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第21話「ヒナの目的」

 強くなりたい。

 先日の戦いでは武闘派の少女との邂逅を果たし、無事に学園へと帰還した私はずっとそのようなことを考えていた。

 強くなる方法というのは数え切れないほどあって、それこそ普通に学校に通っているだけでも訓練を受けられるわけだから、あの戦い以降も私は多少は強くなっているんだろう。

 だけど、違う。魔力の総量やその使い方が上手くなったとしても、私の戦いぶりは自分でもわかる程度には精彩を欠いていた。ケープが新調されて戦線に復帰したカナデにも心配されるほどで、改めて私には『なんとしても貫徹したいと思えるほどの強い目的』が欠けているんだろうなと自覚する。

 きっとそれがなくても戦える。でも、何もない戦いでは自分を支えてくれる大切なものが致命的に足りなくて、もう一度ルミと戦うようなことがあれば…いや、魔法少女として普通に戦い続けることすら危ういような気がした。

 こんなとき、誰かに相談できたら…そう考えた私の行き先は早々に決まった。


 *


「今日はヒナちゃん一人なのね? もしかしてカナデちゃんとケンカでもしたの?」

「あ、そういうのはなくて…その、今日はどうしても一人で相談したかったんです」

 ようやく訪れた休日、私は一人でサクラさんのコンビニに訪れていた。ここに来るということはまたあらぬ疑いをかけられそうだけど、訪れるだけで拘束されればまた改革派の介入を招くことになる…つまりはカオルさんやムツさんを勝手にバックアップとして利用しており、若干の心苦しさはある。

 それでもこういう相談ができる人は他にいなくて、同時に聞きたいこともあったのでサクラさんへと会いに来ていたのだ。

「そうなの? あ、もちろん大丈夫よ。こう見えて今でもたくさんの魔法少女が会いに来てくれるから、相談役としてはそこそこ役立つかもしれないわよ?…まあ、今の私はただコンビニ店長なんだけどね」

「いえ、そんなこと…私はまだそんなにお話はしていませんけど、それでもサクラさんならきっと大丈夫っていうか、甘えているんだと思います。すみません、お仕事もあるのに」

「うふふっ、ヒナちゃんってカナデちゃんに似てるわね…普段は周りに関心がなさそうなのに、いつも人のことを気遣っている…先生はね、そういう優しい子が大好きですっ」

 あ、また先生って言っちゃったわ…なんて舌を出して笑うサクラさんを見ていると、その名前の通り桜が開花するような暖かい気持ちになれる。きっと私以外もこういう雰囲気に甘えたくなって、そして相談しに来るんだろう。その相談相手の中には、派閥に所属している人もいるんだろうか?

 でも、聞きたいことはそうじゃなかった。

「あの、この前の任務中なんですけど…武闘派の子に助けてもらって、一緒に食事をしながら話したんです」

「あらまあ、そうだったのね。ヒナちゃんのことだから大丈夫だと思うけど、ケンカはなかったのよね?」

「はい。それどころか武闘派のことについてもちょっと教えてもらって、でも最後には『次に会うときは負けない』みたいなことを言われて…私、わからないんです。あの子と戦う意味があるのか、自分はどうしたいのかが」

 相談を始めるとサクラさんは優しげでありながらも真剣な表情を浮かべ、テーブルを挟んで向かい側に座っている私はするりと口にできた。

 口にはできてもどうすればいいのかはまったく見通しが立てられず、サクラさんの答え次第で決まってしまいそうな脆さを含むのが自分でもわかる。

「そうなのね…ヒナちゃんがすっごく悩んでいるの、私にも伝わってくるわ。そして、それを決めるのはヒナちゃんでないとダメなのもわかる…でもね」

 そんな脆さを支えるようにサクラさんは共感してくれて、だけどやっぱり私が決めないといけないのを自分以上に理解してくれて。

 その声音、表情、雰囲気…どれもが優しい。薄ピンクの花びらで人々を包む、満開の桜並木を歩いているようだ。

「改革派や現体制派もそうだけど、武闘派について知ることはきっと無駄じゃないわ。知らないほうが楽なことってたくさんあるし、ヒナちゃんみたいに優しい子は知ってしまうことで重荷を背負うかもしれない。だけど、あなたは強い人よ。悩むことで大切なものを見失っても、こうしてまた見つけようと努力できる」

「…そんなこと、ありません。私はただ任期が終わるまでは魔法少女として働いて、面倒なことは避けたいって思っていた…」

「それは誰もが同じよ。私も…魔法少女学園の裏側を知ったとき、『知らなければよかった』って最初は思った。そして知らないままでいられるのなら、それでもいいと思う。だけど、私はその後悔を乗り越えて未来を目指したいの」

「後悔を、乗り越える…」

 知らなければよかった、それはまさに今の私の心境だった。知ることで心に影を落とし、まるで影奴のように悩みがしつこく湧いてくる。

 だけど、この優しすぎる人も同じだった。しかもその言葉はまだ後悔の途上にいる人間のもので、自分と同じだと思ったら弱々しい私の気持ちはまた少しだけ軽くなる。

「相談をしてくれたのに、私はあなたに明確な答えをあげられないわ。でも、わかることもある…あなたは目指したいものがあるからこそ迷っていて、悩んで、心を痛めている。表には出なくてもその痛みに涙を流しそうで、そこから目を逸らして必死に堪えている…私はあなたみたいな優しい子が魔法少女でいてくれて、本当に嬉しい」

「…先生」

 その呼び方は、本当に自然に口から漏れ出た。

 サクラさんは、紛れもなく先生だった。疑う余地もなく、誰もがそう感じるくらい…先生だ。

 だから、これからは私もそう呼ぼう。今ならカナデの気持ちがわかる気がした。

「…そうだ。先生、この前カナデが言おうとしたこと…あれってどんな内容なんですか? その、すごくつらいのは予想できるんですけど」

「…そうね。カナデちゃんやヒナちゃんみたいな子にはショッキングというか、正直に言うと私も…その、気分が悪いと思うわ。それでも聞きたい?」

「……聞かせてください。カナデが抱えているものを、私も知りたいんです」

 カナデはとても気丈だ。そんなあの子があそこまで苦しむなんて、おそらくはよっぽどの内容なんだろう。多分、これも『知りたくなかった』と思う。

 でも、カナデは聞いた。そして苦しんだ。

 バカみたいだと自分でも思う…でも、一緒にそれを背負ってみてもいいとも思える。

 それを背負うことで『目的』となるのなら、私は。

「魔力を生み出せなくなった魔法少女…とくにインフラの子たちはろくな教育も受けられないせいで、一般社会への復帰が難しいことも多いのよ。それで、魔法少女発電所には政界や大企業の重役がよく視察に来るんだけど…」

 これまでは優しげだったサクラ先生の声のトーンが、明確に一段ほど下がった。

「…その視察中にめぼしい女の子に当たりをつけておいて、引退と同時に『妾』として引き取られることも多いの」

「……は?」

 なんだ、それ?

 いや、妾という単語が意味する内容はわかる。そして、男の人が女の人に対して抱くことがある『欲』についても知ってはいる。

 けど…そんなのって。

 そこまで聞いたところで私の背筋は虫が這うような寒気が駆け抜け、頭の中で薄汚い連中が笑いながら手を伸ばしてくる様子が浮かび、嘔吐まではいかずとも胃液が上がりかける程度の不快感を覚えた。

「…若い女の子が社会復帰に苦労しているから、我々が手の差し伸べる…そんな名目もあるわ。どの立場から言っているのか、私には理解できなかった」

「……すみません、こんな話をさせて」

「いいのよ、私のことは。それよりもあなたは自分のこと、そしてカナデちゃんのことをいたわってあげてね」

「……はい」

 サクラ先生はまた穏やかな声音と微笑みに戻り、やっぱり私たち魔法少女を気遣ってくれる。

 だというのに…この国のお偉いさんとやらは、なにをやってるんだ?

 私たちはこの国のため、そこで生きる人のため、その運命を受け入れているというのに。待っている結末がそれだとしたら…私は、魔法少女というシステムに寄生する人間たちに絶望しそうになる。

 でも。

(…そんなこと、させない。せめて…隣にいる人だけでも、私は…)

 センチネルの私たちなら、そこまで悲惨な結末は待っていないかもしれない。だけど…先日の私のように矯正施設に入れられるようなことがあったら、あるいは成績不振に陥ってしまったら。

 あり得るかもしれない、最悪の未来。私はまだしも、そんな現実を知っても一人で立ち向かおうとした優しい子…カナデまでそんな目に遭うなんて、絶対に受け入れられなかった。

 この胸を締め付けるような不快感の正体を知りながらもただ一人で背負おうとした、カナデ。

 私はもう彼女が笑ってくれればいいなんて、それだけで十分だなんて、思えなかった。

(…私が、カナデを守りたい)

 カナデとは成り行きで組んだだけ、そこまで入れ込む理由なんてない。

 そんな冷静な判断ができるほど私はカナデに対して無関心ではいられなくて、頭に浮かんでくるのは彼女との日々ばかり。

 口うるさく叱りながらも私の面倒を見てくれた。

 ちょっとした怪我でもすぐに自分の力を使って治してくれた。

 私が拘束されそうなときは自分のこと以上に怒ってくれた。

「…私、まだまだ知らないことが多いんだって思います。でも、戦い続けるための『目的』、見つかるかもしれません。私は…カナデを、あの不器用で優しい子を、守りたいです」

「…ありがとう、ヒナちゃん。優しいあなたならそう言ってくれると思っていたわ。だけどね、一人で背負っちゃダメ。カナデちゃんもすぐに無理をするけれど、あなたも同じに見えてしまうから」

「大丈夫です、私は。それよりも…カナデのこと、もうちょっとだけ教えてもらえますか?」

「…ふふっ、いいわよ。あなたを見ていると、いろんなことを思い出せるわね…」

 そうだ、これこそが私の目的…一番身近で、現実的な目指す場所。

 いつもそばにいてくれるカナデを守り抜いて、いつかは笑顔で卒業してもらいたい。それが達成できなくても私は生きていられるけれど、でも…強く戦うためには、きっと必要だから。

 そんな決意を胸に秘めてサクラ先生に質問したら、彼女はどこか遠くを見るような目をして語り始めた。

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