てくれたのか…と思って声の方角を見ると。
「必殺、火炎陣! 燃えろ燃えろぉ!」
私の後ろに降り立った魔法少女の制服は…紺色。それはつまり、武闘派であって。
でも私に攻撃するそぶりは一切見せず、手に持った斧──両刃タイプのバトルアックスだ──を掲げたらそこに炎が燃えさかり、勢いよく振ると敵に向かって火球が飛び込んでいった。
敵の集団に着弾した火球は弾けて周囲へと炎を広げ、ガソリンに引火するように影奴たちに炎が伝わっていく。そして炎は次々に出現する影奴を押し込めるように燃え続け、やがて強敵にまで引火した。
影奴に熱を感じる器官があるのかどうかわからないけれど、それでも暴力的に焼き尽くそうとする炎は敵の動きを止めて、巨大な敵ですら火にあぶられた虫のように悶えている。
「おい、今がチャンスだぞ! それともとどめを刺す余力もないかぁ?」
「…いや、これならいける。時間よ止まれ」
赤いベリーショートの髪をした少女は私を煽るようににやっと笑いかけてきて、それに対してイラつくことはなかったにせよ、なんとなくとどめは自分が刺すべきだと考えて魔力を解放する。
あの少女の口ぶりから考えると、私が倒せなくとも代わりに始末できるんだろう。そのほうが楽だし合理的かもしれないけど、武闘派にこれ以上借りを作りたくないと思ったのかもしれない。
だから私は時間を止めて、ランチャーメイスをしっかりと構える。そして砲撃モードのまま魔力を注ぎ、今出せる全力のビームをお見舞いした。
時間が止まった世界で炎に身もだえることすらできなくなった敵に光芒が突き刺さり、影の中に大きな空洞が生まれる。そしてビームを上から下になぎ払うように移動させるとそのまま大型の影奴は両断され、炎と一緒に夜の闇へと吸い込まれていった。
それを確認してから時間停止を解除…する前に、加勢してくれた魔法少女からわずかに距離を取る。
(…とりあえず、助けてはもらったけれど)
一度でも武闘派と敵対した立場からすれば、目の前の少女の制服の色はどうしても警戒心を煽る。一方で助けてもらったことに対する恩義がささやかながらも芽生えてしまったのは事実で、砲身を向けるべきかどうか解除寸前まで迷った。
そして中途半端な私は砲身に持ち替え、打撃モードを維持したまま向き合うことに決めた。
「おっ、敵が消えた…お前、なかなかやるな!」
対する少女はバトルアックスを担ぐように持ち上げ、戦いの構えを解きつつまたにやりと笑いかけてきて。
ほんの少しだけ油断した私は、なぜか「カナデもこんなふうに気軽に笑えるようになればいいのに」なんて炭酸の抜けたラムネみたいなことを考えていた。