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第23話「インペリウム・ホールにて」

「さて、まずは先日の非礼を詫びましょう。我々には拘束の権限があるとはいえ、十分な手順や時間を軽視していたことは事実です。このたびは申し訳ありません」

「…ちっ。申し訳ない」

「あ、いえ…」

 サクラさんに話を聞いた翌日、私はまたしても現体制派に呼び出されていた。もしかして今度こそ何らかの罪を押しつけられてしまうのだろうか…という不安とは裏腹に、ハルカさんは丁寧に謝罪をしてくれた。ちなみにマナミさんは仕方なくという様子を一切隠さず、ハルカさんが頭を下げるから…という意思を丸出しで──舌打ちもセットで──謝ってきた。この人、いくら何でも態度悪すぎじゃない?

 ちなみに呼び出された場所も監査室ではなく、現体制派の拠点として割り当てられている別棟…通称『インペリウム・ホール』のロビーに招かれていた。改革派には空き教室を適当に割り当てられているのに対し、やはり学園側ということもあって特別扱いは隠されていない。

 ホテルを思わせるロビー内には座り心地のいい一人用ソファとミニテーブルがいくつも設けられ、照明は眠気を誘うような色調のシャンデリアというチョイスだ。正直なところ、改革派がよく使うカフェテリア以上に落ち着かない。

「すでに把握されているかもしれませんが、本日は取り調べといった用件ではないので安心なさい。ひとまずは謝罪と…そうですわね、お茶会のついでに話し合いをいたしましょう」

「…話し合い、ですか」

「なんだその顔は。姉様が謝罪だけでなくお茶会にまで誘っているというのに、もう少し光栄そうに…」

「マナミ、およしなさい。本日の彼女は客人です、敬意を持って接するように」

「…も、申し訳ありません…さっきの発言、撤回する」

「…ど、どうも」

 ハルカさんはにこやかではないにせよ、少なくとも以前のような圧迫感は放っていない。とはいえ、先日の経験は私に根強い警戒心を抱かせるには十分であって、お茶会という名目には白々しさを、話し合いという曖昧な表現には胡散臭さを感じさせた。

 一応表情は凍り付かせていたつもりだけど、やっぱり感情は簡単に冬眠してくれない。おかげでまたしてもマナミさんに突っかかられて、ハルカさんは慣れた様子で──慣れるほど同じことを繰り返したのだろう──謝罪と撤回を促した。

 そのやりとりには…そこそこ気が抜けて、私の頬は急速解凍されたようにひくつく。そしてこれはお茶会なのだと無理矢理自分に言い聞かせて、二人にならってテーブルの上のティーカップに手を伸ばした。

 カップに注がれた自室よりも濃いように見える液体を口に含むと、苦みや渋みが少し強い気がする。そしてその味に一服盛られた可能性を一瞬考え、あっさりと見透かしたハルカさんに「安心なさい、自白剤の類いは入っておりませんわ」と言われた。

「警戒されるのは当然のことですが、何度も申し上げるように今日は以前のようなことはいたしません。むしろ、我々はあなたの実力を高く評価しておりますわ」

「…いえ、私はまだまだです。日々の戦闘も精一杯ですし、仲間がいないと危なかったことも何度もありました」

「ふむ、その謙虚さは美徳です。ですが、いきすぎた謙遜は嫌みや卑屈になってしまうことを理解なさいな。あなた、何度もその素質…固有魔法を褒められたでしょう?」

「まあ、ちょっとは。私の魔法は珍しいみたいで、それで少し過剰に評価されているとは思います」

「…謙遜しすぎるな、と言っているのに」

 ハルカさんのエボニーの瞳に見つめられたら、正直に言うと視線を逸らしたくなる。それは美醜に起因した問題ではなくて、むしろ容姿は整いすぎているくらいだと思うけど。

 その油断なく鋭い目つきは網膜から私の内部まで見透かそうとしているように感じて、改めてカオルさんが教えてくれた『千里眼を持つ監視者』という異名にたがわないと納得させる。

 だからその瞳からやや下、三期生を示すリボンに視線を逃す。すると多少プレッシャーは和らいだ気がしたけど、そんな仕草ですらバレているような居心地の悪さは消えない。

 対してマナミさんはわかりやすく、ずっと私を睨みつつ粗探しをしているみたいだった。何度も怒られているせいか、トーンはかなり弱いけど。

「いいえ、あなたの力は世界に影響を与えかねないものだとわたくしは考えております。だからこそ我々は危険視しており、同時に…評価もしているのです。なので、我々の仕事を手伝う気はありませんか?」

「……え?」

 なにを言ってるんだ、この人は?

 それが正直な感想。でもそれを口に出すとマナミさんが激高するのはすでに予測がついたので、とりあえず困惑の意思だけは示しておいた。

「ああ、もちろん今回の話は強制ではありません。ですが、我々は同胞に対して最大限の敬意を払いますし、そしてより一層の庇護をお約束いたしますわ。具体的には…この仕事を手伝ってくれた場合、これまでの嫌疑はすべてなかったことにしましょう」

「…」

 いや、そもそも嫌疑は不十分だったのでは?

 そんな真っ当な指摘ができるほど相手とは対等ではなく、そして今も私はマークされているのが現実なのだろう。同時に、強制ではないと言いつつも隣に座るマナミさんは仕事を押しつけるかのように険しい視線を向けてきて、この時点で私には選択肢なんてなさそうだった。

「今回の仕事は多少難易度が高く、それでいてスムーズに達成せねばなりません。そして内容の性質上、あなたの固有魔法…時間停止が適していると判断しました。達成の暁には十分な報酬も約束します。悪い話ではないでしょう?」

「…そうかもしれません。ただ、一つだけはっきりさせてください」

 そうだ、悪い話じゃない。きっとこの仕事は普段の任務以上の待遇であって、そして私の身の安全も…ひいてはカナデすら守ることにつながるのかもしれない。

 だけど、譲れないものはたしかにあった。それを口にすると不利になるかもしれない、だけどはっきりさせたかったのだ。

「私は、どの派閥にも入りたくありません。そして今回の仕事も『人間の殺傷』が含まれる場合、手伝うことはできません」

「…くそっ! 姉様、やはりこいつは自分の立場をわかっていません! 我々はここまで譲歩しているというのに…!」

「マナミ、いい加減になさい…まず、今回の件は派閥入りを求めるものではありません。あなたは無派閥でありながら改革派を手伝ったでしょう、それと同じだと思ってかまいませんわ」

 今度はハルカさんの瞳から目を逸らさず、自分のすべてをさらす覚悟で向き合った。仮にあらゆるものを見透かされたとしても、かまわない。

 だって私は、今口にしていることが本当の感情なのだから。

 ハルカさんはやっぱり私の目線を受け止めても微動だにしなくて、必要な情報以外は遮断するように回答を続けた。

「殺傷については…あなた次第ですわね。むしろ、あなただからこそ殺傷ではなく『捕縛』…今回の任務に適していると考えております。我々とて無益な殺生はしたくありませんもの」

「……わかりました。話を聞かせてもらえますか?」

 マナミさんと違い、ハルカさんは底が読めない。他人の本質を見抜くことは得意なのに、自分の本質は見せようとしない…そんな一方的な壁を感じる。

 けれど、嘘はつかない気がする。これは私の直感でしかないものの、以前の取り調べでもこちらを疑いはしたけど捏造まではしていなかった…はず。

 何より…先日の、サクラ先生の言葉が私の胸の奥で訴え続ける。


『改革派や現体制派もそうだけど、武闘派について知ることはきっと無駄じゃないわ』


(…私は、知りたい。自分の敵はどこにいるのか、誰が仲間なのか)

 この共闘…いや、協力?がそれを見つけるきっかけになるのだろうか。いや、ならなくとも自分の嫌疑が晴れるのならひとまずは十分。

 だから私はこの機会を利用すべく、この本音だけは見抜かれないように今一度表情を引き締めて二人の話を聞いた。

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