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第13話「幕間・インフラの少女たち(前編)」

 魔法少女発電所は資源に乏しい日本において、とくに重要なエネルギー源となっていた。その存在は秘匿されつつも日本の豊かさだけでなく安全保障にも大きく寄与しており、魔法少女たちを統括する魔法少女学園はエネルギーを生み出す少女たちを尊び、最大限の敬意を払って扱っていた。

 一方、どんな場所であっても理想と現実は異なるように、今日も発電所では過酷と表現して差し支えない、実質的な強制労働が少女たちに課されていた──。


 *


「これより点呼を取る。番号を呼ばれたものは返事をするように。それでは、No.1…」

 発電所の控え室に集められた少女たちは淡いグリーンのワンピース…通称『発電服』を着用し、30人ほどが三列に並んでいた。それぞれの表情はお世辞にも生気があるとは言いにくく、睡眠と食事を終えたあととは思えない。

 そして番号を呼ばれた少女の返事もささやかなもので、ここが静かな部屋でなければ聞き取るのは難しいだろう。一方で点呼を取る女性は威圧感のある軍服を思わせる作業服を着ており、その返事を無表情に聞き届けていた。

「次、No.5」

「は、はい!」

 文字通り五番目に呼ばれた少女は小動物を思わせるおどおどした様子で返事をしつつも、その声はひときわ大きかった。焦げ茶色のロングヘアをお団子状にまとめており、身長はこの場にいる魔法少女の中でもひときわ低かった。もちろん監視役の女性はその様子にも表情は変えず、次々と名前を呼んでいく。

 このNo.5と呼ばれた少女…ミオはその反応にうら寂しさを覚えつつも、前を見る目はまっすぐであった。

(…きっと、看守さんも疲れているんだよね。私も頑張って、お仕事をしないと)

 ミオの気遣うような表情にも看守は一瞥すらせず、淡々と点呼を繰り返していく。そしてミオ以外の少女はやはり生命の息吹を感じさせない声音で返事をしていて、誰もが自身を包み込む疲労を隠せないでいた。

「よし、全員いるな。それではこれより、2シフト班による発電を」

「あの、すみません…私、今日は喉が痛くて。ちょっと頭もぼうっとしますし、できれば、その、少しだけ休ませていただけませんか…」

「No.14、前へ」

 点呼を終えて移動を始めようとした刹那、二列目にいる少女が手を挙げて体調不良を訴えた。その顔は申告通り赤く、息もわずかに荒い。周囲から見ても仮病でないことは明らかで、彼女の隣に立つ少女は痛むような視線を向けていた。

 一方でそれを見つめる看守の目は微動だにせず、病人を庇護するようなぬくもりは存在しない。それでも一縷の望みをかけて、少女は言われたとおり看守の前まで歩いた。その足取りは、おぼつかない。

 看守はホルスターに装着していた決済用のスキャナーを思わせる器具を手に持ち、少女の首に巻かれたチョーカーの黄色い宝石にかざす。するともう片方の手に持っていた端末に少女のコンディションが表示され、確認を終えると無機質なまでに冷たい声で言い放った。

「現在の体温は37.2度、軽度の風邪だな。薬を飲んでから発電に向かえ。発電中、熱が上昇するようならまた報告するように…それ以外の者は整列して発電室へ移動」

「……はい、わかりました」

 かくして少女の淡い望みは砕け散り、その瞳からはか細い光が消え去った。仲間たちはそれに対してはなにも言えず、ミオも心配げな視線を向けることしかできない。

 そして彼女たちは命令通りに並んで発電所へと移動を開始し、やがて体調不良の少女に目を向けるものはいなくなった。


 *


 発電室には電池を思わせる円筒状のポッドが斜めに立てかけられて並び、その中には魔法少女たちが押し込まれていた。ポッドの上部には透明のドームが設置され、中の様子がうっすらと確認できる。

 そこから見える少女たちの顔は、いずれも苦しげだった。

「No.1から順番に交代、迅速に作業を引き継げ。ポッドを出た1シフト班は小休憩を取り、所定の授業を受けるように」

 看守がポッド内にいる少女たちにも聞こえるようにアナウンスを行うと、番号順に交代していく。発電を終えた魔法少女はいずれも疲労困憊であり、これからその役目を引き継ぐ少女たちは見慣れた光景でありながらも、自分たちの未来の姿を見いだして浅からぬ絶望を感じつつ素直にポッドへと収まる。

(今から6時間、しっかり集中しないと…今日は現代文の授業があるし、楽しみだなぁ)

 ミオはポッドから出ようとする少女の介助を行い、小さく「お疲れ様です」と伝えながら今度は自分が入っていく。それに対する返事はなく、ただ疲れ切った顔のままふらふらと部屋から出て行った。

 その後ろ姿をいつまでも眺めるわけにはいかず、閉じられたポッドの中でミオはかすかな楽しみに思いを馳せる。

(現代文って、勉強なのにいろんな物語に触れられて…もっとたくさん授業を受けて、いつか私もそういうのを書いてみたいな)

 発電所の魔法少女…通称インフラの少女たちに施される授業は最低限のもので、まさに『学校という大義名分を守るための建前』でしかなかった。

 しかし、ミオはそんなふうに思ったことは一度もない。ポッド内に複数設置された小型モニターに表示される発電状況を確認し、交代時間の目安を知らせるタイマーが動き始めた直後、魔力を生み出すための精神集中をしつつも身近な未来に希望を抱く。

(私みたいなのでも授業が受けられて、お給料ももらえて…お父さん、お母さん、姉さん…いつかみんなで一緒に暮らせるといいな)

 ミオは貧困家庭の出身であった。中等教育を終えたらすぐさま働き出し、いくつもの低賃金労働を掛け持ちし、当たり前のように学校へ通う同年代をいつもうらやましく感じていた。

 しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げる。魔法少女としての素質を見いだされた彼女はすぐさま発電所へと送られて、家族とは離ればなれになった。

 貧しい日々であったものの、ミオにとっての家族は自分よりも大切な存在であり、みんなを助けられるのであればと喜んでその身を捧げたのだ。

 無論インフラであるミオとその家族に対してはさほど立派な待遇は用意されておらず、彼女が信じているほど生活環境は改善していない。それでも勉強と仕事の両方が用意された状況は、ミオにとっての希望だった。

(…でも。できることなら、もうちょっとだけ…いろんな本を、読みたいな)

 ミオは現状に絶望していない。いや、感謝すらしている。

 しかし、それでも…自分の願いが叶うのなら。

 図書室に置かれている本が、もう少しだけ充実して欲しい。

 私なんかが願っていいことじゃない、それはわかっているけれど。

 今となっては自分の世界のすべてになってしまったこの狭い施設の中で、わずかにでも広い世界へ手を伸ばしたい。

 ミオは叶わないと知りつつもポッドの向こうへ無言の願いを捧げ、今度こそ余計なことを考えず魔力の放出へと意識を集中した。直後には緩やかな倦怠感に襲われ、そこに立ち向かう彼女はたしかに『魔法少女』だった。

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